今月はカナダのバンクーバーからお届けしよう。バンクーバーがTAXクレジットの恩恵によりVFX産業の誘致を開始したのが2006頃、そしてスタジオができ始めたのが2010頃である。その当時に留学し現在も同市で働く井崎崇光氏は、まさにバンクーバーのVFX産業の急成長を見守って来た人物でもある。そんな井崎氏に、バンクーバーでの就職活動について話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    井崎崇光 / Takateru Izaki(MPC / Lead Lookdev Artist)
    大阪府出身。2012年にバンクーバーのVancouver Institute of Media Arts(VanArts)ゲーム科を卒業後、モデラー、テクスチャ・アーティストとしてキャリアをスタート。その後はジェネラリストやライティング・アーティストとしてImage Engine、Method Studiosなど様々なVFXスタジオを経て、MPC(Moving Pictures Company)でリード・アーティストとして現職。映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019)や『名探偵ピカチュウ』(2019)など数多くの作品を手掛ける。またVFXだけに留まらず、Teamove(https://teamove.com/)の主宰やCGオンラインスクールVisutor(https://www.visutor.com/)で講師を務めるなど、後進の指導も精力的に行なっている
    https://www.movingpicturecompany.com/

    <1>偶然、訪れたSIGGRAPHでCGに目覚める

    ――学生時代の話をお聞かせください。

    小さい頃は段ボールで物をつくったり映画を見たり、プラモデルが大好きな子供でした。中学校の先生に憧れていたことや教えることが好きだったため、一時は学校の教師を目指していましたが、高校生のときに大好きな芸術の道で生きて行こうと決め、様々な活動をはじめました。

    それからもっと大きな世界を目指そうと思い、ハリウッド映画の制作に携わることを目標にしました。腕試しのためアメリカで年に1度開催される特殊メイクや模型づくりの大きなイベントに参加し受賞したこともキッカケになり、本格的にアメリカ留学を決めました。

    ――留学されたときの話をお聞かせください。

    2011年にバンクーバーに留学したときは語学留学が目的でしたが、その次のステップとしてはVFXアーティストになるという選択肢ではなく、アメリカの美術大学を目指していました。ところが、その当時のバンクーバーは世界中のVFXスタジオが少しずつ支社を設立し始めたころで、偶然、ImageEngineでライティング・アーティストとして働かれていた清水雄太さんにお会いすることができたんです。そのご縁から、日本人VFXアーティストの飲み会に呼んでもらいました。

    今でこそバンクーバーには学生も入れると100人ほどの日本人アーティストがいると思うのですが、当時は全員集合しても数人程度でした。そこでマットペインターだった佐々木 稔さんから「ちょうどバンクーバーで初のSIGGRAPHが開催されるから、行ってみたら」とアドバイスをいただいて。

    SIGGRAPHでそれまで全く知らなかったCG技術にショックを受けて感動し、アメリカ行きの予定を急遽変更してバンクーバーの専門学校であるVancouver Institute of Media Arts、通称VanArtsに入学しました。

    当時、CGに関して何も知らなかった僕に、お2人ともとても親切に相談に乗ってくれました。アメリカ行きをやめてバンクーバーの専門学校でしっかり学べたのはお2人のおかげです。自分の進路を決定したこの段階に至るまでに、とてもたくさんの人にお世話になり、「人との出会いは本当に大切だな」と当時から実感していました。

    VanArtsのGameArts(ゲーム学科)に入学すると、クラスには23名中、留学生は僕を入れて5名しかいませんでした。

    ――海外の映像業界での就職活動はいかがでしたか?

    VanArtsでは卒業制作が完成した人からスタジオに応募していくのですが、卒業が9月頃で、ギリギリまで卒業制作が完成しない学生が多かったです。僕の場合は1ヵ月前倒しで完成させ、就職活動を早めにスタートしていました。とにかく就職活動が恐ろしくて仕事が見つかるか不安だったためです。

    というのも、僕はモデラー志望だったのですが、先輩や友人でモデラーで就職できた人が誰もいなかったことや、就職できなかった先輩達が続々とそれぞれの国へ帰国している様を目の当たりにしていたためです。そこで、カナダにある思いつく限りの会社に応募しました。全部数えると120社程度だったと思います。求人情報がなくても、メールアドレスが掲載されていれば応募していました。

    なかなか返事のメールが来ない中で、どうやったらメールを見てもらえるか? と就活仲間で話していると「リクルーターの出勤前にメールを送れば、リクルーターが朝、受信ボックスを開いた瞬間に受信ボックスのトップに来る!」ということで、8時55分に一斉送信だ! 何てことをやっていました。

    そんな地道な努力が功を奏したのか、バンクーバーの現地VFXスタジオ3社から面接の連絡をもらいました。とにかくドキドキでしたが、3社とも面接は案外あっさりと終わったのを覚えています。そのうち1社からオファーのメールが来たんですが、ちょうどバスルームで手を洗っている最中だったので、バスルームで驚きのあまりとても大きな声で「うっっわっー!!!!」と叫んだのを覚えています。ルームメイトも凄く祝福してくれて、親にも速攻で電話をかけたことをよく覚えています。

    クラスメイト23人中、卒業1年後の時点でVFXスタジオに就職できたのは、僕ともう1人の合計2人だけでした。

    VanArtsの卒業式にて、クラスメートと

    <2>必要なのは「スキル」と「英語」

    ――現在の勤務先は、どのような会社でしょうか。

    現在はMPCでルックデヴのリード・アーティストとして働いています。所属はMPCモントリオールなのですが、バンクーバーからリモートワークで仕事をしています。MPCは元々イギリス発祥の大手VFXスタジオで、現在はフランスのテクニカラー傘下の企業になります。世界中に支社がある、言わずと知れたマンモス大手映画スタジオで、大作映画やドラマなどかなりの作品をつくっています。

    採用されるアーティストの数が多いので、「VFXアーティストのジュニアの登竜門」という側面ももっていて、とにかく抱えているプロジェクトの数が膨大で、クルーの人数もとても多い会社です。いろんな意味で大企業と言う雰囲気があります。

    ――最近、参加された作品で印象に残るエピソードはありますか?

    最近の作品ですと、映画『キャッツ』(2019)、『ソニック・ザ・ムービー』(2019)、アニメーションだと『LEGO スター・ウォーズ』や『スパイディとすごいなかまたち(Marvel's Spidey and His Amazing Friends)』などがあります。

    ルックデヴは質感の完成形をライティングに渡す前の最後の工程になるので、作業が細かくて当然なのですが、難しいのは色や見た目に関して数字でコントロールする点です。この工程にくるとモデルの変更やテクスチャの変更などはできる限り抑えて作業していくのですが、「赤色がちょっと足りない」となったら良い絵を目指して数値を調整していくのです。見ているのは色とりどりの絵なのに、コントロールしているのは限られた数字なので、色彩の数値が常に頭に入っている必要があります。

    例えば「この色彩の数値は0.4、0.6...で、反射の値はこれとこれ。……つまり、こうするとこの角度からも光がちょっとだけ良く光る」といった感じです。これが鬱陶しいですね(笑)。

    手描きのレタッチなどによる簡単な調整ができないこと、数字を使って絵を計算しているので、凄く時間がかかるんですね。だから光の反射から色の反応まで、自分で「正解が見えていること」が大切になります。正解が見えてないと数字を使って絵を探ることになりますから、作業に時間がかかります。「何がリアルになって、何が嘘っぽいのか。キレイな絵や質感とは何か」というのが頭の中で理解できていることが大切になってきます。

    印象に残るエピソードに関しては、炎上したプロジェクトのことをよく覚えています(笑)。上手くいったプロジェクトって、逆に全然記憶になくて、思い出すプロジェクトはほとんど大変だった経験です。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    ルックデヴ・アーティストとして面白いのは、やっぱり「自分のつくったものがそのままスクリーンに登場する」ことだと思います。キャラクターや背景などの色彩と質感の調整が仕事ですから、物凄く時間をかけた髪の毛の質感など、メインキャラクターのものであればずっとスクリーンに写っていますから、自分の作品を比較的長く見ていられるのでとても楽しいです。

    リード/スーパーバイザーとしての役職は、自分の作業と並行して、それ以外のタスクもたくさんこなさないといけないことが多いです。クオリティやチームを管理することももちろんですが、人事の話やデパートメントに入れるパソコンのスペック、誕生日プレゼントを何にするかなどといった話から、他のデパートメントからの苦情の窓口だったり。もちろんスタジオによって管理職が網羅する範囲はバラバラですが、嬉しいことも多く、大変なことも多いポジションだと思います。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    勉強する段階から、仕事をすることを視野に入れていたので、書くことよりも話すことをメインに教えてもらいました。それが留学してから本当にすぐに役に立ちました。

    留学してからとにかく痛感したのは、単語をもっとたくさん覚えておくべきだったという点です。留学先では新しい言葉を覚えては、それをすぐに使って、とにかくたくさん喋って会話することを心掛けました。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    必要なのは、スキルと英語。この2つだけです。もちろん細かい点はもっとありますが、もっとも重要なのはこの2つだと思います。どちらも頑張れば手に入れることができます。

    習得の仕方は人それぞれですが、少しずつでもしっかりと前に進むことが大切だと思います。また、何かと孤独な海外生活ですから、職場の人間関係はもちろんのこと、友達や家族との繋がりが思っている以上に大切になりますので、人間性もしっかりと磨いてほしいです。

    良く調べることもとても大切ですが「良く行動するため」に調べているのに、いつの間にか調べてばかりで行動できていない、とならないよう注意しましょう。

    英語の勉強にしても、とりあえず海外に行って雰囲気を見てみるにしても、作品をつくるにしても、とにかく行動しなければ何も始まりません。良く調べて、そしてすぐに行動に移して欲しいと思います。あとは、やっぱりポジティブシンキングを大切にしてください。

    自宅でのリモートワーク風景

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    e-mail:cgw@cgworld.jp
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    Facebook:@cgworldjp

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」

    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada