フリーランスのクリエイターとして熊本でWeb広告の制作をする傍ら、書籍の執筆や講師としてオンラインセミナーを開催するなど、幅広く活躍する久米 徹氏。CGWORLDオンラインチュートリアルでも「Unity Visual Effect Graph 入門」の講師を務める久米氏だが、こういった個人活動の幅を広げるきっかけとなったのは、ブログやSNSでの発信だったらしく、コツコツと続けてきた活動の全てが繋がり、理想とするワークライフバランスが実現したという。そんな「マイペース&フリースタイル」を貫く久米氏に話を聞いた。
構成_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎぞうデザイン)
INTERVIEW&EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)
久米 徹氏による動画チュートリアル
「Unity Visual Effect Graph 入門」
Unityの新しいエフェクト作成ツール「Unity Visual Effect Graph」をこれから使い始めようと考えている方を対象に、「Visual Effect Graph」の使い方を実際にエフェクトをつくりながらわかりやすく解説。また、Unityの標準機能「Shader Graph・TimeLine」を利用したVFX Graphの使い方も解説していきます。
「Unity Visual Effect Graph 入門」
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ひとつひとつの活動が理想的な生活へと導いてくれた
CGWORLD(以下、CGW):本日はよろしくお願いします。まずはこれまでのキャリアをお聞かせください。
久米 徹氏(以下、久米):よろしくお願いします。九州デザイナー学院のゲーム・CG学科を卒業した後、今年2月までは熊本のゲーム会社に勤務していました。現在はフリーランスのデザイナーとして活動しています。14年ほど前、背景デザイナーとしてゲーム会社に入社し、モデリングやポリゴンの最適化、テストプレイ、UIの組み込みなどをしていたのですが、エフェクトを制作したことを機に次第にエフェクト制作がメインになりました。開発していたゲームは、PSPや3DSといった携帯ゲーム機やスマホのソーシャルゲームが多かったです。
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久米 徹/Toru Kume
フリーランス/VFX アーティスト
業務としてUnityでのエフェクト制作を数年行い、Unityのエフェクトの入門書やエフェクトテクスチャのつくり方を紹介するSubstance Designerの入門書を執筆。普段からブログやSNSでエフェクト関係の情報や制作物を発信している。
CGW:ゲームエフェクト制作の楽しさはどういったところですか?
久米:1つのエフェクトをつくるにしても様々な作り方があるのですが、自由に個性を出せる余地があるところが面白いですね。あと、テクニカルなツールやソフトを覚えて組み立てる作業なども好きです。エフェクト制作はいろいろなパートのスタッフと協力して作業が進められるのも魅力です。
CGW:CGWORLDでも「Unity Visual Effect Graph 入門」というチュートリアルの講師を担当されていますね。普段からメインツールはUnityですか?
久米:はい、Unityですね。個人でゲーム開発をしたくてUnityの勉強を始めたのですが、仕事でも使うようになってさらに追求するようになりました。Unityはネットで検索すればたくさん記事があるし、書籍等の資料が多いので良いですね。それに、リアルタイムにゲームシーン上で編集結果の調整と確認ができるのも利点です。
CGW:2月に退職され、フリーランスとして独立されたということですが、現在はどういったお仕事をされているのですか?
久米:現在はWeb動画の広告を制作しています。「まとめサイト」などをスマホで見たとき表示されるバナー広告とかです。
CGW:独立してみていかがですか? フリーランスでのお仕事は楽しいですか?
久米:楽しいです。Web広告の仕事は、成果物がすぐにブラウザで確認できるのが良いですね。自分がつくったものが本番環境ですぐに見られるというのは新鮮で。独立した感想としては、仕事内容よりも自分の時間が増えたことがとにかく嬉しいです。
CGW:現在は、エフェクトはあまり制作されていないのですか?
久米:いえ、バナー広告でもエフェクトは「味付け」のように使いますよ。でも、ゲーム開発をしていたときほど頻繁には制作しないので、常に自分から新しいことを勉強する姿勢が必要ですね。CGWORLDのオンラインチュートリアルで講師をしているのも「自分の勉強のために」という側面があるかもしれません。教えることを通して、自分自身の学びに繋がりますよね。
CGW:オンラインチュートリアルの講師を始めたきっかけは、どういうものだったんですか?
久米:Flypotの秋山高廣さんとTwitterを通して知り合ったのがそもそものきっかけです。秋山さんがUnityのオンライン講座を担当されていたのですが、秋山さんの紹介で講師をさせていただくことになりました。
CGW:SNSの繋がりから始まったんですね! SNSをきっかけに仕事のオファーをもらうという話は、もう珍しいことではないですよね。
久米:そうですね。企業もSNSで情報発信している人を探しているように思います。
CGW:SNSで発信するときに心がけていることはありますか。
久米:エフェクトだけはなく個人でスマホアプリ開発をしているので、そちらも含めて「今、何をしているか」が伝わるように意識しています。
CGW:どのようなアプリを開発されているのですか?
久米:これまでリリースしたアプリは、「花火が上がるのを眺める」といった癒やし系のものばかりですね。「Unityでゲームをつくりたい」という興味と関心からアプリ開発を始め、エフェクトの勉強の成果発表も兼ねています。いずれも自分の強みであるエフェクト制作の技術を活かしたものですが、ゲーム性のあるアプリも開発してみたいですね。
▲久米氏がリリースしたアプリの数々。Google Playで無料でダウンロード可能だ
CGW:ダウンロード数はいかがですか?
久米:多いもので10万ダウンロードくらいですね。アプリ内のアドセンス広告だけですので、収益はたいしたことありません(笑)。
CGW:10万ダウンロードって凄いですね! マネタイズというかWebマーケティングというか、エコシステムの構築などもされているのですか?
久米:マネタイズに関してはまだまだ勉強中です。つくったもので遊んでもらえたらという思いでリリースしたのですが、せっかくなのでお金も稼げると良いですよね。
CGW:ご自身のブログでも、かなりしっかりと解説されていますよね!
久米:はい。実は、SNS発信やアプリのリリースよりブログを軸に発信してきたんですよ。現在は「はてなブログ」に落ち着きましたが、ブログの発信はかれこれ12〜13年になります。
CGW:「継続は力なり」ですね! コンテンツはエフェクト制作に関する内容に絞っているのですか?
久米:そうですね。エフェクトやUnityの学習記録を一般公開しているような感じで、サンプルも一緒にアップしています。ブログを読んでくださった方のコメントをきっかけに、Unityアセットストアでエフェクト販売も始めました。エフェクト制作に関する書籍もこれまでに2冊ほど出版しているのですが、1冊目は出版社の方がブログを見てお声がけくださいました。その他にも、ブログで発信していたことから人脈が広がり、エフェクト講師の依頼があったり、Substance Designerに関する書籍『Substance Designer 入門』(ぽこぽん丸。氏との共著)の依頼があったり。これらひとつひとつの活動が現在の活動に繋がっています。
▲久米氏による書籍(左)『Unity ゲームエフェクト入門 Shurikenで作る!ユーザーを引き込む演出手法 (Smart Game Developer) 』(翔泳社)/(右)『SubstanceDesigner入門』(秀和システム)
CGW:ブログを起点に活動の幅が広がっているんですね。仕事をしながらブログを書くのは大変かと思いますが、モチベーションの源は何ですか?
久米:会社に依存しすぎないようにしたいという気持ちが強かったですね。自分の強みであるエフェクトの領域で好きなことが副業にならないか、1円でも良いからブログで収益を上げてみたい、というチャレンジ精神からブログを更新していました。
CGW:ブログを始めた当初から、いずれはフリーランスとして独立しようと考えていたのですか?
久米:入社当初は「独立できたら良いな」という程度でしたね。しかし、結婚して子供ができたのも理由として大きくて、自分の中でいろいろと優先順位が変わり、「家族と過ごす時間」に対するプライオリティが上がったんですよね。
CGW:意を決して独立した結果、理想とする生活が手に入ったんですね。
久米:そうですね。今は1日8時間のリモートワークで、1年契約で仕事をさせていただいています。家族との時間もとれるようになり、理想的な生活を送っています。家族と一緒に朝、昼、晩と食事する時間がとれますし、平日でも朝1時間、夕方2時間、息子と遊ぶ時間が確保できています。朝は息子と一緒に小学校に登校したり、夕方は一緒にお風呂に入ったり。独立したことで収入も上がり、心に余裕も出てきました。毎日幸せに過ごすことができているので、今の仕事に感謝しています。
CGW:ついに夢を叶えることができたんですね。
久米:ブログやSNSでの発信をきっかけに理想的な暮らしが実現したわけですので、人との繋がりには本当に感謝しています。
家族との時間を優先するための選択
CGW:東京や大阪など、大手企業が拠点を置く都市での就職を考えたことはありますか?
久米:.....ないですね(笑)。もともと福岡出身で、結婚して妻がいる熊本に移りそのまま暮らしています。大手は毎日忙しそうですし、できることなら働かずに暮らしたいと思っていますから(笑)。前職のゲーム会社は定時帰宅できることが多かったので、空いた時間にはセミナーへ行ったり自主制作をしたりしていました。
CGW:熊本での生活についてもお聞かせください。熊本は暮らしやすいですか?
