インターネットを活用し、自社情報を積極的に発信していくオウンドメディアが増加している。セガのゲーム開発技術に関する話題が毎月更新されるSEGA TECH Blogもその1つだ。しかし、せっかく同様の試みを開始したにもかかわらず、途中でクローズしてしまう例もみられる。長く更新を続けるコツとは何か、担当者に話を聞いた。
TEXT&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
企画から4ヵ月の準備期間を経てスタート
「昔は技術のセガと言われていましたが、2000年代以降、そうしたイメージが低下していました。技術力をもった人が社内にたくさんいることをアピールして、技術のセガというプレゼンス向上につなげたかったんです」。
2016年8月にスタートし、自社のゲーム開発に関する様々な技術やノウハウの発信を続けている「SEGA TECH Blog」。他では得られない「ここだけの情報」や、社員が直接記事を書くスタイルが受けて、更新日には1~2万件のアクセスが見られる人気サイトだ。家庭用ゲームとスマホゲーム開発を手がけるセガゲームスと、アーケードゲーム開発を手がけるセガ・インタラクティブの開発者が月替わりで執筆し、すでに4年が経過している。
内容も「『龍が如く』におけるキャラクター制作ワークフロー」など、個別のタイトルに紐付いた技術から、「ゲーム・アニメーション創りは面白い!」などの汎用的なトピック。さらには「最近のアーケードゲーム開発」など、ふだんなかなか目にする機会がないアーケードゲームの開発情報もあり、バラエティに富んでいる。共通しているのは現場のゲーム開発者が記事を執筆していることで、広報や宣伝チームが主導するのではない、現場主導型のオウンドメディアであることが伺える。
このブログ運営で中心的な役割を果たしているのが、セガゲームスでテクニカルアーティスト(TA)として活躍している麓 一博氏だ。TAの黎明期から様々なタイトル開発の支援に携わり、ゲーム業界の技術カンファレンス「CEDEC」の運営委員も務める、ゲーム開発者コミュニティにおけるキーパーソンの1人。1999年に発売された家庭用ゲーム機「ドリームキャスト」起動時の映像制作に携わるなど、プラットフォームホルダー時代のセガを知るベテランの1人でもある。
麓 一博/Kazuhito Fumoto
株式会社セガゲームス第3事業部 第3開発2部 テクニカルサポートセクション所属。『龍が如く』シリーズをはじめ、様々なプロジェクトにTAとして参加しつつ、SEGA TECH Blogの担当者としてサイト運営を行なっている
sega-games.co.jp
techblog.sega.jp
これまで企業の情報発信は、雑誌やWebメディアなど、外部メディアを経由するのが一般的だった。風向きが変わり始めたのが2014年ごろで、国内でも自社サイトやブログなどを活用して、自社の情報を積極的に発信する例が増え始めたのだ。ゲーム業界も同様で、Webのトレンドに敏感なソーシャルゲーム系の企業から、エンジニアによる技術ブログの運営がスタートした。技術が急速に変化する中、自ら情報を発信することで、外部から有益な情報や人材を呼び込むことが主なねらいだった。
「SEGA TECH Blog」の立ち上げも、麓氏らが部署内で「インターネットでの情報発信を介してセガの技術プレゼンスを上げたい」と、アイディアを温めていたことが遠因だった。ゲーム業界における技術ブログ公開の波を受けてのことだ。これがひょんなことから経営陣の耳に入り、具体的な企画検討が始まることに。これを聞いた麓氏は、渡りに船とばかりに担当者に立候補した。ここから4ヵ月ほどの準備期間を経て、ブログがスタートすることになる。
「こうした経緯で始まったので、トップダウンとボトムアップのどちらが先かと言われると、難しいんですよね。ただ、結果としてグループ全体で、上から下まで一体感をもって取り組めていることが、今まで更新が続いている大きな理由だと思います。記事が更新されると、セガの公式TwitterやFacebookアカウントでも告知いただいています。これがフックになって、記事を公開すると、ぐっとアクセス数が伸びるようになりました」(麓氏)。
ブログの準備を進めるにあたって、麓氏には大きく三つの課題があった。第1にブログのねらいを定めること。第2に更新フローの確立。そして最後に企業で取り組む上での課題の洗い出しと解決だ。ブログのねらいでは前述の通り「高い技術力をもった社員がいることを告知し、技術力のセガというプレゼンスをあげる」ことが掲げられた。これには人材採用につなげることと、技術をもっていながら表に出てこなかった、社内の隠れた開発者ヒーローを発掘するという副次的なねらいもあった。
「それまで技術の紹介といえば、ゲームのセールスプロモーションや、CEDECなどの大規模カンファレンスが中心でした。しかし、プロジェクトに直接関係がなかったり、実験段階で留まっていたりする技術の中にも、おもしろいものがたくさんあります。そうした技術に携わる開発者が世間で知られる術がないことに、もったいなさを感じてしました。中には公表できないものもありますが、公表できる範囲に絞っても、相当数あると感じていたんです」(麓氏)。
もっとも、そのためには社内で書き手を見つけて、記事制作を依頼し、実際に公開するまでの作業フローを確立することが重要だ。単に記事を書くだけでなく、公開に先立ち各部署に内容を確認し、承認をえる必要がある。記事を書いた本人や上長だけでなく、広報や知財といった関連部署との連携も必要だ。人材採用につなげるなら、人事との連携も求められる。記事を1本公開したら終わりではなく、これを継続的に進めていかなければいけないのだ。
そこで麓氏は以前、個人でブログを書いていた経験から毎月1回、1本の記事を更新するのが適切だろうと目安をつけた。その上で2本の記事を並行して作成し、更新していく体制を整えた。ある記事の依頼を行いながら、先行して上がってきた別の記事の社内確認を行い、公開後に次の記事の社内確認を行いつつ、新しい記事の依頼をするといった具合だ。広報・知財・人事を巻き込んだ体制づくりも、トップダウンとボトムアップの相乗効果で始まった経緯もあり、支障なく推移したという。
最後に課題となったのが使用するツールやサービス類の検討だった。外部からのセキュリティ対策もさることながら、社員が重要なファイルや情報を間違ってアップロードしないなど、内部からの情報漏えいについても気を配る必要がある。他に「SNSへのリンク機能」、「アクセス数のカウント」、「マルチアカウント対応」、「Googleアナリティクス連携」、「過去ログの蓄積」などが検討課題となり、実際にサービスを試用して検討。最終的に「はてなブログPro」の使用に落ち着いた。
[[SplitPage]]TAだからできた記事制作フロー
こうした体制づくりと並行して行われたのが記事執筆者の選定だ。オウンドメディアで良く見られるのが、社内で書き手を募るものの、誰も手を挙げずに担当者だけが疲弊するといったパターンだ。これを防ぐために麓氏は、同じ部署内のメンバー5人で1本ずつ、異なるテーマで記事を書くといった具合に、半年分の更新予定をあらかじめ組んでからスタートした。その後、社内でこれはという人に、テーマと共に直接声をかけて、記事執筆を依頼していった。
重要な情報源となったのがセガグループの社内wikiだ。社員が自由に書き込み、情報を共有できる場で、タイトルにあわせて独自開発したツールや、使用した技術などの情報も書きこめる。麓氏も以前からこのwikiに様々な情報を書き込み、それがきっかけで社内交流が進んだことがあったという。自分がつくったツールが他のプロジェクトで使用され、感想や機能追加の要望を寄せてくれた、などだ。現在もこのwikiをもとに、記事執筆を依頼することが多いという。
TAという職種柄、他のプロジェクトの打ち合わせに頻繁に顔を出し、ツールやプラグインの開発などでサポートを続けてきたことも、記事の執筆を依頼する上で役に立った。様々なチームに顔が利くことで、他とつながりやすくなったのだ。社内のTAコミュニティを通して、直接自分が知らない相手に、紹介してもらうこともできる。アーティスト出身のTAという経歴から、アーティストに知り合いが多いのも有益だった。まさに技術ブログの担当者に適任だったのだ。
もっとも、なぜwikiに社員が率先して書き込みを行うのだろうか。麓氏は「書き手それぞれに異なる思惑があり、把握していない」と語った。一番の理由は業務内容の記録だが、それだけに留まらないという。せっかく自分が考案した技術だから、できれば他でも広く使われて欲しいし、それによって自分の評価が上がるかもしれない。wikiを通して認知度が高まれば、他のチームに移動になっても、短期間でなじみやすい......このような理由があるのではと語った。
実際、麓氏が記事を打診すると、「wikiでチェックしてくれて、ありがとう」と感謝されることが多いのだという。もっとも、記事執筆は通常業務の範囲内で行うことが求められ、原稿料などは発生しない(これは麓氏をはじめ、更新チームも同様だ)。記事中で掲載される絵素材の作成なども同様で、書き手に任されることになる。そのため繁忙期などを理由に断られることも少なくない。このようにブログの更新は、あくまで本業に差し障りが出ない範囲で行うことが求められている。
その一方で、更新を続けるうちに「ぜひ書かせて欲しい」と自発的に手を挙げてくれる社員も出てきた。人によっては2回、3回と書きたいと申し出る社員もいるほどだ。中でも興味深い事例になったのが、「龍が如くスタジオ」専属QAエンジニアの阪上直樹氏による記事「QAエンジニアってどんな仕事?~ゲーム開発におけるテストの世界~」だ。具体的な業務内容から過去の変遷がわかりやすく解説され、業界内でのQAエンジニアの認知度向上と啓蒙活動に一役買うことになった。
もっとも、話はこれだけでは終わらない。QAは 「Quality Assurance」の略で、日本語では品質保証という意味だが、デバッグと混同されることもある。かつてのTAと同じく、QAエンジニアは世界的に見ても歴史の浅い職分だ。そのため阪上氏から本記事を海外でも発信したいという要望が出され、英語版が作成されることになった。阪上氏自らが英語版の執筆を行い、海外滞在経験のある社員らによって、内容チェックが行われたのだ。1つの記事の更新が社内の様々な部署に影響を与えた例だ。
同ブログの特徴に、記事が原則として実名で書かれている点もある。昨今ではエンドクレジットが仮名という例はさすがに減少したが、いまだに企業によってはインタビュー記事などで、実名が出せない場合もある。その一方でセガでは1990年代から、いち早く社員が実名でメディアに露出することを許諾しており、同ブログもそのながれで記名記事となっている。記事の公開で学生時代の先輩から、思いがけずSNSを通してコメントが寄せられた、などの新しい繋がりも見られたという。
このように、1つの記事が公開されることで、様々な反響が生まれている。CEDEC+KYUSHU2018で宮下昌樹氏が行った招待講演「SEGAのテクニカルアーティスト流!自動化効率化大作戦!」も、2017年12月にブログで公開された記事「Ruby on Railsでアセットライブラリを作ろう!」がきっかけだった。ブログをきっかけに新聞社から取材を受けたり、新卒や中途社員の志望動機に「ブログを読んだこと」が上げられていたりと、着実にブログの効果が広がっている。
もっとも、これらはしっかりとした内容があってのことだ。実際「SEGA TECH Blog」は1つの記事が長く、内容が濃い。麓氏も「1500文字くらいでお願いしていますが、たいてい3000文字くらい書いてきます。ひととおり説明しないと、わからないからって。みんな、言いたいことがたくさんあるんですよ」と苦笑する。サービス精神が旺盛な社員が多いということなのだろう。人を喜ばせるためにコンテンツをつくるという点では、ゲーム開発も記事制作も変わりがないからだ。
技術ブログを通して他社とコラボしたい
このように4年間かけて、着々と育ってきた「SEGA TECH Blog」。もっとも、冒頭で掲げた「セガグループの技術プレゼンスを高める」ことを客観的に証明する手立ては存在しない。かわりに行われているのが、アクセス数やログ解析、Twitterでのエゴサーチといった、周辺情報の収集だ。記事に関する反響なども、麓氏から書き手にフィードバックされたり、社内wikiで公開されたりする。モチベーションの向上をねらってのことだ。
「GameJamで見られるタスクボード(カンバン)」という記事では、読者からコメント欄を通して質疑応答も見られた。もっとも、コメントの書き込みはあまり活発ではない。ただし、麓氏はそれでもいいと感じている。企業ブログは学会のポスター発表のようなもので、そこへのコメント投下は匿名であっても、半ば公的な意味合いを帯びるからだ。それよりもTwitterでのリプライなどをチェックすることが多いという。よりリアルな感想が得られるからだ。
一方で最近では、業界内の知人から同ブログについて、質問を受ける例が増えてきたと麓氏は語った。どの会社でも存在が気になっているのだ。もっとも、技術情報の発信にはCEDECのような業界横断型のカンファレンスから、自社開催での勉強会、コミュニティによる勉強会など、様々なスタイルがある。それぞれにメリットとデメリットがあり、これらをうまく使い分けることが重要だ。こうした中、麓氏はブログによる情報発信をどのように捉えているのだろうか。
「ブログでは内容をしっかりと文章で伝えられるので、勉強会よりも個々のテーマに対する深い掘り下げができます。記事中でコードを直接張り付けることもできますしね。また、自分の好きな時間に記事を読めるので、情報が伝わる人の数が圧倒的に多いんですよ。そのため記事の認知度も高まりますし、フィードバックが得やすい点もあります。実際、数年前の記事がいまだにリツイートされますからね。これが会社のプレゼンスを上げるのにも貢献していると思います」(麓氏)。
では、実際に技術ブログを開始するには、どういった点に気をつければ良いのだろうか。麓氏は「長く続けるためにはどうしたらいいか、企画段階から検討しておくことが必要」だと語った。経営陣・広報・知財・人事などに相談し、協力体制を構築するのはその1つだ。スモールスタートで進めて、次第に周りを巻き込んでいくことも重要だ。麓氏も最初の半年は部署内、次の半年は社内の知り合い、2年目は直接自分が知らない人、といった具合に徐々に依頼の範囲を広げていったという。
これは裏を返せば、技術ブログの運営を続ける過程で、次第に見えてきた部分があるということだ。社外からの問い合わせや、ネット上での反響などはその1つで、これらは運営の励みになっている。そうしたフィードバックを共有することで、会社全体の雰囲気も変わっていく。「続けることってすごく大事だなと思っていて、それにつきると思います。立ち上げて半年で止めたりしないで、1年、できれば2年続けてみると何かが見えてきます」(麓氏)。
それでは、今後「SEGA TECH Blog」はどのように展開していくのだろうか。個人的にはツール開発や効率化といった技術分野だけでなく、モデリングやテクスチャといった、アーティストのための制作手法に関する記事も読みたいところだ。新人研修の内容なども気になるところだろう。社外で開催されている展覧会を、社員ならではの切り口でレポートするなども、おもしろいのではないだろうか。まだまだ、アイディアはたくさんあるだろう。
これに対して麓氏からも「各社の技術ブログでコラボレーションができたら、おもしろいですね」というアイディアが飛び出した。最近ではCEDECや企業主催の勉強会などで、会社をまたいだパネルディスカッションなども開催されている。技術ブログの運営担当者による座談会なども考えられそうだ。これらの記事展開を通して、会社間での情報共有が進めば、業界全体の底上げにもつながる。いずれもオウンドメディアをもっているからこそ、できることだ。
モノ余りの時代と言われて久しい。近年では商品の背景情報を宣伝などに活用する例が増えているが、ゲーム業界では開発者インタビューという形で、これを古くから実施してきた。そこから一歩進んで、今やネットを通して開発者自身が自分たちの声を直接、発信することが可能な時代になっている。しかし、そうした手段を生かせるかどうかは、社員一人ひとりの考えや企業文化で異なる。こうした中、継続的に更新を続ける「SEGA TECH Blog」は、セガの現状を良く表しているように思われた。