毎年、鮮烈なキャッチコピーとクリエイティビティあふれる個性的なTVCMで知られる学校法人・専門学校HAL。今年度は、アニメ表現にモーショングラフィックスを組み合わせたスタイリッシュな画づくりに定評ある吉崎 響氏が監督を務めた、次世代のアニメCGを彷彿とさせる意欲作に仕上がっている。
15秒の映像に込められた匠たちの妥協なき画づくり
HALの2016年度TVCMは、アニメとモーショングラフィックスを融合させた映像演出に定評のある吉崎 響氏がディレクションを務め、セクシー、キュート、バイオレンス、サイケデリック、ポップ、SFなどあらゆる要素を凝縮した濃厚な作品に仕上げられた。
キャラクターデザインを担当したのは妖艶で独特な世界観をもつイラストレーターのPALOW氏、CMソングは『アニメ(ーター)見本市』でも吉崎監督とタッグを組んだ音楽プロデューサーのTeddyLoid氏と新世代ボーカリストのDAOKO氏が担当し、CGアニメーション制作は吉崎監督と十数年来の旧知の間柄である笹川恵介氏が率いるTRICK BLOCKが担当した。
「3DCGでセルアニメーションのような気持ちの良いアニメーションを制作でき、なおかつ自発的に取り組んでくれるスタジオを求めていたので気心も知れたTRICK BLOCKさんに担当してもらえたのは心強かったですね」と吉崎監督。実際に、ラストのアップショット時に発生する光が注ぐエフェクトなどは絵コンテには描かれておらず、TRICK BLOCKが自主的に作成し作品の質を高めるなど、15秒というわずかな時間で強烈なインパクトを残すために楽曲とシンクロした細かなつくり込みを随所に凝らされた。
また、セル調のCGアニメーションとしては新しい表現とルックにも挑戦している。「印象に残る映像をつくるには骨格も大切ですが、太い骨を支えるための細やかな作業が最も重要なんです。信頼関係が構築されているのであれば監督は作品の方向性だけを示し、細部は実作業を担うアーティストさんの作家性に委ねた方が完成度も高められると思うんです」と、自身も実作業を担うことの多い吉崎監督は語る。
本作は楽曲の歌詞に込められた想いのように好みが極端に分かれる作品でもあるが、その好感や嫌悪感といった感情のゆさぶり自体が吉崎監督のねらいでもあり、HALが掲げる「自分の夢に遠慮するな」というフィロソフィなのだ。
<1>プリプロダクション
各分野のエキスパートたちがその才能をいかんなく発揮
2015年9月頃に制作プロダクションROBOTから吉崎氏に監督のオファーが舞い込むが、当時はおおまかなコンセプトとPALOW氏のイラストを使用することだけが決まっている状態であり、具体的な表現手法や楽曲など細部については未確定だったという。「逆に言えば、とても自由度の高いやりがいのあるプロジェクトでした。『愛があってこそ追い求める作品が生まれる』というテーマの下にキャッチコピーを考え、映像と音楽がシンクロする作品を目指し『蜘蛛の巣に捕らわれた蝶が苦難を乗り越え這い上がる』という絵コンテを描き上げました」と本作に込めた想いを語る吉崎監督。
HALのCMは使用される楽曲の注目度も高く、本作のCMソングもCM用に書き下ろした楽曲でTeddyLoid氏やDAOKO氏との細かなやり取りをくり返す必要があったため、吉崎監督は音楽制作とトータルディレクションに注力し、映像面の具体的なディレクションはTRICK BLOCKの笹川氏がリードするかたちで2015年末からキャラクターのモデリングとプリビズの制作が同時並行で行われた。
本作に登場するキャラクターはPALOW氏が描く虫メカ少女シリーズ「Throne」の一作である「MO-11A」がベースとなっているのだが、吉崎監督の絵コンテを受けてPALOW氏自らCM用に色替えやデザインのリファインが施され、本プロジェクト特製の「Throne. No.11 HAL mia」(以下、HAL版Throne)に仕上げられた。また、本作では蜘蛛の巣に捕われたThroneが身動きが取れないという設定だったため、蜘蛛の巣のデザインが新たに描き起こされた。
