「海外で日本人が3人集まると、必ず就労ビザと永住権の話題になる」というジョークがあるほど、海外で働き続けるためには就労ビザの取得がハードルとなる。カナダでのビザ取得に綿密なリサーチを行い、コロナのパンデミックを乗り越え、現在バンクーバーで活躍中の和田彩香氏に、話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    和田彩香 / Ayaka Wada(Digital Domain Vancouver / Animator)
    栃木県出身。2017年に明治大学 先端メディアサイエンス学科(FMS)を卒業後、バンクーバーへ渡航しVanArtsに留学。2018年に卒業し、同年MPCモントリオールでキャリアをスタート。コロナ禍で一度日本へ帰国し、映画のVFXやエンタテインメントロボット aibo(アイボ)のモーション制作などに参加。2021年に日本国内でカナダ永住権を取得し、再びバンクーバーへ。Digital Domainへ移籍し、現職。最近の参加作品に、マーベルドラマ『シー・ハルク:ザ・アトーニー』(ディズニープラス)、映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』、 映画『アントマン&ワスプ:クアントマニア』などがある。
    digitaldomain.com

    <1>コロナ禍で一時帰国中、カナダの永住権を取得

    ――学生時代の話をお聞かせください。

    幼い頃、父親の転勤でアメリカに住んでいたので、そのころからNickelodeon(アメリカの幼児向けケーブルテレビチャンネル)や海外の作品に触れる機会が多かったです。

    学生のとき、たまたま日本のテレビでDreamWorksスタジオが取り上げられ、カフェテリアがビュッフェスタイルで食べ放題だったり、スタジオがとにかく遊び場のようで、働くならそういう楽しそうな雰囲気の中で働きたいと思っていました。

    そのうえ映画が好きということもあり、映画に関わる仕事に就くのも良いなと考えていました。しかし私は美術が特別得意ではなく、どちらかというと数学が好きだったので技術系で映画に関われるかもしれない、と思い明治大学 先端メディアサイエンス学科(FMS)に進学しました。

    大学では友達や教授にたくさん助けていただきながら、プログラム言語のHSP(Hot Soup Processor)でコマ撮り作品がつくれるプログラムや、ProcessingとKinectを組み合わせ自分の動きに合わせてCGのキャラクターを動かすプログラムを制作したり、卒業論文では被写界深度における視線誘導についての研究など映像に関連する課題に取り組みました。

    学業以外の時間は、映画班を組んでDVDの鑑賞会を行なったり、その当時に好きになったマーベル作品をよく観ていました。長期の休みにはバイトで貯めたお金で海外旅行に行きました。様々な文化や英語に触れ価値観を広げられるので、海外が好きでした。

    大学3年次にみんなが就職活動をはじめた頃、再度自分の将来を考え、やっぱり好きな海外の映画に関わる仕事がしたいと思い、もっとスキルを極めるため、CGアニメーションに特化した勉強ができるVanArtsに留学することを決めました。大学に4年間通わせてもらった上、さらに海外の学校で勉強したいという願いを承諾してくれた親には、本当に感謝しています。

    当時はインターネットでいろいろ探しても、海外で活躍している日本人の情報を得るのが難しかったことと、学科の1期生だったため相談できる先輩もいなかったのですが、海外就職のサポートをしているteamoveのWebサイトを見つけ、学校の相談や手続きを手伝っていただきました。

    VanArtsではCGアニメーションを専攻しました。小さなクラスで生徒は合計10人程でしたが、他国からの留学生が多く個性が強いながらも、お互い助け合い楽しく学ぶことができました。放課後もみんなで公園に行って遊んだり、勉強以外でも良い思い出がたくさんつくれました。今でも当時のクラスメイトとは仲が良く、貴重な友達ができた学校でもあります。

    クラスにはすでにアニメーターとして働いていたり、勉強していた人も多かったため、他の人よりも課題に時間がかかり、学校に遅くまで残ることもありましたが、夢中で作業しました。授業ではバウンシングボールからはじまり、最終的にはショートストーリーを作成するまでを学びました。ストーリーテリングやデッサンなどのクラスもあって、大学時代は理系専攻だったこともあり、VanArtsで学んだことのほとんどが新鮮でした。

    VanArtsに入学してまもなく、それまでは卒業すると取得できたPost-Graduation Work Permitが、カナダ政府の認定校からVanArtsが外れたことで取得できなくなったという情報が入りました。留学生であるほとんどのクラスメイトはそれを頼りにしていたので、卒業後どうしよう? と心配したのを覚えています。

    卒業後就労ビザが得られる別の学校に移ったり、自国に戻らざるを得なかった友達もいます。経験があっても、スタジオによってはビザのサポートができないという理由で仕事を得ることができなかった友達もいて、ビザがどれだけ重要かを痛感しました。カナダのビザ制度は随時変更されるので、最新の正しい情報を得ることが大切です。幸い日本人はワーキング・ホリデーを利用して1年間カナダで働けるので、私はその申請をして、就職活動をしました。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

    私が就活したときは、スタジオのWebから応募した後、LinkedInでリクルーターをフォローするようにしていました。たくさんの応募者がいるので目立つためにも、フォローしたほうが良いと言われました。またリクルーターと繋がっておくと、たまに就活をしていなくてもリクルーターから声をかけてくれることもあるので、Linkedinを上手く活用するのも良いと思います。

    VanArtsを卒業する頃、MPCが盛んに採用しており、私もその波に乗った形でした。

    VFXのスタジオであることを意識して、学校の課題以外にも自分でリアルな犬の動きやファイティングするアニメーションなどを制作しデモリールを送りました。その後、MPCの人事部から連絡があり、後日スーパーバイザーと1対1で面接を行ないました。面接では、普段どのようなながれでアニメーションをつけるか、ワークフローなどについて聞かれた気がします。

    MPCには「アカデミー」があり、新卒者やVFX経験の少ない人は2ヵ月程トレーニングを受けたり、課題に合格した後に実際の作品に関わる、というながれがありました。私と同じアニメーションアカデミーのグループは12名程でした。今は分かりませんが、当時は実際にアカデミーに入っても、その後、業務に関わるレベルや態度が見合わないということで契約を切られた人たちもいたので、ドキドキでした。

    一緒のグループになれた子たちとは特に仲良くなれたので、MPCでは楽しく働くことができました。アカデミーに合格した後は映画『アルテミスと妖精の身代金』(2020) と映画『野性の呼び声』(2020)に参加しました。

    コロナのパンデミックがはじまった直後、MPCモントリオールが一時的にシャットダウンになりました。『野性の呼び声』のチームだけでも100人程のアニメーターがいましたが、シャットダウンになった際は正社員として雇用されているスーパーバイザーやリードのみ残って、契約アーティストは契約を延長されませんでした。『野性の呼び声』では最後に残った4人のアニメーターのうちの1人になるまで働いていたのですが、みんなとお別れしなければならず、寂しかったのを覚えています。

    そこで一度日本へ戻ることにしました。私は大学卒業後すぐカナダに行き、モントリオールでの仕事がキャリアのスタートだったため、日本の働き方については少し不安でした。しかし、日本でご一緒させていただいた方々は優しく、尊敬できる人たちで、楽しく働くことができました。コロナ渦中はカナダ国内に居なかったため、その期間に逃したチャンスも多かったのですが、日本のVFX映画や、エンタテインメントロボット aibo(アイボ)のモーション制作などの貴重な経験をすることができ、日本で働く選択をして良かったと思っています。

    ――日本帰国中にカナダの永住権を申請されたそうですが。

    Vanarts在学中、カナダのビザについて調べた際、特定のスキルをもった人がカナダで最低1年間以上働くと申請条件をクリアできる、カナダの「エクスプレス・エントリー(Express Entry)」を通して永住権を取得できるのを知りました。そこで、就活する際にはワーキング・ホリデーの期間終了後、最低1年間契約をくれるスタジオを探すようにしていました。幸いMPCモントリオールではワーキング・ホリデー終了後も就労ビザをサポートしてもらえたのですが、ビザの取得にはとても時間がかかり、申請期間中はカナダ国外へ出られないといった制約があり、自由がなくストレスに感じていたのを覚えています。

