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ゲームと映画、日本と海外......多彩な経歴を積み重ねてきた西谷員子に聞く女性クリエイターのキャリア考

ゲームと映画、日本と海外......多彩な経歴を積み重ねてきた西谷員子に聞く女性クリエイターのキャリア考

ゲームに映画にとCGクリエイターの活躍の場が広がっている。しかし、CGクリエイターにおける女性の割合は、世界的にみても少数派だ。ゲーム業界と映像業界を行き来しながら、日本と海外で多彩なキャリアを積み重ねてきたDeNAの西谷員子氏に、これまでの働き方を振り返ってもらいながら、女性が長く仕事を続けるコツや、それを可能にする環境について聞いた。

INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
LOCATION_84

Kazuko Nishitani Modelling, Texturing, Lighting and Compositing Show Reel 2016 from Kazuko Nishitani on Vimeo.

3DCGに飛び込んだ学生時代

CGWORLD(以下、CGW):ご出身と家族構成について教えてください。

西谷員子氏(以下、西谷):出身は兵庫県神戸市ですが、岡山県倉敷市で育ちました。父・母・妹・私の4人家族です。父は自動車のセールスマンでしたが、私が子どものころに独立して、保険会社の代理店を始めました。母は銀行員でしたが、私たちが産まれると専業主婦になり、手が離れるようになるとパートに出るようになりました。

CGW:子どもの頃はどんなお子さんでしたか? 好きだったこと、好きだった遊びはありますか?

西谷:3歳のころ、母親が日本画の絵画教室に通わせてくれたことがきっかけで、暇さえあれば絵を描いて遊ぶ子どもとして育ちました。近所に日本画の先生が住まわれていて、そこで教室を営まれていたんですね。先生から「この子は才能がある」と言われたり、私が絵を描くと皆私の周りに集まってきて、「上手だね!」、「素敵だね!」と言ってくれたりするのが嬉しくて、絵を描くことが大好きになりました。

おかしな話かもしれませんが、そのころ私は自分の右手には神様が住んでいると思っていました。おとなしくて地味で目立たない子どもだった私が、絵を描くときだけ、皆が注目してくれたり褒めてくれたりしていたからです。

CGW:絵画教室に通われたきっかけは何でしたか?

西谷:うーん、どうだったでしょうか......。母が教育熱心で、様々なお稽古ごとに通わせてくれました。その中でも一番楽しんで続けられたのが絵画教室でした。母も、とりたてて美術の勉強をしたわけではありませんでしたが、絵を描くのが上手でしたね。絵の才能については、母親から受け継いだものがあるかもしれません。

CGW:どういった絵を描かれていましたか?

西谷:風景や人物画を水彩で描いていました。童話『ハーメルンの笛吹き』の一節をモチーフに挿絵を描いたのを覚えています。

小学校、中学校の頃は毎日3時間くらい絵を描いていました。紙と鉛筆さえあれば良くて、自分の創造力を羽ばたかせつつ、いくらでも楽しく時間を過ごしていました。学校での展覧会や美術展でも頻繁に入賞していたので、その頃から将来、絵の先生か漫画家、もしくはアート関連の仕事に就くだろうなと思っていました。

CGW:高校卒業後の進路について教えてください。

西谷:岡山大学に進学しました。県内で美術を本格的に学ぶことができたからです。当時は「教育学部特別教科教員養成課程美術」という、中学と高校の美術教員になれる学科がありました。狭き門でしたが、努力の甲斐あって入学できました。

大学ではフランス語や心理学などのアカデミックな基礎教養から、美術史、アナトミー、油絵、日本画、デッサン、彫塑、金属彫刻、陶芸などにいたるまで、工芸、美術全般の知識と技術を身に付けました。教育実習もあり、教員の免許と学芸員の資格も取得しました。

西谷員子/Kazuko Nishitani
岡山大学教育学部を卒業後、1992年にカプコン入社。『マーヴル・スーパーヒーローズ』(1995)を皮切りに、2D・3DCGアーティストとして業務用格闘ゲームのキャラクターアニメーションを手がける。その後、デジタルハリウッド、Media Design Schoolなどを経て、2012年からニュージーランドに移住。モバイルゲーム・映画VFXの制作などに参加した。2017年に帰国し、現在はDeNAでゲームの開発や研究開発などに携わっている
個人サイト:kazukonishitani.carbonmade.com
LinkedIn:www.linkedin.com/in/kazuko-nishitani-20b88a24

CGW:ゲームや映画のつくり手になろうと考えたきっかけは何でしたか?

西谷:大学4年の頃、深夜のテレビ番組で見た「フルCGの映像」がきっかけです。ボールが壺に変化して、またボールに戻ったり、ボールが並んでいる板にぶつかって、ドミノ倒しのように倒れていったりする映像でした。たぶん、SIGGRAPHの特集か何かだったと思います。

当時は3DCGの黎明期で、ワイングラス1個をレンダリングするのにも3日かかるような時代でした。3DCG自体を目にする機会も、なかなかありませんでしたね。だからこそ見た目の新しさに感動しました。そして、この世界に未来を感じて、飛び込んでみたいと思いました。

そこで150万円ほど親に借金をして、Macintosh LCをモニタ・本体・ソフトなど一式買いそろえ、卒業後も1年間研究生として大学に残り、3DCGの勉強を続けました。その頃からCGで作品をつくりはじめ、PhotoshopIllustratorなどを使って、デザイン事務所でイラスト制作のアルバイトなどを始めました。

CGW:思い切りがすごいですね。ただ、当時岡山市内でCGができる学生は、非常に少なかったのではありませんか?

西谷:そうだったと思います。ちょうどその頃、神戸までCG関連の展覧会を見に行ったことがきっかけで、当時まだ珍しかったフルCGのミュージックアルバムの制作に参加しました。PSY・S(※1)のアルバム『MUSIC IN YOUR EYES』で、その中で収録されている「Blue Star」というCGのテクスチャ作成をお手伝いさせていただきました。

※1 松浦雅也とCHAKAによるニュー・ウェイヴ系の音楽ユニットで、1985年にデビューし、1996年に解散。1980年代後半から、当時最先端の電子楽器だったフェアライトCMIを駆使し、先進的な楽曲製作を行なっていた。松浦は後に七音社を設立、『パラッパラッパー』などのゲーム開発を手がけたことでも有名

PSY・S/『Blue Star』(アルバム『MUSIC IN YOUR EYES』に収録)より ©Sony Music Entertainment

CGW:それもまたすごい話ですね。どういった展覧会でしたか?

西谷:当時NICOGRAPH'83で優秀賞を受賞後、CGアーティストとして活躍されていた季里さん(※2)をはじめ、様々なCG作品を集めた展覧会でした。そこで季里さん本人から、「興味がありそうだから」とプラス・ワンという会社をご紹介いただいたんです。建築CGアニメーションが本業で、当時から新しいことにどんどん挑戦されていた、非常に先進的なCGスタジオでした。

※2 松浦季里:ビジュアルプロデューサー、七音社取締役。NICOGRAPH'83で優秀賞を受賞後、PSY・Sの松浦雅也とコラボレーションを開始し、CGアーティストとして『ひらけ!ポンキッキ』『ひとりでできるもん!』『音楽ファンタジー・ゆめ』『みんなのうた』などの子ども向け番組でキャラクターやアニメーションを多数提供

西谷:すぐに面接していただき、そこで短期間、働くことになりました。ちょうど『MUSIC IN YOUR EYES』のCG制作を手がけられていて、大学を卒業したばかりの私にも作業をまかせていただけました。

2Dから3Dへ~カプコン時代

CGW:プラス・ワンでのCG制作を経て、1992年にゲーム会社のカプコンに就職されます。

西谷:CG関連の会社に就職したいとずっと考えていましたが、当時の私にはハリウッドは遠く、日本国内でCGに携われるとしたらゲーム業界くらいかな、と思っていました。たまたまカプコンの会社説明会に参加したことろ、その日のうちに実技試験や面接などが行われ、とんとん拍子に内定をいただきました。他にも3社ほど内定をいただいたのですが、自分のやりたいことに一番近いと感じたカプコンに行くことにしました。大学を卒業した年の秋に就職したので、形としては第二新卒扱いでした。

CGW:もともとゲームはお好きだったんでしょうか?

西谷:そうですね。子どもの頃にファミコンを買ってもらって、『悪魔城ドラキュラ』シリーズなどが好きで、よく遊んでいました。ただ、一番好きだったのはスーパーファミコンの『ロマンシング サ・ガ』でした。これに限らずスクウェアのRPGはよく遊んでいました。

CGW:好きなテレビ番組や、映画などはありましたか?

西谷:映画やアニメが好きで良く見ていました。『スタンド・バイ・ミー』、『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』、『風の谷のナウシカ』、『クラッシャー・ジョウ』......アクションや冒険ものが好きでしたね。

CGW:カプコンではどのような作品を手がけられましたか?

西谷:最初に配属されたプロジェクトは、業務用の格闘ゲーム『マーヴル・スーパーヒーローズ』で、キャラクターアニメーションを担当しました。私が担当したのは主にジャガノートで、他にはシルバーサムライとコロッサスもお手伝いしました。

ご存じだと思いますが、当時は2Dグラフィックが全盛の時代で、社内のオリジナルツールを使い、ひとつひとつ手でドットを打っていました。それまで、ドット絵でアニメーションを作成した経験がなかったので、最初は苦労しましたが、アニメーションの基礎が身に付けられたので、とても貴重な経験になりました。

ちなみに本作は、いまだに海外のゲームセンターやスタジオなどに置かれていることがあります。それまで勤務していた会社などで、私が関わった作品だと話すと「サインをください!」と言われることもありました。初めからこのようなビッグタイトルに関われて良かったですね。

CGW:特に印象深いタイトルはありましたか?

西谷:私にとって初の3DCG作品となった格闘ゲーム『スターグラディエイター』(1996)です。カプコンに入社したのも3DCGがやりたかったからで、ドットを打ちながら「いつかゲームでも3DCGができるようになる」と悶々としていたところがありました。念願が叶って嬉しかったですね。

西谷氏の業務一覧

西谷:ただ、当時はインターネットが今のように発達していませんでしたから、英語のマニュアルと首っ引きになりながら、Softimageと格闘しました。自慢ではありませんが、当時は英語がまったくダメだったので、本当に大変でしたね。チームメイトと協力しながらアニメーションを制作しました。

CGW:カプコンでの業務はキャラクターアニメーションが中心だったのでしょうか?

西谷:そうですね。ふり返ってみれば、2Dでも3Dでもキャラクターアニメーションばかりやっていました。さらにいえば業務用の格闘ゲームばかり担当しました。

CGW:当時、影響を受けたクリエイターはいましたか?

西谷:当時も今もカプコンには才能あふれるアーティストの方がたくさんいらっしゃいますが、その中でもデザイン部にいらっしゃった安田 朗(あきまん)さんに影響を受けました。

『マーヴル・スーパーヒーローズ』 などのゲームキャラクターは、ハードウェアの制約上、タイルあたりの色数が16色という、非常に少ない色数で描かれていました。安田さんのつくるキャラクターは、少ない色数でも圧倒的に筋肉の描き方がカッコよく、アニメーションの完成度がとても高かったです。

私も影響されて、なるべく少ない線でスタイライズされるような説得力のある筋肉の描き方などを意識しつつ、気持ちの良い動きになるようなアニメーション制作を心がけていました。

CGW:当時、女性クリエイターの割合はどうでしたか?

西谷:私が入社した頃はアーティストでもフロアに数人といった感じで、ほとんどが男性でした。その後、社員数が増えていく中で、徐々に割合も増えていきました。西村キヌさんをはじめ、優秀な女性アーティストの方もいらっしゃいました。しかし、それでも1割くらいだったと思います。

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Profileプロフィール

西谷員子/Kazuko Nishitani

西谷員子/Kazuko Nishitani

岡山大学教育学部を卒業後、1992年にカプコン入社。『マーヴル・スーパーヒーローズ』(1995)を皮切りに、2D・3DCGアーティストとして業務用格闘ゲームのキャラクターアニメーションを手がける。その後、デジタルハリウッド(本科CG/VFX専攻)、Media Design Schoolなどを経て、2012年からニュージーランドに移住。モバイルゲーム・映画VFXの制作などに参加した。2017年に帰国し、現在はDeNAでゲームの開発や研究開発などに携わっている
個人サイト:kazukonishitani.carbonmade.com
LinkedIn:www.linkedin.com/in/kazuko-nishitani-20b88a24

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