日本財団が主催する海と日本PROJECTによるSTEM教育「海洋研究 3Dスーパーサイエンスプロジェクト」が9月より開始した。関東圏から9名の中学生が集まり、海洋研究を通して3Dの知識と技術を学び「ものづくり」を体系的に身につけていこうという試みだ。本プロジェクトを企画し3Dパートの講師を務める一般社団法人日本3D教育協会代表の吉本大輝氏が、東京海洋大学 海洋資源環境学部助教で鯨類研究の第一人者である中村 玄氏と二人三脚で進める日本初となる3Dを扱ったSTEM教育である。現在、サイエンスの領域で3D技術者が求められている。その技術者を育てるべく「早くから3Dとの接点を」と話す吉本氏が見つめる先にあるのは、3Dプリンタの可能性と未来の「日本のものづくり」の姿だ。


INTERVIEW, TEXT & EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE





サイエンスの領域でますます求められる3D技術者

CGWORLD(以下、CGW):今日はよろしくお願いします。日本財団による「海と日本プロジェクト」の一環として「海洋研究3Dスーパーサイエンスプロジェクト」を企画され、講師として3D教育を行われているとのことですが、まずは吉本さんのご経歴からお聞かせください。

吉本大輝氏(以下、吉本):2019年に合同会社吉本アートファクトリーを設立し、3Dを使ってプラモデルの設計やフィギュアの造形やアニメーション用3Dモデル、AR・VRの制作をしている他、専門学校や大学などで講師として3Dを教えています。また、博物館等で展示される生き物の模型を3Dで制作することもあります。

CGW:ホビーからサイエンス、教育にいたるまで、幅広く活躍されていらっしゃるんですね。今回中学生を対象に、海洋生物の研究を通じて最新の3D技術を習得する日本初のSTEM教育(※)「海洋研究3Dスーパーサイエンスプロジェクト」を企画され、ご自身も講師を務められています。そもそもどのような経緯で本プロジェクトを企画されたのですか?

※STEM教育:科学(Science)・技術(Technology)・工学(Engineering)・数学(Mathematics)の教育分野を総称した教育モデル。これからの世界の経済成長に不可欠な要素と言われている( 「海洋研究 3Dスーパーサイエンスプロジェクト」公式サイトより)

  • 吉本大輝 / Daiki Yoshimoto

    3Dモデラー・デザイナー/合同会社吉本アートファクトリー代表/一般社団法人日本3D教育協会代表

    フルカラー3Dプリンタの第一人者であり企業のコンサルティングも行なっている。フィギュアの3D造形からプラモデルの3D CAD設計、アニメーション用3Dモデル作成、AR・VRなど多岐にわたる3D業務に従事。近年は3D教育と普及にも力を入れており、日本財団や企業と連携し3D教育プロジェクトを運営している。また、東京大学大学院特任助教・JSTさきがけ専任研究者である中島一崇氏と3Dプリンタ用メッシュ解析修正ソフト「TORIDE(トリデ)」を開発している。


    「海洋研究 3Dスーパーサイエンスプロジェクト」公式Twitter:@kaiyo_3d
    「TORIDE(トリデ)」公式HP:toride.y-artfactory.jp

▲海と日本PROJECT(主催:日本財団)×STEM教育 「海洋研究 3Dスーパーサイエンスプロジェクト」/吉本氏(左)と中村 玄氏(東京海洋大学 海洋資源環境学部 助教/右)、モニタに映っているのは本プロジェクトに参加している中学生のみなさん

▲(左から) 海野光行氏(日本財団 海洋事業部 常務理事)、吉本氏、角井健一氏(株式会社ワコム クリエイティブビジネスユニット JP エンタープライズ/デザイン教育グループ グループ統括マネージャー)

吉本:これまで日本では3Dに関する教育がされてきませんでした。実際、中国ではかなり3D教育に力を入れていて、2018年の段階で中国全土にある40万の小学校・中学校に3Dプリンタがすでに配備されていたりするんですよ。

CGW:少し残念ですが、日本は「3D後進国」と言われてますよね。

吉本:そうなんです。日本では「3Dプリンタ」と聞くと「馴染みがない」とか「触ったことがない」と言う人がいまだ多いと思います。でも実は、車のデザインやゲーム機のデザインといった工業系デザインの現場をはじめ、「ものづくりの現場」ではほとんどのシーンで3Dプリンタが使われているんですよ。また、医療分野は日本国内で「3D技術を使った特許」が最も取得されている分野だったりするのですが、CTスキャン技術を使って3Dが活かされています。身近なところでは、歯医者さんが3Dでデータを使って歯の治具を作っていたり。

