今年2月に開催された第21回VESアワードでは、3名の日本人アーティストがノミネートされたが、最優秀エフェクト&シミュレーション賞[ドラマ/コマーシャル/リアルタイム部門]に連名でノミネートを果たしたのが、Scanline VFXの大野絵里氏である。日本で一般企業に就職した後、カナダへ留学しHoudiniを学んだという、大野氏に話を伺った。
Artist's Profile
大野絵里 / Eri Ohno(Scanline VFX Montreal / FX Artist)
埼玉県出身。2010年に西ミシガン州立大学メディア学部を卒業後、日本の大手会社の営業部署へ。退職後、CG会社のプロジェクトマネージャー職を経て株式会社アルゼゲーミングテクノロジーズにてCGデザイナーを経験。その後、エフェクトを学ぶためカナダのLost Boys School of Visual Effects(以下、Lost Boys)短期コースでHoudiniを学び、Mill Filmにて念願のFXアーティストに。現在はScanline VFXにてFX制作に奮闘中。2月に開催された第21回VESアワードでは、最優秀エフェクト&シミュレーション賞[ドラマ/コマーシャル/リアルタイム部門]に連名でノミネートを果たした。
www.scanlinevfx.com
<1>エフェクトに魅了され、カナダでHoudiniを学びスペシャリストを目指す
――子供の頃や、学生時代のお話をお聞かせください。
子供のころは外で友達とよくスポーツをして遊んでいました。同時に色々と想像を膨らませることが好きで、少々夢見がちなところがありました。小学生時代に美術の授業で絵本をつくったのですが、先生に褒められて学年の展示会に出展してもらい、大きな達成感があったのを覚えています。それ以来、特に絵が上手なわけではなかったのですが、美術は好きな教科の1つになり、大人になったらクリエイティブな職に就きたい、と漠然と思っていました。
長い間、アメリカに憧れがあったので、その後、父の母校のミシガン州の大学へ留学しました。大学ではグラフィックデザインが人気学部だったのですが、定員が25名程と少なく入ることができなかったため、他のクリエイティブ系の学部を探しメディア学部へ。その必須科目にAfter Effectsのクラスがあり、CGに興味をもつようになりました。この時期はどの専門分野がやりたいか明確には決まっていなかったのですが、エフェクトに1番惹かれるものがありました。ただエフェクトにはプログラミングが必要ということを知り躊躇していました。
少し話が逸れますが、実は大学卒業前、サンフランシスコで、過去にこの連載に登場された笠木博文さんにVFXの話を聞かせていただいたんです。この場をお借りして改めて、あのときはありがとうございました!
――大学卒業後は、どのような会社に就職されたのですか?
CGへの想いはあったものの、日本の大手IT企業に入社しました。この判断は今でも後悔してます。結果、営業部署になり、半年で退職してしまいました。その後、AlchemyでCGの基礎を勉強し、海外カジノ向けゲーミングマシン企画開発を手がけるアルゼゲーミングテクノロジーズ(以下、アルゼ)でCGデザイナーとして採用していただきました。
そこで凄腕の先輩社員がつくるものを見て本当に感動したのを覚えています。アルゼではカジノゲームのCGについて、様々な経験を積ませてもらいました。モデリングから、コンプ、エフェクト(演出)と業務を続けるうち、エフェクトのスペシャリストになりたいという思いが一層高まっていきました。
ハイエンド系のエフェクトについて調べていたところ、やはりHoudiniが必須ということがわかり、自分で勉強しようとしたのですが全く理解できず……。言い訳になるのですが、日本では誘惑が多過ぎなのと、残業などで疲れもあり勉強が全く捗りませんでした。
そのとき、カナダの専門学校Lost Boysを見つけ、集中できる環境が必要な自分にピッタリだと思い入学申請しました。その後、「モントリオールで5ヵ月の短期プログラムをつくるから来ないか」と誘われ、授業料もお手頃でビザも必要ないとのことで、すぐに入学を決断しました。
――カナダでの留学生活はいかがでしたか?
