ハリウッド映画のVFXには様々な分野があるが、その中でも特にフェイスリプレイスメント、ディエイジング/エイジング、コスメティックワークなどで有名なLola Visual EffectsというVFXスタジオがある。ここでコンポジターとして活躍している中村貴英氏に話を伺った。

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    Artist's Profile

    中村貴英 / Takahide Nakamura(Lola Visual Effects / Visual Effects Compositor)
    兵庫県出身。2014年にHAL大阪 CG映像学科を卒業後、株式会社デジタル・ガーデン(現 TREE Digital Studio)でCGデザイナーとしてキャリアをスタート。その後、サンフランシスコのAcademy of Art Universityに留学。卒業後は拠点をロサンゼルスに移し、コンポジターとしてキャリアをスタート。2019年12月にLola Visual Effectsに入社。『ストレンジャー・シングス 未知の世界』、『ブラック・アダム』、『スター・ウォーズ』シリーズの他、ディズニー、マーベルなどの有名スタジオやシリーズなど、合計40作品以上のハリウッド映画やテレビドラマのプロジェクトに参加。
    lolavfx.com

    <1>きっかけは、高校の文化祭での映像作品づくり

    ――学生時代の話をお聞かせください。

    子どもの頃からディズニーの世界観が好きで、アニメ、実写を問わず映画もたくさん観ていました。都内で就職してからも月に1〜2回は東京ディズニーリゾートに行く程でした。

    自分で映像制作を始めたのは、高校の文化祭で上映した作品づくりがきっかけです。Windowsに標準で入っていたソフトで映像を編集し、切り替えのタイミングや音楽の選択などにこだわりました。

    文化祭当日は多くの方が観てくださり、「感動した」、「楽しかった」と言ってもらえました。自分が編集した映像でもこんなに人の心を動かすことができるのかと思い、「やって良かったな」と実感したのを今でも覚えています。

    そして、これまで見たことのない空想の世界をリアルに見せるVFX映像制作に興味をもち、自分もこんな映像をつくってみたいと思うようになりました。

    そんな中、テレビCMでHAL大阪の存在を知り、キャンパス見学に行きました。「HALの映像学科では、映像の知識のみならずコンピュータの基礎も学べる」と説明を受け、入学を決意しました。

    ――日本で仕事をされていた頃の話をお聞かせください。

    HAL大阪卒業後は、東京のデジタル・ガーデンでCGデザイナーとして働いていました。入社当初は毎日学ぶことばかりで、学校で勉強した4年間はあくまで基礎中の基礎、まだまだプロとしては未熟だと感じていました。

    それでも職場の先輩方はとても優しく、どう制作すれば上手く表現できるのかなど、細かく丁寧に指導いただき、約3年間という短い期間でアーティストとして飛躍的に成長することができました。

    また当時からデジタル・ガーデンではCMのCG制作だけでなく、インタラクティブコンテンツ事業にも力を入れていました。プログラマーの方にお力添えをいただきながら、コーディングの勉強をしつつ、iPadで動かせるコントローラーのアプリケーションを制作したことや、HDRIの撮影など、現場での経験をさせていただけたことは今の仕事でもとても役に立っています。

    デジタル・ガーデンで約3年間勤務した後、サンフランシスコのAcademy of Art University(以下、AAU)に留学しました。

    ――AAUへ留学中は、どのような勉強をされたのですか?

    私は大学院に入学し、コンポジット、FXを専攻していました。

    AAUの先生は、ILMやディズニーなどの大手スタジオで働いた経験をもつ方ばかりでした。実際に専攻してみて面白いと思ったのは、モデリング、テクスチャ/ライティング、アニメーションなどの分野毎だけでなく、その中でもさらにレベルや内容によってクラスが細かく分かれていたことです。

    例えば、Nukeの基礎クラスを受講するためには、基礎のコンポジットクラスをすでに受講し単位をもっている、もしくは同等の経験や知識があるなどの条件がありました。

    その中から受けたいと思った授業をディレクターやアドバイザーと相談し、1セメスター(2学期制における1つの学期)で1〜3クラス、それぞれ週に1回、約3時間の授業を受けていました。

    やりたいことだけを集中して勉強できることや、ハリウッドの現場で使われている技術や知識を学校で勉強できたことはとても有意義でした。

    課題の多さにはビックリしましたが、なるべく多くのことを学ぶためにプラスアルファできることにも挑戦し、先生にアドバイスをもらいにいくように努めていました。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

    卒業間近になった頃、AAUが主催しているCareer Dayというイベントに参加しました。予めデモリールや履歴書などをAAUを通して企業側に提出し、1日の内に興味をもってくださった複数のスタジオの方々と簡易的な面接が行えるというイベントです。

    私のデモリールを見て酷評されたスタジオの方もいらっしゃいましたが、「もし興味があったらまた連絡をください」と言われたときは嬉しかったです。しかし、実際にメールを送ってみると返事が来ない、または途中から連絡が途絶えてしまった、なんてことばかりでした。

    それ以外にも、CGやVFXのイベント後の交流会に参加したり、SIGGRAPHのJob Fairへ参加するなどしました。

    OPTには非雇用期間の制限があるため早めに準備を始めていましたが、「3年以上のスタジオ勤務経験者」を募集条件にしている会社が多く、ジュニア・アーティストの就職はなかなか厳しい状況でした。

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良いだろう

    そんな中、AAUの友人からの紹介で、ロサンゼルスにあるVFXスタジオの面接を受けることになりました。その結果、無事に採用され、そのスタジオでコンポジターとしてキャリアをスタートしました。

    そんな折、業界の先輩からハリウッド映画を数多く手掛けているLola Visual Effectsが人材を募集しているという情報を教えていただきました。勤めていたスタジオから雇用契約更新の話もいただいていたのですが、「ハリウッド映画のプロジェクトに参加したい」という強い想いがあったため、思い切って応募しました。

    その後、採用の連絡が来て、Lola Visual Effectsへ移籍することに決めました。

    Lola Visual EffectsのVFXクルーと

    <2>『ストレンジャー・シングス』でメインキャラクターのフェイスリプレイスメントを担当

    ――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。

    Lola Visual Effectsは、伝統的なVFXワークに加え、フェイスリプレイスメント、ディエイジング/エイジング、コスメティックワークなど、人物への特殊効果でハリウッドを代表するスタジオのひとつです。

    ディズニー、パラマウント、ユニバーサル、Netflix、マーベルなどの有名スタジオの作品や、『スター・ウォーズ』シリーズなどのフランチャイズ作品を多数手がけており、現在はロサンゼルス本社のほかに、ニューオリンズ、イギリスのロンドンにもオフィスを構えています。

    社内に大きなシアタールームがあり、映画館のような4Kの大型スクリーンでレビューすることで、常に最高品質“Lolaクオリティ”の映像をクライアントに提供しています。

    仕事の繁忙期になると、残業が増え夜遅くまで作業することもありますが、同僚はとても話しやすく、オフィスでは雑談や冗談も交えながら楽しく仕事しています。

    ――最近、参加された作品で印象に残るエピソードはありますか?

    Netflix作品『ストレンジャー・シングス』シーズン4で、私は幼少期のイレブン(メインキャラクターの1人)のフェイスリプレイスメント作業を行いました。この作品は今までの私のキャリアの中で一番の挑戦だったと思います。

    ハリウッド映画は予算が大きい分、細部までこだわり、完成度の高い作品を目指す傾向があります。その中でもこの仕事は難易度が高く、いかにクライアントが望む結果に近づけるのか、最新の技術や自分のスキルをどう活用するのかなど課題がたくさんありました。

    しかしスーパーバイザーと何度も相談し、また試行錯誤を重ねた結果、クライアントに満足していただけるクオリティに達することができたと思います。

    この作品を通じて、コンポジットの技術力やパイプラインの構築の基礎などを学ぶことができ、より一層コンポジターとして成長できたと感じています。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    よくコンポジットの仕事を料理に例える方がいるように、撮影やCGなどの素材を、いかにどう綺麗に仕上げ、映画の世界観を表現するかがこの仕事の醍醐味だと思っています。

    また、多くのプロジェクトやショットを短時間でこなすことが多いため、常に新しい発見や挑戦ができるのも楽しいです。細かいところまで気を使い、映像を観た人に合成や編集だと気づかれないほど完成度が高くできたときは達成感があります。

    元々ツール制作などが好きなこともあり、パイプラインの中で繰り返し行う作業があれば、Pythonなどで作業を簡略化するツールをつくることもあります。

    今後の自分の作業も時短できますし、仕事場の同僚にもとても喜んでもらえるので一石二鳥です。

    ――日頃の作業では、どのようなツールを使用していますか?

    Lola Visual Effectsは元々Flameアーティストが多い会社ですが、私はコンポジット作業でNukeとFlameを使い分けています。

    私は元々Nukeアーティストなので、難しいショットやクリーンプレート作業などは、ロトやトラッキングでMocha Proを活用しつつ、Nukeでコンポジットを行います。

    Nukeは3D関連を扱う機能やGizmoなどのカスタム性に優れていますが、コスメティックワークなどは、Matchboxなどのシェーダが豊富なFlameを使うことが多いです。

    またFlameは、2D、平面トラッキングも優秀で、ロトスコーピングもサクサク行うことができます。個人的には、Photoshopの歪みツールのように直感的にブラシで変形できるDeform Meshがお気に入りです。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    英単語や文法などの勉強は日本でもしていたのですが、実際に海外に出てみると「言いたいことが伝わらない」、「何を喋っているのか聞き取れない」なんてことばかりでした。

    AAU時代はEAPという留学生向けの英語のクラスがあり、その授業を通して発音、文法、プレゼンテーションの勉強を必死にしました。

    普段の生活でも積極的に他の生徒とコミュニケーションを取ったり、レストランでもタッチパネル注文をせず、直接カウンターまで行って注文したりなど、英語をなるべく話す努力をしました。

    様々な勉強法を試しましたが、直接会話をすることが一番自分の英語力を伸ばした方法だったと思います。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    全ての準備が完璧な状態になるのを待つより、自分がやりたいと思ったときに行動することが一番大事だと思っています。

    「英語が話せない」、「技術力がまだ足りない」と諦めるのはもったいないです。

    リモートで働ける時代にもなり、海外のスタジオで働く機会も身近になってきています。

    チャンスを逃さないためにも、日ごろから情報収集を心がけ、デモリールはすぐに見せられるように常に最新のものを用意しておくなど、今できる精一杯の努力をすれば、必ず夢は叶えられると思います。

    Visual Effects Producerのウィル・アンダーソンと

    【ビザ取得のキーワード】

    ①HAL大阪 CG映像学科を卒業後、株式会社デジタル・ガーデンでCGデザイナーとして経験を積む
    ②アメリカ、サンフランシスコのAcademy of Art Universityに留学
    ③卒業後にOPTを取得し、ロサンゼルスでコンポジターとして経験を積む
    ④STEM-OPT期間中に、移民多様化ビザ抽選プログラム(DVビザ)によりアメリカ永住権を取得

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    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。

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    e-mail:cgw@cgworld.jp
    Twitter:@CGWjp
    Facebook:@cgworldjp

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada