フリーランスのコンセプトアーティストとして数多くの映画やゲーム制作に参加する傍ら、イラストレーターとしても活動する大屋和博氏。そのキャリアパスや仕事に向き合う姿勢は2017年10月公開の記事でも紹介した。今回はそんな大屋氏と共に、同氏が学生時代(2010年)に制作した就活用ポートフォリオをふり返る。今の時代にアーティストを志す人にとっても、大屋氏のポートフォリオや当時のエピソードは十分参考になる内容だと思うので、ぜひご覧いただきたい。

TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO(人物)_弘田 充 / Mitsuru Hirota
PHOTO(ポートフォリオ)_井上直哉 / Naoya Inoue(目黒スタジオ)

5∼6社のCGプロダクションにモデラー志望で応募

CGWORLD(以下、C):学生時代の作品に対して、今になってインタビューを受けるのはやりにくいだろうと思いますが、ぜひお付き合いください。美術予備校を経て東京藝術大学の絵画科油絵専攻で学び、さらにデジタルハリウッドで3DCGを学び、CGプロダクションのILCAに勤務した後、フリーランスのコンセプトアーティストやイラストレーターとして活動している大屋さんが学生時代にどんな作品をつくっていたのか、気になる人は多いと思うのです。

大屋和博氏(以下、大屋):ポートフォリオの中には2004年に描いたデッサンまで入っているので、本当に昔の作品ですね。今見ると、色々といたらない点があります(苦笑)。

C:アーティストを志す人や、そういう人の指導に携わる教育関係者には貴重な資料だと思います。

▲大屋氏の最近の自主制作。「多くの方に見ていただけるよう、なおかつ自分の判断で自由に取り扱える作品がほしくて制作しました。自主制作なので、テーマやモチーフなどは好きなものを取り入れています」(大屋氏)


▲学生時代のポートフォリオを久々に目にする大屋氏。既に現物は大屋氏の手元にないため、今回の取材では残っていた撮影データの紙出力をもとに話を伺った


C:このポートフォリオを制作したのはいつ頃ですか?

大屋:東京藝術大学を卒業し、デジタルハリウッドに入った後ですね。油絵で食べていけるとは思っていなかったので、手に職をつけたいという思いでデジタルハリウッドへの入学を決めたのです。夏の終わりに全体構成と作品の掲載順番を決め、InDesignで制作しました。印刷後の用紙はA3サイズ、30ページのリング式クリアファイルに入れ、デモリールのDVDも付けています。1回つくった後も、作品の質を上げては随時入れ替えるようにしていました。

C:使用ツールもサイズも珍しいですね。3DCGやイラストレーションを学ぶ学生の場合、InDesignを使う機会がほぼないため、他のツールでポートフォリオをつくるのが一般的です。サイズはA4サイズが主流だと思います。

大屋:ペラ1枚ならIllustratorで十分ですが、ページものをつくるならInDesignの方が効率的だろうと思い、独学で使い方を覚えました。A3サイズにしたのは、単純にインパクトがあるだろうと思ったからです。加えてA4サイズだと小さくて細かいところが見えにくいから、大きなサイズにしようとも思いました。

C:就職活動はいつから始めたのでしょう?

大屋:秋口だったと思います。映画をつくりたかったので、ILCAを含め5∼6社のCGプロダクションにモデラー志望で応募しました。当時のILCAは設立間もない時期で、スタッフ数は20人未満でした。発展途上の組織だから色々とやれそうだし、面白そうだとも思ったのです。早々にILCAから内定をいただき「なるべく早く来てほしい」と言われたので、冬には週2∼3日のアルバイト勤務を始めていました。

C:併行してデジタルハリウッドにも通学したのでしょうか?

大屋:やむを得ず通学は断念しました。本科という1年間のコースに所属していたのですが、当時は美術予備校で講師のアルバイトもしており、ILCAにも行き始めたことで、通学を続ける時間がなくなったのです。アルバイトは3月末まで辞めるわけにいかず、ILCAにも行きたかったので、先生に相談したら「通学を諦めてでもILCAでの仕事を始めた方がいい」と後押ししてもらえました。

個々のモデリングよりも、画づくりの方を楽しんでいた

C:では、当時の掲載順番に沿ってポートフォリオの作品にまつわるエピソードを伺っていきます。モデラー志望らしく、前半は3DCG作品で占められており、とりわけモデリング作品が多いですね。

大屋:モデリング作品を目立たせる構成を意識していました。3DCG作品や絵コンテは、春∼秋口にかけてデジタルハリウッドでつくった課題と自主制作です。モデリングは絵を描く感覚に近く楽しかったので、当時はモデラーを目指そうと思っていました。逆にアニメーションはあまりセンスがなかったです。

▲大屋氏の学生時代のポートフォリオ。左ページは3ds MaxのBipedでつくったアニメーション作品、右ページはZBrushでつくった男性頭部と手のモデリング作品。どちらもデジタルハリウッド在学中に制作


▲大屋氏の学生時代のポートフォリオ。デジタルハリウッド在学中に制作した課題。使用ソフトは3ds Max、ZBrush、Photoshopで、制作期間は3週間。先に紹介した男性頭部のモデリング作品が、彫像として室内の右壁際に配置されている


C:洋室の3DCG作品は、同じモデルデータに2種類のライティングを適用し、ちがう印象の画をつくっている点が目を引きますね。男性頭部のモデルを彫像として使い回している点も含め、目に止まる作品を容量よくつくっているように見えます。

大屋:結構時間に余裕があったし、ライティングを変えると作品の表情が変わるので面白いと思いながらつくっていました。とはいえ、今見るとかなりひどいですね(笑)。特に左側の画は、窓から差し込む光があまりにも強烈です。加えて、当時は成分別にレンダリングして後から調整するというやり方を知らなかったので、一発出しでレンダリングしており、全然調整ができていません。

C:一発レンダリングしか知らないというのは、今の学生にもありがちなことですね。

▲大屋氏の学生時代のポートフォリオ。デジタルハリウッド在学中に制作した絵コンテとコンセプトアート


大屋:フクロウの絵コンテは卒業制作用につくったものです。ただし、先ほど言った通りデジタルハリウッドへの通学は途中で断念したので、この作品は未完成となりました。

C:ていねいに描かれた絵コンテですね。

大屋:よく見ると、全然描き込んでいないし、時間もかかっていないのです(笑)。ものすごくラフに描いているのですが、着色してあるのに加え、エフェクトとライティングも表現してあるので情報量が多く見えるのです。

C:先ほどの洋室にも言えることですが、ライティングも含めた画づくりを常に意識していることが伝わりますね。

大屋:そうですね。個々のモデリングよりも、画づくりの方を楽しんでいたと思います。だから先ほどの洋室も、個々のモデルのクオリティは大したことがありません。ILCAの方にもその点は伝わったようで、前半のモデリング作品よりも後半の絵の方が評価されました。

C:ILCA入社後は、どんな仕事をなさったのですか?

大屋:最初はモデリングをやっていましたが、徐々にコンセプトアートやイラストレーションの比重が増えていきました。今は完全にそちらがメインになっており、3DCGは長らく触っていません。僕の場合は、コンセプトアートやイラストレーションの方がダイレクトにものをつくっている感じがして、直感的で楽しいと感じます。

デッサンがすごく好きだったので、ずっと楽しかった

▲大屋氏の学生時代のポートフォリオ。東京藝術大学とデジタルハリウッド在学中に制作したイラストレーション。左ページの上部の作品のみ、アクリル絵具や色鉛筆などのアナログ画材で制作。それ以外の作品はPhotoshopで制作している


▲大屋氏の学生時代のポートフォリオ。左ページの左上の絵画のみ東京藝術大学在学中に制作。それ以外は高校と予備校在学中に描いている


▲大屋氏の学生時代のポートフォリオ。どのデッサンも、高校と予備校在学中に描いている


▲大屋氏の学生時代のポートフォリオ。左ページの上部のデッサンのみ東京藝術大学在学中に制作。それ以外は高校と予備校在学中に描いている


C:国内トップレベルの倍率の東京藝術大学の絵画科油絵専攻(※)に合格しただけあって、イラスト、絵画、デッサンなどは、かなりお上手ですね。高校の時点で既に基礎画力は身に付いているように見えます。どこで絵を勉強なさったのでしょうか?

※ 2018年2月に発表された絵画科油絵専攻の入試倍率は18.7倍だった。

大屋:美術教育に特化したコースのある福岡県の高校で受験用の絵画やデッサンを学び、さらに1年間の浪人期間中に福岡県の美術予備校にも通ったのです。この時代はひたすら絵を描ける期間だったので、絵の基礎を固めることができました。今ふり返ってみても大きな価値があったと思います。

C:デッサンやクロッキーのような地味な反復練習は嫌がる学生が多いと聞きますが、嫌になることはありませんでしたか?

大屋:僕はデッサンがすごく好きだったので、ずっと楽しかったです。それに油絵専攻の受験では、単純にモチーフを写生するのではなく作品へと昇華させることが求められたので、頭を使う機会が多く、飽きることはなかったですね。

C:油絵専攻以外を受けようとは思わなかったのですか?

大屋:「油絵専攻が一番難しい」と聞いていたし、私立大学に比べれば東京藝術大学の学費ははるかに安かったので、ほかを受けようとは思わなかったですね。「やれるだけやって、駄目だったら諦めよう」と思っていました。

C:ポートフォリオの中に、東京藝術大学時代の作品が少ないのはどうしてですか?

大屋:それまでずっと絵を描き続けてきたので、反動でほとんどものづくりをしなかったのです(苦笑)。ただ、在学中は美術予備校の講師のアルバイトをやり続けたので、ものを見る目は養われたと思います。人の絵を見て、評価もして、ときには直したりもしたので、自分の絵を描くとき以上の緊張感がありました。発する言葉もすごく選びましたし、伝わっているかどうかも見極める必要があったので、あのアルバイトを通してコミュニケーションの基礎が身に付いたと思います。

C:大屋さんは非常に充実した学生生活を過ごしてきたようですね。そんな中で、やり残したと感じていることはありますか?

大屋:せっかく時間があったんだから、大学でもっと絵を描いておけばよかったと思います。今は仕事で絵を描き続けていますが、自分が本当につくりたいものは何かを考える時間すらとれないので、仕事を切り離した作品づくりの時間をもちたいと思い始めています。

C:では最後に、「大屋さんのようなアーティストになりたい」と思っている人に向けて「こういうことをやっておくといい」というアドバイスをお話いただけますか?

大屋:以前のインタビューで答えた内容と重なりますが、「ちゃんとやる」ことが大事だと思います。ちゃんと連絡をして、ちゃんと納期を守って、ちゃんと品質も守る。クライアントが求めているものをちゃんとヒアリングして、正解に近いものを出す。そうやって安心感をもっていただけるように仕事を運ぶことが第一だと思うのです。その上で、本人の描ける絵や持ち味が問われるようになるのではないでしょうか。