「IDOLiSH7(アイドリッシュセブン)」は、2015年8月にリリースされたバンダイナムコオンライン初の女性向けリズムゲームアプリだ。その主人公である7人のアイドルグループが歌う新曲『RESTART POiNTER』のMVを、「妥協は死」の信条で知られる神風動画が制作した。約6ヶ月におよんだ制作をふり返る座談会をお届けしよう。

※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol. 216(2016年8月号)掲載の、「短期連載 IDOLiSH7『RESTART POiNTER』MV 前編」を再編集したものです。

取材・構成_尾形美幸(CGWORLD)

『RESTART POiNTER』MV

水崎氏をも驚かせた女性スタッフの仕事

下岡聡吉(以下、下岡):「IDOLiSH7」のプロジェクトでは、過去に協力いただいた全員に「本物のアイドルをつくることがゴール」と言い続けてきました。神風動画の皆さんは、その思いに想像以上の熱量で応えてくださった。最初に陸(りく)の3Dモデルを見た瞬間から、彼がステージで歌う日が待ち遠しくてワクワクしていました。

根岸綾香(以下、根岸):私たちが開発初期から使ってきた作画用資料をご提供しただけで、ちゃんと陸の特徴を捉えた3Dモデルをつくっていただけました。「きっと、すごいものになる!」という期待を抱いた、最初の瞬間でしたね。

水崎淳平(以下、水崎):現場の力です。「うちって、こんなことができる会社だったのか......」と自分でもびっくりしました。今回は演出・モデリング・アニメーションなどの主要スタッフ全員が女性で、すごい力を発揮して愛のある仕事をしてくれました。珍しく「僕が口を出さない方が良いものになる」という予感がしていましたね。

▲右から、根岸綾香 企画プロデューサー(バンダイナムコオンライン)/下岡聡吉 統括プロデューサー(バンダイナムコオンライン)/水崎淳平 代表取締役(神風動画)/本座談会は、『RESTART POiNTER』MV完成当日に、神風動画の社内で行われた

下岡:その素晴らしい3Dモデルの画像と一緒に、抜かりなく制作費の見積もりも送ってくださった(笑)。完成した今ふり返ると、感動に対するコストパフォーマンスは高かったです。

根岸:私たちは、神風動画さんが過去に数多くのアーティストのライブ映像を手がけてきたことを知っており、だからこそ第一候補のパートナーだと確信していました。ですが、社内 の多くの人たちのイメージは「TVアニメ『ジョ ジョの奇妙な冒険』のOP映像をつくった会社」だったのです。

神風動画デモリール Kamikaze Douga Animation Works 2016

下岡:「すごそう!」という印象と同時に「アイドルはやれるのか?」という懸念も社内にはあり、そのイメージを塗り替えるため、陸の3Dモデルを最大限活用させていただきました。「この画を、神風動画のクオリティで動かすんだ!」とプレゼンできたから、社内の人たちも納得してくれました。

水崎:とはいえ、その後の根岸さんのチェックは予想以上に厳しかったです。

下岡:だってほら、「妥協は死」ですからね(笑)。神風動画さんにお邪魔すると、出される湯飲みの表面にまで「妥協は死」の文字が刻んである。打ち合わせにお邪魔するたび、「今日も妥協しないぞ」と心の中で念じていました。

根岸:今回のMVは「ライブの空気感まで感じてもらう」ことをコンセプトとして掲げていました。ファンの皆様が慣れ親しんできたアイドル7人が、そのままの表情で、ライブステージのライトを浴びながら歌い踊る映像へと仕上げることを目標にしていたのです。

下岡:根岸はリリースから今日までのビジュアルを全てチェックしています。ゲームに関わる部分はもちろん、過去につくったMVの監修にも立ち合ってきた。「IDOLiSH7」を知りつくしていて、ものすごく目が肥えています。

根岸:以前他社様のチームでつくった『MONSTER GENERATiON』と『Leopard Eyes』のMVでも3DCGを使っていて、モデルのチェックをしました。そのとき以上に、今回は顔の造形にこだわっています。少しの差で表情は変わってしまうので、かなり細かい修正をお願いしました。それでもしっかり対応してもらえたので、リクエストを出しやすかったですね。

水崎:過去のMVではダンスシーンの表現にモーションキャプチャを使ってきたと伺っています。そうすると、3Dモデルの造形、リギング、アニメーションなどの各工程でいろいろな制約が出てくる。結果として、我慢をしていただくことも多くなります。でも、ファンは「そんなの知ったこっちゃない!」ですよね。今回のダンスは全て手付けアニメーションなので、お2人からのご指摘に対し、柔軟に対応することができました。

▲本作では過去のMV以上に顔の造形にこだわっており、どのコマで止めても7人が別人に見えないよう入念なチェックが行われた。女性は手の表情、指先の演技に注目する人も多いため、手のモデリングやアニメーションにもこだわったと水崎氏は語る

MVがきっかけでゲームをやりたくなる

下岡:過去のMVでは「アイドルのダンスを堪能していただく」ことを主軸にしていたので、カッコ良いダンスができる3Dモデル、ダンスが映える演出を心がけてきました。このコンセプトであれば、モーションキャプチャは相性の良い手法だったと思います。けれど、毎回同じことをしていたのではファンの皆様に驚きを提供できません。

根岸:実写のMVのようにダイナミックなカメラワークや、ライブの空気感、高揚感まで伝えたい。さらに「IDOLiSH7」の世界観、キャラクターの性格を、プレイしていない人でも感じ取れる。そんなMVをつくってほしいと、水崎さんにご相談しましたね。

下岡:ライブステージで踊るアイドルを、ダイナミックなカメラワークで追いかける。言うのは簡単ですが、手で描くとなると限界があります。でも3Dゲームでは、そういうカメラワークを何度もやってきました。3DCGの表現力は、まだまだこんなものではない。ファンを驚かせ、心を揺さぶるようなMVをつくりたいと、水崎さんにお話しました。そうしたら......。

水崎:「ま・か・せ・ろ!!」(ババーン)って感じの、まったく奥ゆかしさのない返事をしましたね。

下岡:はい(笑)。「こっから先は俺の仕事だ。口うるさく言うんじゃねえ」って感じの雰囲気をバリバリ出していました。(言うからには、やってくれるんでしょうね!)と内心で思いましたよ。

根岸:(笑)。水崎さんの発言は、印象深いものが多いですよね。初期の打ち合わせでおっしゃった「これ(MV)を観てはまる人もいる。これがきっかけで、ゲームをやりたくなるような映像をつくる」という言葉は、今でも覚えています。

水崎:そうなるように、MVにはダンスだけでなく、いろいろな要素を詰め込みました。クルージングしたり、クルーザーのキッチンで仲良く料理したりする様子を通して、アイドル同士の絆や性格のちがいも伝える。その映像をライブステージのスクリーンに映すことで、全てのシーンを違和感なくつなげるなどの趣向を凝らしています。

根岸:7人の仕草や表情から、それぞれの個性が伝わります。加えて、第2部のストーリーの山場をMVの冒頭40秒でしっかり表現してくださっている。ビデオコンテ(アニマティクス)の段階から、スタッフの皆さんの解釈はすごく的確で、驚きました。

下岡:冒頭40秒はゲームの中で観せることを当初から計画しており、第2部の重要なシーンと『RESTART POiNTER』という楽曲のもつ意味を凝縮していただくようお願いしました。後半のライブシーンも、リズムゲームのスコアが良ければ観ることができます。

▲本作ではモーションキャプチャを使用しておらず、ダンスシーンも含めた全てのアニメーションが手付けで表現された。振りのタイミングを微妙にずらして存在感や現実感を際立たせるのはもちろん、7人の性格や体格を踏まえ、脇の締め具合、腕の開き具合などに変化を付けている

お気に入りの一瞬を止めて観る

水崎:「IDOLiSH7」のファンは、すごく画像を大事にしている人が多いですね。7人のメンバーそれぞれにファンがいて、自分なりに画像を組み合わせて楽しんだりしている。しかも同じ陸のファンでも「このアンニュイな瞬間が好き」とか、「健康的に笑っている姿が好き」とか、細分化されています。だからきっと、1コマ1コマを止めて観て、お気に入りのアイドルの、お気に入りの一瞬を堪能するだろうと思いました。

下岡:そういう「コマ送りの文化」への対応力が、神風動画さんは際立っているなと感じます。1フレームたりとも妥協せず、指先のチラツキひとつにも目を凝らしてくださった。画面を拡大しても、スローモーションにしても、1フレームを切り出しても、アイドルたちが生き生きしているのはもちろん、その性格までもがにじみ出ている。

根岸:「巻き戻して何度も観たくなるものにしたい」ともおっしゃっていましたね。その言葉通り、1回観ただけでは吸収しきれないボリュームの見どころを詰め込んでくださいました。キッチンのカットの背景に、過去に発売したグッズの「王様プリン専用スプーン」が描き込んであったりするんですよ。「IDOLiSH7」というコンテンツを隅々まで知りつくしていなければできないことです。

水崎:スタッフの熱量がすごくて、気づかないうちに画面の密度や情報量が増えていきました(笑)。41秒目からのキャラクターが音楽記号の上で歌うシーンは、当初止め画の予定でしたよね。

下岡:いつの間にか、大和(やまと)が足を揺らし始め、ナギがウインクをして、環(たまき)の目元が表情豊かに動き始めた......。

水崎:目の演技にこだわるのは、神風動画の社風ですね。CGキャラクターはまばたきを忘れがちなのですが、そこを雑にしないことで、細やかな感情や、気持ちの変化を表現できます。

下岡:ダイナミックにカメラを動かすシーンがある一方で、壮五(そうご)の腰や、三月(みつき)の背中をクロースアップのスローモーションで追いかけるシーンもあった。これもまた、3DCGならではの見せ方ですね。

水崎:それもスタッフのアイデアです。生っぽくて、ドキッとしますよね。ただ、観ているファンに「これって3Dなの?手描きなの?」と思わせたら負けだというのが僕の考えです。「どっちでもいいや。素敵だから」と思っていただける映像を目指しています。

根岸:本当にそうですね。ファンの皆様に喜んでいただくことが着地点なので、そのための手段を意識していただく必要はありません。

▲どちらのカットも、「IDOLiSH7」の世界を知りつくした神風動画のスタッフだから可能な、サービス精神と遊び心に溢れた描き込みが素晴らしい。【左】画面中央には、過去に発売したグッズの「王様プリン専用スプーン」が描き込まれている。左上のメモには「プリンはお手伝いの後で!ヽ(`Д´)ノ」という壮五の伝言が書かれているそうだ/【右】陸への励ましが込められた手書きのメッセージは、筆跡や文字の大小から書き手の性格がにじみでるよう工夫が凝らされている。また『RESTART POiNTER』の楽曲を基に、この譜面を打ったのも神風動画のスタッフだという。その多芸多才ぶりに心底から脱帽する

1%しか気づかない違和感を指摘する

下岡:『RESTART POiNTER』の尺はリズムゲームの中だと約1分半まで縮めていますが、フルだと5分ちかくあります。当初は、フル尺でMVをつくってほしいとお願いしましたね。

水崎:はい。でも「飽きる」と言ってお断りしました。「5分は長すぎる。短くしていただけたらつくります」とお答えしたら、MV専用の3分バージョンをつくってくださった。

下岡:言われたときは「えー!」(飽きさせないものをつくるのが、そっちの仕事でしょ!)っていう反応でした(笑)。ただ、冷静に考えてみると、僕らは同じ理由でゲームの尺を1分半と決めているのです。それぞれのコンテンツに適切な尺があると考え直し、ならば最高のMVサイズを制作しようと思いました。

水崎:これまでにMVを10本以上つくってきましたが、5分もあるとどこかで間延びしてしまうのです。尺に関わりなく「がんばって盛り上げます!」と答えるのが本当のクリエイターだと思いますが、力量不足で快諾できませんでした。

根岸:そういう点も含めて、神風動画さんの仕事にはひとつも?がなかったですね。だから安心して本音をぶつけることができました。

水崎:つくっていく中で、段々と本性が出てきて仲が悪くなるよりは、最初から「僕はこういう人間です」とお伝えした方が上手くいくような気がするのです。

下岡:実際、上手くいったと思います。途中段階の映像をチェックするたび、僕たちはその中の違和感を指摘し続けてきました。「ここで終わらせても十分だろう」と思える節目は何度もあったし、つくる苦労を思うと「直してください」と言うことへの申し訳なさもありました。でも、「妥協は死」ですからね......(笑)。

水崎:僕も「もういいんじゃないかな」と思ったことが何度かありました。でも、以前のバージョンを今になって見返すと「やっぱりダメだったな」とわかります。お2人が指摘した違和感は、ファンも当然感じるでしょうからね。

