25歳でアメリカに渡米してAcademy of Art Universityでアニメーションを学び、現在Blizzard Entertainmentでシネマティックアニメーターとして活躍する小池洋平氏。3月に一時帰国し、CGWORLD+ONE Knowledgeの「スゴ腕!USアニメーターズ!スタイル別アニメーションワークフロー講座」「アニメーション即戦力テクニック講座 +プラス」の2つの講座に登壇した同氏に、これまでの経緯とアニメーターとして活躍するために必要な「アニメーションを学問として学ぶ」重要性について伺った。

TEXT_UNIKO(@UNIKO_LITTLE
EDIT_UNIKO、小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_島田健次 / Kenji Shimada



Yohei Koike Animation DemoReel 2017 from Yohei Koike on Vimeo.

アメリカの大学ではアニメーションの知識が体系化されていた

CGWORLD(以下、CGW):今回の2つの講座を開催するきっかけはどのようなものだったんでしょうか?

小池洋平(以下、小池)「アニメーション即戦力テクニック講座 +プラス」は、昨年4月に開催した講座の反響が良かったので、今回はさらにアイデアを盛り込んだ内容にしてみました。

また、私が今回日本に一時帰国するにあたり、かねてより「日本に行ってみたい」とかなり本気で言っていた、Blizzard Entertainment(以下、Blizzard)の同僚ジョセフ・ホルマーク/Joseph Holmark氏(現・Walt Disney Animation Studios シニアキャラクターアニメーター)とケイシー・マク・ドーマット/Casey McDermott氏(シニアシネマティック&ゲームアニメーター)に声をかけて日本を案内することにしたんです。せっかくの機会なので非常に優秀なアーティストであるお2人にも「日本で講演してみたらどうですか?」と提案してみたのが「スゴ腕!USアニメーターズ!スタイル別アニメーションワークフロー講座」開催のきっかけです。

CGW:反響はいかがでしたか?

小池:どちらの講座でも、今の日本のアニメーションのアプローチにはない要素やアメリカでも知られていないテクニックをふんだんにお伝えできたので手応えがありました。Blizzardのシネマティックアニメーターという肩書きに興味をもって参加された方も多かったと思いますが、私がYouTube上で発信しているアニメーションテクニックの動画を視聴してくださっている参加者が特に多かったように感じます。学生時代から「アニメーターを目指す人のためになれば」と、教育方面に力を入れてきたことが実を結びはじめたかなと実感しました。

CGW:学生時代からYouTubeで動画の配信をされていたとのことですが、当初からアニメーションテクニックの共有を目的としてスタートされたのですか?

小池:私はアニメーターとして勉強をし始めたのが結構遅くて、Academy of Art Universityでアニメーションを学ぶために渡米したのが25歳の頃だったんですよ。幼い頃から芸術関連の英才教育を受けていたわけでもなくゼロからのスタートでしたが、良い先生に出会えたことはもちろん、学校ではアニメーションが「学問」として体系化されていたので、入ってくる知識も非常に具体的なものが多かった。

日々学んでいくうちに「なぜ、プロが作ったアニメーションが良いのか」が論理的に説明できるようになってきたんです。日本でも体系化されたアニメーションを学ぶことができれば、みんなもっと早い段階で理解できるはずだと思い調べてみたところ、日本ではそういった技術や知識を体系的に伝えている場所がどこにもありませんでした。


例えば、アニメーションの基礎で「バウンシング・ボール」というものがありますが、当時、すでにアメリカでは当たり前となっていた「バウンシング・ボール」を日本語でネット検索してもほとんど出て来なかったんですよ(笑)。それで、「これは日本でも必要とされる知識なんじゃないかな」と思って、そういった3Dアニメーションの基本をブログとYouTubeでシェアし始めました。実際に「アニメーションを論理的・学問的に説明している人はいない」という声をもらうようになり手応えがあったので、それ以降知識のシェアを続けています。自分のアニメーションセンスというより、学校で学んだ非常に便利なアニメーションの知識を共有した、という感じに近いですね。自分一人で知識を得ただけではなんだかもったいないなと。

小池氏が自らのブログで解説しているバウンシング・ボールの動画

CGW:小池さんのアニメーション制作の根底にある、影響を受けた作品は何ですか?

小池:アニメーション制作に直接影響しているのは、カプコンの『ストリートファイター』シリーズの初期タイトルなどの2Dアニメーション系の格闘ゲームですね。みなさんもやっていたかもしれませんが、対戦の途中にスタートボタンを押して動きを止め、コマ送りで1コマ1コマ全てのキャラクターの動きを見ていました(笑)。そういうのを1人で楽しめるって、相当アニメーションが好きだったんでしょうかね。

特に、『ストリートファイター』シリーズのキャラクターデザインやグラフィックを手がけられたあきまんさんが関わった作品はキャラクターのシルエットがはっきりしているのが好きで、ひとつひとつのコマからどのようにコミュニケーションしたいのかすごく伝わってくるんですよ。当時ドットを打っていたアニメーターさんたちは「これがないと成立しない」という要素を選んで配置していたわけで、限られた枚数の中でそれができる洗練された技術に惹かれていたんだと思います。

小池: 映画などの映像作品だと動きがどんどん流れていきますが、格闘ゲームは同じ動きがくり返されるので見る回数が必然的に増えますよね。そこに対する気づきも大きく、ゆえに「スタートボタンを押して止めて見る」ことになったんだと思います。現在、アニメーターとして仕事をしていても私のアニメーションは「ポーズが強い」とよく言われますし、自分でも強みだと思っています。アクションも得意なので、「格好良いポーズ」を作ることに今でも役立っていると思います。

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教育活動を通して3Dアニメーターのイメージアップを図りたい

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教育活動を通して3Dアニメーターのイメージアップを図りたい

CGW:小池さんは現在オンラインスクール「Anitoon Academia」を主宰しアニメーションを教えていますが、そのきっかけは?

小池:ブログとYouTubeでアニメーションの知識を発信していくうちに「日本には機会がないので、可能であれば教えてほしい」という声が届くようになりました。オンラインスクールというアメリカでポピュラーなスタイルであれば、お互いにどこにいようと必要とする人の役に立てるのではないかと。

当時はまだ2K Gamesで働いていたし、大学を卒業して間もなかったこともあり、授業をしても生徒がちゃんと集まる自信はありませんでした。でも、「教えてほしい」という人が1人確実にいるわけで、それなら9人を上限にクラスを開いてみようかな、とほとんど即興的に「Anitoon Academia」をスタートしてみたら、募集開始から半日もしないうちに9人の枠が埋まってしまったんです。

その様子を見て「こんなに学びたい人が存在したんだ」と実感して、教えてほしいという人がいる限りは続けていこうと決めました。1クラスにつき12週間(3か月)1セメスターで2クラス、年に2~3回の開催で、今年で4年目になります。最近はPIXARのアニメーター原島朋幸さんにも加わっていただき一緒に教えています。

CGW:小池さんがAcademy of Art Universityで学ばれたことを、日本語でしかもオンラインで学べる機会があると考えると、それを年に数回というのは、ビッグチャンスを結構頻繁に用意されているんですね(笑)。

小池:そうですね(笑)。現在は1セメスター(12週間)10万円の授業料をいただいているんですが、私が通っていたAcademy of Art Universityでは1つの授業で20万円くらいかかる上、PCルームの利用にさらに4万円必要だったりしました。それなりの英語力と現地での生活費も含め、アメリカでアニメーションを勉強するには経済力と労力が必要ですが、ほぼ同じ内容の授業を日本語でオンラインで学べたら良いんじゃないかなと。

私自身、親のサポートがあって学校に通うことができ、幸運にもPIXARクラスに加わることができましたが、サポートが受けられない人たちには学ぶ機会も成功する機会も与えられない、というのはフェアじゃないですよね。時代が変わってテクノロジーのおかげで可能性が広がったので、お金や学歴の問題を抜きにしてプロのアニメーション業界にステップインできる状況を作ることが、私が世の中に対してできることなのかなと。

授業では私の個人的な見解を教えているのではなく、Academy of Art Universityで学んだアニメーションの基礎をそのまま伝えたり経験を付け加えたりしながら、生徒のみなさんが今の私のレベルまでなるべく早く効率的にたどり着けるようにブラッシュアップしたものなので、私としても自信をもって話すことができるんですよね。

CGW:授業はどのように行われるんですか?

小池:オンラインのミーティングシステム「ZOOM」を使っています。生徒はZOOMのミーティングルームに入り、私が出したお題を提出してもらって、それをみんなで見ながら私が「ここをこうするともっと良い」とか「ここは良くできている」と良いところと悪いところを1コマずつ批評していきます。批評のことを「クリティーク」と言うのですが、他の人へのクリティークを聞くこともすごく勉強になるんですよ。クラスに「こんなに巧い人がいるんだ」とか「自分もここを気をつけよう」とか、クラスの雰囲気も良くなるしお互いに仲良くもなる。基本的に日本人向けなので日本語で、日本時間に合わせて開催しています。


Anitoon Academia Student Showcase from AnitoonAcademia on Vimeo.

CGW:ハンズオン形式ではないんですね。

小池:そうですね。Mayaを一緒に触りながら教えるということはないですね。Mayaや3Dアニメーションのソフトを使って私が出した課題を作ってきてもらい、その動画を見て私が批評するというスタイルです。というのも、2Dも3Dも平面画像ですので、動画の状態で良し悪しが全てわかりますし、消費者から求められる部分そのものでもありますからね。デモとして私が実際にMayaを触って見せることもありますが、ひとりひとりMayaのデータを開いたり、作業をライブで見たりはしないです。自分自身が教えられてきた手法でもあります。

CGW:小池さんの今後の予定や目標を教えてください。

小池:日本では今でもモデラーの人気が根強いと思いますが、アメリカではアニメーターが花形なんですよ、でも、それも頷けるほどアニメーションって面白くて、モデリングされたものやテクスチャなど、組み上げられたものを動かすのがアニメーターの仕事で。たとえるなら、綺麗に作られたおもちゃを最後に動かしているのがアニメーターであり、一番「オイシイところ」でもあるわけです。その楽しさを知らない学生が日本にはまだまだ多いので、もっと増やしていきたいですね。もっとビジネス的な話をすると、人気の職業って給料が上がっていくものだと考えていて、人気の職業であれば競争率も上がるし、競争率が上がれば自ずとクオリティも上がる。そういった意味でも、もっとアニメーターを増やしたいし、3Dアニメーターという職業のイメージアップを図りたいですね。

CGW:イメージアップを図るためにできることはどのようなことでしょうか。

小池:マーベル・スタジオなどが『アベンジャーズ』シリーズなどのヒーロー映画を一般層に広めましたよね。最近では『スパイダーマン:スパイダーバース』(2019)がアカデミー賞を受賞して、同作品には9名ほどの日本人アニメーターが関わっています。

こういった「映像美」からアニメーションの世界に入っていくのは非常に良いと思います。アニメーター自身が「アートを作っている」ということを自覚すること、そしてそれを積極的に発信していくことが重要です。アニメーションは、まぎれもないアートですからね。アートを作って会社に売って給料をもらう。そういう当たり前の事実を一般の人たちにも知ってもらうことがとても大切だと思っています。

日本の2Dアニメーターさんの待遇が問題になっていますが、彼らが「アーティスト」であるという認識が一般層になかなか浸透していないんです。「アーティスト=音楽」、「アニメ=オタク文化」といった認識をもっている人も多いと思います。アニメーションもアートであり芸術であり、それを実行するにはものすごく力量を要されるということを、もっと発信していくことが大切かと。最近はアニメが受け入れられ始めていると思うので、期待値は高いんじゃないでしょうか。

冒頭でお話ししたジョセフ・ホルマーク氏はウズベキスタン出身のアニメーターなんですが、彼がアニメーションを学ぶためにアメリカに移る際、彼の両親は決して裕福ではないことに気がついていたんですね。では、この状態でどうすればプロのアニメーターになれるのかと彼は考え、「AnimationMentor」というオンラインスクールを選択したんです。


そのクラスでアニメーションを2年ほど学んだ後、Blue Sky Studiosに入ってプロのアニメーターとしてのキャリアをスタートし、その後ソニーを経てBlizzard Entertainmentに入って来ました。またその後、Walt Disney Animation Studiosに行ってDreamWorksに行ってまたディズニーに行って......、と契約社員としてスタジオを自由自在に転々としているんですが、彼のキャリアの築き方は本当に新時代的だなと。

彼は「学位」をスキップして一気に前に進み、若いながらに実績を築いているんですよね。その姿を見て、今後は学校自体が現役のプロを紹介するための仲介的な役割を果たす場所になっていくかもしれない、と新しい流れを感じました。美術大学などでも先生と生徒(アーティスト)が同じ立場になり、先生は生徒の成長のために一生懸命にコネクションを作って繋げていく。先生はいつも学校にいる必要がなくなる可能性もあるかな、と。

CGW:アーティストを目指すにあたり、進むべき分野を見定めるために必要なことは何でしょうか。

小池:現在、世の中の多くがデジタル化していますよね。でも、原点となる知識は相変わらず必要で、私がアニメーションをやっていて自信をもてる基準はやはり「アート」なんですよ。絵としてみたときに美しく見えるのはなぜか、その理由は何なのか、という「理論」です。自分が判断を下す以上、何を美しいと思うか、美しいものはなぜ美しいのか、何が良くて何が良くないかという「自分の基準」を知っておかなければ。

絵画の場合は木炭デッサンの経験が必要なように、あらゆるものが目まぐるしく変化していきますが基礎は変わりません。今後さらにAI化と自動化が進むと思いますが、自身が「ツール」のポジションで落ち着いているとAI化が恐ろしく思えるでしょう。しかし、AIを道具として使えるボジションを掴めれば逆にAIを活用することができると思います。


AIはあくまでもツールであり、「人間が何を見て心を動かすのか」という基準は人間が決めている部分がありますからね。だから「判断基準をもつ」ということが貴重かなと思います。アニメーションでもディレクターが方向を指し示しますが、その過程のひとつひとつで求められるものがあるわけです。自分のやっている作業がディレクターの示す方向に合致しているのか、作り手がしっかりと理解しておく必要があるんです。ツールを活用して美しい形に落とし込むときに「綺麗に線が引けるか引けないか」ではなく、「この線がなぜその瞬間に美しいのか」、「この瞬間になぜその線が必要なのか」を理解していることが大事なんです。

CGW:今回インタビューさせていただいて感じたのですが、小池さんは「言葉で伝える」というスキルに長けていらっしゃいますよね。

小池:そうかもしれませんね。私は、25歳までケーブルテレビの営業をしていたんですよ(笑)。車で回ってチューナーを変えて、年配の方にリモコンの使い方を教えたりしていました。そういうことも関係あるかもしれないし、また、そもそも自分自身物わかりが良い方ではないんです。子どもの頃から「なぜそれが必要なのか」を説明されないとどうも動けなかったり、理論立てて説明してもらわないとわからなかったり。だから、自分自身にとってわかりやすいように説明すると、みんなが理解できる内容になっているという。

私がもし賢かったら、こんなに細かく説明しないだろうなと思います。授業ではかなり細部まで説明するので、理解の早い人にとっても僕みたいなタイプの人にとってもわかりやすく「なぜなのか」というところまでしっかりと説明をして、漏れがないようにちゃんと教えてあげられたらなと。自分自身は教科書や参考書を見ても理解できないことが結構多かったんですが、「そこまで丁寧に教えてくれていなかったんだ」ということが大人になってからわかって、少し悲しい気分になりました(笑)。みんなこれは説明しなくても普通にわかるでしょ? という空気や、「わかりません」と手を上げにくい雰囲気が日本にはあると思いますが、少なくとも私が教えている範囲では、誰も置いてけぼりを喰らわないように気をつけています。誰がどんなかたちでいつ開花するかはわからないですからね。