>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:「CM分野でモデリングからライティング、パイプライン等に関わった経験が、今も役立っている」第57回:井上倫孝(Framestore / Senior Modeller)
「CM分野でモデリングからライティング、パイプライン等に関わった経験が、今も役立っている」第57回:井上倫孝(Framestore / Senior Modeller)

「CM分野でモデリングからライティング、パイプライン等に関わった経験が、今も役立っている」第57回:井上倫孝(Framestore / Senior Modeller)

今回はロンドンからお届けしよう。「CM分野でゼネラリストを経験してから分業制のスペシャリストになると、後々幅広く応用が効く」という体験談については、筆者も何度か耳にしたことがある。今回ご紹介する井上氏もその1人だ。ニューヨーク勤務から社内応募でロンドンへ転籍したという井上氏に、その貴重な体験談を聞いた。


TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE



Artist's Profile

井上倫孝 / Inoue Michitaka(Framestore / Senior Modeller)
東京都出身。2010年にサンフランシスコのAcademy of Art University / Animation & Visual Effects科を卒業後、Framestore NYにてTechnical Directorとしてキャリアをスタート。その後、2017年にFramestoreロンドンの映画部門にモデラーとして転籍し、現職。
※Modeller(Lが2つ)はFramestoreでのモデラーの正式表記

<1>最初にCM制作を経験できたのは幸運だった

――学生時代のお話をお聞かせください。

子供の頃はよくプラモデルをつくっていました。ガンダムや車の模型を好んでつくっていたのですが、中学生になって自宅にPCがやってきたことを機に、頻繁にPCに触れるようになりました。初めてCGに触れたのも、このときだったと思います。

当時は、シーンを記述するタイプのソフト「POV-Ray」でひたすら球体をつくって遊んでいました。今となっては何が面白いのかわかりませんが、当時はそれでも画が出てくることが楽しかったです。「Lightflow」というレンダラを知ったときは「すごい! これはもう写真だ!」と息巻いていました。今見るとそれほどでもないかもしれませんが、当時の自分の目には確かにそう映っていたんです(笑)。

あと、TVゲームも人並みに好きでした。ゲームコンソールがスーパーファミコンからセガサターンやPlayStationに移行して、ゲームシネマティクスが見られるようになりましたよね。それが好きで「ストーリーそっちのけ」で何度も見返していました。今ふり返ってみると、やってきたことを足して割ると「なるほどCGモデリングなのかな」という気がします。

――アメリカに留学されていたそうですね。

行きたい大学も学部も特になかったので、受験勉強にまったく身が入らなかったんです。「映画はまぁまぁ好きだから、映画でも勉強しようか」という適当な理由と、そのときテレビで紹介されていた上杉裕世氏(当時ILM※1)に感化されて、アメリカの大学に行って映画を勉強しようと決めました。

※1:上杉裕世氏のILM時代の連載におけるインタビュー記事は、書籍「海外で働く映像クリエーター -ハリウッドを支える日本人-」に掲載されているので、興味のある方はチェック!

最初はLAのコミュニティ・カレッジ(※2)に進学したのですが、実際に行ってみると「映画そのものを勉強するのはちょっとちがうかな?」と気が変わり、アート専攻に変更しました。そこで基礎的なアートのクラスを履修しつつ、デジタルアートの授業が行われている別館があったので、そこでMayaのクラスを受けていました。

※2:コミュニティ・カレッジ(Community College)は、教育機関の種別のひとつである。国によって定義は様々であり、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、フィリピン、インド、マレーシアなどに存在している。コミュニティという表現にあるように、その地方の住民、税金を払って住んでいる人たちへの高等教育、生涯教育、継続教育の場として設立された場合が多い(Wikipediaより

これがきっかけとなり、本格的にCGを学ぶために美術大学への編入を決意したんです。コミュニティ・カレッジを卒業するとすぐに、7万円で買ったボロボロの車に荷物を詰め込んでサンフランシスコに引っ越しました。

Academy of Art UniversityではAnimation and Visual Effectsという学部に進みましたが、クラスは比較的細かく分かれていて、卒業制作も自分の専門分野に沿ったものを制作するというかたちでした。映画制作の中心に位置する西海岸の学校だからか、分業が意識されていたのかもしれません。卒業後、CM業が中心のニューヨークに移った際、現地の美術学校の様子を聞いたときに、全員が1本の映像を仕上げるなど「カリキュラムの雰囲気がかなりちがうな」と感じたので、そのエリアによって学生に求められるものが異なるのかもしれませんね。

――海外の映像業界への就活はいかがでしたか?

運とタイミングに恵まれて、就職活動と就労ビザの取得に関してはほとんど苦労しませんでした。卒業後、LAで開催されたSIGGRAPHにデモリールを持ち込んで売り込みをしようと思ったのですが、どこも門前払いで。困っていたところ、話を聞いてもらえた会社が2社だけあり、そのうちの1つがFramestoreだったんです。話をした後、担当者が名刺の裏に何かメモしているのを見て、「もしかしたら連絡がくるかも」と期待したのを覚えています。

実際その後、Framestore NYからお誘いがありましたが、ニューヨークは予定外だったためかなり迷いました。ダメ元で「社員になれるなら行きます」と新人の分際で生意気なこと言ってみたら、「チャンスはあるよ」とポジティブな反応をいただけたんです。「人生に1度くらいニューヨークに住んでみるのも良いか」と思ってオファーを受けました(笑)。OPT(※3)で働き始めた後にH-1Bビザを取得し、1~2年ほど働いて日本に帰るつもりだったのですが、気が付いたら6年弱経っていました。

※3:OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング)
アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良いだろう

最初にCM制作を経験できたのは幸運だったと思います。「半ゼネラリスト」のようなかたちでモデリングからライティングまで経験し、やりたいことに対する要求も可能な限り汲んでもらえました。「パイプラインに興味がある」と言ったことがあったのですが、社内のパイプラインチームに内部インターンのようなかたちで2週間ほど参加させてもらえたり。CMで培った経験は、分業化された映画部門に移籍した後も大いに役に立ちました。

その後、H-1Bビザの期限が切れそうなタイミングでスタジオがCMからVRにシフトし始めたので、それを機に別の場所に移ろうと思うようになりました。日本に帰ることも考えたのですが、「どうせ帰るなら少し寄り道しても良いかな」とロンドンオフィスへの転籍を会社にお願いしたところ、元NYオフィスのスーパーバイザーの紹介もあってトントン拍子で話が進み、2017年にモデラーとしてFramestore Londonの映画部門に転籍しました。


▲毎年撮影しているチーム集合写真。2020年は新型コロナウィルスの影響で、全員で集まることができなかったという