CGWORLD本誌で毎年実施しているCGWORLD白書。業界で働く方々にアンケートに答えてもらい、ワークスタイルから将来のビジョンまで様々な角度からデジタルアーティストの実態に迫っている。本記事では、今年のCGWORLD白書の福利厚生についてのアンケートに関連して、社員にとって働きやすく、長く仕事を続けられる職場環境づくりに力を入れているCG制作会社、コロビトに同社の取り組みを伺った。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 228(2017年8月号)からの転載となります
TEXT_佐藤平夥 / Hyoka Sato
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
コロビトの誕生
CGWORLD(以下、CGW):御社の設立と業界の現状についての所感をお聞かせください。
大島夏雄氏(以下、大島):僕は大学卒業後、モデラーとして8年ほど業務委託で仕事をし、その後2年ほどフリーランスで活動し、コロビトを設立しました。業務委託として出向しているときは、プロジェクトリーダーとして主役級の3Dモデルをつくったり、クオリティを管理したりしていましたが、主役級は制作会社内でつくることが多いため、フリーランスになってからは、前ほどメインとなるものはつくれなくなりました。自分がつくったものが最終的にどういう画になって、どういうアニメーションが付くのかわからないまま作業して、ゲームや映画になって世に出てやっと見られる状態で、そういうことがやりたいんじゃないのに......と。最終的な画を確認しながら仕事をした方が楽しいし、効率が良いけど、ひとりでは難しいと思って会社を設立することにしました。
CGW:働きやすい環境づくりを意識されているそうですね。
大島:働きやすい環境という点では、フリーランスのときに知人の若い社員が「結婚を考えているけど、今の収入や仕事帰りの遅さじゃ結婚できない」と話しているのを聞いたことがあったんです。もちろん大手商社や銀行勤めの方に比べたら安いかも知れないけど、普通にお給料を払ってもらえれば、CGの仕事だってそこそこ稼げるはずなのに。そういうことを知り合いの社長と話しても「ものをつくることはそういうことじゃない」と言われてしまって(苦笑)。それにCG会社は裁量労働制がほとんどで、残業代の支払いとかは難しい、と。だから自分で会社をつくるときは、本当にできないのかやってみようと思いました。設立から最初の3ヶ月は僕ひとりでしたが、だんだん人が増えて今に至っています。
塙 学氏(以下、塙):私は前の会社では業務委託で、転職してコロビトに来ました。以前は1週間帰れないこともあったのですが、結婚したいと考えていましたので、今後家族となる人のためにも、もう少しまともな生活が送れる会社で働かなくてはという思いが強くありました。大島社長は「健全な会社を目指している」と話してくれましたし、個人的な理由がない人以外は全員正社員だったという点も良いなと思い、コロビトに転職しました。
大島:以前のCG業界はゲームムービーが主体で仕事の種類が少なく、CGをつくれる会社も限られていました。しかし今は、フィギュアの原型やTVのオープニング、毎週のTVドラマ......例えば『デスノート』(2015)のようにCGがふんだんに使われている作品もあって、仕事は増えています。CGクリエイターの人口も増えてきていますが、一方で扱うソフトも増え、これから業界に入る人は大変だと思います。何でもひとりでできるフリーランスの方なら問題ないでしょうけど(笑)。会社という組織は、様々なソフトをみんなで触れることが強みかもしれません。セットアップが好きな人、エフェクトが好きな人など、いろいろなタイプの人がいるので、情報が入ってきやすい良さがあります。
塙:社員かフリーランスか業務委託かは、各々の向き不向きがあって、それぞれの良さ・大変さがあるので、自分に合った働き方を選ぶことが大切ですね。
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働きやすい職場を目指して
CGW:御社で行なっている、働きやすい環境づくりについてお聞かせください。
大島:基本的な部分では......労働時間は13時~17時をコアタイムとしたフレックス制で、月に159時間は働いてもらい、それ以上は残業代を支払っています。
塙:基本的な労働時間が決まっているからこそ、その中で作業を終えられるように効率化しようと頭を使います。時間がある限りいくらでも作業を続けるやり方では成長しないのではないか、と個人的には思いますね。
大島:有給休暇も100%取得してもらっています。有効期限があるので、たまっている人には僕の方から「そろそろ切れそうだから、今月末に4日くらいとってね」と取得を促しています。
塙:有給をためて海外旅行をする派もけっこういますよ。今(取材時)もひとり、3週間ほどインドに旅行へ行っています。
CGW:それはすごいですね! その間、仕事が滞ることはありませんか?
大島:1週間以上休むときは2ヶ月前に申請するルールにしているので、あらかじめ人手を把握できます。最初からいないつもりで仕事を調整するので大丈夫ですよ。
塙:休暇に関しては、冠婚葬祭時にお休みがもらえることも重要です。家族や友人の大事な行事ですから、参加できないとせっかくの人間関係が疎遠になり、結果として自分の世界・視野が仕事だけになって狭くなってしまうかもしれません。コロビトは休暇がもらえるので、私は社会から隔離されていないという実感があります。
大島:福利厚生としては、健康診断に加え2年に1回の人間ドック(30歳以上)、中小企業退職金共済(中退共)や三大疾病付きの保険への加入などもあります。本人だけでなく、奥さんとか家族にも安心してもらえますし、何より体が資本ですからね。ほかには育児休暇もありますよ。女性だけでなく、男性の育児休暇も奨励しています。
塙:実際に私や男性の上司も1ヶ月ほど育児休暇を取らせてもらいました。
大島:会社の設備面だと、コロビトは新しいソフトや3D素材、レンダリング・業務用PCもすぐ買っちゃいますね。残業代を出して長時間働いてもらうよりも、ソフトや素材を買う方が費用対効果の面で安いというスタンスです。レンダリング機材も社員数に比べて多いと思います。少ない台数で処理速度が遅くなれば、かえってお金がかかりますから。
塙:全員デュアル・ディスプレイなのも、効率の面で大きく貢献しています。
大島:PCもなるべく良いものを使って、処理速度を速くするようにしています。PCを2台使っている人もいますよ。道具のせいで時間がかかることが嫌なので、贅沢に導入しています。また、新しいソフトの講習会も行なっています。
デュアル・ディスプレイで作業する同社CGモデラーの菊地 成氏。「もうシングルモニタには戻れません」とは塙氏の言葉
CGW:社員の方目線で、働いてみていかがですか?
塙:私はコロビト在職時に結婚・出産を経験しています。結婚式も出産のときも、数日の特別休暇をいただきました。出産時は、妻の実家まで行き、無事に立ち会いもできて良かったです。素直に感動したと言いますか......もし立ち会わなかったら「生まれたんだね、良かったね」っていう言葉だけになって、身近に感じられなかったかもしれません。すごく苦しそうにしている妻の姿を見て「ああ、すごくがんばってくれているんだな」と感動しましたし、より「仕事をがんばらなくちゃ!」という気持ちになりました。さすがに忙しい時期だと難しいかもしれませんが、運良くプロジェクトが終わりの時期に入ったので、その後1ヶ月ほど育児休暇も取っています。
CGW:男性の育児休暇はまだまだ珍しいですよね。取られてみていかがでしたか?
塙:すごく良かったですね。育児休暇中も給料の6~7割の給付が受けられます。給付額の算定の基準には、基本給だけでなく残業代も含まれているので、それなりの金額をいただけました。もちろんお金のことだけでなく、家族との関係という面でも、育児休暇を取れたことは大きかったです。女性は産後、昼夜関係なく3時間ごとの授乳や頻繁なオムツ替えなどを行うため身体的にも辛いですし、ホルモンバランスの関係で精神的にもとても不安定になります。そんなときに支えてあげられなかったら、下手したら離婚の可能性も出てきちゃうくらい重要な時期でした。
CGW:産褥期とか、産後うつ・産後クライシスといわれる問題ですね。
塙:はい。出産前は気にならなかったような些細なことでも精神的に参ってしまうんです。私は男なので全ては理解できないかもしれませんが、納得しようとする姿勢は必要だと感じました。そういう不安定な時期に妻を手伝えたことは、良かったです。実際の育児経験は今後にも活きてきますし、1ヶ月があっという間でした。
CGW:大切な時間を過ごされたのですね。その一方で、会社の負担は大きくなりませんでしたか?
大島:会社の負担はそこまで大きくないですね。1ヶ月くらいじゃブランクにもならないですし、他の人ができる仕事もありますから。もし休暇中の給付金を全額会社が負担するとなると大変ですが、ハローワークの育児休業給付という制度があるので、金銭的な負担もそれほど大きくはありません。それに、生涯で何十人も子どもを産むわけではありませんから。だったらしっかり休んで家族との時間を大切にして、また会社に戻って仕事をがんばってもらった方が会社としても良いですし、僕もその方が嬉しいですね。
塙:私は、先輩の姿に将来的な自分の姿を見ると思うんです。私自身、コロビト入社時に既婚者やお子さんのいる社員がいるのを見て、自分も結婚できる・子どもをもてると安心しましたし、上司が育児休暇を取っていたり、子どもの風邪の対応に有給で休んでいたりするのを見て、私も取って良いんだと思えました。
大島:働きやすい環境というのが差別化になるのであれば、そういう環境が良い人材をつれてきてくれたり、社員が長く働いてくれたり、会社のメリットは大きいと思います。
これからの展望
CGW:最後に、御社の今後の展望をお聞かせください。
塙:私的なことでは、共働きをしながら、将来的には2人めの子どもがほしいです。会社的なこととしては、今は人数がそれほど多くないから上手くまわっている面もあるので、今後、人が増えて、扱うデータ量やアセット管理が増えても、効率的に仕事をまわせるパイプラインを構築したいです。自分の仕事の効率化のために書いたスクリプトがあるので、その共有も試みています。
大島:会社としては、続けてもらえる社員には長く続けてもらいたいので、社員だけじゃなくて、その恋人や奥さん、友人などまわりの人にも好かれる会社にしたいですね。「そんな会社は辞めた方が良いんじゃない?」と大事な人に言われると、辞める大きな動機になってしまいますから。
塙:私も妻に言われたらきっと考えてしまいますね......。
大島:仕事的には、最近ハイクオリティな案件をいただき、すごく面白いので、こういう仕事の比率を増やしていきたいです。後は、僕は働いて17年目なのですが、今でも現役モデラーをしています。同年代の人は、会社で偉くなって管理や後輩の育成・交渉ごとにまわり、上手いのに自分ではつくらなくなっちゃうことも多い。最初はものをつくりたくてこの業界に入ったのに、つくらなくなっちゃうのは寂しいですし、30~40年もキャリアがある人がつくったら、一体どんなすごいものがつくれるのか見てみたいです。だからコロビトでは、キャリアがある人も現役クリエイターとして30年40年やっていただきたいですね。そして僕自身も、これかもずっとつくり続けたいと思っています。
サーバルーム。将来を見越し、長い目で考えて、機材まわりへの投資は贅沢に行われている