「3DCGでイラストレーターの個性やテイストを再現することを得意としていてるので、PALOW氏にも特に制約は設けず自由に描いてもらいました」と笹川氏。蜘蛛の巣はTeddyLoid氏がアイコンとして使用している三角形をモチーフに、DAOKO氏のイメージカラーであるDAOKOブルーを基調色にしてコラボ感を強調したデザインとなっている。モデリングは2016年1月末に完成し、プリビズは2月中旬にはFIX。ほぼ完成に近い状態でアニメーションが仕上がっていたため、3月中旬にはコンポジット作業を終え完パケることができたという。
「CMの冒頭と最後に必須となるノンモジュレーション(無音)尺(15フレーム)を付け忘れてしまい制作途中で楽曲のリズムが変わるといったトラブルもありましたが(苦笑)、根気よく作業をしてくれたスタッフには本当に感謝しています」と吉崎監督。
■演出コンテ
▲吉崎監督が描いた演出コンテ(抜粋)。自身が得意とする映像と楽曲のシンクロをコンセプトにしたデザイン性あふれる画づくりが目指された
▲PALOW氏によるオリジナルの「MO-11A」イラスト。これをベースに、今回のTVCM用の新デザイン「Throne. No.11 HAL mia」が描かれた
■HAL版Throneのデザイン設定
本作向けにPALOW氏が新たに描いたデザイン設定の一部
▲三面図
▲表情集
▲羽化した際の変形ギミック設定
▲背景となる蜘蛛の巣のコンセプトアート。3DCG制作側が知りたい要素を適確に図示してくれたという
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<2>イラストの魅力を適確に反映 ~3DCGキャラクター~
PALOW氏のデザインエッセンスを3DCGキャラに込める
非常に繊細なフォルムで細部にいたるまでパーツが描き込まれているためモデリングやリギングには不安がありましたが、PALOW氏の特徴を残しつつ3DCGで再現しやすいデザインに仕上げてくれたのでとても助かりました」とモデリングとリギングを担当した畠中雄志氏。特に三面図の完成度は高く、これほどまでに正確な図面は見たことがないという。三面図だけでなく絵コンテから必要な表情を抜粋しフェイシャルの参考となる表情集も短期間で描き上げている。そしてライティングを考える上では、蜘蛛の巣の発光体が光源となりキャラが浮かび上がる逆光のシチュエーションというアイデアが生まれ、シルエットの見え方や影やハイライト、強弱のあるアウトラインの入り方などの修正指示もPALOW氏から提供された。
「PALOW氏の監修は必要な素材ごとにレイヤーが分けて描かれておりレンダーパスを意識した構造だったため、After Effects(以下、AE)でのコンポジットは指示書に基づいて合成すればよいだけでした」とコンポジットを担当した岸本彩香氏。イラストのイメージを再現するためシェーダはPencil+が用いられているが、鼻や唇などへの影の落ち方はライティングだけでは調整できなかったため、テクスチャに影を描き込んで影素材として別途出力し、合成時に調整を行なっている。逆光を再現するためにはフォールオフ素材を出力する必要があり、細いパーツはシャープにし、太腿などは柔らかい印象を与えるようパーツごとに数値の調整が行われた。
セットアップのベースはBipedを用い、細部のギミックや羽根は補助ボーンとヘルパーを併用してリグを構築しているが、蛇腹状の羽根はパーツも多く腰とパーツで繋がっているためリグを構築するのに苦労したという。「折り畳まれた羽根を開く動きはパスアニメーションも併用しているのですが、リグだけではイメージ通りのアニメーションを描くのに限界もあったので手描きのエフェクトを織り交ぜながら作成しました」とセカンダリも担当した畠中氏。
羽根の形状やタイミングなどケレン味のある表現が効果的に作用しており、本作の見せ場にふさわしい仕上がりとなっている。ほとばしる火花も手描きしたもので、3DCGだけにこだわらず作画との使い分けを行えるのもアニメ畑で経験を積んだ畠中氏ならでは手法であろう。髪の毛の揺れについても髪の毛をパーツに分けてパーツごとに揺れ具合を変えるなど、3DCGの特性を理解した適確な指示が描き込まれている。
■チェック用3DCGモデル
