場所を問わずフルパフォーマンスで作業ができる環境構築の重要性が問われる昨今、モバイルワークステーションの需要は世界的に高まっている。日本国内において「ワークステーション」と言えばデスクトップPCを想像する人が多いかもしれないが、生活様式の異なる北米ではすでにワークステーションPCの約半数がモバイルとなっているのが現状だ。こうした中、ワークステーションの出荷台数が10期連続で世界ナンバーワン(※1)、日本国内においてもワークステーション出荷台数ナンバーワン(※2)という圧倒的なシェア率をほこるDell Technologies (以下、デル)が「Dell Precision」シリーズのモバイルワークステーションを一新。国内市場へのさらなる浸透を目指す新製品のねらいと新機能について、Dell Precisionシリーズ製品担当者に話を聞いた。
※1 出典:IDC Worldwide Qurterly Workstation Tracker 2017Q4 - 2020 Q1 Share by Company
※2 出典:IDC Worldwide Qurterly Workstation Tracker 2020 Q1 Share by Company
TEXT_神山大輝 / Daiki Kamiyama(NINE GATES STUDIO)
<1> モバイルワークステーションによるハイエンド3DCG制作がいよいよ現実的に
デルはアメリカのテキサス州に本拠地をかまえる世界最大級のテクノロジー企業。国内においてもワークステーションやモバイルPC、ディスプレイメーカーとしてなじみ深い存在だ。同社のワークステーション「Dell Precision」シリーズは、タワー・ラック型のマシンだけでなく、2015年からプロフェッショナル向けのモバイルワークステーションも展開してきた。
モバイルワークステーションを導入するメリットだが、従来までは外出先での打ち合わせやホテルなどの滞在先において、社内に匹敵するハイパフォーマンスで業務が行えることを挙げることが多かった。そして世界的にはワークステーション全体のモバイル比率は40%程度にまで増えており、特に北米では約50%に達しているという。
一方の国内においては、ワークステーションについてはデスクトップPCとして導入するケースが依然として多く、モバイルワークステーションの割合は約16%とのこと。そうした中、今春からリモートワークを筆頭に働き方が大きく変化しており、ワークステーションについてもモバイルを候補として検討するケースが増えてくることはまちがいない。
ワークステーションとしてのハイスペックと携帯性を両立するのがモバイルワークステーション。ワークスタイルやユーザーのニーズが多様化する現代において、さらなる需要の増加は確実
「ワークステーション」の定義だが、単純にハイスペックなコンポーネントで構成されたPCという意味合いだけではない。例えばエンタメ系コンテンツ産業であれば、アドビ システムズやオートデスクなど、個人・法人を問わず高いシェアをほこるソフトウェアを開発・販売する独立系ソフトウェアベンダーがデルのマシン上で最高のパフォーマンスを実現できるよう、両者が協業で厳格なテストを行なった上で最適なドライバが提供される「ISV(Independent Software Vendor)認証」済みの機種を指している。一般的なPCと比較して、ISV認証のワークステーションはプロフェッショナル向けのソフトウェアにおける信頼性が圧倒的に高いと言える。
- デル公式サイト「Dell Precisionワークステーション用のデル認定ドライバ」のページには、ISVについての説明も記載されている
モバイル環境のUXを高めるために必要なのは、「1.没入できる作業性」、「2.モバイル・携帯性・質感」、「3.多様化への対応」だと、デルの湊 真吾氏(クライアント・ソリューションズ統括本部 クライアント製品本部 フィールドマーケティング シニア・アドバイザー)は語る。
業務に没入するためには、最新のCPUやGPU、そして性能の高いディスプレイをいち早く採用してユーザーに提供する必要がある。また、特に日本国内市場においては、軽く小さく、デザイン的にも所有感を満たせる機種が求められているという。そして、ユーザーの多様化についても、アプリケーションの組み合わせや使用方法などを学習し最適化するAIプラットフォーム「Dell Optimizer for Precision」を開発・提供することでサポートしていくという(後述)。
このような理想を実現したのが、2020年6月に発売となる最新世代のDell Precision モバイルワークステーションだ。5000番台と7000番台はデザインを一新し、さらなる小型化と廃熱フローの改良が施されている。なお3000番台については筐体デザインは現行モデルを継承するが、搭載するCPUが第10世代Intel CPUに統一されるなど高いコストパフォーマンスを実現している。
7000シリーズと5000シリーズは、17型の「7750、5750」、15型の「7550、5550」がラインナップ。3000シリーズは15型の「3551、3550」の2モデルとなる
<2> エアフロー設計から一新。ハイエンドCPU、GPUを搭載しながら 軽量・薄型化を実現。
6機種の新製品それぞれのスペックや特徴についてみていこう。まずはフラッグシップとなるDell Precision 7750と、Dell Precision 7550は、「今、市場に投入できる最高のもの」というコンセプトで設計・開発されている。
17型の「Dell Precision 7750」(左)と、15型の「Dell Precision 7550」(右)
CPUはIntel 第10世代 Core i プロセッサーもしくはXeon Wプロセッサーが選択可能で、GPUはNVIDIA Quadro RTX3000から5000まで対応している。さらに「NVIDIA VR Ready」認証を取得しているので、3DCG開発だけでなくxR領域や人工知能研究でも高いパフォーマンスが期待できる。
7000シリーズの筐体は完全に新規設計されており、15型モデルの「Dell Precision 7550」は前モデルからシャーシを19%削減、フットプリント(置いた時に占める面積)を9%削減、17型の「Dell Precision 7750」でも前モデルからシャーシを17%削減、フットプリント8%削減と大幅な小型化が行われている。また、デジタルコンテンツ制作者にとって特に重要なディスプレイについてはHDR600(7550のみ)をサポートするほか、FHD(1,920x1,080)またはUHD(3,840x2,160)で、DCI-P3またはAdobe RGB色域を100%カバーする。
15型の「Dell Precision 7550」は、前モデル「Dell Precision 7540」との比較でシャーシを約19%の小型化を実現
さらにオプションとして提供されるM.2 SSDを裏面からネジなしで取り外しできる「クイック・アクセス・ドア」も斬新な機能だ。大容量のデータを転送するのではなく物理的にそのまま受け渡しできるというのは、開発現場では大きなメリットとなる。もちろん、セキュリティに配慮する場合はオプションで同機能のないバージョンを購入することもできる。
「Dell Precision 7750」と「Dell Precision 7550」は、M.2 SSDの着脱を容易に行える「クイック・アクセス・ドア」をオプションで選択可能
ミドルレンジ帯となる17型の「Dell Precision 5750」と15型の「Dell Precision 5550」は、高負荷な作業を担当するクリエイター向けモデル。CPUは上位モデル(7000シリーズ)と同一の型番が選択可能であり、GPUはNVIDIA Quadro T1000/T2000/RTX3000* (5750のみ)をサポートする。そして、これまで5000シリーズは1モデルのみだったが、より大きなディスプレイで業務を行いたいというデジタルアーティストやビジュアライゼーション分野からの要望に応えるべく、17インチディスプレイを搭載した「Dell Precision 5750」が新たに登場した。
17型の「Dell Precision 5750」(左)と、15型の「Precision 5550」(右)
Dell Precision 5750は、"世界最小"の17型モバイルワークステーションを謳っており、特筆すべきは画面占有率94%という筐体設計だ。前世代の15型Dell Precision 5450と比較すると、ディスプレイが26%拡大した一方でシャーシ自体は10%しか大きくなっていないことから、一般的な16型と同等の携帯性と言っても過言ではないサイズだ。
17型の「Dell Precision 5750」(右)と、15型の「Dell Precision 5550」(左)、そして前世代の「Dell Precision 5540」(中)を比較した図
大型ディスプレイと小型の筐体、そしてハイエンドなCPUとGPUを両立させるための大きな課題が「熱設計」だ。薄型筐体でハイエンドなGPUを用いる場合は、一般的なファンによる排気だけでは熱だまりが発生したり、場合によってはパームレスト側が熱く感じられてしまう場合もある(もちろんこれはUX的には大きな問題となる)。こうした問題を解決するために、Dell Precision 5750にはデルが独自に開発した「二重対向ファン」を2基搭載し、空気の流れを2倍にすることで廃熱効率を高めている。
17型の「Dell Precision 5750」は、デル独自の「二重対抗ファン(DOO:Dual Opposite Outlet)」を採用
「Dell Precision 5750」のエアフロー図
5000シリーズは、両モデル共にディスプレイのアスペクト比が16:9から16:10に変更されている。これは16:9の映像を制作する場合に作業領域が狭くなるという映像制作者の声を受けての改善であり、画面比率を16:10に変更することで3DCGや映像編集ソフトウェアのパラメータを表示するための領域が確保したかたちとなる。また、7000シリーズと5000シリーズはブルーライトを低減する機能をハードウェア的に採り入れていることも特長だ。画面が黄色く見えてしまいがちな一般的なソフトウェア処理と異なり、青色LEDの周波数をシフトすることで色域を再現しつつも目に優しいディスプレイを実現した。
エントリークラスとなる3000シリーズの「Dell Precision 3550」と「Dell Precision 3551」は、従来モデルをリフレッシュ。筐体自体は現行モデルを継承しつつ、CPUおよびメモリの最新世代へのアップデートを行い、GPUはNVIDIA Quadro P520をサポート。Presicion 3551はXeon Wプロセッサーにも対応しており、メモリも最大64GB積載可能なことから、ワークステーションとしての実力はいかんなく発揮できるスペックとなっている。
<3>ユーザー個人のアプリケーション、CPUやメモリ、ストレージの利用状況から自動的リソース配分を最適化
今回リリースされる6製品には、AIベースのワークステーション向けパフォーマンス最適化プラットフォーム「Dell Optimizer for Precision」が無償で提供される。従来までの「Dell Precision Optimizer Premium」は有償だったが、名前を改めると同時に改良と新機能が追加された「Dell Optimizer for Precision」は、ユーザーの起動するアプリケーションの組み合わせや使用方法、CPUやメモリ、ストレージの使用状況を学習し、自動的にレジストリ設定をチューンアップしていく形式となっている。
新たに提供される「Dell Optimizer for Precision」の機能一覧。グリーンでハイライトされた「AIベースのアプリ自動最適化(ストレージベース)」は「For Precision」のみの機能だ
従来の「Dell Precision Optimizer Premium」は、あらかじめデル側で用意した特定のアプリケーションをユーザーが自ら選択するという仕様だったが、これでは複数のアプリケーションを起ち上げたり、設定の用意がないマイナーどころのソフトウェアの最適化ができない問題があった。これを解決するため、AIベースで全体を俯瞰的にチェックし、ユーザーが複数のソフトウェアを同時に展開して作業している際の処理負荷などを総合的に判断することで、複合的なレジストリ設定を自動的に行うというしくみに移行された。
新しい「Dell Optimizer for Precision」と従来までの「Dell Precision Optimizer Premium」の機能差をまとめた図。ユーザーの使用方法が多様化していることを受け、「プロファイルベースの(静的な)最適化」は省かれた(より高度なAIベースの最適化に統合)
「販売周期がある程度決まっているハードウェアと異なり、ソフトウェアは常にアップデートが可能なため、Dell Precisionシリーズをお買い上げいただいた方にはいつでも最新状態のDell Optimizer for Precisionをご利用いただけます。実際に、秋頃にはネットワーク関係の最適化と、アラート関係のアップデートを予定しています。また集積したログはごく小さなデータであり、これらはローカルベースで処理しているため、負荷面とセキュリティ面の両面においても支障はありません」(湊氏)。
そのほかにも、状況を検知してマイクの自動調整やバックグラウンドノイズ低減を行う「インテリジェントオーディオ」や、バッテリーの延命を行うための「エクスプレスチャージ」など、多くの機能でユーザーの使用状況の学習と設定の再更新が行われているしくみとなっている。
最後に、Dell Precisionシリーズを中心とする製品営業を担当する中島 章氏(クライアント・ソリューションズ統括本部 アウトサイドスペシャリスト 部長)がDell Precision モバイルワークステーションについての展望を語ってくれた。
「CPUやGPU、メモリ容量的にもデスクトップPCに比類するようなスペックかつ薄型モバイルワークステーションが現実のものになっています。従来モデルでも外出先などで通常のオフィスワークと同等のパフォーマンスが発揮できる環境が実現しているのですが、今回の新モデルでは各種スペックが格段に上がったことでVRなど高負荷のGPU処理が求められるデジタルコンテンツ制作用途においてもモバイルワークステーションのカバレージはぐっと広がるはずです。CG映像制作ではGPUレンダリングへの関心も高まっていますが、新モデルのDell Precision 5750では、7000シリーズでも採用しているNVIDIA Quadro RTX3000を選択できるようになります。現在はリモートワークへの関心も高まっているので、ワークステーションはデスクトップマシンであるという固定観念を脱して、より多くの方にDell Precision モバイルワークステーションにふれていただき、その真価を知ってもらえる機会を増やしていきたいと思っています」。