世界中で話題を振りまき、映画愛好家のみならず多くの観客に最高のエンターテインメントを提供し続けるハリウッド映画。『トロン:レガシー』、『トータル・リコール』『オブリビオン』、『アイアンマン2』......。これら超大作映画のオープニングタイトル制作等に携わった日本人クリエイターがいることを皆さんはご存知だろうか?
今回、モーショングラフィックス&VFXアーティストとしてTV・CM・映画のタイトルバックなどを手がけ、世界の第一線で活躍する日本人アーティスト・佐藤隆之氏にお会いすることができた。徹底的に自分を見つめ、冷静かつ情熱的に世界に挑む佐藤氏の言葉をお届けしよう。



Image courtesy of Prologue Films Inc.
Prologue Films時代に手がけた作品群。
【左上】:『トロン:レガシー』のオープニングに流れるディスニーキャッスルは佐藤氏らによるもの。普段はプロジェクトにこだわらず作業をするタイプだという佐藤氏だが、この作品にだけはどうしてもやりたいという想いが強かったとのこと。「元々トレイラー用のディスニーキャッスルを作っていたことと、トロンの世界観やスタイルがとても好きで、どうしても本編のプロジェクトも携わりたいと思いました」と話す
【右上】:『テンペスト』
【左下】:『MTV』オープニング
【右下】:『アイアンマン2』

デジタルの世界に足を踏み入れた学生時代

高校時代にDTM(デスクトップミュージック)と3DCGの存在を知り、デジタルツールを使って自分を表現するということの楽しさに夢中になったという佐藤氏。世間ではまだPCの存在は一般的ではなく特に興味をもっていたわけではなかったが、デジタルツールを駆使した音楽表現や映像表現を目にするたびにその可能性と未来に強い魅力を感じたそうだ。「高校卒業前には3DCGアニメーションを自作していたので、3DCGの楽しさや可能性は身をもって実感していました。反対する両親を説得して、当時最先端の設備が整っていた専門学校でマルチメディアを学ぶという道を選択したんです」。デザイン性の高い表現よりも"いかにもCG"といったテクニカルな表現が目立つ過渡期ではあったが、これまでできなかったことができるようになっていくという楽しさに、毎日夢中だったという。「そんなある日、カイル・クーパーの作品に出会いました。初めて観た時の感覚は今でも覚えていて、今までに感じたことのない"未知なる感覚"が身体中に走りました」。モーショングラフィックスという言葉もまだ認知されていない時代に、アートとデザインが見事に融合した美しい映像表現に胸が高鳴った。「カイルの表現はとにかくかっこよくて新しかったんです。丁度After Effectsに出会った頃だったことも重なり、自分のもっているスキルとカイルの映像がリンクして、ワクワクしながら彼の表現を意識して作品をつくっていました」。

【左】高校卒業時につくった人生初のフル3DCGアニメーション作品。
【右】高校時代の作品をリメイクし、今のスキルで描いてみたいという想いから生まれた企画の自主制作作品

目標を見失わず、学びと成長を繰り返す

海外で仕事をしてみたいという漠然とした気持ちを抱えつつも、日本の映像制作会社に就職が決定した佐藤氏。当時をふり返り「まだ知識も経験も浅く、自分の言葉で人の心を動かせるようなコミュニケーションスキルも持ち合わせていませんでした。だから、就職活動において自分を支えるものは自分の作品のみ。自分のモチベーションや潜在力が感じられる作品にする必要があると考えました」と語る。
映像制作会社に就職が決まり編集アシスタントとして従事するも実制作にはなかなか携わる事ができず、カイル・クーパーへの憧れや「カイルと一緒に働きたい」という気持ちは膨らむばかり。カイル氏に少しでも近づくにはと無意識に考えるようになり、自分に足りないと思われるデザイン力を身につけるためWeb制作会社に転職した。しかし佐藤氏を待ち受けていたのは、文字組やタイポグラフィをはじめ何をどうデザインすればいいのかわからず、手も足も出ないという挫折感。「できないということはとても悔しかったですが、幸運にも直属の先輩に恵まれたことで少しずつヴィジュアル構築の考え方やデザインを学ぶことができたので感謝しています。その後、次第にアクションスクリプトにものめり込むようになり、仕事の傍ら自分の世界観を全て詰め込んだポートフォリオサイト『 OTAS.TV 』を制作しました」。自らが目指すビジョンを見失うことなく着実に学びと成長を繰り返していったという。

