新型コロナウィルス感染症の拡大により、学生生活やキャリア形成に多大な影響を受けた人も少なくないだろう。特に海外での就業を目指していた人にとっては、より影響が大きかったに違いない。そんな中でも、持ち前の行動力で自身の夢を叶えた染野成美氏に話を伺った。 

記事の目次

    Artist's Profile

    染野成美  / Narumi Someno(Sony Pictures Imageworks / Character Animator)
    東京都出身。2017年に女子美術大学アート・デザイン表現学科を卒業後、ポリゴン・ピクチュアズでCGデザイナーとしてキャリアをスタート。その後、フリーランスとして日本での活動を経て2021年にカナダのSony Pictures Imageworksに入社し、現職。最近の参加作品に、映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』、『モンスター・ホテル4』などがある。
    www.imageworks.com

    <1>コロナ禍で絶たれた留学への道、諦めずジョブオファーの取得を目指す

    ――幼い頃や、学生時代はどんな風に過ごしていましたか?

    物心ついたときから絵を描くのが好きで、学生時代は暇さえあればノートに落描きしたりオリジナルキャラクターをつくって漫画を描いたりしていました。将来はクリエイティブな仕事に就きたいと考え、女子美術大学のアートデザイン表現学科に進学しました。

    入学当初は絵の勉強ばかりしていて、CGに興味をもち始めたのは大学3年生の後半頃だったと思います。Mayaの授業で簡単な3Dアニメーションをつくったことをきっかけに、“3DCGならもっと幅広い視野で作品をつくれるかもしれない"と感じ、次第にCGデザイナーを目指すようになりました。

    しかし、自分が所属していた学科は2Dデザインの授業がほとんどで、生徒も2Dデザイナーやグラフィックデザイナーを目指してる人が多く、自分と同じ志をもつ仲間が少なかったんです。

    「ただ学校に通ってるだけじゃだめだ。もっと環境を変えて3Dに詳しい人たちに出会わないと!」と思い、CGアニメを手がける映像会社でアルバイトしてみようと決心しました。

    当時は何の専門知識もない学生でしたし、プロの現場に受け入れてもらえるかどうか不安でしたが、ひとまず行動してみないと分からないと思い、ポリゴン・ピクチュアズの求人に応募しました。幸運にも背景美術の設計図をつくるチームに配属していただき「こんなチャンスは滅多にない」と、学校が終わった後はそのままアルバイトに行き、スタッフの方々から3DCGについてたくさん学ばせていただきました。

    そんな中で、私がアニメーションに興味をもつきっかけを与えてくれたのが、隣のデスクに座っていたアニメーターの片田博之さんでした。まだ学生の身だった自分と仲良くしていただき、大学の作品制作の相談を親身に聞いてくださったり、仕事を間近で見せていただいたりと、大変お世話になった先輩です。

    片田さんや他のスタッフの方から様々な話を聞いて、アニメーターがどのような職業なのかを知っていきました。そのおかげで、自分が今まで絵を描くことを通して感じてきた「キャラクターの心情やストーリーを表現する」という楽しさが、3Dアニメーションをつくる楽しさに通じていると気づき、アニメーターになる決意をしました。

    お世話になっていたポリゴン・ピクチュアズのプロダクションマネージャーにその意思を伝えてみたところ、運よくアニメーションディレクターの方が会ってくださり、大学4年生のときに3Dアニメーション映画『BLAME!』に初めてアニメーターとして参加することができました。

    大学卒業後はそのままポリゴン・ピクチュアズにアニメーターとして就職し、主に映画とTVシリーズのレイアウト・アニメーションを担当していました。本格的にアニメーターとして活動するようになってから、自分の経験不足を痛感し、ようやくアニメーションの勉強に本腰を入れるようになりました。新人の頃は“早く会社の役に立てるようになりたい”という焦りもあり、朝から夜遅くまで作業している日が多かったのを覚えています。

    同じチームの上司や先輩たちは作業のスピードが速く、いかに効率よくショットを納品するかそれぞれが工夫していたため、時間を見つけては彼らに質問に行き、仕事のやり方を学ばせていただきました。

    そのときに培った“一定のクオリティを維持しつつ速やかに納品する”というスキルは、海外で働いている今でもとても役立っています。「日本の映像会社のスケジュールはタイトだ」と業界内でもよく話題になりますが、英語が苦手な自分でも現地で働き続けていられるのは、その環境の中でなんとか仕事をこなしてきた経験があったからだと思います。

    仕事が終わった後も、基本的にずっとアニメーションの勉強をしていて、CGWORLDが主催するセミナーやオンラインスクールなどにも参加していました。その頃になると他の会社で働いているアニメーターと交流する機会もグッと増え、情報交換をしていくうちに1人で勉強するよりも、より深い知識を得ることができました。セミナーなどに進んで参加している人たちは、やはり熱意のある人が多く、彼らと話していると「もっと自分も頑張ろう!」という気持ちにさせてもらえます。なので、そういった集まりには積極的に参加するようにしていました。

    日本で出会った先輩や上司、同期の仲間たちの存在が今でも自分のモチベーションになっていますし、大切な財産です。現在は海外を拠点としていますが、もっとアーティストとして実力をつけて、またみんなで面白い作品をつくることをひそかに夢見ています。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

    私と同世代のアニメーターには海外で仕事することに興味をもっている人が多く、みんなの話を聞いているうちに、自分も海外への興味が沸いてきました。“現地のアーティストがどのような環境で働いているのか実際に見てみたい”と思い立ち、ゴールデンウィークを利用しカナダのバンクーバーを訪れました。

    それまで海外旅行すらしたことなく、英語も今以上に喋れませんでしたが、そんなことも気にならないほどの強いワクワク感に突き動かされていました。当時Sony Pictures Imageworksで働いていた若杉 遼さんに社内見学をお願いしてみたところ、快くOKしてくださり、ありがたいことに社内を案内していただけることになりました。会社を見てまわりながら、その場で自分が働いている姿をリアルに想像してしまい、ミーハー心ながらに海外への憧れと好奇心で胸がいっぱいになったんです。

    しかし海外就職にあたっては、現地の業界の空気感や就活事情をもっと理解する必要があると感じ、実際に海外で活動されている日本人の方々の体験談などを調べていました。そこで、アメリカのロサンゼルスで開催されるCTN Expoというイベントがあることを知りました。CTN Expoは、世界中のアニメーション業界に携わるアーティストが集まり、アニメーション技術を学べる講演やワークショップ、ポートフォリオレビューなどが3日間にわたって行われるイベントです。

    アメリカを中心に活動する海外のアニメーションスタジオも多数参加しているため、ここに参加すれば就職に繋がるかもしれないと思い、同じく海外に興味をもっているアニメーター仲間を誘って、早速アメリカに飛んでみました。

    現地での英語の壁に苦戦しつつも、スタジオで働くアーティストの方々と直接話をすることができ、デモリールにアドバイスをいただくこともできました。この経験をきっかけに、自分がもっと学ぶべきスキルや、実際に就職するまでの道筋が明確になり、これまで漠然としていた“海外で働く"という夢が具体的な目標へと変わりました。

    当初の計画では、ワーキングホリデーでカナダに入国し、数ヵ月の語学留学でしっかり英語を学んでから現地の映像会社に応募する予定でした。しかし、ビザの申請や学校の入学手続きを終えた後、新型コロナウイルスの影響で予定が大きく狂ってしまったんです。通う予定だった学校は閉鎖され、コロナの流行が広まるにつれて徐々にカナダに入国するのが厳しくなっていきました。毎週のように入国規制のルールが変わり、SNSや留学エージェントのサイトなどから情報収集しつつ渡航するタイミングをまっていたのを覚えています。

    ところが状況はどんどん悪くなり、後のルール改定により、カナダ国籍または永住権を取得している人以外は、ビザをもっていてもカナダの会社からのジョブオファーがないと入国できなくなりました。そのため、結局留学は諦めてSony Pictures Imageworksに直接応募し、ジョブオファーを取得することにしたんです。

    アニメーションと英語の勉強を続けながら、デモリールを更新するたびに会社のリクルーターにメールを送っていたところ、幸運にも面接の機会を得て、日本からオンライン面接してジョブオファーをいただくことができました。

    その後、入国に必要な書類を揃えて、なんとかカナダで働き始めることができました。

    自宅でのリモートワーク風景

    <2>ポジティブな同僚に囲まれ、頭の中の「絵」を映像化するアニメーターとして活躍

    ――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単に紹介してください。

    Sony Pictures Imageworksは、カナダでも有名なVFXスタジオで、映画を中心に多数のビッグタイトルを扱っています。『モンスター・ホテル』のようなカートゥーニーな作品から、『スパイダーマン』などのVFXを使用した作品まで、様々なスタイルの作品が同時に制作されています。自分に向いたスタイルの仕事ができることはもちろん、幅広いジャンルのアニメーションに挑戦できる機会をもてるのが、この会社の特色のひとつだと思います。私自身も元々アニメーションフィルムに関わりたいと思い入社しましたが、ご縁がありVFXのチームにも関わらせていただいています。

    コロナ禍ではリモートワークが主流でしたが、最近はスタジオ勤務も可能になり、ハイブリッド形式でリモート・出社両方できる柔軟な働き方になっている印象です。また、毎週木曜5時になると社内でビールが提供され、みんなで飲みながら楽しめる「ビアオクロック」などの社内イベントも再開しはじめ、社員同士のコミュニケーションも以前より、とりやすくなってきました。

    ――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?

    最近はVFXチームに配属されることが多いです。VFX案件は複数の会社でタスクを分担して作業するため、アニメーションチームに比べて少人数で進められます。その分、スーパーバイザーやリード、他の部署とも密に連携をとる必要があるため、英語力が鍛えられるというメリットもあります(笑)。

    海外で働く上で驚いたのは、上司や同僚、スタッフ全員がいつも機嫌良く対応してくれることです。仕事中のやりとりも基本的にポジティブな言いまわしが多く、相手に敬意を払いながらコミュニケーションをとることに徹底したプロ意識を感じます。

    去年参加した『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』では、ショットが完成したあとに仕様が変更されることが度々あり、大幅なつくり直しや新規ショットの制作が必要になったことがありました。仕事自体はとても面白く、やりがいもある一方で、切り詰めたスケジュールの中で消耗することもありました。

    そんな状況でも、誰かに責任を押し付けたり、イライラした態度で接するスタッフは1人もおらず、「問題が起こったらみんなで解決しよう」という意識がチーム全体にあったのが印象的でした。

    うちの会社だけでなく、海外の会社は、新人・ベテラン問わず相談しやすく前向きな雰囲気づくりを醸成することに長けているように感じます。このような文化は、より個々の力を引き出し、チーム全体のパフォーマンスを高める上で、重要な役割を果たしていると思います。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    自分の想像する「絵」を映像として形にできるところです。私が幼少期から漫画やイラストに囲まれて育ってきたこともあり、映像においても1枚絵として魅力的かどうかを1番に気にします。アニメーション制作ではフレームごとに洗練されたポーズをつくることが求められるため、その癖が結果的に役立っているように感じます。

    また、スーパーヒーローやクリーチャーなど、リアルでは経験できないようなキャラクターの心情や立場を考えて演技を表現することが、とても楽しいです。海外・日本に関わらず新しい技術やアニメーションスタイルが次々と開発され続けているため、常に学びや発見があり、初心に戻れるという感覚も味わえます。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    コロナの影響で留学できなかった代わりに、オンライン留学というサービスを3ヵ月ほど利用していました。オンライン英会話のシステムを活用し、実際に学校で学ぶのと同様のカリキュラムが組まれ、海外の講師からマンツーマンで英語を学べるサービスです。留学に比べると費用を抑えながら学習できたのが良かったです。

    その後は仕事の現場に飛び込み、上司や同僚の言いまわしをマネしてひたすらトライアンドエラーを繰り返し、覚えていきました(笑)。

    仕事で使うフレーズや専門的な単語は、やはり現場で覚えた方が早いと感じます。そのポジションでしか使わない独特な表現を使うこともあるため、今でも仕事でフィードバックを貰うときは、なるべく言われたことをメモして暗記し、英語学習に活用しています。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    海外就職の経験を通して、自分が望んだタイミングで夢や目標が叶うことは中々ないと実感しています。なのでデモリールやポートフォリオを磨いて、転機が来たときにいつでも動けるよう準備しておくことが大切かなと思います。

    それから「自分はこんなことがやりたい!」というアピールを普段から周囲にしていると、思いもよらない縁で会いたかった人に会えたり、仕事に繋がったりします。行きたい会社が決まっているなら、そこで働いている人たちにSNSなどでコンタクトをとってみるのもアリです。

    海外就職はどうしてもタイミングや運に左右されてしまいがちですが、“運が良い人”とうのは普段から行動して、チャンスを得るため種を常に周囲に蒔いてる人だと思います。

    就活イベントがあれば足を運んでみたり、セミナーに参加してみたり、どんどんコミュニティを広げていくと同じ目標をもった仲間にも出会えます。そのように目標到達への種を蒔いてコツコツ腕を磨いていれば、チャンスの追い風のようなものが思わぬタイミングで吹いたりするので、あとはながれに身を任せるのみです。最近は各国でのコロナ対策の規制も緩和されてきているため、海外での動きやすさも増していると思います。

    また、海外での仕事では予想外な出来事に直面することも多いため、そのような状況で心が折れたりオーバーヒートしてしまうこともあるかもしれません。そんなときは、遠慮せず周囲の人に助けを求めるのも大切です。1つ1つの課題のハードルをあまり上げ過ぎず、自分が本当に興味をもち、わくわくできることを最優先して、自分自身が成長できる経験を楽しみながら取り組んでください。

    VFXチームのランチ風景

    【ビザ取得のキーワード】

    ① 女子美術大学アート・デザイン表現学科を卒業
    ② ポリゴン・ピクチュアズなどの国内著名スタジオで経験を積む
    ③ ワーキング・ホリデー制度を利用してカナダのバンクーバーへ
    ④ カナダのSony Pictures Imageworksに就職、就労ビザを取得

    あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!

    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。

    ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください(下記のアドレス宛にメールまたはCGWORLD.jpのSNS宛にご連絡ください)。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada