今年8月にNetflixで配信されたNetflixシリーズ『ONE PIECE』。国内外で大きな話題を呼んだので、すでにご覧になった方も多いだろう。この作品にコンポジターとして参加したのが、柴田一正氏である。日本の現場で経験を積んだ後、カナダの街に憧れ移住したという体験談を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    柴田一正 / Kazumasa Shibata(Mr. Wolf / Flame artist・Compositor)
    神奈川県出身。東京電機大学 精密機械工学科卒業。1995年McRAY入社。CMを中心にMV、番組やコンサートのOP映像などを制作。2002年に独立、有限会社 Version 0.0設立。フリーランスのFlame Artist、VFX Supervisorとして計14年間の経験を積む。2009年からカナダ、トロントのSoho(現Redlab)にてカナダのCMの仕事を始め、その後バンクーバーのHydraulxに移籍。ZoicDNEGEmbassy VFXなどを経て、現在はバンクーバーのMr. WolfでFlame Compositorとして映画や動画配信番組などの合成を担当。最近の参加作品に『ONE PIECE』(Netflix)がある。
    mrwolf.com

    <1>国内で会社員・フリーランスと経験を積み、38歳でカナダへ

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。 

    小中学生の頃は、プラモデルづくりやガンダムなどのアニメが好きでした。高校の頃から将来は宇宙開発の仕事をしたいと思う傍ら、ドキュメンタリー映画やTVの報道に関わっていた父の影響か、映像制作にも興味をもちました。最終的に理系の大学に進んだものの、一番力を入れて楽しんでいたのは放送サークルで、ラジオドラマやビデオドラマなどを監督したり、他大学のドラマの編集などをしていました。今思えば現在の仕事は、その頃からの延長線上にあると思います。

    大学卒業後はMcRAYに入社しました。90年代の終わり頃は、世界的にもこぞって新しい映像表現が追求され、ノンリニア編集、合成システムのFlameがちょうど日本に導入され始めた時期でした。McRAYはFlameを日本で先駆けて導入していました。ここで、CMを中心にMV、番組やコンサートのOP映像などを制作していました。

    MVも全盛期で、ミスチルや宇多田ヒカルなど、大好きなアーティストの仕事がきたり、素晴らしいディレクターや制作スタッフ、同僚たちに恵まれ、毎日徹夜続きでも楽しく仕事にのめり込んでいました。休日に会社に行って空いてるスタジオでFlameの新しい機能を試したり、自分の作品をつくったり、1〜2時間睡眠の日が数年続きましたが全く苦ではなかったです。

    この当時は、Online Editor、Flame Artistとして撮影前のオールスタッフからCG打ち合わせ、撮影立ち合い、そしてCG制作、モーショングラフィックス、合成、本編集までを担当していました。

    その後、2002年(32歳)にフリーランスになる頃から、「このペースで仕事していると、いずれ身体を壊すな……少しずつ趣味や自分の時間をもちたいな」と思うようになり、クルマや旅行にも時間を費やすようになりました。

    そんな中で毎年オーロラを見に行ったり、カナダ東岸にアザラシの赤ちゃんを見に行くツアーに参加するなどして、北米、特にカナダの街に惹かれ、「いつかここで生活して映像の仕事がしたい」という夢を、具体的な目標として考えるようになりました。

    日本での仕事を休止して、海外での仕事を模索するために2009年始めからカナダのトロントに語学留学しました。留学前はトラベル英会話程度のレベルでしたが、語学学校と同時に英語のチューターレッスンを取り、そこでジョブインタビューの練習などをしました。後日実際のジョブインタビューでそのときの経験が生かされました。

    そのチューターの紹介で、当時トロントで3Dアニメーターとして働いていた藤原淳雄さんや、石原 晋さん(CGWORLD誌2007年6月号「Beyond Japan」で登場)と知り合い、海外での就職活動のアドバイス、ダメ出しなどをたくさんいただきました。おそらく彼らのアドバイスがなければ、その後の仕事は見つからなかったと思います。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

    2009年の始めからトロントで語学学校に通い、半年ほど経った頃から日本での仕事をまとめたデモリールのDVDをつくり、カナダやアメリカのスタジオに送りました。

    日本で長年やってきた経験はこちらでも通じるのか? 自分以上のキャリアの人なんてゴロゴロいるんじゃないか? と不安もありましたが、何社からか返事があり、電話インタビューや実際にスタジオを訪問してのインタビューも受けました。しかし「就労ビザのサポートが必要」と伝えると、そこから先にはなかなか話が進みませんでした。

    そんな中、トロントのCM系スタジオSohoのプロデューサーから、「採用の予定はないけど、話だけでも聞いてみたい」と言うことで会いに行きました。そこでの仕事内容は、日本での経験をそのまま活かせるFlame ArtistとしてのCMの仕事でした。そこから数回のテストショットをやらせてもらい、最終的にはワークビザのサポートをいただけるとなって、12月末から仕事を開始しました。

    Sohoに3部屋しかないFlame編集室に対して、自分は4人目のFlame Artistとして採用されました。しばらくは仕事のスケジュールも入らず、なぜ雇われたのか疑問でしたが、後に同僚の1人が即日レイオフされ、彼の部屋を任されるようになりました。後から聞いた話では、レイオフされた同僚は以前からクライアントと揉めたりと問題があったようで、ボスは代わりになる人材を探していたようです。そこで運良く自分のデモリールを見てもらい採用され、最終的には自分の編集室を与えられるという幸運に恵まれましたが、嬉しいのと同時に実力世界の厳しい現実も知ることになりました。

