映画『怪物はささやく』が上映中である。スペインのアカデミー賞に該当する第31回(2017年度)「ゴヤ賞」で9部門にノミネート、監督を務めたJ.A.バヨナは監督賞を受賞したほか、2016年のスペイン年鑑映画興収No.1を達成した。世界的なベストセラー小説を映画化した本作、ストーリーテリングを成り立たせる上では、3DCGアニメーションとVFXが実に効果的に用いられている。今回、特別にバヨナ監督へのインタビューが実現したので、ここにお届けしよう。

INTERVIEW_大口孝之 / Takayuki Ooguchi
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
Special thanks to GAGA



『怪物はささやく』本予告

<1>ドローイングと特撮がもたらす映画のマジックをVFXに込める

イギリスの田舎町で暮らす13歳の少年コナー(ルイス・マクドゥーガル)は、窮地に追い込まれた生活を送っていた。彼の母親(フェリシティ・ジョーンズ)は難病(具体的には語られないが、おそらく末期ガン)に苦しんでおり、離婚した父親はアメリカで別の家庭を築いている。祖母(シガニー・ウィーバー)とは反りが合わず、どうしても好きになれない。さらに学校では日々いじめに会っていた。そんなコナーの部屋に、夜ごと12時7分になると巨木の怪物が現われては、「3つの物語を聞かせるから、4つ目はお前が真実を語れ」と迫ってくる。

『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー

© 2016 APACHES ENTERTAINMENT, SL; TELECINCO CINEMA, SAU; A MONSTER CALLS, AIE; PELICULAS LA TRINI, SLU.All rights reserved.

47歳の若さで亡くなった、英国の作家シヴォーン・ダウトが残した草稿をベースに、米国出身のパトリック・ネスが完成させたヤングアダルト向け小説『怪物はささやく』を映画化した作品だ。原作は、日本でも第58回(2012年度)「青少年読書感想文全国コンクール」中学校の部の課題図書に選出されており、実際に読まれた方も多いだろう。ネスは今回、製作総指揮と脚本も担当している。
過酷な状況に置かれた子供が、現実から逃避するため空想世界に救いを求めるという内容は、ギレルモ・デル・トロ監督の『パンズ・ラビリンス』(2006)や、ロシア映画の『オーガストウォーズ』(2012)なども連想させる。だが本作は単純な空想だけでなく、時々爆発的な破壊行動を見せるコナーの、内面に棲む"怪物"を表現するという深みも併せもっている。原作との大きな相違点は、コナーに唯一理解を示し、お節介を焼く、幼馴染みのリリーの存在がなくなっていることだ。これによってコナーの孤独感が、より一層強調されることになった。

『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー

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監督を務めたJ.A.バヨナ(Juan Antonio Bayona)は、スペインを拠点として活動しており、デル・トロが製作総指揮を務めた『永遠のこどもたち』(2007)で、長編映画の監督を経験した。その時、『パンズ・ラビリンス』の製作総指揮だったプロデューサーのベレン・アティエンサに才能を見出され、以降『インポッシブル』(2012)に続き、本作でもタッグを組んでいる。本作では、母親は画家志望だったという設定が加えられ、その影響でコナーはいつもスケッチブックにモンスターやクリーチャーの絵を描いている。この理由について、バヨナ監督に聞いてみた。

J.A.バヨナ監督(以下、バヨナ):原作では、主人公の少年は絵を描かないんだ。絵を描くというアイデアを脚本に加えたのは僕なんだよ。僕の父は画家で、その影響で子供の頃から絵を描くのが好きでね、これまで絵を描くことから様々なインスピレーションをもらってきたよ。母親がコナーに絵を教えるときのセリフは、父が僕に教えてくれた時の言葉なんだ。

  • 『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー
  • J.A.バヨナ/Juan Antonio Bayona

    1975年、スペイン・バルセロナ出身。『永遠のこどもたち』(2007)で長編映画監督デビューを果たす。同作がカンヌ国際映画祭で初上映されたとき、スタンディングオベーションが10分間鳴り響いたことでも知られる。その後、スペイン国内で封切られ、初日からの4日間の興行成績はその年の最高を記録し、当時はスペイン映画史上第2位となった。また、ゴヤ賞で14部門ノミネートされ、新人監督賞を含む7部門で受賞、一躍その名を知られる。
    続く、ナオミ・ワッツ、ユアン・マクレガー主演の『インポッシブル』(2012)は、世界中で1億8,000万ドルの興行収入を記録し、ゴヤ賞では監督賞を含む5部門で受賞する。ガウディ賞でも監督賞を含む6部門での受賞を果たす。そのほか、TVシリーズ「ナイトメア ~血塗られた秘密~」(14)も手がけている。最新作は、『ジュラシック・ワールド』(2015)の続編(原題:Jurassic World: Fallen Kingdom)。