久米:はい。熊本には「ほど良く都会」な部分がありつつも、市内から車で1時間ほどで天草や阿蘇といった美しい自然とふれあうことができます。食べ物もとても美味しいですし水質も良いです。現在は東京の企業から仕事をいただいてリモートワークをしているので、仕事でも不便は感じません。ということで、熊本は「働きやすくて住みやすい場所」だなと思っています。
CGW:CG関連のコミュニティやゲーム開発などは盛んですか?
久米:あまり盛んではないですね(笑)。ゲーム会社も数社程度しかないと思います。
CGW:熊本の暮らしで不便に感じる点はありますか?
久米:イベントやセミナーなど直接会場に行ったり人と会うとなったときに「距離とコスト」のハードルを感じます。「じゃあ、週末に会いましょうか」というのが難しいですからね。あと、書店で売られている技術書も少ないので、立ち読みができません。全てAmazon頼みです。
CGW:リモートワークでのお仕事はいかがですか?
久米: リモートワークになったことでコミュニケーションが減ったので、漠然とした「孤立感」のような感情があります。独立してまだ3ヶ月目ですし、新しい働き方に早く慣れるように週末は思いきり遊ぶようにしています。趣味で釣りをするのですが、おかげで息子が魚を食べてくれるようにもなって良かったです。
▲週末には親子で釣りに出かけることも
CGW:オンラインで講師をされることがあるんですよね。そういった活動は、リモートワークによる孤立感の緩和になるかもしれませんね。
久米:そうですね。週末開催しているエフェクト講座は、年齢的にも若い生徒さんが多く私も刺激を受けます。教えることによって発見することがたくさんあるんですよね。Web広告の仕事をするようになり、ゲーム開発の仕事をしていたときよりもエフェクト制作をしなくなったので、常に自分から勉強していく姿勢が重要だなと実感しているところです。
CGW:「できることなら働かずに暮らしたい」とおっしゃっていましたが、何か実践されていることはありますか?
久米:エフェクトとは関係ないのですが、YouTubeで動画を配信しています。何というか......、とてもニッチで変な動画なんですが(笑)。
CGW:SNS、ブログ、そしてYouTubeは副業を目指す人の「三種の神器」のようなものですよね。ニッチな動画というのがとても気になります(笑)。
久米:単に数字が増えていくだけの動画です。息子がとにかく数字が大好きで(笑)、それでAfter Effectsでつくってみたんですよ。以前、数字が増えていくだけの動画をYouTubeで見つけて息子に観せていたのですが、「これならつくれるな」と思って真似してつくってみたら大喜びしてくれて(笑)。それ以降、息子と一緒に動画をつくるようになったんですよ。
CGW:独特な世界で面白いですね!! こんな動画があるなんて知りませんでした!
久米:本当に。息子が「数字好き」じゃなかったら知ることがなかった世界です。新型コロナの影響で自粛ムードになり、息子と「こうしよう、ああしよう」と一緒に遊びながらつくったのが始まりです。息子が手で描いた数字をスキャンして使っている箇所もあったりするんですよ。
CGW:親子でコラボレーションしているんですね。しかし、本当に数字が好きなんですね。
久米:子供の感覚は不思議ですよね。フォント選びや配色にもかなりのこだわりがあるらしく、数字の「7」の真ん中にある点が好きだったり、「2」のちょこんと出ている部分が好きだったり(笑)。数字の増え方も「20,000ずつが良い」など、謎のこだわりがあって。
CGW:確かに。この動画を見ていると、大人ではなかなか思いつかない独創性を感じますね。何というか......、ストイックというかサイケデリックというか(笑)。
久米:ディレクターは息子です(笑)。私の後ろで画面を見ながら、色々と細かくチェックしてきて大変です。
▲ディレクション中
CGW:ずっと貼り付くタイプのディレクターですね(笑)。動画ひとつあたりの制作時間はどれくらいなんですか?
久米:初めは小1時間程度でしたが、最近公開している「16分割」された動画はほぼ1日がかりですね。分割が多い方が好きみたいで、どんどん大変になってきています(笑)。
CGW:確かに! 最近のものはだいぶ凝ったデザインになっていますね! しかしニッチな割には再生回数が多くないですか? 需要があるんですね!
久米:そうなんです。意外にも需要があるようです(笑)。YouTubeは登録者数が1,000人を越えると広告収入が発生するのですが、海外の方に人気なようで今ではちょっとしたお小遣いになっています。ニッチな動画なのに、これほど需要があるとは思わず驚いていて、動画制作を通して「ニッチであろうと、適切に供給できれば収支が立つ」ということを学びました。しかし何よりも、「自由な時間で息子と遊んでいることが収益に繋がっている」という驚きと喜びがあります。
CGW:ブログやSNS、アプリ開発、YouTubeなど本当にいろいろと自主的に活動を続けられ、それらが「理想的なライフスタイルの実現」として実ったんですね。自分のプライオリティを見直すきっかけになりそうです。久米さん、今日は本当にありがとうございました!