[PR]

「人前で話すと冷や汗をかく」、「閉鎖空間が怖くて乗り物が苦手だ」といったように、特定の状況において不安感や緊張感を感じることは誰にでもあるだろう。いわゆる「苦手」というものだ。だが、その度合が強すぎ、日常生活に支障が出てしまっている場合には、これは不安障害と呼ばれ精神疾患のひとつとして治療の対象となる。

そんな不安障害の治療法のひとつである曝露療法(ばくろりょうほう)をVRデバイスを用いて実現するものとして誕生したのが「NaReRu」だ。VR空間上に電車や高速バス、飛行機、あるいは雷や高所といった不安障害の恐怖対象をリアルに再現し、これに慣れていく過程で現実世界での不安障害の改善を目指している。

本システムをUnreal Engineで開発し、医療法人向けにOculus Rift及び本システム向けにセレクトされたマウスコンピューターのノートPCとともに販売を行っているのが、魔法アプリだ。同社代表取締役の福井健人氏と3Dアーティスト 中村一也氏に開発経緯や今後の目標について伺った。

TEXT_神山大輝
PHOTO_弘田 充
EDIT_池田大樹(CGWORLD)



  • 苦手克服VRトレーニングシステム「NaReRu」



    鉄道/飛行機/新幹線/雷/高所/バスなどに苦手意識のある方向けの新しい練習ツール。苦手と感じている場面をVRで再現し、その環境へ段階的に慣れていくことができるシステム。
     https://www.magiappltd.com/nareru

国内の文化や環境に根ざした独自のVR曝露療法を開発

特定の対象や環境に著しい恐怖反応を示したり、それによって動悸や頻脈などの身体症状をもたらす「不安障害」という病気がある。その対象は医療行為や高速バス、対人関係など、個人によってさまざまだが、対象に対する強い不安から生活に支障をきたす場合もあり、適切な治療が必要な疾患と言える。

例として、極端に稲妻や雷鳴を恐れる「雷恐怖症」では、天候によって強い恐怖感を覚え、吐き気や心拍の上昇などの症状を引き起こすことがある。しかし、「天候が不安」という理由だけで学校や会社を休むことは難しく、周囲の正しい理解がなければ社会生活が困難になるケースも多い。理解を得るのがとても難しい病気と言える。

こうした不安障害の日本国内の罹患者数は年間平均で700万人程度と言われているが、不安障害によって職業選択の幅が狭まったり、今までの仕事が出来なくなったりすることによる見えない経済損失は計り知れない。慶應義塾大学の推計によれば「精神疾患による社会的コスト」は国内で年間損失2兆3932億円とされる。罹患者それぞれに対して適切な治療法を提供することが重要な課題となっている中、先端のVRテクノロジーを用いた解決法を提案するのが、魔法アプリだ。


  • 福井健人 氏


    魔法アプリ 代表取締役社長

同社が開発したVRアプリケーション「NaReRu」は、不安障害の治療法のなかのひとつである「曝露療法」をOculus Rift上で実現するためのツールとなる。曝露療法は心理療法のひとつで、「不安を引き起こす対象に接することで徐々に慣れていき、最終的に克服を目指す」というアプローチとなるが、従来は不安の対象をカウンセリングルーム内で再現することができず、実施が難しいという問題があった。つまり、雷を実際に起こすことはできないし、カウンセリングルーム内で電車やバスへの乗車体験を提供することが出来ない、ということだ。しかし、VRであれば、臨場感のある「体験」を患者に提供することができる。

「元々VRを用いた曝露療法は、アメリカにおいて帰還兵に対して行われた前例があり、欧米圏を中心に研究が進められてきました。国内でも2009年頃までは研究が進められてきましたが、現在は研究がストップしてしまっています。欧米で進められた研究成果も恐怖の対象は国によって異なるため、日本人に完全にマッチしたシステムとは言い難い状況でした。例えば日本ではゴキブリが苦手な人が多い印象ですが、アメリカではクモが苦手な人が多く、同じクモでも米国と日本のものではサイズも全く違うので、リアリティを感じさせることはできないんですね。各国の文化や風土に根ざしたVRコンテンツでないと意味がないのです。

私が開発を始めたきっかけとなったのは、実は、もともと私の父親が国内で唯一VR曝露療法を行っていたクリニックに勤務しており、このVR機材の修理をお願いされたことが発端になっています。この時のデバイスは1995年に発売された「VFX1 Headgear」というもので、さすがに自分で修理は出来なかったのですが...。ただ、これをきっかけに国内の文化や環境に根ざした独自のVR曝露療法に強い可能性を感じたため、"自分で開発してみよう"と考えました」(福井氏)。

現在、「NaReRu」が提供するシーンは、パニック障害向けに飛行機、電車(地下鉄)、新幹線、高速バスの4つと、限局性恐怖症向けに雷、高所恐怖症の2つ。加えて、不安障害向けにスピーチ・会議室・面接シーンの3つの計9シーンである。

▲雷のシーン。暗雲が立ち込め徐々に天候が悪化していく段階から、実際に雷鳴が轟く段階まで、天候状況を調整し、被験者へのストレスのかかり方をコントロールすることができる。

▲エレベーターのシーン。全50Fのビルを自由に昇降できる。エレベーターなどの閉鎖的な空間や高いところが苦手な方々のトレーニング向けだ。

▲高速バスのシーン。恐怖を感じるポイントは、人それぞれだが共通するのは「次のサービスエリアまでは降りられない」という閉塞感だという。

▲スピーチのシーン。演説会場のような舞台上で発表する練習ができる。

いずれも不安の対象となり易いもので、VRで体験しながら段階的に状況に慣れていくことを目指している。患者はカウンセリングルーム内でOculus Rift Sを装着し、シーンが始まるのを待つ。治療を担当する心理療法士はシーンを選択し、開始後は時間ごとに不安度を10段階で数値入力していき、患者が「もう止めたい」となれば体験が終了する。これを何度か繰り返すことで、「何かが起こったらどうしよう」という予期不安を徐々に緩和していき、VR内での「電車や飛行機に乗れた」「雷に慣れた」などの成功体験をもとに現実世界の対象の克服を目指している。

▲カウンセラーは被験者の身長や屋内・屋外、時間帯、雨量や雲量といったシチュエーションを細かに設定ができる。各シーンで被験者が感じるストレスの度合いを苦手度として、スコアリングすることができる

治療データはデータベースに蓄積されているため、罹患者は治療時の記録として時系列順に印刷されたグラフ(カルテのようなもの)を受け取ることができ、魔法アプリ側はビッグデータとして匿名性が維持された状態で開発フィードバックを受け取ることができる仕組みとなっている。

NaReRuの効果に関しては日本不安症学会でも発表が行われており、2021年1月26日時点で現在は10か所のクリニックで導入されている。今後は国内の不安症外来の10%のシェアを目指し、開発を進めていく方針だという。

現実世界のシーンを正確に3DCGで再現する

曝露療法は「対象に慣れていく」というアプローチのため、可能な限り現実世界の対象をVR内で再現し、臨場感を高めていく必要がある。NaReRuの3DCG開発をリードするのは、同社の3DCGアーティストであり、福井氏の学生時代の先輩でもある中村氏。


  • 中村一也氏


    3DCGアーティスト

本作のモデリングはMaya、テクスチャはPhotoShopとSubstance Painterを使用。心理療法士の操作によって電車やバスの混雑具合や天候などをリアルタイムに変更する必要があるため、開発環境としてUE4が用いられている。
リアルであればあるほど効果が高まるため、実物の再現を第一に考えて制作しています。実は罹患者の方も何が自分にとって恐怖の対象なのか判然としていないケースもあり、実際に体験してみて、初めて理解するケースもありますので、できるだけ省略しないようにしています。

例えば、地下鉄のシーンは東京地下鉄株式会社(東京メトロ)協力のもと丸ノ内線の路線を完全再現していますし、飛行機のシーンも日本航空(JAL)協力のもと、羽田空港から新千歳空港までの空路を完全に再現しています。既存のアセットを流用することもありますが、現実のものを完全に再現するためにニッチなものもすべて自分で制作する必要がありました」(中村氏)。

実際の電車内・飛行機内の360°撮影を行い、リファレンスを収集。これに基づいて正確に3DCG制作を進めていく。電車・飛行機の外観や座席、高速道路の料金所などのディティールを再現するだけでなく、発車アナウンスの音声や駆動部の動作音などの収録も現地で行い、視覚・聴覚両面から臨場感を演出している。

▲地下鉄のシーンは、丸の内線をモチーフに再現されている。池袋駅で乗車し、東京駅で降車するまでの9駅8区間を再現している。車内の混雑度を3段階で調整できる他、急停車などのシナリオも組み込むことができる

▲乗車の臨場感を高めるため、サウンドは東京メトロの総合研修訓練センターを取材し、実車の様々な音を収録して制作している。東京メトロ丸の内線で走行している、O2系車両のドアやホームドアの開閉音や分岐器通過時の音、第三軌条とパンタグラフが擦れる音まで再現しているとのことだ。

一方、実装面ではリアルタイムにライティングを行いながら二眼で80-90fps(Oculus Riftの最大値)を維持する必要があったため、出来る限りポリゴン数を削減するなど処理負荷に関して細心の注意が払われたという。「モデル自体は、使い所によってある程度ハイポリでも問題ありませんが、オブジェクト数やアルファチャンネルの数などによって極端に重くなるシーンもあったため、見えない部分のシャドウを消したり、代替できる機能があれば用いるなど、手探りで調整を進めていきました」(中村氏)。

病院に提供するためのハイスペックノートPCとして「G-Tune E5-D」が選ばれた

NaReRuをシステム一式として病院に納入するためには、ソフトウェアだけでなくVR ReadyのPCを用意する必要がある。病院備え付けのPCスペックではVRソフトウェアが動作しないことが多いため、原則として新たにPCを導入することになるが、クリニック内では資材の移動が多いためにデスクトップPCは好まれなかったという。「なるべくコストを抑えながら、VRが問題なく動くハイスペックなノートPC」として選定されたのが、マウスコンピューターのG-Tune E5-Dだ。

「病院側からも、コスト的に高いマシンは入れづらいというお話は頂いていました。高価なノートPCは導入し辛いものの、やはりVRコンテンツである以上は最低限RTX2060クラスのGPUパワーが必要でした。コストとスペックの観点と、国産でありサポート体制も整っているだろうという理由からこちらを選定しました」(福井氏)。

CPUはAMD 第3世代 Ryzen プロセッサー、GPUはGeForce RTX 2060と非常にバランスの取れた構成となっており、動作面の心配はない。15.6型ディスプレイは視認性に優れており、VR機器の接続についても問題ないという。また、HDMI、Mini DisplayPort、USB Type-C(DisplayPort Alt Modeに対応)の3系統出力を標準搭載しており、最大4画面という拡張性を持っていることも重要なポイントと言えるだろう。G-TuneをベースにしたNaReRuは現在9か所の医療機関で稼働中で、今後もソフトウェアのアップデートとともに範囲を拡大していく考えとのことだ。

問い合わせ

株式会社マウスコンピューター
TEL(法人):03-6833-1041(平日:9~12時/13時~17時、土日祝:9~20時)
TEL(個人):03-6833-1010(9時~20時)
https://www.g-tune.jp/