記事の目次

    今回は、本連載では初めて研究者としてR&D(研究開発)の分野で活躍中の長野光希氏に登場いただいた。HDRI/IBLの生みの親として有名なポール・デベヴェック氏の下で学び、現在はスタートアップ企業Pinscreenにて精巧なデジタル・アバターをつくる技術を研究中という長野氏は「プレッシャーは大きいですが、やりがいが感じられる」と語る。そんな長野氏の横顔に迫る。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

    Artist's Profile

    長野光希 / Koki Nagano(Pinscreen / Principal Scientist)
    2012年、東京工業大学工学部社会工学科卒業。南カリフォルニア大学(USC)コンピュータサイエンス課程に進学し、2017年博士号取得。博士課程では、ポール・デベヴェック氏に師事し、写実的なデジタル・ヒューマンをつくるためのキャプチャ技術などの研究に従事。在学中はWeta Digitalなどでインターン。研究を通じて『ブレードランナー2049』『マイティ・ソー バトルロイヤル』などに技術協力。現在はスタートアップ企業、Pinscreenにて、精巧なデジタル・アバターを誰でも簡単につくれる技術のR&Dに従事している。
    luminohope.org
    www.pinscreen.com

    <1>ハリウッドのCG技術への興味から、南カリフォルニア大学へ留学

    ――日本での学生時代のお話をお聞かせください。

    小さな頃から『ゴジラ』など、日本の特撮映画をたくさん観てきたので、映画で使われる映像技術にはずっと関心がありました。具体的にハリウッドのCG技術に興味をもち始めたのは、Weta Digitalがつくった『ロード・オブ・ザ・リング』を初めて観たときです。

    田舎で育ったので映像技術に関する情報は映画の特典DVDぐらいしかなく、「業界に入るには、アーティストになるしかない」と考え、中高生のころは絵を描いたり立体をつくったりしていました。大学では空間デザインを専攻しながら、アート関係の授業をとったり映画の撮影などをしながら「大学院では映画製作を専攻しようか」などと考えていました。

    大学2年のときにメディアアートの授業でつくった作品をSIGGRAPH 2010に応募したところ入選し、3年のときにポスター発表でLAに行くことになりました。ちょうどその頃は『アバター』が公開された時期で、映画館に何度も観に行っていました。

    LAの南カリフォルニア大学(USC)には、『アバター』で使われたCGの研究者であるポール・デベヴェック先生がいて、ちょうどその年にはアカデミー賞の科学技術賞を受賞(注釈:今年、関連技術で2度目の受賞)したということを知り、研究室を訪問させてもらうことになりました。

    LightStageを始めとするたくさんのCG最先端技術を目の当たりにし、すぐにUSCへの留学を決めました。翌年には出願し、2年後にはUSCのコンピュータサイエンスの博士課程に合格し、その研究室に在籍することになりました。渡米までの間は、それまでやっていた研究を続けながら、大学院出願の準備や、英語・コンピュータサイエンスの分野に転向するための基礎の勉強をしていました。

    そして、東京工業大学の学部を卒業してすぐ、大学院留学のため渡米しました。

    ――USC留学中のエピソードをお聞かせください。

    僕が留学したUSCは、映画学部が特に有名で、卒業生にはジョージ・ルーカス、ロバート・ゼメキスなどがいます。CGの技術研究には、理工学の専門性がいるので、僕の専攻は工学部のコンピュータ・サイエンス課程でした。アメリカの大学院の博士課程は、一般的に学位取得までに5~7年ほどかかると言われています。何かと学費が高そうなイメージの米国大学ですが、トップ大学の博士課程の学生には、リサーチ・アシスタントやティーチング・アシスタントのしくみがあり、学費免除・生活費をもらえることがほとんどです。興味のある方は、私の大学院留学中過去5年間分の留学報告書がありますので、参考にしてください。

    博士学生は、卒業までにSIGGRAPHなどのグラフィックスのトップ・カンファレンスに技術論文が数本通るぐらいを目指して研究に励みます。在学中は、LightStageを使って、肌を超高精細にスキャンしたり、顔のパフォーマンスキャプチャの研究などを行いました。

    研究室では、学術論文のための研究だけでなく、CG産業への実用化にも力を入れていたので、最新研究を実データでテストする機会がたくさんありました。映画のプロダクションがハリウッドスターを連れて、CGデータをとりに研究室へ来ることも時々あり、いくつかの映画にもクレジットしてもらいました。特に大手のCGプロダクションは最先端の論文や技術に積極的で、ある論文を公開したときは、すぐにR&Dのチームから連絡があり、論文をオンラインに公開してから数ヵ月の間に実際にパイプラインに実装してくれたプロダクションもありました。

    ――海外の映像業界での就職活動はいかがでしたか?

    F-1学生ビザには、研修の一環として、在学中にインターンシップに行ける制度(CPT)があり、これを使って長期でインターンシップを行う学生もたくさんいました。僕は主に研究室での研究に関係がありそうなR&Dを行なっている企業に応募し、在学中はWeta DigitalとOculus Researchにインターンシップに行きました。

    Wetaに関しては、研究室に来ていたスーパーバイザーに「インターンシップに興味がある」と話したところ、すぐニュージーランドにいる研究部門のトップに電話をかけてくれ、その後はトントン拍子に採用が決まりました。応募先の中の人から推してもらえたので、比較的、話がスムーズに進んだようです。応募の際に相談に乗っていただいた方達には、今でもとても感謝しています。

    R&D関係の応募に関しては、せっかくのコネクションも実力が伴わなければ生かすことができませんので、SIGGRAPHなどのトップ・カンファレンスでの発表論文があったり、普段からそのような論文を実装して人に見せられるものをつくったりして力をつけておくことが、一番重要だと思います。

    ――就職活動中、ビザ申請でご苦労などはありましたか?

    F-1ビザは、STEM分野(科学・技術・工学・数学の教育分野)で学位をとると、OPT(※)で3年までアメリカに滞在することができるので、ビザに関してはあまり心配することなく就職活動をすることができました。もし将来アメリカで就職したいという方は、こちらの大学で学位をとると、在学中にコネクションができるだけでなく、卒業後も学生ビザの延長でアメリカに滞在できるので、検討してみると良いかもしれません。

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。長野氏のように専攻分野によっては1年以上の就労が認められる場合もあるので、留学先の学校に確認してみると良い

    また、O-1ビザや永住権などの技能ベースのビザの取得には、CGWORLD誌のような出版物への掲載も補足資料として有効のようです。もしメディアなどに掲載された場合は、保存しておくとよいでしょう。


    お仕事中の長野氏。研究や論文の準備などで多忙な日々を送っている  

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    <2>スタートアップ企業で最先端のデジタル・アバター技術の研究に従事

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    <2>スタートアップ企業で最先端のデジタル・アバター技術の研究に従事

    ――現在の勤務先であるPinscreenは、どんな会社でしょうか?

    現在、働いているPinscreenという会社は、USCの教授によるスタートアップ企業です。映画やゲームはもちろん、近年のSNS、VR、オンラインショッピングなど、ますます拡大しているオンラインの世界は、個人を反映した魅力的なデジタル・アバターの存在抜きには議論できなくなりつつあります。そこで会社では、写真1枚から、誰でも簡単にハイクオリティな3DアバターをつくるためのR&Dに従事しています。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    今でこそ、大がかりな映画やゲームでは実写のように精密なデジタル・キャラクターが見られるようになりましたが、作成には膨大な労力と専門チームが必要です。素人が指先1つで、2次元の写真1枚から3次元のデジタル・アバターをつくるとなると、全く新しいコンピュータ・グラフィックスやコンピュータ・ビジョンの技術が必要になります。

    デジタル・アバターを構成する要素には、顔、髪の毛、体、衣装など様々なものがあり、会社では、そういったものをデジタル化するアルゴリズムのR&Dを主に行なっています。日々新しいものの発見で、そういった研究の成果は、SIGGRAPHなどのトップカンファレンスで発表できることもあります。また会社では、最先端の技術をモバイルアプリに実装しており、その開発も行なっています。

    開発の中から新しい研究ネタが生まれることもあり、良いシナジーになっています。最近は、会社の仕事をNetflixのTVエピソードで紹介してもらったり、LA Timesの表紙で取り上げてもらったりすることもありました。スタートアップは、1人1人の手に会社の命運がかかっているといっても過言ではないので、プレッシャーは大きいですが、それ故に感じられるやりがいや、スタートアップならではの圧倒的な開発速度は爽快です。

    ――英語や英会話の習得は、どのようにされましたか?

    アメリカ留学が初めての長期海外生活で、それまでは海外で生活したことはありませんでした。高校までは、いわゆる受験英語を、誰もがやるように勉強していたと思います。よく言われることですが、何かを学習する手っ取り早い方法は、「〇〇を学習せざるを得ないような状況を強制的につくる」ことだと思います。

    語学に関わらず、CGに必要なプログラミングのスキルのほとんども、実際にアメリカに来てから学びました。もし準備ができるまで待っていたら一生渡米できなかったと思います。今でも新しいスキルを身につけたいというときは、まずそのスキルが必要になるプロジェクトに手をつけてみるようにしています。

    特に語学に関しては、座学で勉強するものの中には、日常や仕事であまり実用的でないものも、かなりたくさんあります。自分の実感としては、渡米してから「少しリスニングができるようになったかな」と実感するまでに2年程かかり、その後「少し喋れるようになったかな」と思うまでにさらに数年ありました。

    もちろん今でもまだまだ英語でのコミュニケーションに不自由を感じることはあります。しかし普段はあまり意識しませんが、母国語の日本語にしても「言語をきちんと使う」という観点では、実は完璧に使える人は少ないと思います。なのでまずは使えるレベルを目指して、海外に行ってみることをお勧めします。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    漠然とアメリカに行きたいと小さな頃から思っていましたが、10年前に初めての海外旅行で渡米したときは、何もかもが衝撃的で、12泊の旅行で数千枚の写真を撮り溜めたのを覚えています。もしそのときの自分から見たら、いま自分が海外で働いていることは信じられないようなことかもしれません。

    気がつけば、渡米してもうすぐ7年ですが、海外で働くということは何も特別なものではなく、日本で働くのと同じように、結局はただの選択肢の1つでしかないと思います。もしも、何か特別なことがあるとすれば、アメリカをはじめCGが盛んな所には、志の高い人材が世界中から集まってくるということかもしれません。特にCGはまだ歴史の浅い分野なので、歴史に名が残る人物がまだ現役で仕事をしていたり、そのような人に師事してCGを学ぶこともできます。

    もう1つアメリカに行きたいと思った理由を挙げるとすれば、大学院から新しいことを始めて、CGを専攻するには「海外のほうがやりやすかった」というのもあるかもしれません。こちらでは今までのバックグラウンドがどうであれ、今の実力で評価してもらえるからです。一度意志さえ固まってしまえば、あとは「乗りかかった舟」です。自分の実力を試したい、海外でCGに携わりたいという人は挑戦してみてはいかがでしょうか。


    PinscreenのR&Dチームの同僚と「SIGGRAPH 2018 Real-Time Live!」にて  

    【ビザ取得のキーワード】

    1.東京工業大学を卒業
    2.南カリフォルニア大学博士課程に進学し、F1ビザを取得
    3.OPTを利用して、Pinscreenに就職
    4.OPTの期間を利用して永住権を申請中

    info.

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      発行・発売:ボーンデジタル
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