単身アメリカ・サンフランシスコに渡り、トンコハウスの堤 大介氏、ロバート・コンドウ氏とともに『ダム・キーパー』(2014)、『ムーム』(2016)の制作に携わったコンセプトアーティストの長砂賀洋氏。数々の紆余曲折を経て独自のスタイルを築きあげる長砂氏が、どのような道を通りどのような考えをもってここまで進んできたのか、お話を伺った。

INTERVIEW_UNIKO
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

<1>堤さんの活動を見て「本当にやりたいこと」に気がついた

CGWORLD(以下、CGW):今日はよろしくお願いいたします。今はトンコハウスのお仕事をされているんですか?

長砂賀洋氏(以下、長砂):そうですね。フリーランスとしてトンコハウスのプロジェクトをメインに活動しています。トンコハウスの仕事はクオリティがものすごく高いので、毎回チャレンジで、勉強になりますよ。

  • 長砂賀洋/Yoshihiro Nagasuna(コンセプトアーティスト)
    鳥取県出身。京都精華大学テキスタイルデザインコース卒業。アニメ美術背景スタッフとして多数の作品に携わった後、渡米。トンコハウスの堤 大介、ロバート・コンドウ監督作品『ダム・キーパー』ペイントリード、『ムーム』アートディレクター、『ダム・キーパー』グラフィックノベル全3巻・アートリードを務める。現在もトンコハウスのプロジェクトに参加中

CGW:トンコハウスが立ち上がる前から『ダム・キーパー』の制作に関わって、その後『ムーム』でもアートディレクターとしてご活躍されていましたね。どういうきっかけでトンコハウスと関わるようになったんですか?

The Dam Keeper: Official Trailer #1

Moom Official Teaser: New Short from the creators of The Dam Keeper

長砂:アニメ制作会社で背景美術の仕事をしていたときに、このままでいいのかな? という漠然とした思いがあって。そんなときにWebで堤(大介)さんの「トトロフォレストプロジェクト」「スケッチトラベル」を知って、堤さんの世界に惹かれたんです。どちらも世界中のアーティストの絵をたくさん見ることができるサイトで、それを見ていると心が踊る感覚があって。今ならよくわかるんですが、「絵でコミュニケーションを取ろうとしている」「人とつながるための絵」だな、と感じたんですよね。本当にやりたい方向に気がついたきっかけでもあり、トンコハウスとのつながりが始まった瞬間でもあります。

Sketchtravel trailer ENGLISH

CGW:そこから思い立ってすぐアメリカに?

長砂:すぐではないですね。まず「僕はこんな絵を描いている人間で、アメリカに行って絵の勉強がしたいんです」みたいなことを堤さん宛にメールで送ったんですよ。そうしたら堤さん本人からちゃんと返信があったんです。そして「アメリカで絵を勉強するならサンフランシスコやNYみたいな大きな都市に行くといいよ」とアドバイスをいただけて、迷うことなく堤さんがいるPixarのあるサンフランシスコに行くことに決めてお金を貯めはじめました。

CGW:堤さんから返信があるなんて期待していましたか?

長砂:まさか! まったく期待していませんでした。

CGW:行動あるのみですね。

長砂:本当ですね。メールを送ることもそうですが、「メールを送って来る人は結構いるけど、実際にアメリカまでくる人は少ない」って堤さんが言っていました。とにかくやってみるという行動力は若い間は特に大事ですね。僕の場合、英語なんて高校生で習った以来で使いものにならなかったし、パスポートももったことがなく海外での暮らしを考えると怖くなるときもありましたが、堤さんの言葉に突き動かされるようにアメリカに行ってしまいました。若さゆえの根拠のない自信があったんだと思います(笑)。


CGW:渡米してすぐに堤さんに会いに行ったんですか?

長砂:初めは語学学校に通いながら英語を勉強していました。あるとき、堤さんの「スケッチトラベル」の展覧会が開催されたのでそれに参加し、オープニングパーティでようやくお会いすることができました。「以前メールを送って、堤さんにアドバイスいただいてアメリカに来たんです!」と言ったんですけど、堤さん全然覚えてなかったですね。「そうだっけ!?」って(笑)。

CGW:そのときはまだトンコハウスは設立されていなかったんですよね?

長砂:はい。堤さんもロバートもまだPixarで仕事をしていた頃で、とりあえず堤さんに会うために行った感じです。そのときは、将来、堤さんとロバートの2人と仕事をするようになるなんて、想像すらしませんでした。

CGW:お2人と仕事をするようになったのはどういう経緯だったんでしょうか?

長砂:語学学校に通ったおかげで英語にもだいぶ慣れて、近所のアトリエに出入りして絵を描くという暮らしをしていたのですが、それもだんだんルーティンになっていったんですよ。「このままただアメリカにいても仕方がないな、日本に帰ろうかな」と思い始めた時期に、偶然、堤さんのWebサイトで「ロバートと自主制作をするんだけど、近くに手伝ってくれる若いクリエイターはいないかな?」って本当に小さく小さ~く募集してる欄があって、それがたまたま目に入って。

CGW:アンテナを張っていると、片隅だろうとちゃんと目に飛び込んで来るんですね。

長砂:そうなんですよね。諦めかけていたときにすごいタイミングだったと思います。すぐに応募のメールを送ったら「一度会って話をしましょう」ということになりました。そして、Pixarの目の前の建物の狭い一室で、堤さんとロバートの2人と並んで一緒に絵を描くという、これまでの自分からすると信じられない環境での暮らしが始まりました。このときに制作したのが『ダム・キーパー』です。


長砂氏が美術を描いた『ダム・キーパー』本編のスチル

CGW:日本に帰ってしまっていなくて本当によかったですね。お2人と一緒に仕事をしていかがでしたか?

長砂:はっきり言って、当時の僕の絵の実力では全然ついていける感じではなかったです。でも2人は僕に絵を描かせてくれたしいろいろなことを丁寧に教えてくれて、プロジェクトをスムーズに進めるよりも、僕の他にも何人かいた若いクリエイターを成長させようとしていました。『ダム・キーパー』の制作には最終的に70名くらいのスタッフが集まったんですが、全員ボランティアなんですよ。技術のあるクリエイターではなく、若くて情熱のある、これから成長したいという人ばかりでしたね。

Tonko House Family Profile #01 : Hiro Nagasuna -- The Dam Keeper Lead Painter

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<2>ものづくりへの情熱が「人とつながるための絵」を生むまで

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<2>ものづくりへの情熱が「人とつながるための絵」を生むまで

CGW:お2人の技術と気迫を至近距離で感じながら腕を磨いたんですね。長砂さんは、昔から絵が描きたくてこの道にまっすぐ進んで来られたんですか?

長砂:いやいや、かなり紆余曲折してここにたどり着いた感じです(笑)。高校生の頃にインテリアデザインに興味をもったんですが、受かったのが京都精華大学のテキスタイルデザイン科だけで。インテリアにもファッションにも興味があったから、テキスタイルは当たらずとも遠からずと考えて入学したんですが、やっぱりなんかちがうな、と思っちゃって。家具や服などとにかくものづくりへの情熱に任せていろいろと挑戦して壁にぶつかりつつ、ことごとく「ちがうな!」と確認していった学生時代でした。


CGW:何かを表現したいという抑えきれない情熱はあるものの、どう発散していいかわからなかったのでしょうか?

長砂:そうだと思います。何かをつくり出したいけど何がしたいかわからない感じでした。そんなこんなで悩んでいたんですが、大学4年のときに京都精華大学と京都造形芸術大学の学生で構成されたアニメチームと出会って、そこで美術を担当するようになったのがきっかけで、アニメーションをつくる楽しさを始めて知ったんですよね。それもキャラクターではなく、空気感が描ける背景美術に興味をもちました。

CGW:それでアニメ制作会社に就職したんですね。

長砂:実はそんなにシンプルじゃなくて。アニメチームのおかげで背景美術に興味をもったとはいえ、仕事にするまでにはアニメへの思いがいたっていなかったんです。何となくどんな仕事がいいかなと模索しながらゲーム会社を何社か受けましたが軒並み落ちました。スキルがない上にどうしてもゲームがつくりたかったわけでもないので当然なんですが。それで大学を卒業して1年間は実家のある鳥取に帰っていたんです。

CGW:実家に帰って、何がしたいのかを冷静になって考え直す期間にしたんですね。どう過ごされていたんですか?

長砂:実家では自主制作のアニメをつくったり、とにかくたくさん絵を描いたりしていました。そうこうするうちに自分らしい絵が溜まってポートフォリオができ、ようやく就職活動ができる準備が整いました。そんなときに『パプリカ』(2006)の今 敏監督作品の背景を描ける機会に恵まれたんですよ。

CGW:経験ゼロ、ですよね。

長砂:経験ゼロです(笑)。当時人手が必要だったらしく、参加させていただけたのは本当に幸運でしたね。『夢みる機械』という作品で、結局制作の途中で今監督が亡くなってしまい完成しなかったのですが、そのときに描いた背景美術をポートフォリオに入れることができたので、その経験も買ってもらえてアニメ制作会社に採用が決まりました。こんな感じだったのでなかなかトントン拍子にいかない時期が長かったけれど、自分のやりたいことが見つからずぶつかりまくって大学でアニメチームに出会い、今監督の作品に関わって、その後アニメ制作会社に入社して経験を積むことができた。どれも今の僕にはなくてはならない道のりでしたね。


CGW:先ほど長砂さんは、堤さんの活動から「人とつながるための絵」ということを感じ取って、自分が本当にやりたいことを見つけられたとおっしゃっていましたが、「人とつながる」「人との関わり」ということが長砂さんのクリエイティブの要なのでしょうか。

長砂:プライベートでも絵をよく観るんですが、制作者の人柄がわかるものがやはり好きなんですよ。絵を通して制作者の人間性がかいま見えた瞬間とか特に。あと、映画監督や制作者の生い立ちにも興味があって、彼らのことを徹底的に調べるのも好きで(笑)。やっぱり「人」に興味があるし、「人」が自分のものづくりの中心にあるのかもしれません。

現在、自主制作を手がけているのですが、そこでも自分の作品を観た人の気持ちが楽になって、共感してくれたらすごく嬉しいなと思いながらつくっています。あとは、何となく人の気持ちがわかる気がするんですよね。僕自身壁にぶち当たってばかりでしたが、それでよかったと思えるのは、様々な人の立場とそれぞれの気持ちを理解できるようになったからかもしれません。わかっているつもりだけかもしれませんが(笑)

CGW:先日CGWORLD +ONE Knowledgeでも講座を開かれましたが、そんな長砂さんですから、教える立場となってもなかなか上手く描けない人の気持ちがわかったりどこがまずいか見つけやすくなったり、かつての自分を見ているように共感できそうですね。

長砂:僕は自分に才能があると思ったことがありませんから(笑)。堤さんも「描いた量が多かったからこうなったんだよ」とよく言うんですが、絵はたくさん描けば誰でも上手くなるんですよ。まあ、堤さんの絵の才能はまちがいなくずば抜けていますが、それは別として絵の上手い下手というより、上達するのに重要なのは情熱があるかどうかなんです。


10年ほど前、長砂氏が絵の仕事を始めた当時の個人制作。「思いついた構図を描いてみたものですが、自分が最初に描けた"物語を感じられる絵"なので、今でも気に入っています。『見る人とのコミュニケーションを取ることができた最初の1枚』ですね」

CGW:現在、自主制作をされているとのことですが、経緯を教えてください。

長砂:偶然いい相方が見つかり、何となくそんな話をもち出したのがきっかけで、さらに彼には自分にはないプロデュース能力やビジネスの才能があるんですよね。いざ初めてみると、自主制作を通して「人とのつながり」が次第にできていって、そこからどんどんつながっていくのが新たな発見でした。仕事以外の目的で人に出会うことでまた新たな仕事につながり、かけ算のように自分の経験も人脈も可能性も広がっていくんです。自主制作と仕事を分けて考えたり、やる気に燃えて勢い良く自主制作を始めたものの結局続かなかったりするケースが多いと思うんですが、自主制作は仕事にもつながる部分がかなりあるので途中で投げ出すわけにはいかないですね。最後までやり遂げることで、また次のステップに進めると思うんです。


長砂氏が現在進めている自主制作プロジェクト『ドクターバク』

CGW:長砂さんはチャンスを逃さずどんどん道を切り拓いていますね。学生時代や若い頃は「とりあえずやってみよう」という勢いで失敗しても良いと思いますが、大人になるとなかなかそうはいかない部分がありますよね。長砂さんにとって、決断を下すときに基準となるものは何ですか?

長砂:僕が何かを行動に移すときのモチベーションになるのはまちがいなく「ストレス」ですね。楽しいと思えることがしたくて、それができていない今の環境が嫌だから行動に移すんです。アニメの会社にいたときも「このままでいいのか?」というストレスが自分を動かすエネルギーだったし、自主制作も、自分の作品を完成させたことがないストレスがモチベーションになっています。

CGW:現状に対する焦りや不満、もっと良くしたいというエネルギーが行動に移させるんですね。

長砂:ただ、ストレスを覚えて何かを始めるところまでは、上昇しようと言う勢いがあるので行動に移しやすいんですが、その気持ちを完成まで続けることが何よりも重要で難しいところですよね。思い立って行動に移したことをちゃんと完成させることで、次の段階にいけるんだと思います。僕にとってもちゃんと完成させることは当面の目標だし、それがあるからトンコハウスの仕事も頑張れる。ストレスは大切な原動力なので上手く付き合っていきたいですね。

CGW:自主制作では他にどういうことを目指していますか?

長砂:『ムーム』では未熟ながらもアートディレクターを務めたのですが、そこでは人との仕事のやり方を身をもって学びました。つくづく仕事って結局人間関係だな、と。最近では、クリエイターにもプロデュース能力が求められるようになりましたが、それも自分でできてはじめて様々なことができるようになりますからね。確固たる専門性をもちながら、さらにプロデュース能力も磨いていきたいと思っています。ただ、1人で全部やっていると時間がいくらあっても足りないので、本当に得意な人にある程度任せてチーム体制を整えるのも重要だと思っています。これもトンコハウスで学んだことですが、自分の専門性を極めつつ、全体とコラボレーションしていく感じですね。あと、今お話しした「専門性を極める」ことも今後さらに掘り下げるべき部分として大きなテーマになっています。


『ムーム』で長砂氏が制作したイメージボード

CGW:自身の専門性を極めつつ全体のバランスを上手く取って、良い作品になるよう磨き上げていくわけですね。長砂さんがおっしゃった「自身の専門性を極める」というのは、ただ絵をもっと上手く描けるようになる、というのとはちがう気がしますが......。

長砂:僕が良いなと思う作品にはどこか現実感や既視感があって、絵の向こう側に何を見せたいか、何を使って僕が思うリアルさを絵の中にもち込むか。これがさっきお話しした最近考えている大きなテーマでもあるし、自分の専門性を極められる部分だと思うんです。例えば、堤さんの場合はライティング、ロバートは質感や設定でリアルさを絵の中にもち込んで、作品を観た人に既視感を与えたり共感させたりできる「専門性」があるわけです。では僕はどんな「専門性」を極めて何を絵の中にもち込もうかな、と。

CGW:専門性でもあり、ある種の「フェチ」みたいな感じでしょうか。例えば光に関しては、オランダに行くと日本とは光の感じ方がだいぶちがって感じられたり、映画でも設定上ではカリフォルニアということになっていても、実際に撮影された場所がオーストラリアだったら無意識に違和感を覚えたりしますよね。とても微妙で説明しがたい感覚ですが、何かひとつ、意図的にこだわって観ている人の心理に働きかけるよう作品にマジックをかける。それが長砂さんらしい「専門性」となっていくのかもしれませんね。

長砂:その通りで、まさに「フェチ」と言う言葉がしっくりきます。何に自分がグッとくるかを明確にして、それをどうやって絵の中にもち込んでいくか。それを模索中なんです。

CGW:自主制作を通して、また長砂さんは何か発見していくんでしょうね。トンコハウスのお仕事をしながらの自主制作になりますが、とても楽しみにしています! 今日はありがとうございました。

長砂:自主制作に関しては、どのタイミングで公表するかはまだ未定で、内容もまだ詳しくお伝えできないのですが、目標としては秋頃の発表を目指しています。Twitterに公式アカウントがありますので、ぜひチェックしてみてください!