▲監修用にレンダリングされたHAL版Throneの3DCGモデル。アニメCGを熟知したTRICK BLOCKならではのハイクオリティだ
▲頭部まわりのチェック用イメージと(左)、監修を下にブラッシュアップ(汚しも追加)されたもの(右)
■PALOW氏による監修
チェック用レンダリングイメージに対して加筆修正を施すかたちで作成された監修例(ルックのガイド)
▲素の状態
▲輪郭線
▲ライティングに依存しない記号化された影
▲ハイライト(逆光における光の回り込み)
▲髪の毛に対するハイライト。Photoshopにおけるレイヤー処理の補足なども記載されているため、実用性の高いガイドになったという
▲髪の毛のながれ(動き)に関する指針を図示したもの。こうしたガイドは珍しいのではないだろうか(PALOW氏の3DCGならびにアニメーションに対する造詣の深さが窺える)
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<3>短尺の利点を活かし、細部までこだわりぬく
サウンドとのシンクロを徹底的に追求する
本作は音楽とのシンクロする映像を目指したためフルコマでアニメーションが制作されているのだが、キャラクターが蜘蛛の巣に縛られ身動きが取れないシーンはセルアニメの特有の緩急を再現したいという監督のオーダーに応える必要もあったという。「フルコマによって動きがヌルく見えないよう、まずはキーポーズを作成し、ツメタメなどメリハリを考慮しながら中間の画を作成していきました。動きも速いのでセカンダリはシミュレーションに頼らず手付けでアニメーションを付けています」とアニメーターの岩崎健司氏。
蜘蛛の巣はキャラクターの動きに合わせてアニメーションさせなければならなず苦労したという。「1コマでポーズを変えるなど大胆にアニメーションを付けられる方は少ないので、岩崎さんの感性と作家性に助けられました」と吉崎監督も続ける。
また通常セルアニメの場合はオバケという作画技法で動きの速さを表現するのだが、本作ではあえてRE:Vison Effects ReelSmartMotion Blurを使用し、CGならではの表現を目指したのだという。音楽のリズムに合わせたダイナミックなカメラワークとすり鉢状の蜘蛛の巣に散りばめられた無数の発光エフェクトを組み合わせることで、要素としては少ないものの奥行きを感じられる世界観を作り上げている。
「グラフィカルな映像を意識していたので、背景は暗くしてアニメーションと蜘蛛の巣のディテールが際立つように設計しました。特に羽根と蜘蛛の巣の発光パーツは音楽とのシンクロや画面を鮮やかにするために重要なアイテムなので、土壇場まで発光感や発色、タイミングを何度も調整を行いました」と、吉崎監督。発光エフェクトについてはパーツごとにマテリアルIDを割り当て、AE上で色をカラーキーで抽出し発光マスクとして使用することで、光が走るアニメーションを作成している。
さらに羽根が開くと同時に蜘蛛の巣や三角形の発光体が粉砕させる表現では、TrapcodeのStarGlowやShine、VideoCopilot Optical Flaresなども多用し派手さが追求された。
■ショットワーク
▲3ds Maxによるフェイシャルアニメーション作業例
▲コンポジット作業時におけるキャラクターのルック調整例
羽化する瞬間のエフェクト作業例
▲3ds Maxのシーンファイル
▲3Dエフェクト素材
▲AEによるコンポジット作業(2Dエフェクトの追加とルックの調整)。右側のサブウインドウは主なレンダーパス
■吉崎監督のディレクション
▲プロジェクト後半に吉崎監督がTRICK BLOCK向けに作成した修正指示。書き込まれたコメントからは双方の深い絆が伝わってくる
メイキング動画集
▲「hal cm preview 0218」アニマティクス。音声はTeddyLoid氏によるデモ音源Ver.1
▲「hal_cm_render.20160222」テイク1。音声はTeddyLoid氏によるデモ音源Ver.2
▲「hal cm render 20160301」テイク2。TeddyLoid氏とDAOKO氏によるコラボ音源完成版
▲「hal cm render 20160317 」テイク3。映像としての完成形