記事の目次

    海外の映像業界で働いている日本人の中には、渡航した後に映像業界に転身した人も少なくない。今回紹介するクリエイターもその1人だ。音楽を追ってカナダに渡り、後にゲーム業界へ転身したという棗田 敦氏に話を聞いた。


    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE



    Artist's Profile

    棗田 敦 / Natsumeda Atsushi(Ubisoft Montreal / Senior Gameplay Animator)
    広島県出身。立命館大学国際関係学部卒業後、2006年にカナダ永住権取得。2010年にモントリオールのUbisoft Campus卒業後、Babel Mediaでローカライズテスターとしてキャリアをスタート。その後、Gameloft Montrealでトランスレーターとして勤務後、2012年より3D Animatorにコンバート。2017年にEidos Montrealに入社。2019年12月にUbisoft Montrealへ移籍し、現職。
    ※メインカット撮影:Biwa Natsumeda

    <1>苦労を共にしたクラスメイトや同僚たちに助けられて

    ――日本での学生時代のお話をお聞かせください。

    小さい頃から絵を描くのが好きで、自分で漫画を描いたり小学校から高校までは先生について絵の勉強をしたりしていました。映像の仕事に憧れもあったので美術系の大学も考えたのですが、「まずは広く物事に対する知見を得よ」という親の勧めもあり、当時まだ珍しかった国際関係学部がある立命館大学を選びました。

    入学後は、たまたま目についた音楽系サークルのインパクトに惹かれるまま、学業そっちのけでどっぷりと音楽に浸かっていきました。当時、『AFTER HOURS』という音楽雑誌が海外アーティストを頻繁に日本に呼んでいたのですが、彼らの関西ツアーの合間などに観光ガイドのボランティアを何度かやらせてもらいました。本当に好きなアーティストと話ができるわけですから、最高に恵まれた環境での「英語の授業」だったかもしれません。とにかく拙い英語でも「話したいという気持ちがあれば何とかなるんだ」という手応えはありました。

    また、京都という土地柄もあってなのか長期滞在している外国人も多く、そういったコミュニティに参加していくうちに英語を使う機会も増え、結局その中の1人とカナダに行くことになりました。そんな感じで、「音楽好き」が高じてモントリオールに来たものの、そこはケベック州。なんと、英語以外にもフランス語が話せなければなりませんでした。予想もしなかったことでしたが、とりあえず移民向けの学校に通いながら、ボケーショナルスクール(職業訓練学校)に通えるだけの語学力取得を目指しました。

    ――ゲーム業界に入るには、何かきっかけがあったのでしょうか?

    たまたま知り合いが、Ubisoftが大学やカレッジなどと提携してゲーム制作の実技を教える「Ubisoft Campus」という産学共同のプログラム(※1)に通っていたんです。しかも学費が安いと聞き、「これはトライする価値があるな」と思って早速アプライすることにしました。

    ※1:Ubisoft Campusのプログラムは現存せず、共同参加していた各学校のプログラムに当時の手法が受け継がれている

    プログラムは1年間の短期集中。「モデリング」、「レベルデザイン」、「アニメーション」の3コースがあり、3DCGソフトの使い方、デッサン、ゲームの歴史、ゲームデザインの基礎的なものから始まり、各種コースに分化するというものです。最後の数か月は、全クラス合同でゲームを開発するという、今考えても非常に密度の濃い内容でした。レベルデザインにも興味があったのですが、将来的なキャリアの広がりを考えてアニメーションのクラスを選択。日々、課題に追われる毎日でしたが、あれがたった1年の出来事だったとは信じられないほど充実していました。

    がんばった甲斐あって非常に満足のいく成績で卒業できたものの、業界への入り口は狭く、すんなりとアニメーターにという訳にはいきませんでしたが、「とにかく業界に入ることが先決だ」と思いました。そしてテスターやローカライズの仕事をしているうちに、Gameloft Montrealの社内コンペで描いた絵がたまたまアートディレクターの目に留まり、実技テストを経てアニメーターへのコンバートが決まりました。「人生、何がきっかけになるかわからない」というのは本当ですね。

    当時、Gameloft Montrealはハイエンドなモバイルゲームを開発していて、プロジェクトの規模も200人前後、アニメーターの数も5〜6人で回していました。なので、リギングからアニメーション、エンジンへの実装からデバッグまで全て任されることと、僕の場合は絵が描けたので、ストーリーボードやレイアウトまで手がけさせてもらうことができました。キャリアの最初としては、ちょうど良いサイズの非常に理想的な環境だったと思います。思えば、日本にいたときから「就活らしい就活」はあまりしてこなかったのですが、苦労を共にしたクラスメイトや同僚たちに助けられてここまで来ることができた、という感じです。

    ――現在の勤務先は、どのような会社ですか?

    Ubisoft Montrealはフランスに本社があるゲームパブリッシャーで、北米でも最も大きなゲーム開発スタジオの1つです。4,000人以上の社員が複数の大きなビルにわかれて働いています。スタジオの中は迷子になるぐらい、ちょっとした「街」のような雰囲気です。インフラや福利厚生も充実してますし、海外から移住してくるスタッフのための「就労ビザ・サポート」もあります。

    開発しているゲームも『アサシン クリード』シリーズや『ファークライ』シリーズといったいわゆる「AAA」と呼ばれる大型タイトルが主で、開発体制も世界各地のスタジオと共同で開発する大規模な案件が多いです。働いているスタッフも多種多様で、様々な国から来た人たちが一緒に働いています。沢山いるわけではありませんが、日本人も働いていますよ。現時点では、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、ほぼ完全にリモート体制です。僕も今年はまだスタジオに出勤できていません。


    ▲自宅でのリモートワーク


    <2>ゲーム産業の重要拠点になりつつあるモントリオール

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    Gameloft Montreal時代はアニメーション全般+ストーリーボードとレイアウト、Eidos Montrealではスクリプテッドイベントやインゲームシネマティックを担当することが多かったのですが、現在所属しているUbisoft Montrealではゲームプレイアニメーターとして、主に「3C(Character, Camera, Control)」を意識してのアニメーション制作をしています。もともと自分は、ゲームをつくるためにアニメーションを勉強してきた「ゲームプレイファースト」な考え方なので、そこにより深く関わることができる現在のポジションは、とても気に入っています。

    プレイヤーに直接操作してもらう部分ですので、それこそ世界中のプレイヤーの何千回、何万回といったリプレイに耐えられるクオリティが求められます。短いアニメーションの中で満たすべき条件も多く、オープンワールドの物量とも相まって非常に大変ですが、「いかに自分のアイデアを盛り込んでいくか」などチャレンジのしがいも大きくなっていきます。チームメイトもキャリアに関わらず上手い人が多いので、非常に刺激になりますね。


    ▲会社のウィンターイベントにて同僚と

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    英語に限らず、会話に関しては完全に「会話をする相手ありき」だと思います。友人なり仕事なり、頻繁に話す必要があるシチュエーションをつくることが近道です。僕はモントリオールに来てからフランス語を勉強しましたが、並行してフレンチカナディアンの経営するレストランで働いていました。「習って即、実行」を繰り返し、1年ほどで「話すだけなら英語とさほど変わらない」ぐらいまで喋れるようになりましたよ。現地の人は、英会話のスキルにそれほど頓着しません。中学生レベルの英語がキチンと聞き取れて話すことができれば、まずは大丈夫です。

    リスニングは集中力でしょうか。実際、会話の大部分は「顔の表情」や「相手の身ぶり手ぶり」だったりしますし、どの国でも共通している「ジェスチャー」の部分までしっかり見ていけば、リスニングの手助けになると思います。とはいえ、電話での会話などではそうもいきませんので、純粋に耳を鍛えるために外国のラジオやポッドキャストなどをオンラインで聴くのも良いと思います。

    ――最後に、将来海外で働きたい人へアドバイスをお願いします。

    あくまでもコロナ禍が収束した後の話ですが、海外で働きたい人は「自分の気持ちに素直に従っていけば良い」のではないでしょうか。カナダの場合はワーキングホリデーもあるので、とりあえず体験してみることも可能です。ゲーム業界だと、日本での経験があるととても役立つと思います。僕の場合は日本での経験がなかったため、ゼロスタートで徐々に高いハードルをクリアしていったという感じですが、あまり自分を追い込みすぎず、臨機応変に何ごとも楽しめる、楽しもうとするタフネスは必要かもしれませんね。

    モントリオールはフランス語が必須と前述しましたが、映像&ゲーム業界の制作現場に限ってはそれほどでもありません。もちろん話せるに越したことはありませんが、実際、英語しか話せない人も多く働いています。ケベック州の優遇制度のおかげで、毎年世界中から多くのスタジオが集まってきています。今年も、Quantic DreamDONTNOD EntertainmentAMAZON Gamesなどが新しくスタジオをオープンし、ゲーム産業の重要拠点になりつつあります。気質的に大らかな人が多く、ワークライフバランス的にも非常に快適なのでオススメですよ! ......冬は長いですけどね!



    【ビザ取得のキーワード】

    ① 大学卒業後、音楽好きが高じて海外のアーティストと親交をもつ
    ② ワーキングホリデー制度を利用し、モントリオールへ
    ③ ファミリークラスで移民ビザ申請、取得
    ④ カナダ永住権を取得

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