海外留学を経て、ハリウッドのVFX業界で活躍している日本人は多い。しかし、卒業からインターンやポジションのオファーまでの道のりは決して平坦ではない。成功には出会いやタイミングなど多くの要素が必要とされるが、中でも最も重要なのは、日ごろからの準備、そして行動力ではないだろうかと筆者は考える。今回は、広告系VFXの分野でゼネラリストとして活躍中の堀内香穂氏に話を伺った。
Artist's Profile
堀内香穂 / Kaho Horiuchi(Framestore LA / CG Generalist)
長野県出身。中学卒業後、単身アメリカに留学。2019年にOtis College of Art and Design/Digital Media科に入学し、在学中、Walt Disney Imagineering's Imaginations Design Competitionにチームで参加し3位入賞。卒業後、Framestore LAでインターンを開始し、その後CG Generalistとして正社員採用される。VESアワードのノミネート作品に複数参加。CMのみならず、ディズニーランドのライド制作にも参加した
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<1>高校からアメリカ留学、大学で3DCGと出会う
――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。
子供の頃から絵を描いたり、物をつくるのが好きで、美術系の仕事に進むのだろうなと小学生の頃からぼんやりと感じていました。そして中学生になると日本での生活が合わないように思え、海外で就職したいと考え始めました。
そのために「アメリカの美大に行くぞ」と決意したのですが、「就活などで英語がネックになるだろう」と考え、両親に頼み英語学習に集中するため高校からアメリカ留学させてもらいました。両親と祖父母には感謝してもしきれないです。
――留学されたときの話をお聞かせください。
全ての始まりは、高校2年生のときに友人が見せてくれたFranz Ferdinandの『Take Me Out』のMVです。「ただでさえ洒落たコラージュが動くと、こんなにもカッコよくなるのか」と衝撃を受けました。そういった映像が「2Dモーショングラフィックス」と呼ばれることを知り、当時はそうした作品をつくりたいと思っていました。
高校4年生の頃にロサンゼルスの美大Otisに、珍しくモーション専攻があることを知り、入学を決めました。しかし正直なところ、自分のデザイン力に全く自信がなく、山のような未完成のファイルが才能のなさと私の飽き性を物語っていました。
そんな中、大学2年生になると3Dのクラスが始まると聞き、英語の不安もあり予習のためにMayaを勉強し始めたところ、まさに新しい“次元”が開き、「これこそが私の求めていた表現方法だ」と気付きました。特にデザインなどなしに、ひたすら写実的でも歓迎されるのが魅力的で、どんどん3Dにのめり込み、その勢いでVFXの道に進路を変更しました。
幸運なことに、Framestoreのクリエイティブ・ディレクター、そしてハリウッド映画などでプレビズやコンポジターをされたアーティストのお二人が講師を勤めている授業が3~4年生向けにあって、学部長に頼み込み2年生にも関わらず受講することができました。ここから、やりたいことがあればとりあえずプランと共に直談判してみるようになり、その結果かなり自分勝手……いえ、自由な大学生活を送ることができました。
卒業制作中は、夜10時から朝8時ごろまで教室に居座っての作業が日課でしたね。その時間帯でないと、まとめてレンダリングできなかったので、教室内にある数十台のパソコンを使うなどしてやり繰りしていました。その後すぐに授業があるため、常に寝不足でしたが、友人と一緒だったので楽しかったです。
――海外での就活はいかがでしたか。
CM制作に進むことは在学中に決めていたのですが、問題点は「フリーランスの仕事が多く、正社員になるのが難しい」という現実でした。OPT※の制度から英語力、自分のスキル、また家探しでの保証人や健康保険など諸々を鑑みて、まずは定職に就くことが重要でした。
そんな中、「インターンから正社員になるのが一番の近道」と聞き、ロサンゼルス中の広告系スタジオのインターンに片っ端から応募し、運よく複数のスタジオからオファーをいただきました。
それと同時に本命のスタジオはFramestoreだったので、先述の先生にリールの批評をお願いしたり、VFX業界で人事をされている別の先生に、私の事をFramestoreのHead of CGに伝えてもらうなど、使えるコネやツテは全て使いました(笑)! ちなみにアメリカでは、コネは悪いことではなく、むしろ推奨されている節があります。
その甲斐があり、無事インターンとして採用されたのですが、私がOPT※の応募に遅れたせいで許可証が期日までに届かず、開始時期を秋にしてもらうというハタ迷惑なことを仕出かしてしまったので、皆さんは気をつけてください。
※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良いだろう
<2>短い尺の中に感動や笑い、涙の詰まったCMという作品づくり
――現在の勤務先は、どのような会社でしょうか。
Framestoreは数々の受賞歴をもつクリエイティブスタジオで、世界中にオフィスがあり、さまざまなVFXを提供しています。LAオフィスでは主にCMなどを制作しています。コロナでリモートワークが始まってからは、同じくCM制作やデザインを担うシカゴオフィスやNYオフィスの仕事に参加できたりと、様々な機会に恵まれています。
――最近参加された作品について印象に残っているエピソードはありますか。
CMは、すでに存在している商品のモデルをクライアントから送ってもらうことがほとんどなのですが、このモデルは基本CADデータなんですね。なので、そっくり形状を保ったままポリゴンにしなくてはいけないのですが、この作業があまりに特殊で、講座で学べるようなスキルでもなく、リモートが始まってからもモデリング・スーパーバイザーとオフィスに集まり、直接、やり方を教えてもらうほどでした。その過程で大学で学んだ「イチからつくる」以外にも必要なスキルがあるんだな、と知りました。
印象に残っている作品は、ディズニーランドのライドに関わった際、私のルックデブを気に入っていただいたあまりに、すでに存在していたアトラクションのプロップを、「私がつくったルックに合うように、全部再塗装した」との話を聞いたときです。たった1つのアセットでも、様々な人を動かすことがあるんだ、と改めてどんなことでもプロ意識をもって挑もうと感じましたね。
また、国連で恐竜がスピーチをする作品に関わった際は、日本でも報道されたり字幕版が制作されたため、祖父母や親戚にも自分の仕事内容を紹介することができました。
――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。
CMの仕事は、クオリティは勿論のこと、そこに加えて納期が1~3ヶ月と短いので、スピードが重視されます。アセットやシーン内でエラーが発生した場合、自分で解決することを求められるのですが、それが謎解きのようでとても楽しいですね。また同時に複数のアセットやプロジェクトに関わることができるので、飽き性の私にはピッタリです。
Framestoreの映画部門は、複数のマーベル映画のVFXに参加しているのですが、それによりマーベル関係のCMに何本か携わらせていただきました。エンディングクレジットに名前は出ませんが、有名作品に関わることができウキウキします。そして人の入れ替わりが多い業界なので、学生の頃憧れていたり、参考にさせていただいた作品をつくった方に会える機会が多いのが良いですね。
――英会話のスキル習得はどのようにされましたか?
まず、英語はあくまでコミュニケーションのツールだと自覚するのが大切だと思います。よく聞くのは、英語ネイティブの恋人をつくることでしょうか……(笑)。実際に夫は、私が英語が全く話せなかった高校生時代から、つたない英語を真剣に聞いてくれました。本当に感謝しています。
英語の習得で個人的にベストと思う方法は、英語圏の物事を好きになることだと思います。私は中学生のときに洋楽に目覚めたのですが、インタビューなどに日本語字幕が存在しないので、必死になって聞き取ろうとしましたね。海外通販なんかも良いと思います。英語でないとどうにもならないことにハマるのが、上達への近道かと。
そしてそれらを満たすのは、英語でCGのチュートリアルを見ることです! 勿論日本語の素晴らしいチュートリアルは数多くありますが、やはりVFX系は基本英語がメインですよね。
私はMayaを始めた当初、Pluralsightというサイトに登録しました。月額制なので「お金を払っている以上はやらねば!」とやる気も出ます。もちろん他にも様々なサイトがありますよ!
チュートリアルを選ぶときの個人的なポイントは……
・英語ネイティブが話すチュートリアルにする(字幕付きがオススメです)
・需要は考えず本当に興味があるものにする(そうでないとチンプンカンプンになったとき諦めがちなので)
・しかしマイナー過ぎないものを選ぶ(コミュニティが存在していると質問を聞く機会が出てきたりと書く練習にもなります!)
・授業内で使用されたサンプルファイルがついてくるものだと、なお良し
です。
英会話はリスニングをメインに、英語のスピードやアクセントに慣れつつ政治や文化を学ぶのが良いと思います。それが全部詰まっているスタンダップコメディで笑えるようになればもう大丈夫です。
そして会話では、文法をある程度気にしつつも、勢いで話すことが大切ではないでしょうか。あとはボキャブラリーの強化です……と言いつつも私はあまりにも適当な英語を話し過ぎて、夫からもっと英語の本を読めと言われていますが(笑)。それでも就職できて普通に会社員をやれているので、恥は捨て「第二言語なんだから、下手でも仕方ない。中身は同じ人間なんだぞ」という堂々とした態度で喋り続ければ、意外とどうにかなると思います!
――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
CM系の場合、ゼネラリストが重宝されるので、様々なスキルを磨くのがベストです。
とりあえず正社員の募集を見つけたら応募してみたり、留学生ならインターンがオススメです! アメリカの広告VFX業界はフリーランスの求人が多かったりと、ビザの関係でなかなか働く機会を得るのが難しいですが、ユニークなスタジオが多く、個性的な作品に関わることができるのが魅力です。
たった数10秒の間に感動や笑い、涙が含まれていて、ミーティングの最中にプレビズを見てウルっとくることもしばしばです。
広告VFX業界に日本人がもっと増えてほしいですし、midレベルの私にだからこそ、気軽に聞けることもあると思うのでなにかあれば、遠慮なく話しかけてください!
最後に、この場をお借りして、いつも支え助けてくれた両親、夫、祖父母、そしてお世話になった方々に心より感謝申し上げます。また多くの温かい指導により、こうしてアーティストを名乗れるようになりました。先生、Framestoreの皆様にもお礼申し上げます。そしてこの素晴らしい機会をくださった鍋 潤太郎さんとCGWORLDさん、本当にありがとうございました。
【ビザ取得のキーワード】
①アメリカの映像業界を目指し、現地の大学に入るため高校留学
②広告系スタジオの多いロサンゼルスの美大に入学する
③卒業後OPTを利用しCGインターンとしてFramestoreに就職
④在学中にアメリカ人と結婚し、インターン中にグリーンカードを取得
あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!
連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。
ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください(下記のアドレス宛にメールまたはCGWORLD.jpのSNS宛にご連絡ください)。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
e-mail:cgw@cgworld.jp
Twitter:@CGWjp
Facebook:@cgworldjp
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada