記事の目次

    ハリウッドで仕事をしていると、映画の公開時期が延期され、その影響で担当アーティストがレイオフされてしまうという事態をよく耳にする。今回、登場いただいた若杉氏も、そんな苦い経験をおもちである。しかし、もち前のポジティブさと行動力で「運」も味方につけ、その後の成功に結びつけたという若杉氏に、その貴重な経験談を伺ってみよう。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

    Artist's Profile

    若杉 遼/Ryo Wakasugi(Sony Pictures Imageworks / Animator)
    2012年にサンフランシスコの美術大学Academy of Art Universityを卒業後、Pixar Animation StudiosにてCGアニメーターとしてキャリアをスタート。2015年よりサンフランシスコからカナダのバンクーバーに移り、現在はSony Pictures​ Imageworksに所属。映画スタジオでアニメーターとして仕事する傍ら、3DCGアニメーションに特化したオンラインスクール「AnimationAid」の創設者として、運営の他、講師として教えている。これまで参加した作品は『アングリーバード』(2016)、『コウノトリ大作戦』(2016)『スマーフ スマーフェットと秘密の大冒険』(2017)などがある。

    <1>幼い頃から夢はCG・VFX業界で働くこと

    ーー日本では、どんな学生時代を過ごされたのですか?

    中学生の頃にはすでにハリウッドのSF映画に興味をもっていました。元をたどれば小学生の頃に公開された『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』を観た影響で、その当時からぼんやりと「映画のVFXをやってみたい」と思うようになっていました。さらに高校に上がると『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』が公開されるなど、僕の学生時代はちょうどハリウッドの3DCG/VFXが大きく変わっていく時期だったような気がします。

    大学に進学してからは独学で3DCGのアニメーションの勉強を始めたのですが、アニメーターを目指す大きなキッカケになったのは、実はこの「海外で働く」シリーズの連載記事でした。当時は、アニメーターとしてハリウッドを目指したいとは思っていたものの、実際に海外で働いている日本人を誰も知らなかったので、アニメーターという仕事は日本人には難しい仕事なのかな......と思っていたんです。そんなときにちょうど、当時ILMにいたアニメーター、小山 誠さんの記事を読み「日本人アニメーターでも海外で働くことができるんだ!」と、勇気を貰いました。なので、この連載で取り上げていただくことは、本当に光栄です。僕自身まだまだ未熟ですが、少しでも、若い優秀なアーティストの皆さんの後押しをできたらと思います。

    ーーアメリカに留学されたときのお話をお聞かせください。

    大学卒業後、サンフランシスコのAcademy of Art University(以下、AAU)という美術大学に留学しました。専攻はCGキャラクターアニメーションです。僕は日本にいるときからPixar Animation Studios(以下、ピクサー)でアニメーターとして仕事することを目標としていて、そのためにリサーチもしていたので、AAUに通い始める前から、海外のVFXスタジオでの就職には、デモリールで評価を得ることが大切だと知っていました。なのでAAUでは、とにかくアニメーションの勉強漬けの日々でしたね。アニメーション以外の授業は学部長に無理矢理交渉して、ほぼスキップさせてもらって、代わりにアニメーションの授業を受けることもありました(笑)。とにかく卒業するときにしっかりしたデモリールがないと駄目だと、そこだけを考えていたんです。

    正直に言うと、AAUには僕が期待していたほどレベルの高い授業はなかったのですが、ピクサーのアニメーターが教えてくれていた、「ピクサークラス」と呼ばれるクラスはとても良かったです。基礎からレベル別に分かれているクラスなのですが、教えてくれるのは、基礎のウォーク・サイクル、物理的な動き、そして演技......といたって普通の内容でそた。しかしそこで僕にとって一番大きな影響を与えてくれた、「アニメーションに対する考え方」を学ぶことができました。アニメーターは動きをつくるのではなく、ストーリーを伝える仕事なんだ、というアニメーターとしての心得のようなものを掴めた感じです。それがAAUで得られた一番大きなものだと思います。

    ーー海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか。

    AAUを卒業するとき、運良くピクサーのアニメーション・インターンに受かりまして、初めての就職先は希望通りピクサーになりました。3ヶ月におよぶピクサーのインターンシップでは、プロダクションに関わるのではなく、アニメーションのテストを数ショット、制作するといった感じでした。

    ピクサーのスタジオは本当に学校のようで、毎日、勉強することだらけでした。そして何よりも、ベテラン・新人に関わらずビックリするぐらい良い人ばかりだったのが印象的でしたね。今でも気にかけていただいている「トンコハウス」の堤さんに初めてお会いしたのもピクサーでした。

    3ヶ月のインターンシップの後、『アーロと少年』で正式にオファーをいただいたのですが、採用後、すぐにこの映画の公開延期が決まってしまい、レイオフになってしまいました。嬉しいのと残念が同時に来たような気分でしたが、学校も卒業したばかりでしたので落ち込んでもいられず、次の仕事を探しを始めました。

    最初のうちは、ピクサーでの経験があったのですぐに仕事が決まると高をくくっていたのですが、なかなか思うように決まらず、OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング)※の有効期限が近づいてきました。日本に帰るか他の国で仕事を探すかという所まで追い詰められていたとき、カナダのSony Pictures Imageworks(以下、SPI)から、奇跡的に応募後たったの1週間で返事が来て(海外だと数ヵ月後に返事が来ることもザラにあるそう)、トントン拍子に仕事が決まりました。海外で働く日本人は、みんな綱渡り的な体験談をひとつはもっていらっしゃるようですが、僕もそんな感じです(笑)。運も大事な要素のひとつとだと思います。

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業後、自分が専攻した分野と同じ業種の企業で、実務研修を積むため1年間合法的に就労できる制度。専攻分野によっては、1年以上の就労が認められるケースもあるので、留学先の学校に確認してみると良い


    SPIの同僚と

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    <2>SPIのアニメーターとして、フル3DCGや実写系VFX作品に携わる

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    <2>SPIのアニメーターとして、フル3DCGや実写系VFX作品に携わる

    ーー現在の勤務先であるSPIは、どんな会社ですか?

    SPIはなんと言っても、フル3DCG(『スマーフ』『モンスタ・ーホテル』シリーズなど)と実写系VFX(『スパイダーマン』『アリス・イン・ワンダーランド』シリーズなど)の両方を手がけているところがユニークなスタジオです。ほとんどのスタジオは、このどちらかに特化していることが多いと思いますが、SPIではスタジオ内でも隔てがある訳ではないので、カートゥーンアニメーションを制作している隣で実写系のリアルな動きをつくっているアニメーターがいたりします(笑)。また、SPIがプリプロダクションを行なっている自社IPの作品と、他のクライアントから受注しているプロジェクトが両方ある点も特色かも知れません。

    ーー現在のポジションの面白いところは、どんな点ですか?

    アニメーターの仕事を知らない人は「動きをつける」ことが仕事だと思われるかも知れないですが、実はそれはアニメーターにとって、仕事の一部でしかないんです。どちらかと言うと「動きを考える=ストーリーを伝える」のがメインの仕事です。アニメーション制作のプロセスとしては、監督やスーパーバイザーから、自分の担当するショットについて、キャラクターがどういう状況でどういう気持ちで、どういうストーリーを伝えたいのか、キャラクターが何を今望んでいるか聞いて、それぞれの情報を考慮しながら「ほら! こんな動き、こんな演技なら、一番わかりやすく観客に伝えられますよ!」と動きのアイディアを監督にプレゼンするイメージです。アニメーターの仕事の面白さはそこだったりします。

    演技には正解がないため難しいと思われるかもしれません。しかし、いかに監督のニュアンスを汲めるか、いかにお客さんにわかりやすく情報を伝えられるか......この辺りがアニメーターの仕事で面白さを感じる部分です。実際、かなり難しいこともあるのですが、難しければ難しい程、うまくいったときには満足感を得られます。また、フル3DCG映画の場合は監督と直接話せる機会もあり、とても刺激になりますよ。


    SPIの同僚と

    ーー英語や英会話のスキル習得はどのようにされたのですか?

    英語に関しては、「シャドーイング」という方法がオススメです。シャドーイングは、英語でのスピーチなどを原稿を見ながら聞こえた直後に繰り返して追いかけるように話す方法です。これは特に会話の練習になるのですが、この方法で勉強すると、発音や喋りのリズムが良くなると思います。僕もアメリカに来る前は、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大でのスピーチを繰り返しシャドーイングしてました。

    英語の勉強について僕はいつも料理を例えに使うのですが、スピーキング、リスニングは料理方法で、単語や文法は冷蔵庫に入っている具材です。どんなに冷蔵庫に何も入っていなくても海外に来たらそれなりになんとかなってしまうものです。もやし炒めだけでも生きて行けるように(笑)。ただし、海外での就職や生活をエンジョイするためには、もっと様々な種類の食材が必要になってきます。もし英語が苦手で、どこから手をつけていけば良いのかわからないようでしたら、学校の教科書でも良いので、まずは単語と文法を勉強して冷蔵庫の中身を増やしておくと良いと思います。きっと後で、役に立ちますよ。

    ーー将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    もし海外で働いてみたいと思っている人で来ることができる状況なのであれば、今すぐ来たほうが良いと思います。なぜかと言うと、海外に来る来ないに関わらず、キャリア、人生において「運」はとても大きな要素だと思うからです。僕もそうですが、今、現在海外で働かられている人は「運が良くて、たまたま残っている」という人が多い気がします。「あのときはレイオフ、ビザが出なくて最悪だと思ったけど、結果的にあれがあって良かった」というような話をよく聞くように、何が吉と出るかわからないものです。僕の場合もピクサーからのレイオフからアメリカで仕事がなく、仕方なくカナダまで来ましたが、これも長い目で見ると良かったのかも知れないです。

    しっかりと目標や道筋を立てることも大事だと思いますが、海外での就職に関しては、ビザや仕事の状況、業界の景気など自分ではどうしようもない、外的要因が大きく絡んでくるので、計画通りに全てを順調に進めようとすることは、かなり難しいと思います。5年間日本で勉強しながら英語を勉強して、日本でキャリアを積んでから......という考えを、僕らが教えているオンラインの学校の生徒からもよく聞きます。しかし、5年後業界がどういう状況か、ビザがどうなっているかなんて、誰もわからないですよね。思った通りにいかない不安だらけの中では、一番信じられるのは自分の信念だったり、直感だと思います。なので、もし来ることができる状況であれば、すぐ来たほうが良いと思うのです。そもそも打算的に考えると、実は海外に行くこと自体リスクが多すぎる気がします。ビザや契約のことを常に気にしないといけないですし、ご飯はまずいし、銀行、家の手続きなどは面倒臭いですし(笑)。

    心構え以外の面でアーティストとして大切なのは、僕らの仕事は「誰にでもできる仕事ではない」ということです。自分にしかできない「何か」がないとダメだと思います。なので、いかに自分をアピールするか、それは自分の強みでもいいし、弱みでもいい、人生経験、性格、なんでも良いと思います。少し荒削りでも、その人にしかできない仕事があるから、求められて生き残れるんだと思います。自分の苦手を克服することも大切ですが、それ以上に強みに目を向けて、頭ひとつ抜ける事が重要ではないでしょうか。仕事で褒められる文化がない日本では、そこに目を向けることが難しいかも知れないですが、とても大切なことだと思います。

    【ビザ取得のキーワード】

    1.サンフランシスコの美大を卒業後OPTで数年間、Pixar Animation Studiosなどで経験を積む
    2.OPT終了のタイミングでカナダのSony Pictures Imageworksへ移籍
    3.カナダでの就労期間が、通算1年に達する
    4.カナダ永住権応募の条件が揃い、2017年に永住権取得

    info.

    • 【PDF版】海外で働く映像クリエーター

      ーーハリウッドを支える日本人 CGWORLDで掲載された、海外で働くクリエイターの活躍を収めた記ことを見やすく再編集しました。「ワークス オンラインブックストア」ほかにて購入ができるので、興味のある方はぜひ!
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      総ページ数:369ページ
      発行・発売:ボーンデジタル
      www.borndigital.co.jp/book/648.html

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