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    今回は、久しぶりにキャラクター・リギングを専門にしているデジタル・アーティストに登場いただいた。大学卒業後にデジタルハリウッドでCGを学び、その後、アメリカに留学したという稲垣教範氏は、「自分のセットアップしたキャラクターが、僕の想像を超えて生き生きと動いているのを見ると、とても嬉しい」と語る。それでは、稲垣氏の横顔に迫ってみることにしよう。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

    Artist's Profile

    稲垣教範 / Yukinori Inagaki(DreamWorks Animation / Character Technical Director)
    愛知県出身。2002年に明治大学大学院情報科学専攻修了。2003年デジタルハリウッド本科クリエイティブ専攻卒業。その後、フリーランスとして主にCMのCG制作に携わる。2006年にSavannah College of Art and Designに留学しVFXを専攻。2009年、DreamWorks Animationに採用され現職

    <1>大学・専門学校卒業後フリーランスとして活躍、そしてアメリカへ

    ――日本では、どんな学生時代を過ごしていたのですか?

    ゲームが好きだったことから、大学ではプログラミングを学べる情報科学を専攻していました。アーケードのパズルゲームで高得点を出すことにハマっていて、5つほどのタイトルで全国1位になったことがあります。ゲームをプレイするときの、ある条件を満たす最適解を目指すという思考過程は、現在のキャラクター・リギングの仕事とよく似ていると思います。それ以外ではデザイン研究部という美術系サークルに所属していて、シルクスクリーン版画の作品を制作したり、アグレッシブインラインスケートで体を動かしたりと楽しんでいました。

    大学の研究室でLightWaveを購入したことがキッカケとなり、3DCGソフトに初めて触れ「これは面白そうだ」と思いました。CGについてしっかり勉強したいと思い、大学院を辞めてデジタルハリウッドに行こうと思いましたが、教授に説得されて大学院を修了してから通うことにしました。大学院を出ているとアメリカでの就労ビザでの申請で有利なので、結果的にはよい判断だったのかもしれません。

    デジタルハリウッドでは、短編アニメーションを制作できるようになるまで、CGの制作工程をひと通り学びました。ほかにもSIGGRAPHツアーに参加したり、荒木シゲル先生のアニメーター向けパントマイム・即興劇のクラスなどで学ぶこともありました。

    ――卒業後しばらくの間、日本でお仕事をされていたそうですね。

    先生からの紹介でイベント映像のCG制作の手伝いをする機会があり、それがキッカケでオムニバス・ジャパンのプロデューサーと知り合うことができました。以降、主にオムニバス・ジャパンから仕事をいただいてフリーランスとしてCMなどのCG制作を3年ほど経験しました。CMは2週間から長くて4週間程度の短いスケジュールで制作をしなければならず、手持ちの技術で如何に効率よくつくるかということが重要でした。しかし自分の気持ちは次第に、そういった瞬発力に任せた仕事ではなく、海外の映画のような「質の高い作品をじっくりとつくりたい」という気持ちに傾いていったんです。

    ――留学されていた頃の話を教えてください。

    日本で仕事をしていたとき電車での移動時間などを使って英語を勉強していたものの、会話は全く駄目だったので「海外で仕事をする目標を叶えるには、まず英語力を身につけなければいけない」と思い、留学しました。留学先は当時、SIGGRAPHで一番目立っていたSCAD(Savannha College of Art and Design)の大学院にしました。ちなみに大学のあるサバンナ(ジョージア州)は全米初の計画都市で、一定間隔に公園があり、とても綺麗な街並みです。映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』の冒頭にも出てくるので、見たことのある人も多いのではないでしょうか。

    TOEFLのスコアがESL(語学プログラム)を免除してもらえる点に1点足りていなかったので、最初のクォーターはESLで英語の勉強をさせられました。とは言え、もしESLをうけていなかったら英語での授業についていけなかったと思うので、結果的に点が足りていなくて良かったです。SCADは総合美術大学なので、ESLでも英語での美術作品の批評の仕方などを学べたので勉強になりました。

    大学院で最初にとったクラスは、VFX専攻に入るためのにプレリクイジット(基礎必修科目)になっていたRenderManのクラスでした。授業ではRenderManのプリミティブを使ってテキストエディタでモデリングしたり、カスタムシェーダを書くなどしました。このクラスでつくったものを講評してもらい正式に大学院に入学することができるのですが、そのためのミーティングが何のためにあるのかよく理解できていなくて、日本でつくった作品集を発表してしまい、しばらくの間、学部長の許可なく大学院のクラスをとることができなくなってしまいました。このときに、大学側とたくさんやり取りをしなければいけなかったため、英語力が鍛えられました(笑)。

    また、VFXの歴史などを学ぶとある悪評高いクラスをとったことがあったのですが、最初10人ほどいたクラスメイトが次々とドロップアウトしていき、最終的に残ったのが3人になりました。クラスの内容は分厚いVFXの歴史の本を読んで、要約したものをレポートにして提出したり、プリビス映像をつくって映画会社に「どの部分はどういう方法で制作するか」をアピールする練習をしました。このクラスは圧倒的物量の課題をこなさなければならず「あのクラスだけは絶対にとるな」と噂になっていたほどでした。さらに評価方法が理不尽だったせいもあって成績はあまり良くなく、教授から「このままでは落とすことになる」と言われてしまいました。大学から奨学金をもらって通っていた関係で、クラスを落とすと奨学金がもらえなくなり帰国するしかなくなるので、教授を説得し、間に合っていなかった本の要約を、後から一部提出することでなんとか合格させてもらいました。結局、このクラスを合格できたのは2人だけ。悪評通りのクラスでした。

    しかしこのクラスのおかげで、アメリカでは交渉することがとても大切だと学び、このクラス以降、自分には不必要だと思った必修クラスは興味のあるクラスに変更してもらうよう交渉し、興味のあったキャラクター・リギングやアニメーションのクラスをなるべく多めにとるようにしました。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

    SCADを卒業する半年ほど前から、就職活動の準備を始めました。最初はSIGGRAPHでデモリールを渡して回りましたが反応はイマイチでした。その後、SCAD内でキャリアフェアがあり、Pixarの方と話をした結果、電話面接が決まりました。デモリールは、日本でジェネラリストとして働いていたときの作品も入れていたためか、自分が希望するリギングではなく、サーフェシングのスーパーパイザーの方との面接でした。「いろいろできるみたいだけど、何が一番やりたいの」と聞かれて素直にリギングと伝えた結果、落とされてしまいました。

    その面接の1週間前に、DreamWorksのキャラクターTDスーパーパイザーの方がSCADに来ていて、大学側からデモリールとレジュメをもってくるように連絡があり、大学で面接をしてもらうことになりました。Pixarとの面接が決まっていたので練習のつもりで行ったのですが、結局こちらで採用されることになりました。その後、ひと月ほどしてからSIGGRAPHでデモリールを渡していたBlue Sky Studiosから連絡があったり、教授の紹介でBlizzard Entertainmentからも連絡をいただくことができました。

    ビザに関しては、最初はアメリカの大学を卒業すると申請できるOPT(※)という制度を利用して働き始めました。丁度そのころリーマン・ショックの影響でH-1Bビザの申請数が少なかったこともあり、2009年7月の時点では大学院卒業者の枠がキャップ(発給数の上限)にまだ達していなかったため、すぐにH-1Bビザを申請してもらえました。現在の就労ビザの状況を考えると、かなり運がよかったのかもしれません。

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。専攻分野によっては1年以上の就労が認められるケースもあるので留学先の学校に確認してみるとよい


    リギング・チームの同僚と。左から、ランドン、サンディ、稲垣氏、エヴァン、ジェフ

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    <2>DreamWorksで働く魅力と、英会話上達のポイントは?

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    <2>DreamWorksで働く魅力と、英会話上達のポイントは?

    ――現在の勤務先であるDreamWorksはどんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    VFXスタジオのようにクライアントという立場ではなく、自社内で映像制作の全てを網羅しているので、締め切りに追われるということはあまりなく、比較的ゆとりをもって作品に取り組めていると思います。アイデアにはとてもオープンで、制作中の作品の試写の度に「どこがよかったか、どうすればもっとよくなる」かなど制作スタッフ全ての意見を取り入れてくれます。

    食事は朝食、昼食を無料で食べることができますし、ほかにもスナックやドリンクが無料で提供されます。また教育に力を入れていて、ソフトウェアの使用方法だけでなく、ライフドローイングなどのクラスもあります。動物のキャラクターが出てくる作品に参加するときは、動物園に行って飼育員さんにそれぞれの動物について詳しく解説してもらうこともありました。

    アニメーション、リギングは自社開発のソフトウェアを使用していて、リアルタイム処理が可能な自社製アニメーションソフトのPREMOはアカデミー賞科学技術賞(Scientific and Technical Awards)を受賞しています。バグなどが見つかったときに、開発者がすぐ近くにいるというのはとても強みだと思います。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    現在はキャラクター・リギングに携わっています。キャラクター・リギングの面白いところは、プログラミングなどのテクニカルなスキルと、キャラクターの形状がどのようにデフォームすべきかなどの美的センスの両方のスキルが必要なことです。生き物の骨格がどうなっているか、筋肉はどのように繋がっているかをよく観察して、解剖学的にはこうあるべきだけど、このアニメではもう少し形をシンプルにしようとか、実際にはこの関節の可動範囲はここまでだけど、アニメだから限界を超えて曲がったときの形状はどうしたら自然に見えるかなど、たくさんのことを考える必要があります。

    キャラクター・リギングは「アニメーターの想像力を開放する」ことが仕事だと思っています。自分のセットアップしたキャラクターが、僕の想像を超えて生き生きと動いているのを見ると、とても嬉しいです。特殊なキャラクターなどはアニメーターと相談して機能を追加したりもします。そうしてアニメーターとコミュニケーションして、一緒にキャラクターをつくり上げていくのが楽しいですね。リアルタイムで動く、疑似セルフ・コリジョンデフォーマを開発したときは、会社からテクニカル・アチーブメント賞をいただきました。

    ――英語や英会話のスキルはどのように習得されましたか?

    フリーランスとして日本で仕事をしていたころ、新しいCGの技術に興味があり、海外のWebサイトを読んだり、海外のCG関係の本を買って読んだりしていました。わからない単語を辞書で調べつつ読んでいたので、最初はとても時間がかかりました。

    デジタルハリウッドで勉強していた頃にSIGGRAPHに行き、もう少しリスニングができるようになりたいと思い、リスニング系の英単語帳で移動や空き時間に勉強するようにしていました。1年以上勉強していましたが、日本で実際に英語で会話する機会がなかったので、あまり身につかなかったかもしれません。

    留学して、英語以外のコミュニケーションができないような状況に追い込まれて、一気に上達したと思います。英会話は文法などの間違いは気にせずに、とにかく口にすることが大切ですね。相手の言っている単語の意味がわからなかったら、「それ、どういう意味?」と素直に聞いて、別のわかりやすい単語で説明してもらうなどして会話の中で覚えていくとよいと思います。なので、英語で話す友人をもつことが上達への一番の近道だと思います。

    ――最後に、将来海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    アメリカでの就職に関しては、就労ビザの取得がCGの技術以上に重要になってきます。とくに近年は、就労ビザの取得が大変難しくなってきています。ただ闇雲に留学や就職活動をしても、アメリカで就職するのは厳しいのが現状です。ビザのシステムをよく理解して、どういう経緯で経験を詰み、どういう過程でどのビザを申請してアメリカで就職するかをしっかり考えておく必要があります(※)。

    ※アメリカの就労ビザの種類、申請に必要な条件などの詳細は書籍『ハリウッドVFX業界就職の手引き』でも詳しく紹介している

    カナダやイギリスなどはアメリカよりも就労ビザをとりやすいので、そちらで先に経験を積むのもありかもしれません。毎年グリーンカードの抽選に応募するというのもよいでしょう。焦らずに長い目で見ることが重要だと思います。また海外の文化に慣れることや、同じ業界でのコネをつくるためにも、まずは留学することをオススメします。「しっかりとしたCGの教育をしている大学を出ている」というだけで、レジュメの印象はおそらく良くなると思います。作品を見てもらう前に、レジュメの時点で切られてしまってはもったいないですからね。


    お仕事中の稲垣氏

    【ビザ取得のキーワード】

    1.明治大学大学院、デジタルハリウッド本科を卒業
    2.フリーランスとして国内のCM制作現場で経験を積む
    3.アメリカのSavannnah College of Art and Designの大学院に留学
    4.DreamWorks Animationに就職、OPTで働き始めた後、就労ビザH-1B取得、現在はO-1ビザ

    info.

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