Webポートフォリオ『 OTAS.TV 』
OTAS.TV v1はWeb制作会社に勤めるかたわら、寝る時間を削って約3ヶ月で制作したそうだ。「音楽・映像・デザイン・写真......と、自分のオリジナリティを詰め込んだ、"自分美術館"みたいなもの」と佐藤氏。自分を売り込むには、自らを良く知りブランディングする必要があると考え、スキルとオリジナリティを充分にPRできるサイトにする必要があると話す。

日本から海外へ。道を切り開くねばり強さ

Web上で語学留学のバナーを目にしたことがきっかけで海外留学という選択肢が浮上したと佐藤氏は話す。しかし語学力は自慢できるレベルになく、英語という壁が大きく目の前に立ち現れたそうだ。しかしそれでも前に進むしかないと考えた佐藤氏は、アメリカ・ロサンゼルスへの留学を決行。決して甘く見ていたわけではないが、初日から後悔するほど英語の壁は厚かったという。言語のちがう見知らぬ土地で、不安から未来を見失いそうになっていた佐藤氏だが、「ステイ先のホストマザーが偶然日本語が話せる日系の方で、不安と迷いの多い僕の背中を押すようなアドバイスを沢山与えてくれました」と話し、カイル氏のかつての会社「Imaginary Forces」に就職した学生を輩出しているという「OTIS(LAにある4年制の美術カレッジ)」への進学を新たに目標に据え、再び前に進み始めることになった。「八方塞がりで次に打つ手が見つけ出せなくても、すぐに諦めずにねばり強く留まったことが道を切り拓くポイントだったようです」。

岐路に立った時は、頭の中を可視化してみる

英語がままならないながらもようやく新たな希望を見出し、前進しようといったん帰国した佐藤氏は、またも大きな壁に直面することになる。「OTISに進学した場合、4年分の資金をどうやって工面するか。そして、これまでのキャリアをリセットし27歳という年齢で再び学生になるということのリスクは何か。そういった懸案事項と可能性を全て洗い出し、比較検討し迷いを解決するための方法として『留学計画書』を書き始めました」。
頭の中を整理し可視化してみたことで、想像だけでは見えてこない重要なメッセージが浮き彫りとなり、目標に到達するためには自分を良く知ることが重要であると感じたそうだ。「今置かれている自分の状況や経済面での現状と見込みなど、漠然としていたものに焦点が合ったことで何が自分に一番ふさわしいかということがクリアになりました」。そこで佐藤氏は、OTISの短期コースを選ぶという最も効率的で自分に合った道を選択することができたという。その後も加筆が続けられた『留学計画書』だが、そのテーマも次第に"留学"の範疇に留まらなくなり、最終的には約70ページにも及ぶ『人生計画書』となったという。

目標達成までの期間、費用、メリットとデメリット、考えられうるリスクを表やグラフにして希望や将来のイメージをシミュレーションすることで、現実的な方法を冷静かつ客観的に見つけ出せると佐藤氏。
【左】今後予想される収支を踏まえ、自分の置かれている状況を把握し比較検討する。必要になるビザの種類や労働許可に関するメリットとデメリットも考慮。
【中】具体的にイメージ出来るよう理想的な作業スペースを3DCGで制作。仕事内容に適した作業環境になるよう仕事の性質に焦点を絞って戦略を練る。
【右】自分の強みと弱点を自己分析してレーダーチャートにしてみる。スキルアップを客観的に把握出来るうえ、過去の自分と比較出来るのでモチベーションもアップ。

チャンスを逃さないために常に自分の強みを整理する

その後カレッジとOTISの短期コースを無事修了し、労働許可の一種であるOPT(オプショナルトレーニング)の許可が下りた佐藤氏は、現地の映像制作会社に応募し採用に至る。ポートフォリオにはOTISで学んだ配色やラインの質感を盛り込んだとのことで、少しでも印象が残るようにリールやケース、名刺を自らのコンセプトに則ったデザインで臨んだそうだ。米国で初めてのキャリアを築いた佐藤氏だったが、現地での暮らしは日本での"当たり前"が通じない日々だったという。上述した言葉の壁はもちろん、中でも就労面での壁が高かったとのこと。「カレッジを卒業するなどして得られるOPTは期限が1年間だけなんです。その後も働くには、この期間内に就労ビザのスポンサーを見つけて申請する必要があります」。しかもビザの申請時期はH-1Bというビザの場合、1年の間、4月から始まり65,000人が集まるまでの1サイクルのみ。「限られた条件の中でビザを得るためには、スポンサーに求められたタイミングでPRできるものがないと機会を逸します」。挑戦的な環境ではチャンスは数少ない。だからこそ常に自分の武器を整理して いなければならない、と佐藤氏は強調する。

就職活動時のポートフォリオ。アメリカのモーショングラフィックスのスタジオから興味を持ってもらえるようなデザインを意識した。

諦めなければ"サイン"は訪れる

そんな佐藤氏に苦難が訪れたのは、就職3年目のことだった。「当時のアメリカ経済の不況も手伝い、会社の条件と自分の希望額のバランスがとりづらくなったため、正社員からフリーランスへの変更を余儀なくされました」。しかし、佐藤氏のもつH-1B(特殊技能職向けのビザ)の性質は、どんな仕事も契約した会社を通して給料を支払ってもらう形態をとらなければならない。その結果、オファーは来るもののビザの問題や支払いがネックとなり断られる日々が続いたそうだ。仕事が決まりそうで決まらずやきもきとした気持ちを抱える日々が続き、諦めの気持ちが生まれはじめた。「ここまでやってきたけど、もう日本に帰ろう」と帰国の意志を固め、無意識にノートにカイルへの気持ちを英語で記していたそんなとき、友人から一通のメールが届いた。「ミュージアムでカイルたちがスピーチするからタカも来ないか」。何気ない内容だったが、何かを感じた佐藤氏は会場でカイル氏本人に「一緒に働きたい」というありったけの思いを伝えたそうだ。その結果、カイル氏から入社テストのチャンスを与えられ、テストに無事通過。憧れのPrologue Films社に入社し、とうとう長年の夢を実現した。「あのタイミングでメールが届かなかったら本当に帰国していたと思います。『君、もうちょっとできるんじゃないの?』 という"サイン"のように感じられた瞬間でした」。

プロローグ・フィルムズ代表のカイル・クーパー氏と佐藤氏。写真は2010年に同社のMVP受賞時のもの。プロローグでの作業風景

相手の立場に立って自分を伝えるということ

長年の念願を果たした佐藤氏は、夢を実現するために自分を売り込むには「自分が言いたいことばかりを並べるのではなく、相手の立場に立った方法で伝えることが重要です」と語る。自分の中で会社に貢献できる能力は何か。自己満足ではなく、双方のバランスを意識した作品には説得力が生まれるのではないか。佐藤氏は「たとえ過去にクライアントワークの経験がなくても、実存する会社のロゴマークや広告を自分でつくってみたり、実際にTVで流れているCMをそっくりコピーしてつくってみたり、自分のスキルやイマジネーションをもっと具体的に伝える方法はあるはずです」とアドバイスする。インタビューの最後に佐藤氏は読者に向けてこんな言葉で締めくくった。「入社した企業で『こんなはずではなかった』と思うこともあるかもしれません。でも、そのときに見えている世界だけで物事を決め付けるのはもったいない。そのときはわからないことでも後から理解できること、役に立つことは多いはず。
それでも進みたい方向に相反していると気付いたときには、理由を付けて諦めるのではなく自分の心に一度問いかけてみてください。今を楽しめているか、ワクワクしているか、大変でもやりがいを感じるか。こうした内省の積み重ねの先に自分の軸ができます。軸さえあれば、チャンスが訪れたときにきっと"サイン"に気付くことができるはずです」。

The Moment of Beauty from Takayuki Sato on Vimeo.

佐藤氏のオリジナル作品で、現在の佐藤氏が想像する「オリジナリティと美の世界観」が描かれている。プロローグで学んだ制作スタイルや、テクニック、これまでの体験を日本のクリエイター、特にモーショングラフィックに興味のある方々と共有したいと佐藤氏。「この作品を制作したのは、オンラインや書籍で僕の持つテクニックやノウハウをシェアしたいと思ったから。作品として楽しめて評価してもらえる作品を制作し、自分の考えや制作プロセスを紹介するという新しいタイプのチュートリアルを制作してみたかったんです」

TEXT_UNIKD
※CGWORLD Entry vol.009より