    カナダ永住権の申請は、日本へ一時帰国中の国外申請だったので時間がかかり、承認されるかという不安と長く戦ったのですが、無事取得できて良かったなと思います。

    Digital DomainのアニメーターでBBQをした時の写真

    <2>シー・ハルクほか、魅力的なキャラクターに命を吹き込むアニメーターに

    ――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    Digital Domain(以下、DD)のバンクーバー支社に勤務しています。

    映画やテレビシリーズの視覚効果を手がけるVFX会社で、映画『タイタニック』(1997)や『アベンジャーズ』シリーズ、『アイアンマン3』(2013)などで有名で、多くの受賞歴があります。

    ――最近参加された作品について 印象に残るエピソードはありますか?

    DDではじめて関わった作品が『シー・ハルク:ザ・アトーニー』(以下、シー・ハルク)だったのですが、ディレクションは細かい指示よりも「自分が良いと思うようにやってみて」というものが多く、やりがいを感じました。

    シー・ハルクはCGキャラクターで、モーションキャプチャのデータを基にアニメーションを作成していましたが、俳優とシー・ハルクの大きさがちがうことにより、アニメーターは重さや高さを考慮したモーションを作成することに加えてフェイシャルの調整が必要でした。この作品ではじめてフェイシャルのモーションキャプチャのデータも使用したのですが、最初の頃はそのコントローラーの多さに驚いたのを覚えています。

    またシー・ハルクはシリーズものだったのでチームが大きかったのですが、スーパーバイザーやリードが上手くまとめてくれたり、小さなイベントをよく開催してくれて楽しくプロジェクトに関わることができました。シー・ハルクチームの打ち上げで行われたミニゲームで勝って、シー・ハルクのFunko POP! フィギュアをゲットできたのも良い思い出です。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    アニメーターとして、様々なキャラクターにモーションをつけられるのが一番面白いです。主役のキャラクターのショットを与えられたりすると、「このキャラクターを自分が動かしても良いんだ!」と嬉しくなります。関わった作品が世に出るのもやはり嬉しく、エンドクレジットに名前が出ると特に達成感を感じられるのが良いなと思います。自分がつくったアニメーションがレンダリングされ、カッコ良くなるのを見られるのも面白いです。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    帰国子女だったことはアドバンテージだと思いますが、小学2年生で日本に戻ったため、英語を使う機会が少なく、維持するのは大変でした。文法もフィーリングで覚えていたため、今でも正確に使えているかは不明ですが、単語、熟語、イディオムを中心に勉強しました。特に大学受験やカナダ永住権のためのILETSCELPIPの試験対策に必死に取り組みました。 

    単語帳は1つに絞り、書かれている例文も含めて覚えるようにしました。

    コロナで日本に帰ったときは英語を忘れるのが怖かったのですが、カナダ永住権のための英語のスコアを上げるための勉強で、一番語学力が伸びた気がします。自分の興味のある英語の本を日本語に訳したり、好きな外国人のYouTubeを観たり、海外の友達に電話したりしました。

    IELTSの試験対策は日常的な英語にも役に立ったので勉強する機会があって良かったなと思います。

    今はスペイン語に興味があり、少し勉強やクラスを受けたのですが、言語学習では試験などがないと目指す先が分からなくなるので、何かの試験に向けて勉強をするのも良いと思います。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    カナダに来てから予想外のことがたくさんで、思い通りにならないことが多く、楽しいことばかりではなかったです。ですが私は何もしないほうが後悔するタイプなので、自分にとって良い選択を考え、自分のペースでできることからはじめてみるのが良いのかなと思います!

    【ビザ取得のキーワード】

    ①明治大学 総合数理学部先端メディアサイエンス学科を卒業
    ②VanArtsでアニメーションを学ぶ
    ③カナダのワーキング・ホリデーと就労ビザで、MPCで1年以上勤務
    ④日本国内からCECでカナダ永住権を申請し、取得

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada