2017年に創立100周年をむかえる、ニコン。それを記念して、本社ビルに「ニコンミュージアム」がオープンした。その主たるコンテンツのひとつが、3Dプロジェクションマッピングによるインタラクティブシアター『Universe of Nikon ニコンがひらく世界』だ。映像制作のみならず、上映システムやインタラクション用デバイスのデザイン・開発まで一括して手がけたという、KOO-KIと外部パートナーたちが本作に込めた思いを語ってくれた。
(写真提供:KOO-KI)「ニコンミュージアム」のエントランス。1917年に創立したニコン、同社の足跡を様々な展示を通して知ることができる
<1>空間デザインからKOO-KIが担当
2015年10月17日(土)、ニコン本社ビルの2Fに「ニコンミュージアム」がオープンした。2017年に同社が創立100周年をむかえることを記念したものだが、本ミュージアムの入口近くに配置された『Universe of Nikon ニコンがひらく世界』(以下、Universe of Nikon)では、高さ3.5m、幅4.5mの120度円周スクリーンによる3Dプロジェクションマッピング映像を楽しむことができる。床面まで覆ったホリゾント型を採用することで作品映像の世界にまさに"没入"することができるのに加え、メニュー画面を球体型の操作デバイスを用いたゲーム性のあるUIに仕上げることによって来場者がインタラクティブコンテンツも楽しめるしかけになっている。
ニコンミュージアムの入口を抜けてすぐのところにある『Universe of Nikon』。直径6.7mの円筒形の空間内にホリゾントスクリーンが設けられている
(写真提供:KOO-KI)
(左)ホリゾント型のスクリーンに対して、側面から3台と床面から1台の計4台のプロジェクタによって3Dプロジェクションマッピングが投影される/(右)映像が床面にまで投影されるため、非常に高い没入感が得られる
そんな『Universe of Nikon』のプロジェクションマッピング映像の制作のみならず、ホリゾント型スクリーンをはじめとする空間デザインまで一括して手がけたのが、福岡の雄として知られるクリエイティブ・スタジオKOO-KIだ。
きっかけは2014年の夏。KOO-KIと同じく福岡に本社をかまえる総合プロダクションサクセスから誘いをうけたことであった。
「サクセスさんがニコンミュージアム全体の映像を手がけていらしたのですが、その目玉となるコンテンツを担当してほしいとのお話をいただきました。そこでまずは、どのような映像演出が効果的なのかを考えることからはじめました。その過程では、様々な映像展示施設へ足を運びながら360度全周やS3Dなども検討したのですが、パビリオン内に用意された面積などを考慮して、3Dプロジェクションマッピングが最も有効だろうという結論に達しました」と、上原 桂クリエイティブ・ディレクターはふり返る。
〈前列〉左から、河原幸治プロデューサー、池田一貴ビジュアル・ディレクター/〈後列〉左から、秋山 優PM、高村 剛インタラクション・ディレクター、上原 桂クリエイティブ・ディレクター(以上、KOO-KI)、山下裕次郎デジタルアーティスト(エージェントプラス)
映像表現に3Dプロジェクションマッピングを採用することを決めた後、具体的な演出プランを検討。ニコンがほこるレンズ技術の象徴として、半導体露光装置の極小世界から、光年単位の宇宙観測まで様々な映像世界を描くというコンセプトにたどり着いた。
「2015年初頭に、何案かプレゼンさせていただき、最終的に人工衛星に搭載された望遠カメラのレンズ技術をモチーフにした『宇宙』篇、半導体露光装置のナノメートルの世界を描いた『半導体』篇、そして体内を表現した『人体』篇の3タイプを制作することに決まりました」(上原氏)。
映像演出を考案する過程では、内容に間違いがあってはいけないということで、各分野の大学教授や研究者たちへのインタビューを実施し、制作の途中でもアドバイスを求めながら内容を詰めていったという。
「実制作を進めるにあたり、プラネタリウム映像など大型特殊映像を多く手がけているゼネラルアサヒ(以下、GA)の関(直之)さんに3Dプロジェクションマッピングの投影手法や機材構成について、技術面からサポートしていただきました。また、『映像世界に没入できる』というコンセプトを実現させる上では映像と音のシンクロにもこだわりました」(池田一貴ビジュアル・ディレクター)。
そこでサウンドデザインについては、KOO-KI設立当初から数多くの作品でタッグを組んでいるインビジブル・デザインズ・ラボに参加してもらうなど、KOO-KIが長年にわたりつちかってきた強力なパートナーシップの下、制作に臨んだ。
左から、生嶋 就ビジュアル・ディレクター(KOO-KI)、関 直之テクニカル・アドバイザー(ゼネラルアサヒ)、中村優一コンポーザー(インビジブル・デザインズ・ラボ)
[[SplitPage]]<2>Maya上に投影空間を再現する
先述の通り、様々な展示映像の技法をリサーチした結果、最も没入感が得られる手法ということで選ばれたのが3Dプロジェクションマッピングであったが、その投影環境についても強いこだわりが込められた。
「映像制作と同時並行で投影環境となる空間デザインについても検討していきました。本作では、"映像で視野を埋める"ということを徹底的に追求しようと思い、たどりついたのが、われわれの間では『ホリゾントスクリーン』と呼んでいたこの環境になります」(上原氏)。
ニコンと聞くと一般的にはカメラメーカーと思われがちだが、同社の光利用技術と精密技術は、半導体露光装置というミクロの世界から人工衛星に搭載された天体望遠鏡まで幅広い。そうしたニコン企業活動を映像を通して来場者に体感してもらうことによって、いわば"百聞は一見にしかず"をねらったのだと言えよう。
『人体』篇の一部シーンをスクリーン正面から捉えた写真。ホリゾント型(曲面)のスクリーンを採用することでシームレスに床面まで映像が投影されるため、KOO-KIがこだわった"映像で視野を埋める"というコンセプトを効果的に実現
『Universe of Nikon』の投影面は、120度の半円形の空間だが、ホリゾントという名の通り壁面と床面との境界は丸みを帯びた曲面に仕上げられている。さらに、床下の本来は電源等の配線スペースまで利用することで来場者の立ち位置よりも15cmほど低い面にも投影できる仕様となっているのだが、つまり投影面が非常に複雑な形状であり、キャリブレーションの難易度が自ずと高くなるものであった。
「ホリゾント型は制作の難易度が上がることはプロジェクトの初期からわかっていました。実のところ自分も最初はホリゾントスクリーンに対して否定的だったのですが(苦笑)、通常の壁面と床面が垂直なスペースと、ホリゾント型とで試写をしてみたところ、壁と床面の境界が目立たないホリゾントの方が圧倒的に没入感が高まることがわかりました。これは挑戦するしかないなと」(池田氏)。
最終的に関氏のプランニングによって、直径6.7m×高さ3.5mというホリゾントスクリーンに対して、横面用に3台と地面への投影用に天面から1台という計4台のプロジェクタ(1台あたりフルHD(W1,920×H1,200ピクセル)の解像度)で投影するという方式に決定。また、複雑な投影面へのキャリブレーションについては、一般的な2Dベースの調整では追い込めきれないことがわかっていたため、Mayaの3D空間内に実際のホリゾントスクリーン環境を再現することが同じく関氏の提案で決まった。
「既存の建造物などに3Dプロジェクションマッピングを行う、といったことはこれまでに経験済みでしたが、スクリーンから自分たちのアイデアが盛り込まれるというのは初めての試みでした。その意味でも関さんには大変お世話になりました」(上原氏)。
Mayaのシーン内に3Dプロジェクションマッピング環境を再現|『Universe of Nikon』メイキング動画<1>
実寸サイズのホリゾントスクリーンを模したオブジェクトを作成して、投影空間を再現。実際のスクリーンをMaya上に構築する。スクリーン向かい側の
カメラは鑑賞者の視点で、このカメラから映像を投影。赤く表示されている4つのカメラは各プロジェクタの位置にあり、これらから見えている画をレンダリングして、実際のプロジェクタから投影するというしくみだ
ホリゾントスクリーン、さらに床面から15cmの深さにまで投影するという条件に対して関氏も当初は難色を示していたそうだが、今までの経験を活かし、各プロジェクタから出力される映像の境界面のズレや曲面に対する歪みなどを極限まで軽減することができたという。
「3Dプロジェクションマッピングの場合、制作時にいかに最終的な投影環境に近い環境を用意するできるのか、ということも成否の鍵となります。そうした面でもGAさんには大変お世話になりました。関さんたちのオフィス(GA CG-STUDIO)内に以前は通販商品用のショールームとして使われていたスペースがあったのですが、そこの壁面が楕円になっていてホリゾントスクリーンに仕立てるのにおあつらえだったのです」(河原幸治プロデューサー)。
(左)GA CG-STUDIO内にある壁面が楕円のスペースが折良く空いていたことから、そこに実際の環境を模したホリゾントスクリーンを設営。ホリゾントスクリーンは模造紙を使って自作/(右)約80%のサイズであり、手配できたプロジェクタの台数(横面×2、床面×1)も限られた。しかし、ホリゾントスクリーン上での見え方を、作業を進めながらその場で確認することができるメリットは計り知れなかったという(福岡と東京という距離の問題も大幅に軽減されたのは言うまでもない)
[[SplitPage]]<3>インタラクティビティの創出
レンズを通して様々な世界を描くという企画骨子の下、『宇宙』篇、『人体』篇、『半導体』篇の3作品の制作が同時並行で進められた。いずれも共通するのが、KOO-KIが得意とするモーショングラフィックスを多用した3DCGアニメーションであること。
「解像度としては、W5,060×H3,240という4Kを超えるサイズであることに加え、ひと作品あたり約3分半というボリュームだったので、『宇宙』篇の場合は地球は2Dグラフィックを利用するなど、空間としては3Dだけど最大限2Dを活用することで作業負荷を軽減することを心がけました。モーションタイポについても全てAfter Effects上で作業しています。また、本作のように規定のフォーマットにはまらないプロジェクトの場合、作業を進めながら演出や表現を考えていくという、モーショングラフィックス的なアプローチが有効だったと思います」(池田氏)。
そうしたなかで、作業が難航したのが『人体』篇で視神経にながれるパルス(電気信号)のエフェクトであった。「当初は神経のラインにパーティクルを走らせコンポで光らせようとしたらものすごく時間がかかり、次にライトを走らせたらどうかと考えたのですが、1シーンに1,000個以上のライト
になってしまい、Mayaのレンダリングが回りませんでした」(池田氏)。
そこで、普段は3ds Maxをメインツールとしている山下裕次郎氏が、発光状態のテクスチャをアニメーションさせるという手法を考案し、パターンちがいのマテリアルをアサインすることで自然に見える光の走り方を表現したという。
『宇宙』篇3DCGアニメーション最終形|『Universe of Nikon』メイキング動画<2>
こちらの『宇宙』篇、そして『人体』篇は池田氏がディレクションと実制作をリード。そして、3篇のなかで最もアセットの物量が大きくなったという『半導体』篇は生嶋 就氏がディレクションと実制作をリードするかたちで作業が進められたという
実際のニコンミュージアム内で試写が行えるようになったのは今年の8月にはいってからであった。それゆえに前項で紹介したGA内の簡易プレビュー環境が効果を発揮したわけだが、本番環境で投影してみないと気づかない要素も多々あったという。
「幸い色味のズレは軽微だったのですが、投影する空間が広くなったことで、モーションタイポのサイズや観客の視野については細かな調整が求められました。それと、黒の表現も悩ましかったですね。白いホリゾントに、映像を投影するわけなのでどうしても黒が持ち上がってしまうわけなので」(上原氏)。
『宇宙』篇の完成形|『Universe of Nikon』メイキング動画<3>
本作をはじめ『Universe of Nikon』の魅力は、実際のホリゾントスクリーンで観ないとわからない。ぜひ、ニコンミュージアムへ足を運んでいただきたい
完成した『Universe of Nikon』は、公式サイトの紹介文で"インタラクティブシアター"と銘打たれている通り、3つの作品を選択する際のメニュー画面にも工夫が凝らされている。このUI制作をリードしたのが高村 剛氏だ。
「メニュー画面はUnityでコーディングしました。作業中は横幅5,000ピクセル以上の大サイズなので、マウスの移動感の落としどころに悩みましたね。ビジュアルコンセプトは"黒板"です。メニュー画面上に様々なアイコン的なグラフィックが浮かび上がるのですが、マウスを所定の箇所に移動させた際のレンズの表現を作る上では、屈折のアルゴリズムを組み合わせて最も気持ちの良いバランスを追求しました。操作デバイスについては当初、Leap Motionなどのセンシングの利用も検討したのですが、インタラクティブとしての感触、実体感(手触り感)を優先させた結果、トラックボールを採用しました。実はこのトラックボール、ボウリングの球なんですよ(笑)」(高村氏)。
(写真提供:KOO-KI)ボウリングの球をトラックボールに採用した操作デバイス、こちらもKOO-KI-が発案(※KOO-KIが描いたラフスケッチを下に、三友が設計・制作)したものだが、操作感が実に心地よかった
冒頭で述べた通り、映像世界への没入感を効果的に高める上では映像と音のシンクロニシティについてもこだわりが追求された。
「企画当初から音楽のウェイトが大きくなるという思いがありました。その場の空間を掌握する上では、音楽の要素が強くそこで相乗効果を引き出せないと映像も乗ってきませんから」(上原氏)。
一連のサウンドデザインを手がけたのが、インビジブル・デザインズ・ラボの中村優一氏と髙木公知氏。
「まずは、上原さんたちからコンセプトをお聞きして、イメージに近そうなサンプル音源を当ててみながら方向性を定めていきました。KOO-KIさんとのお仕事は、本作に限らず最終までアップデートが繰り返されることがほとんどですね。ひとつ前のバージョンと、修正したバージョンでは映像のタイミングが大きく変更されているといったこともよくあります(笑)。ですが、元々自分が映像に合わせてサウンドを作り込むということが大好きなので、即興性や意外性を楽しみながらつくらせてもらっています」(中村氏)。
『宇宙』篇より。サウンドコンセプトは、ずばり"スペースオペラ"。スケール感、その先に感じる孤独感を表現することが追求された
サウンドコンセプトが確立されるまでに最も時間を要したのが、こちらの『人体』篇。「体内を描くということで、バランスを間違えるとグロテスクな描写になりそうだったので、"ビューティー"というキーワードを手がかりに、水や光といったクリアな印象を与える音色を、そして最終的に女性ボーカルを加えるかたちでまとめました」(中村氏)
前半の静謐なシーンから、後半でガラッと印象が変わる『半導体』篇。半導体の回路が規則正しく並ぶビジュアルから荘厳な神殿というキーワードが生まれ、そこから"電脳ミサ"(エレクトリカルな宗教音楽)というコンセプトにたどり着いたという。「最初に上原さんから『電脳ミサ』とお聞きしたときは、!?という感じでした(笑)。ですが、その明解なコンセプトのおかげで、比較的スムーズに楽曲をつくることができたと思います」
最後に、上原氏に本プロジェクトを総括してもらった。
「視野角を映像で埋めるという作品づくりはわれわれにとっても初めての試みでしたが、上手く実践できたと自負しています。ただ、ニコンさんとお客様のコミュニケーションの場なので、同社の製品づくりの真摯な姿勢や正確さを象徴する画づくりを心がけました。その意味では、いつかKOO-KIプレゼンツで完全に"はっちゃけた作品"もつくってみたいですね」。
2015年11月10日(火)発売予定のCGWORLD vol.208(2015年12月号)でも、本作のメイキングをより具体的に解説しているのであわせてご覧いただきたい。
TEXT_須知信行(寿像)
EDIT_沼倉有人(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充
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ニコンミュージアム
〒108-6290 東京都港区港南2-15-3 品川インターシティC棟 2F
開館時間:10時~18時(最終入館は17時30分まで)※休館日:日曜日、祝日および当館の定める日
入館料:無料
TEL:03-6433-3900
FAX:03-6433-3901
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