下岡:例えば、カメラがステージ上手(かみて)側の俯瞰(ふかん)から、下手(しもて)側のアイレベルへと移動するカットは、7人の動きに違和感があると指摘しました。前後のカットに比べると異質な、目指す存在感とはちがう3DCGっぽいヌルっとしすぎる動きが気になったのですが、修正の結果、すごく良くなりました。

根岸:動きのタイミング、ホコリの舞い方、髪の毛のほつれ具合など、下岡の指摘は細かくて、そんな微細な違和感に気づくファンは1%未満だろうと思うものもありました。でも、その1%のためにクオリティを上げるこだわりは、すごく正しいと思っています。

水崎:陸の息に合わせてホコリがフッと舞うことに気づく人が1%だったとしても、あのカットの陸の存在感にときめく人はもっといると思います。「理屈はわからないけど、なぜだかあのカットは刺さった!」ってね。

下岡:観る側はその理屈を知らなくてもいいですが、創る側は知っておく必要があるし、違和感があるなら減らす努力をするべきだろうと思っています。今回はその努力の量がすごかったので、息を呑むようなアイドルの存在感に加え、ライブの空気感まで表現してもらえた。僕は嬉しいです。

根岸:このMVを観た人が、観る楽しさだけでなく、つくる楽しさにも目を向けてくださると、さらに嬉しいですね。

下岡:僕自身、こういう映像やゲームと一緒に育ち、今も他の人がつくったものを楽しんでいます。一方で、自分がつくったものを他の人に楽しんでもらえることはすごく幸せな経験だと思うのです。この座談会を読んでくれた人が、いつか創る側にまわり、新しいコンテンツが生み出されることを期待しています。

水崎:CGや映像の現場での女性の活躍を、以前から僕は意識してきました。今回は、MVの内容と、女性スタッフの強みを活かすという方針が上手くかみ合った結果、僕の予想を超える出来映えに仕上がったと感じています。このMVが心に刺さった人は、ぜひ業界に入ってきて、さらに上をいく映像をつくってほしい。本作が、そういうながれを後押しするシンボルのひとつになればと願っています。

▲【左】IDOLiSH7のセンターである陸が最初のメロディを歌い出す、13秒目からのカット。髪で隠された目元、無数のライトに照らされ浮かび上がる空気中のホコリなど、実写のライブ映像の見せ方をベースにした演出が施されている。陸が一際声高らかに歌うと、その息に合わせてホコリが舞い散る繊細な表現を堪能してほしい/【右】7人が立つライブステージと、それを見守るファンを撮ったカット。黄色のケミカルライトを振るファンの手に、別のファンが振る緑色のケミカルライトが反射している。このような細やかな表現の積み重ねが、ライブの空気感まで感じる映像を生み出している


▲1分18秒目以降のカットは、3DCGならではのダイナミックなカメラワークが付けられている。目まぐるしく見え方が変わるステージとアイドルは、当初どちらも1秒24コマで表現されていた。しかし「3DCGっぽい、ヌルっとしすぎる動きが気になる」という下岡氏の指摘を受け、7人のアイドルのコマ数のみ12コマまで減らされた。ただし、床に映るアイドルの影は24コマで動くため、全フレームでアイドルの位置を影に合わせて移動させている。さらに、7人全員が同じタイミングで動くと違和感が残るため、隣り合うアイドル同士でタイミングをずらしてある


▲After Effectsのキーフレームを見ると、三月、陸、壮五が動いた後で、ナギ、一織、大和、環が動く設定になっていることがわかる

予告

  • 『月刊CGWORLD vol.217』
    (2016年9月号)


    8月10日(水)発売の『月刊CGWORLD vol.217』では、「短期連載 IDOLiSH7『RESTART POiNTER』MV 後編」を掲載!!プロジェクト開始直後に試作された陸の3Dモデルにはじまり、以降のモデリング、リギング、アニメーション、カメラワーク、撮影(コンポジット)の各工程を、メイキング画像と共にご紹介します。

    神風動画のスタッフたちの気迫と熱量を、ぜひご堪能ください。

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作品情報

  • 『アイドリッシュセブン』
    ©アイドリッシュセブン
    〔ジャンル〕音楽・AVG(アドベンチャーゲーム)
    〔発売〕バンダイナムコオンライン
    〔価格〕無料(一部アイテム課金あり)
    http://idolish7.com