Lost Boysのモントリオール校の第1期生として集まったのは8人でした。クラスメイト達は、台湾、アメリカ、カナダ、スペインと様々な国から来ていました。Houdiniのコースだったので、朝から晩までHoudini漬けでした。5ヵ月の短期コースだったこともあり、体力に物を言わせてがむしゃらに勉強しました。
Houdiniはまるで未知の言語のようで、最初の1ヵ月間は全く意味不明でした。ようやくアトリビュートの概念が分かったときは感動しましたね(笑)。ある日、突然意味が分かったような感覚があり、それからは楽しくてしょうがなかったです。講師の方から教わるというより、みんなで問題を解決して、教えあうなど濃密な5ヵ月間でした。
――海外の映像業界での就職活動はいかがでしたか?
やはり、経験なしで業界に入るのは大変そうでした。なので、ちょうどTechnicolor Creative Studiosが主宰するTechnicolor Academyが実施されていたので、そこに滑り込みました。
これはTechnicolorのトレーニング制度で、就職すると最初の2ヵ月間はパイプライン研修やトレーニングを受け、その後に実際のプロダクションに配属されて勤務ができるという制度です。
トレーニング終了後はTechnicolor Creative Studios傘下のスタジオ、Mill Filmに配属されました。1年後には契約延長をしてもらい、就労ビザを取得しました。しかしその後、Mill FilmはTechnicolorの経営再建の影響を受けてMr.Xに吸収され、その数ヵ月後には契約が終了しました。
当時ずっと関わっていた映画『フィンチ』(2021)はパンデミックの影響で上映が遅れ、プロに見せられるようなポートフォリオがありませんでした。どうしようかと考えていたときScanline VFXから連絡があり、Mill FilmでHead of FX Departmentだった上司が私を推薦したとのこと。その後はトントン拍子に話が進み、次の日には雇用契約をいただくことができました。現在はカナダの永住権を申請中です。
<2>Scanline VFXで、映画やNetflix作品の制作に携わる
――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。
Scanline VFXのメインツールは3ds MaxとHoudiniです。水の表現に強い自社開発の流体ツールFlowlineを駆使し、様々な映画のVFXに関わっています。プロジェクトの量も多く、最近ではNetflixに買収された影響もあり、Netflixの映画やシリーズが多いのも特徴だと思います。
――最近、参加された作品で印象に残るエピソードはありますか?
Netflixシリーズ『暗黒と神秘の骨』シーズン2に最近まで関わっていました。ほぼ全てのシャドーの黒い壁(?)ショットを担当したのですが、シーズン終盤はとてもワイドなショットが多く、何キロにも渡るダイナミックな壁を表現しなければいけませんでした。同じセットアップをそのまま使うと重すぎて、奥行きも計算負荷を減らしつつ、それらしく自然に見えるように工夫したいとのことだったので、試行錯誤を繰り返した作品です。
――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。
「FXには常に異なるタスクがある」ということですかね。FXは本当に範囲が広くて、今まで繰り返し同じFXをつくったことがありません。また、それぞれのFXに対するアプローチも様々で、常に色々な方法を考えるのも面白いですし、他の人のアプローチを見るのも勉強になります。あとは、ねらい通りにシミュレーション結果が出たときや、予想を超えたカッコいい動きをするシミュレーション結果ができたときは嬉しいですね。
――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?
大学入学前に半年ほど語学学校に通いました。私は日本にいるとどうも怠けてしまうので、留学が手っ取り早かったです。私と似たタイプの方は思い切ってワーキングホリデーなどで、海外に出てみるのも良いのかもしれません。
――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
VFX業界は、今は売り手市場だと思うので、もし日本で経験があるならチャンスがあると思います。LinkedInを使って様々な採用担当者に連絡をとって、ポートフォリオを送ってみると良いかもしれません。
もしジュニア・レベルであれば、トレーニングつきの採用をしている会社からスタートするとチャンスが広がるかもしれません。今は世界中で仕事もできますし、日本にいながら海外の会社で働くのも可能だと思います。あきらめずに動き続ければ、きっと納得できる結果につながるはずです。頑張ってください!
【ビザ取得のキーワード】
① ワーキングホリデーを利用しTechnicolor Academyに参加
② Technicolor Academyのトレーニング後、Mill Filmに配属し就労ビザを取得
③ Scanline VFXに移籍
④ 現在はカナダの永住権を申請中
あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!
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TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada