本誌vol. 247でも取り上げたアニメ『モンスターストライク』新シリーズ(以下、モンストアニメ)をはじめ、多くの映像作品のCG制作を手がけるアニマでは、近年プロダクションパイプラインの構築に力が注がれている。アニマのプロダクションパイプラインの中で特徴的なポイントとして、Houdiniを積極的に導入したエフェクトチームの存在が挙げられる。今回はそのエフェクトチームを率いるアニマのCGスーパーバイザー兼VFXスーパーバイザー菊地 蓮氏にHoudiniを中心としたプロダクションパイプラインについて話を聞いた。
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
これまでのキャリアを活かしたパイプライン設計とチームづくり
CGWORLD(以下、CGW):最初に菊地さんのプロフィールをお伺いしたいのですが。
菊地 蓮(以下、菊地 ):学生時代はカナダの学校の映画学科で撮影を専攻して、フィルム中心の映像制作を勉強していました。その後、同じ学校でCGの学部に移って本格的に3DCGを勉強し、卒業後帰国してスクウェア(現スクウェア・エニックス)のヴィジュアル・ワークスで5年ほどエフェクトアーティストとして働いて、さらにその後、米国のBlizzard Entertainment(以下、Blizzard)のシネマティクス部門で6年ほどエフェクトリードとして勤務していました。その当時、Blizzard自体は大きな会社だったのですが、エフェクトチームは立ち上げたばかりで、私も立ち上げメンバーの1人でした。チームをつくるところから参加できたので、チームの立ち上げ方やパイプランの構築の仕方など、多くのことを経験できましたね。Blizzard退職後はフリーランスとして、マーザ・アニメーションプラネットやILM、Weta Digitalなどで働いたあと、2017年にアニマに入社しました。
CGW:アニマに入社した動機はなんでしょうか?
菊地:第一はアニマが目指している方向性と自分がこれからやりたいと思っている仕事の方向性が一致したということでしょうか。あとは現場と経営が非常に近いことですね。これまで関わってきた会社は親会社があったり、複雑な経営判断の系統があったりと、現場と経営陣の距離が遠いので、意思決定に時間がかかることもありました。アニマはその点、独立した会社なので、非常にスピード感があってやりやすいです。また、中堅と呼ばれる層のスタッフが活躍しているところもいい。これから伸びていく会社だと思います。
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菊地 蓮/Ren Kikuchi
カナダ・オンタリオ州のシェリダンカレッジを卒業後、スクウェア(現スクウェア・エニックス)のヴィジュアル・ワークスでの勤務を経て、米Blizzard EntertainmentのCinematics Divisionにて数々のゲームムービーの制作に携わる。その後は日本のマーザ・アニメーションプラネット、米サンフランシスコのIndustrial Light & Magic、ニュージーランドのWeta DigitalにてSenior Effects Technical Directorとして大規模映画のVFXやフルCG映画に参加。2017年にアニマ入社。現在はCGスーパーバイザー兼VFXスーパーバイザーとして、主にエフェクトチームのマネジメントとパイプラインの開発を担当している
www.studioanima.co.jp
CGW:菊地さんが目指している方向性について、もう少し詳しく聞かせてください。
菊地:日本に帰国したときに、自分のこれまでのキャリアを日本で活かすことを考えたら、映像制作のしくみをつくったり、組織づくり、自分のもっている知識を広めていくということが合っているのではないかと。そのことが自分にとっても、働く会社にとってもメリットがあることなのではないかと考えたんです。アニマはこれまで様々な作品をつくり出しているのですが、私が入社したころはエフェクトチームがまだない状態だったので、イチからチームの組織化やパイプライン設計を行う必要があり、アニマであれば、自分のやりたいことができると感じていました。
CGW:現在、アニマで稼働しているプロダクションパイプラインはどのようなものなのでしょうか?
菊地:アニマのパイプラインは、ロードマップ的にいってしまうと"フェイズ2"の段階に入っています。これまでのベーシックなパイプラインから、「ステラ」と名付けた統合的なパイプラインへ移行中です。このパイプラインは様々なツール群によって構成されていて、データベース、パイプラインツール、DCCを包括した大きな枠組で、スクリプトだけでできているわけではなく、多くのツールが有機的に作用しあう構造になっています。データベースからの情報を各DCCツールが共有して、情報のやりとりがしっかりできるような構造になっています。パイプラインの開発では、私は全体の設計とマネジメントが中心で、パイプラインの開発運営は開発チームが行なっています。
CGW:どのようなコンセプトで設計したパイプラインなのでしょうか?
菊地:どの会社のパイプラインでもそうだと思うのですが、パイプラインを設計する際には、アーティストがなるべくクリエイティブに注力できるということを一番に考えています。これまでのパイプラインではアーティストがパイプライン側で設定されたルールに合わせ、仕様を合わせるのに時間をとられてしまうことも多かったのですが、アーティストがそのような単純作業に煩わされて生じる時間のロスをなくして、よりクリエイティブなアーティスト本来の仕事に時間をかけられるようにしたいということがひとつの大きな設計コンセプトです。
CGW:なるほど。
菊地:その他に注力している点として、データフローをアプリケーションに依存しないということがあります。例えば、これまでのワークフローでは、Mayaであれば.maファイルをそのまま渡すとか、3ds Maxであれば.maxを渡すという感じで、データがアプリケーションに依存してしまうことが多いのですが、そのようなワークフローでは使用するアプリケーションが固定されてしまいます。そうではなく、データベースにアップされたデータは、アプリケーションに依存しない形式で保存されているので、みんなでシェアすることができるというのが理想型だと思っています。そうすることで、例えばアニメーターから上がってきたアニメーションデータをMayaでも開けるし、Houdiniでも開ける。なぜそのような仕様を目標にしているかというと、アニマという会社はモンストアニメのような大きな仕事と同時に、小さい規模の案件も扱っているため、仕事の規模で使用するツールを切り替えることもしばしばあります。そのような制作体制に対応するために、プロジェクトによってパイプラインのスケールを変えることができるようになっています。大きな案件のときはパイプラインのフルセットを使い、小さな案件のときは縮小したパイプラインで運用することができるようなつくり方をしています。現在のところ、その理想型に向けて開発を続けていますが理想型の半分ぐらいまでは到達していると思います。
アニマが手がけたモンストアニメ『ルシファー 反逆の堕天使』。詳しいメイキングは本誌vol. 245、およびvol. 247を参照
anime.monster-strike.com
※"モンスターストライク"、"モンスト"は、株式会社ミクシィの商標または登録商標です。
ショットレビュー用のインハウスツール「Aquarium」。エピソードナンバー、シーンナンバー、カットナンバーを選択して、[Datatype]で見たい工程のバージョンのショットを再生することができる。[Datatype]ではストーリーボード、レイアウト、プライマリ、セカンダリ、ライティング、エフェクト、コンポジット、エンバイロメントなどを選択することができ、各工程で作成されたムービーを比較再生することができる
ショットで使用するアセットをMayaのシーンに一括で読み込むためのツール「Asset Importer」。作成するショットナンバーを選択するだけで必要なアセットが表示され、Mayaのシーンにインポートすることができる。また、アセットを選択するとそのアセットのバージョンナンバーや改訂履歴を参照することができる
ショットに必要な各種アセットをパイプライン上にパブリッシュするためのツール「Asset Publish」
シーンのセーブ、ロードなど各種処理を行うための「Workfiler」。パイプラインのルールに則ったファイル命名を自動で行い、バージョン管理も自動化することで、アーティストにとって煩雑な作業を極力減らすように工夫されている
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テクニカルディレクター・リギングスーパーバイザーのMiquel Campos(ミケル カンポス)氏が開発したMaya用リギングツール「mGear」。図はmGearのアニメーション作業画面だ。現在オープンソースとして公開されている
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mGearのリグをビルドするための専用ツールのUI。図のように羽根にジョイントが仕込まれている構造でも、簡単にリグを構築することができるようになっている
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Houdiniをフル活用してエフェクトアーティストの経験値やノウハウを共有
Houdiniをフル活用してエフェクトアーティストの経験値やノウハウを共有
CGW:次に菊地さんがパイプライン設計と同じように注力しているHoudiniの導入についてお聞きしたいと思います。Houdiniに力を入れている理由はどのような点からなのでしょうか。
菊地:私自身、エフェクト制作のメインツールとしてHoudiniを使用しているのですが、使い始めてからまだ6年ぐらいです。MayaからHoudiniへ移行したのですが、Houdiniを使ったエフェクト制作は、エフェクトアーティストがエフェクトを作成するときの考え方に非常にマッチしています。また、Houdiniはエフェクトアーティストの経験値やノウハウをノードやアセットとして保存できるので残して共有しやすいしくみになっています。この集合知が加速していく感じは、Houdiniならではのものだと思います。考えたエフェクトをアセットとしてまとめて共有化して、既知のエフェクトは簡単に作成して他の新しいエフェクト開発に時間をかけることができます。
CGW:現在、社内でHoudiniを使っているのは何名ぐらいですか?
菊地:だいだい11人ほどです。新人からベテランまでとてもバランスのいい構成になっていて、メンバーも幅広いキャリアの人たちが集まっています。Houdiniの場合、常にエフェクト制作の手法が進化しているので、次々と新しい手法が出てきます。その分、過去の積み重ねが利かないのですが、若いスタッフが知識のハブになることもあるので、ベテランにとってもよい刺激になっていると思います。
エフェクト制作にHoudiniを活用し、パイプラインに効率良く組み込むことでエフェクト制作の効率とクオリティが向上した。これまでのHoudiniによるエフェクト制作のノウハウをナレッジベースとして蓄積することで、新人スタッフでもクオリティが安定したエフェクトを制作することができる。図はモンストアニメの1ショットだが、インターン時代からショットのエフェクト制作に参加している新人スタッフが作成した
CGW:菊地さんは海外経験も長いですが、海外と日本のプロダクションではどのようなちがいがありますか?
菊地:よく海外プロダクションと日本のプロダクションとの制作クオリティの差ということを聞かれるのですが、自分の経験範囲内での感想として、海外のプロダクションは求められているクオリティとそれを実現するために与えられている制作環境そのものが日本とちがうと思っています。ハリウッドのハイエンドのプロダクションは、ハイクオリティな画をつくるために数十年というスパンで多額の予算を費やして技術を蓄積してきています。この経験値の蓄積は一朝一夕に埋まるものではないので、少しでも追いついていくためにはパイプライン整備を含めた効率の良い制作環境を構築して、経験値を効率よく上げるための環境を整えながら、実際にクオリティを上げていくために個々人の目を肥やしていかないといけないと思っています。
CGW:パイプライン設計では、理想型までまだ半分ぐらいというお話でしたが、今後の菊地さんのビジョンはどのようなものなのでしょうか。
菊地:エフェクトチーム自体は良いかたちになってきているので、今後はもう少し効率化を進めたいと思っています。もっと作業を効率化して浮いた時間でリッチなエフェクトをアーティストがつくれるような環境を用意してあげたいですね。それに加えて、僕は集合知というものを大事にしていて、みんなで上に上がっていきたいと思っています。去年から今年にかけてもそうだったのですが、Houdiniを仕事で使っているフリーランスの方だったり、Houdiniを使っている会社の方に出向してもらって、僕たちのチームに入ってもらい、一緒に仕事をしてもらっています。そうすることによって、外の経験値をもった方のノウハウを社内に蓄積していけるし、外から来ているアーティストの方には、アニマで蓄えているパイプラインやHoudiniのノウハウを提供することもできるということを実践しています。出向から自分の会社に戻ったときに、その会社で出向中に得た知識を広めていったり。そんなことをしながらHoudiniがもっと普及すればいいなと思っています。
CGW:非常にいい波及効果を生み出す取り組みですね。
菊地:Houdiniが使えるアーティストや会社が増えれば、自分たちも楽になっていくし、日本のエフェクトのクオリティも上がっていくわけですから。Houdiniのコミュニティに少しでも貢献しながらみんなで上がっていきたいなと思っています。それから、現在Houdiniはエフェクト制作をメインに使用していますが、今後はもっと使う幅を広げていきたいですね。ライティングであったりクロスシミュレーション、群衆シミュレーション、キャラクターのテクニカルアニメーションなど、プロシージャルなワークフローが活きるセクションもたくさんあります。Houdiniに限らないのですが、そのようなプロシージャルなワークフローをエフェクト以外の部署でも使用していきたいと強く思っています。Houdiniを使うことで、プロダクションの制作が一気に効率化することができるので、これからも積極的にやっていきたいと思っています。もちろん、Houdiniだけではなくて、Substance Designerとかプロシージャルで使えるツールをいろいろと組み合わせてパイプラインを構築して、より生産性を上げて、アーティストがクリエイティブに時間をかけてしっかりやっていくという、僕等の理想とすると作業環境を実現できればと思っています。