またおそらくバヨナ監督は、若い頃から特撮映画を自主制作しているような人物であったことが、作品から滲み出てくる。実際に本作においても、母親が1933年版『キング・コング』のファンという(猿映画研究家である筆者好みの)濃~い設定も加えられ、コナーが8mmフィルムを鑑賞するシーンが登場する。また室内のインテリアとして、プラキシノスコープなどの視覚玩具が散りばめられており、素朴なトリック映画の時代への愛を感じ、実際に監督に確認してみた。

『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー

バヨナ:僕は古い映画が大好きなんだ。実在する物を用いると、CGでは出すことができないリアリティを出せる。実際に僕たちは、オリジナルの『キング・コング』から多大なインスピレーションを受けているよ。

この「実在する物を用いると、CGでは出すことができないリアリティを出せる」という発想は、ミニチュアや水落しなど伝統的な特撮技術と、CGを上手くブレンドさせて非常に迫力ある津波シーンを出現させた『インポッシブル』でも感じられる。この映画は、スマトラ島沖地震による大津波を題材としていたのだが、同じ津波が登場するクリント・イーストウッド監督『ヒア アフター』(2010)よりもリアリティを覚えたのだ。
なぜなら『ヒア アフター』の津波は、Scanline VFXが高精度の流体シミュレーションを提供していたが、襲って来る海水が遊園地のプールのように透き通っており、いかにも"頭で考えました"というような印象だったのだ。一方で『インポッシブル』では、巨大なウォータータンクで人工の濁流を発生させ、そこに俳優たちを実際に流すという、かなり危険な撮影を試みている。当然、水は濁り、様々な浮遊物も流れてくる。こういった計算外の要素が、映像に恐ろしいほどの現実感をもたらした。

バヨナ:『インポッシブル』と『怪物はささやく』では、両作共VFXスーパーバイザーのフェリックス・ベルヘス(Félix Bergés)と仕事ができてとても幸運だったよ。彼は常に、最もリアルに見せる方法を探求していて、『インポッシブル』ではリアルなビジュアルに仕上げるために、あえて流体シミュレーションは使用しないようにしたんだ。

『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー

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本作の一方の主役とも言える"怪物"は、主人公の自宅近くに生えている、イチイの樹の精という設定である。そのデザインは、原作本に使用されたジム・ケイによるモノクロのイラストから発想された。ケイのイラストは、水彩の吹き流し(ドリッピング)技法を多用して、樹木の枝のような表現を行っており、この仕事に対し英国で出版された絵本の中で最も優れた画家に贈られる「ケイト・グリーナウェイ賞」を受賞している。

ーー今回もCGだけではなく、アニマトロニクスと上手くブレンドすることで、変化のある画面を実現されていると思います。そういった手法の使い分けというのは、やはり意識されたのでしょうか?

バヨナ:『怪物はささやく』こそ、アニマトロニクスを使用するべきだと判断したんだ。最近は観客がCGに慣れてきているから、アニマトロニクスを使うのは難しくなっているね。でも、アニマトロニクスとCGを組み合わせるというアイデアは、素晴らしいと思うんだよ。複数の手法を組み合わせることが、よりリアルなビジュアルを創り出すカギだと思うんだ。

『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー

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<2>バルセロナとロンドンのスタジオがVFXワークをリード

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<2>バルセロナとロンドンのスタジオがVFXワークをリード

――エフェクトを手がけたスタジオの役割分担を教えて下さい。

バヨナ:怪物の制作は、複数のスタジオの共同作業だったので、それぞれの仕事を上手くまとめることが求められたんだ。まず怪物のデザインだけど、原作のジム・ケイのイラストから着想を得たものに、DDT SFXが手を加えて仕上げている。その後、DDTがアニマトロニクスを駆使して巨大な頭、両腕、片足を作ったのさ。つまり30年代に『キング・コング』で用いられた方法と同様の手法だね。

『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー

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DDT SFXは、1991年にバルセロナで創業した特殊メイク、アニマトロニクス、特殊効果などを手がける工房で、『ヘルボーイ』(2004)、『パンズ・ラビリンス』、『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』(2008)など、デル・トロ監督お気に入りのスタジオでもある。同社は『怪物はささやく』において、コナーと絡むシーン用に実物大のアニマトロニクスを制作した。だが怪物の全長は12mもあり、その全てを造るには予算的にも技術的にも非現実的である。そこで胸から上と、両腕の肘から下、そして右足が、DDTのスタッフ40人によって造形された。不足している箇所は、MPCがアニマトロニクスの質感をスキャンして、CGで補っている。怪物がフルサイズで動き回る場面は、声も担当している俳優のリーアム・ニーソンが演じ、MPCがモーションキャプチャをベースにCG化している。

『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー

『怪物はささやく』:3DCGアニメーション&VFXメイキング

バヨナ:『キング・コング』では、(実物大のアニマトロニクスと)ストップモーション・アニメーションを組み合わせていたよね。一方、僕たちは(アニマトロニクスと)CGとモーションキャプチャを使ったけど、創作方法に対する考え方は基本的に同じだ。

  • 『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー
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  • 『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー
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怪獣のイメージボード例

これらの全工程をスーパーバイズしたのが、2004年にマドリードで創業したVFXプロダクションのEl Ranchitoである。同社はCMのVFXをメインに活動していたが、スペイン映画の『アレクサンドリア』(2009)や『私が、生きる肌』(2011)を手がけ、『インポッシブル』でも活躍している。またテレビシリーズの『コスモス: 時空と宇宙』(2014)や、『ゲーム・オブ・スローンズ』のシーズン5-6(2015~16)も担当した。

『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー

怪獣のコンセプトアート例

怪物が語る「3つの物語」の内の2つのお伽噺(3つ目は性質が異なり、明確なストーリーがない)と、コナーが祖母の部屋を破壊するシーンは、水彩調のアニメーションで表現されている。これを手がけたのは、1995年にロンドンのソーホー地区で創業したGlassworksが、2001年にバルセロナに設立したGlassworks Barcelonaであった。同社は、ジム・ケイのイラストのテイストを活かした水彩によるイメージボードを大量に制作し、この質感をそのままアニメーション化することを目指した。そして絵の具を水に溶いた素材を実写撮影し、3DCGのテクスチャ、あるいは背景やエフェクトのレイヤーとして用いた。流体シミュレーションで作られた絵の具の拡がりもある。

『怪物はささやく』第1の物語+予告編

この2つのお伽噺の役割は、「絶対的に悪である人も善である人も存在せず、全ての人は両面を持っている」ということを主人公に教えるものだが、そもそもこの怪物自体がコナー本人の内面の存在であるから、彼は最初から気付いているのだ。だが、そこから導き出される"真実"を否定したくて拒み続ける。これが第4の物語となり、その意味するものはぜひ映画を鑑賞して知ってほしい。この真実に辿り着く葛藤は、地割れや教会の倒壊といったスペクタクルな映像として表現される。この場面は、DDT SFXによるミニチュア特撮と、El RanchitoのCGによるセットエクステンションやコンポジットで描かれた。

MPC "A Monster Calls" VFX breakdown

そしてこのシーンのコナーと母親が繋いでいた"手"や、彼と祖母が和解する場面の踏切、ラストで明かされる怪物の由来など、バヨナ監督はたった1カットで多くを語ってみせる。凡庸な監督ならセリフで説明したり、ナレーションを被せたり、不必要にカットを割ったり、回想シーンを挿入したりなどやりがちなのだが、彼はそういう野暮なことをしない。あくまでも1枚の絵の力を信じているのだ。やはり画家だった父親の影響を強く感じる。
こういった才能がハリウッドの人々にも注目され、ついに超大作の監督として抜擢されることになった。

『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー

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バヨナ:現在、『ジュラシック・ワールド』の続編を撮っているんだ。非常に多くのことを学ばせてもらっているよ。VFXはILMが担当しているんだけど、スタッフ全員が情熱にあふれ、素晴らしい仕事をしてくれていて、多くの刺激をもらっているよ。VFXの作業は実に面白いんだ。撮影と編集の段階でストーリーを完成させ、最後にVFXを加えていくんだけど、どんどん素晴らしい映画に仕上がっていくんだ。この時の高揚感はたまらないね!

『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー

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そう。バヨナ監督は、実に"こちら側"の人間だったのである。

info.

  • 『怪物はささやく』J.A.バヨナ監督インタビュー
  • 映画『怪物はささやく』
    全国で上映中

    監督:J.A.バヨナ
    原作・脚本:パトリック・ネス
    原案:シヴォーン・ダウド
    プロデューサー:ベレン・アティエンサ
    プロダクション・デザイナー:エウヘニオ・カバイェーロ
    撮影監督:オスカル・ファウラ
    VFXスーパーバイザー:フェリックス・ベルヘス(El Ranchito)
    VFX制作:El Ranchito、MPCほか
    SFXスーパーバイザー:パス・コスタ(DDT Efectos Especiales)
    アニメーション監督:エイドリアン・ガルシア(HEADLESS PRODUCTIONS)

    アニメーション制作:HEADLESS PRODUCTIONS、Glassworks Barcelonaほか
    配給:ギャガ

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