CGW:デザインやアート、エンターテインメントの領域だけではなく、人々の暮らしを支える「ものづくりの現場」で3D技術が活用されているんですね。

吉本:はい。そういったシーンで3D技術はとても必要とされているのですが、そんな彼らはどこで3Dの技術を覚えるのか。現状では、そういった現場で活かされる3D技術が学べる場所がないんですよ。3Dを始めるきっかけといえば、芸術系の大学で彫刻系やCG系のクラスだったりCG系の専門学校だったり、そういった場所で「たまたま3Dと出会う」のがほとんど、という現状に危機感を覚えています。

▲なぜ3Dなのか? 中学生のうちから3Dに触れる機会を作るメリット

CGW:先ほどお話しされたように、3Dを使った仕事はエンターテインメント以外にも実はたくさんあるにも関わらず、ですよね。

吉本:そうなんです。こういったことをのぶほっぷ福井(信明)さん(※)とよく話していたんですよ。「3Dが技術的に活用されるようになるには、もっといろんな人が3Dを使えるようにならなければ」と。そんな経緯もあり、そして何よりも僕自身がもっと3D教育に力を入れていきたいという思いがあって「海洋研究 3Dスーパーサイエンスプロジェクト」を始めることになりました。

※3DCGアーティスト。デザイン事務所HOPBOX代表。日本における3D教育の第一人者であり、2020年4月27日に逝去

CGW:海洋研究と3Dの接点はどこにあったのでしょうか?

吉本:関係各所と連携して進めていこうとしていたときに、東京海洋大学 海洋資源環境学部の助教で海洋スペシャリストの中村 玄先生と出会いました。フルカラーの3Dプリンタで出力したマッコウクジラの骨格標本(を模したモデル)を僕がTwitterで投稿したのがきっかけです。中村先生はクジラの研究を通してすでに3Dを活用されていたのですが、やはり「3Dは独学で学ぶしかなかった」とおっしゃっていました。「3Dは研究に使える技術なので広めていかなければならないが枠組みがない」と。その話を聞き、海洋研究で使われるような3D技術を中学生のうちから教えることで、将来的に研究者や3Dの技術者が増えるような枠組みを作ることができないだろうかと考え、中村先生と一緒にプロジェクトを起ち上げることになったんです。

CGW:マッコウクジラの3DモデルはTwitterでとても話題になりましたね! 吉本さんご自身も海の生き物にご興味があったんですね。

▲(株)ミマキエンジニアリングが開発した最新のフルカラー3Dプリンタで作成したマッコウクジラの玉骨標本©️吉本アートファクトリー

吉本:はい。祖父がマグロ漁船の漁師をしていたこともあり、子供の頃から海の話をたくさん聞いていたのでとても興味がありました。でも、それ以上にマッコウクジラのモデルを作る際、「骨格のことを知らないと作れない」と痛感したんです。標本で見るとあまり疑問に思わないものですが、クジラには「骨盤痕跡」という骨盤の名残のような骨があって、いざ3Dで作っているときに「あれ、今作ってるこの骨って何だろう? そもそも骨なのかな? どこにどうなる骨なんだろう?」と調べる作業が必要になったんです。

しかもあのモデルはスキャンされたクジラのデータを基にして作ったわけではなく、東京国立博物館に行って天井から吊るされている大きなクジラの写真を下から撮って、その写真から造形物としてデータに起こしていったもので、資料として十分ではないんですね。だから骨格としては若干間違っているところもあったりするのですが、いずれにしても「作る」というプロセスでは必ず「調べる作業」が必要になるわけです。だから、ものづくりを通して学ぶ場合に3Dはとても相性が良いのではないかなと。

CGW:なるほど。3Dでのものづくりを通して「疑問点を自分で調べて解決する力」を養っていけるわけですね。海洋研究と3Dの基礎が体系的に学べてものづくりのスピリットも身に付く、とても合理的な学びの環境ですね! 現在プロジェクトに参加している中学生は何名ですか?

吉本:関東圏から9名の中学生が参加しています。参加した動機は様々で、海洋にそんなに興味はないけどプログラミングや3Dにすごく興味がある、という子だったり、3Dには興味はないけど海洋にはとても興味があって、実際研究者の先生とやりとりをして研究ができたりするので、そういった研究者を目指している子がいたり。中にはすでに3Dモデリングができる子もいます。

▲「海洋研究3Dスーパーサイエンスプロジェクト」カリキュラムの流れ

▲オンラインでの「第2回 3D基礎講座」の様子。授業に参加した皆さんのコメント/「美術は得意ですか?」という質問に対して「そんなに得意ではないです。思ったとおりに動かせるか心配だけど、3Dを触ってみたいと思いました」(岡本結和さん)、「絵を描くのが好きで結構描いています。3Dで造形するのも好きです」(杉本拓哉さん)、「絵を描くのは好きだけど美術の授業は微妙です。PCで描いたことはないのでどうなるかな」(富田 蓮さん)、「模写は好きでibisPaintなどで描いたりします。イチから自分で描くのは得意ではないのでZBrushがちゃんと使えるか心配です」(栗山奈月さん)、「美術はそんなに得意ではないので、今回はチャレンジしてみたいと思います」(草原宏仁さん)、「最近はPCばかりですが、絵を描いたり作ったりするのは好きです」(鈴木莉紗さん)

CGW:中学生のうちに3Dを学んでおけば、将来進路を決める際の選択肢の1つになりますね。

吉本:そうですね。現状では3Dとのエントリーポイントは20代前後なので、そういった点を鑑みて、エントリーポイントを10代前半まで下げることができたらと考えています。

CGW:ところで、「海洋研究 3Dスーパーサイエンスプロジェクト」の母体となる「海と日本プロジェクト」は日本財団が主催されているんですね! これはどういった背景によるものなんですか?

日本財団「海と日本プロジェクト」は、海にまつわる社会課題を伝え、海を未来へ引き継ぐためのアクションを推進するプロジェクトです。海で進行している環境の悪化などの現状を、子供たちをはじめ全国の人たちが「自分ごと」としてとらえ、海を未来へ引き継ぐアクションの輪を広げていくため、政府と連携し、オールジャパンで推進しています。

吉本:日本財団(旧:日本船舶振興会)は子供たちを中心に、海への関心や好奇心を喚起しながら海の問題解決に向けたアクションの輪を広げる「海と日本プロジェクト」をたくさんのパートナーと進めているんです。中村先生と3Dデータを見ながらディスカッションを重ねていたときに、いろいろなご縁を通して日本財団に企画を提案する機会を得ることができ、プロジェクトに賛同していただくことができました。

先ほども少しお話ししましたが、研究の現場では3D技術者が求められているにも関わらず、3D技術を持ち合わせた人材が不足しているという悩みを抱えています。今後、研究の現場で3Dの需要がさらに高まるのは明らかなので、そういった人材を今のうちから育成する必要があります。本プロジェクトでは「海洋生物の研究者を志望する中学生」という条件は設けていませんが、海洋生物および3Dに興味がある中学生を集めて、研究者が実際に研究を進めるプロセスを一緒に辿りつつ、同時に3D技術との関連性と技術を習得してもらいます。3D技術の様々な使われ方と必要性を理解する良いきっかけになるのではないでしょうか。

CGW:日本の未来を見据えてのプロジェクトなんですね。サイエンスの分野でどのように3D技術が活用されているのか、漠然としていた点が明確になってきました。新たな発見やイノベーションに繋がる可能性が大いに秘められていますよね。

吉本:そうなんです! 例えば、クジラって本当に大きくて、雌雄の頭蓋骨を並べて長さを測ってそれぞれ比較しながら調査していくとなると、そもそもそういうことができる場所がないため、実物を使って調査するのはほぼ不可能なんです。でも、もしそれらをスキャンして3Dデータにして保管することができたら、誰でもどこからでもPCモニタの中で思う存分調べることができますよね。すでに3Dはこういった研究に欠かせない技術になりつつあるんですよ。

CGW:なるほど、仮説に基づいたシミュレーションなども自由にできるわけですね。そこから新たな発見がたくさん出てきそうです。サイエンスの分野では、調査がなかなか進められなかったりわかっていないことがまだまだ多いので、3Dプリンタを活用して検証を重ねることができますね。仮想空間上での仮説を立てることができるのは、新たな発見に大きく関与しそうですね。

吉本:本当にその通りで、実際、化石等の調査で貴重な恐竜の骨などが見つかったとしても、調査するためにその骨に触ることができなかったりします。また、新種を発見した場合、新たに発見された個体は「タイプ標本(※)」となり今後の研究の基準となるのですが、世界のどこで研究していようと、その標本を基準に研究することになります。しかしタイプ標本は非常に重要な資料なので、発見された国の博物館や研究施設から移動させることが難しいです。なので研究する際は、タイプ標本が保管されている施設まで行って直接確認しなければならないんです。実際中村先生も、クジラの「ある一部の骨の長さ」を測るためにわざわざ南米までサイズを測りに行ったことがあるそうです。その話を聞いて「それって3Dで解決できるんじゃないかな」と。

※:タイプ標本とは、新たに種の学名を付けるための記載論文中で使用され、学名の基準として指定された標本(あるいは標本シリーズ)のことです。そのうち種の学名の基準となる単一の標本を「ホロタイプ」(担名タイプ)として新種記載の際に原記載で指定します(高知大学バーチャル自然史博物館 より引用)

▲海洋生物3Dデータアーカイブスのイメージ

CGW:なるほど、研究がグッと身近になりますね。3Dデータとして共有されると、第一線で研究を進める科学者から子供まで、「ほぼ実物」の資料を自由に扱うことができるようになるわけですね。

吉本:タイプ標本は最も信頼性の高い資料で「一次資料」、写真や動画は「二次資料」と呼ばれています。魚拓なども二次資料なんですが、「二次資料」は何かしらの手が加わっている可能性がありますよね。意図的であろうとなかろうと「実物=それそのもの」ではないので、「一次資料」と比べると信頼性は下がるんですよ。クジラは良い例で、個体が非常に大きいのでカメラで撮ったとしてもどうしてもレンズによるズレや歪みだったり、全体が収まりきらなかったりします。そこで、標本をスキャンして3Dデータ化しておけば、実物にほぼほぼ近い形状でデータとして保管できるので、「1.5次資料」になり得るんじゃないかなと考えています。

▲クジラの玉骨標本を制作するために吉本氏が撮影したもの。レンズの歪みや光の加減、全体が入り切らないなど、資料としての信頼性は「一次資料」に劣る

CGW:データだと劣化や風化の心配もありませんからね!

吉本:中村先生は、「減少傾向のある生物がいても、そのことを知らなければ守ることができない。人々に知ってもらうことはとても重要」だと話されています。実物を展示する従来の博物館では、天井に吊るされた標本を下から眺めるくらいしかできませんし、なかなか実物を目にすることができない貴重なものを、どうすれば身近に感じてもらえるのか。

CGW:そこで、ほぼ実物と同じだけどいくらでも量産ができる3Dの出番というわけですね。

吉本:はい。3Dデータや3Dプリンタで出力したもであれば、破損の心配もないし、子供でも実際に触って確認することができるため身近に感じられるはずです。



環境問題や社会問題にまで対応。3Dプリンタの可能性を広めたい

CGW:博物館に展示する生き物の制作等もされているとおっしゃっていましたが、そもそも吉本さんが造形の世界に入られたきっかけはどのようなものだったんですか?

吉本:僕は大学時代に油絵を専攻していたので、立体造形はド素人からのスタートでした。ある日、大学に海洋堂 の創業者である宮脇 修氏が来てお話しされたことがあり、好きなものを作ってそれが仕事になるってすごく良いなと思ったんです。その日のうちに粘土を買いに行って、アナログでいろいろと作り始めたのが造形を始めたきっかけです。その後しばらくして、初めてワンダーフェスティバルに行ったのですが、3D造形の話は聞くものの、なんだかんだ粘土で作るのが主流だろうと漠然と思っていたんですよ。でもその予想を良い意味で裏切られたというか、3Dプリンタで作られた作品が本当に多くて驚きました。そこで、「今後アナログでの制作は淘汰されて、どんどん3Dに切り替わっていくんじゃないか」と強く感じ、こういった仕事をするなら3Dの技術を身につけなければと、次の日に早速ZBrushを買いに行ったんです。

CGW:行動が早いですね!

吉本:はい(笑)。いろんな動画だったりチュートリアルだったり、DVDや参考書などを読んで勉強して、どんどん3Dの世界にのめりこんでいきました。

CGW:油絵も立体造形もできるという点は、平面的な考え方と立体的な考え方の両方ができるということで強みですね。

吉本:平面で培ったデッサン力や観察眼を活かして、それをそのまま立体にするという意味でも強みになっているかもしれませんが、実は僕、「自分のオリジナル」みたいな作品を作るのはそんなに得意ではないんですよ。それよりも何かを真似て作る方が得意なので、フィギュアや模型など「何かを忠実に再現する仕事」が向いているのかもしれません。

CGW:ご自身の弱みと強みをしっかりと見極めて活動されていらっしゃるんですね。吉本さんが制作されたマッコウクジラの3Dモデルですが、これも3Dプリンタで出力したものなんですよね。

吉本:はい。ミマキエンジニアリングのフルカラー3Dプリンタで出力したものです。この3Dプリンタは1千万色以上出すことができ発色がとても良いのが特徴ですが、最大の特徴は「クリア(透明)」が出力できるという点なんです。白い骨の部分の層と同じ層に透明の層も出てくるという感じです。透明の部分と白い骨の部分の素材は同じで、単に透明か不透明かのちがいだけなんですよ。

▲使用した3Dプリンタはこちら

▲マッコウクジラの玉骨標本を出力している様子。まず安定した土台を形成(左)/出力中(右)

▲層を重ねるようにどんどん出力していく

▲出力完了(左)/乾燥していきます(右)。魚の干物のようでカワイイ!

▲綺麗に磨いて完成!

CGW:つまり、外側の透明部分の中にクジラの骨格が埋め込まれているのではなく、全て同一層で色分けして出力されたものということですか? 本当にインクジェットプリンタのような感じですね!

吉本:そうなんですよ、面白いですよね。これまで色々と制作してきた経験から、「色の表現」に関してはだいぶ極めたかなと思っていた部分がありました。そこでこの3Dプリンタの特徴を活かして新しいことが何かできないか、フルカラー以外でどのような伸びしろがあるのかと考えました。例えば、先ほどおっしゃったように、骨格部分を先に作って上から吊るし、外側の部分の型をとって透明を流すという方法は、実際に可能な方法です。

問題は、それとまったく同じものを作るとなった場合に再現性が低いことなんです。まったく同じものを量産する場合や、それこそ博物館などに納品するような模型を作る場合、「正確な外観」や「骨の位置関係」などを展示物として通用するほど正確に作ることができないんですよね。だからそういう模型を作るときにこそ3Dプリンタを使うべきなんじゃないかなとずっと考えていました。3Dプリンタだと、数値で正確に位置が決まっているので再現性が高く、いくつでもまったく同じものが作れますからね。しかも、拡大・縮小など大きさも自由自在です。

CGW:その試作がマッコウクジラのモデルだったんですね。

吉本:おかげさまで、SNSの投稿を見て「欲しい」と言ってくださる方がたくさんいました。そうそう、もう1つ3Dプリンタの大きな利点がありますよ。これまで、こんな感じで「欲しい」と言ってくださる方がいた場合、中国まで行って現地の工場で金型を起こしてもらい、最低でも1,000〜2,000個ほど量産して、それを日本に送ってから販売するという工程が必要でした。このような販売形態では、在庫を抱えなければならないという問題があったんですよ。しかし3Dプリンタであれば注文の数だけ出力すれば良いので、在庫を抱える必要がありません。その上、現在社会問題になっているプラスチックゴミやCO2排出といったエネルギー問題にまで対応しつつ、効率的に現物をお届けすることができます。これは大きな強みですよね。

CGW:昨今、環境問題や社会問題を無視したビジネスに発展は期待できませんからね。

吉本:はい。海が抱える問題に関して言えば、2050年にはプラスチックゴミの重量が魚の重量を超えてしまうという計算結果が出ていて、日本財団はかなり危機感をもって問題解決に向けて取り組みを進めています。そういった社会問題に対する取り組みの一環でもあり、可能性を秘めた3Dプリンタの夢のような使い方に魅せられて、楽しく制作している感じです。

CGW:「海洋研究 3Dスーパーサイエンスプロジェクト」は、日本のものづくりや社会問題、さらには日本の発展を見据えたプロジェクトなんですね。

吉本:はい。フルカラー3Dプリンタを使った制作では、造形の知識や技術に加えて色付けに関する知識など様々な知識が必要になるため、地道に3Dの知識や3Dプリンタの原理を理解してもらう必要があります。そのためにも3D教育は欠かせないものなんですよ。世界を見渡してみても日本の3D教育は随分と出遅れているのですが、プログラミングの授業のように3D教育が義務教育に採り入れられたり、もっと早い段階で一度3Dに触れる機会を設ける必要があるのではないか。子供たちが3Dに興味をもってくれたら、いずれ日本のものづくりを活性化していってくれるんじゃないかなと考えています。

CGW:今後も「海洋研究 3Dスーパーサイエンスプロジェクト」はこういったかたちで3D教育を続けられる予定ですか?

吉本:はい、今後も海洋研究と絡めて積極的に3D教育を進めていく予定です。

CGW:まさかここまで日本の将来を考えた取り組みだとは想像していませんでした。とても興味深く可能性を感じるお話でした。吉本さん。今日はありがとうございました!



Information

海と日本PROJECTとは

子どもたちを中心に海への関心や好奇心を喚起し、海の問題解決に向けたアクションの輪を広げることを目的に日本財団や政府の旗振りのもと、オールジャパンで推進するプロジェクトです。

日本財団「海と日本プロジェクト」公式HP