    その2年半後、Sohoは買収され、同時に僕もレイオフされましたが、ギリギリのタイミングで永住権を取得できました。Sohoのプロデューサーの紹介で休む間もなくトロントのMr.Xにて同じくFlame Compositorとして初めて映画の合成の仕事に携わりました。その後、バンクーバーのHydraulx(2019年に閉鎖)からオファーをいただき、2012年夏にバンクーバーに移動しました。

    そこから何度かのレイオフや友人の紹介、誘いがありZoicやDNEGなど数百人のアーティストを抱える大手スタジオをはじめ、The Embassy VFXなど少数精鋭のスタジオでも働き、2020年の2月から現在の職場であるMr. Wolfで働いてます。

    LAから出張中の社長とのランチ風景

    <2>積極的な行動力と感謝の気持ちを持ち続け、海外就業の準備を

    ――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    世界的に映画制作の多くのスタジオでNukeが使われる中、Mr.Wolfは バンクーバーでは唯一のFlameを使っているスタジオです。LAに本社があり、4人のオーナーのうちの2人もFlame Artistです。LAを始め、アメリカでは多くのスタジオ、特にCMをやっているスタジオでは依然としてFlameがメインで使われています。バンクーバーオフィスでは主にEpisodicのTV Show(テレビや動画配信の番組)を手がけていますが、現在5人いるFlame Artistがショットをガンガン仕上げています。

    ――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?

    最近ではNetflixで公開された『ONE PIECE』に参加しました。日本のアニメや漫画を原作とする作品の実写化は、今まで上手くいった例をなかなか聞かなかったので心配していましたが、公開後の評判は良く、シーズン2の製作も決まったようで安心しました。

    ちょうど在宅勤務で仕事をしてた時期で、僕が担当してたショットを娘もたまに目にしていて、いざ公開後テレビで一緒に観ていると「今の、ダディのやってたやつ!」とほんの一瞬の短いショットでも娘がことごとく見つけ出していきました。

    他には、だいぶ前になりますが、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(Stranger Things)のシーズン2(2017)に参加していました。シーズン1を観て続きがとても気になっていましたが、いざ自分が仕事で関わってしまうと中途半端にネタバレしてしまって、作品としてはあまり楽しめませんでしたね(笑)。

    他にも、DNEGで映画『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(2016)、『スター・トレック BEYOND』(2016)、『アナイアレイション -全滅領域-』(2018)などの作品に参加したときには、たっぷり時間をかけて極限までクオリティを追求していくハリウッド映画の制作過程に感銘を受けました。どの作品とは言いませんが、3ヵ月かけて製作していたあるシーンが、全部オミットになってしまった経験もあります。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    合成に関して言うと、CGや実写の素材などを組み合わせて、「見ている人に本物の映像(のように)に見せることを追求する」と言う点が楽しいと思います。

    完璧に撮影された素材やCGというのは中々ないので、どうしても合成パートでの最終調整になり、色やライティング調整など人の目で判断することになってきます。

    さらにはマジカルなエフェクトを加えたり、人を驚かせる・感動させる映像表現をつくり込む楽しみもあります。

    そして、その自分の手がけた作品やショットがそのまま世の中の人の目に触れ、後世に残っていくと言う点でもCompositor、Flame Artistの仕事はとてもやりがいのある楽しい仕事です。

    ツールに関しては、Nukeを使ってた時期もありますが、実際はFlameの経験の方が長いので、慣れたツールで自分が目指すところ、最終のイメージに早く到達できる点ではFlameが使いやすいと思っています。車で言うとMT車かAT車かのちがいかなと思ってます。

    どちらも目的地に向かう点では同じですが、運転していて楽しめるかどうか、様々な路面状況でフレキシブルに操縦できる点で自分は慣れてるMT車(Flame)を選んでいます。現在もバージョンが更新されているので、最新型のMT車です。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    カナダに渡航する半年ほど前から、日本で英語のプライベートレッスンを受けていました。その後カナダに語学留学して、英語を話すことの苦手意識をなくしていきました。しかし仕事での英語はなかなかそう言う場では学べないので、今の英語力は仕事を始めてから得たもののように思います。

    いざ仕事をしてみると、テクニカルなことに関しては意外とすでに知っている単語も多く、あとはスーパーバイザーとのレビューのやりとりなどから日々直接学んでいくことが多いと思います。

    なので、英語を完璧にしてから仕事を目指すよりも、まずは「英語を話すことに慣れる」、「分からないことは分かるまで聞き直す」、「簡単な単語に置き換えてでも自分の言いたいこと、伝えたいことを伝える」のが大事だと思います。

    まだ会話が慣れない当初は、常に頭の中で想定される英語でのやりとりを考え、分からない言い方があれば調べて、英語のボキャブラリーを増やしました。あとはできるだけたくさん、小さなことでも会話をして、自分の英語に対しての自信を積み上げていくことも大事だと思います。スーパーなどで話しかけられても答えに困っていた渡航直後に比べると、今ではそこから話を膨らます程になっていますが、それは会話についての自信がついてきてからかと思います。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    自分は38歳のときにカナダに来ました。海外では特に年齢を問われることはないですし、いつまでも現役のアーティストとして仕事ができると思います。

    定時に仕事が終わり、家族と一緒に朝食も夕食も食べ、週末は家族や友人と旅行やイベントに行く時間を普通にもつことができます。本当の意味でのワークライフバランスの良い生活が送れると思います。

    働き過ぎて燃え尽きてしまったり、仕事とプライベートのバランスでストレスを抱えてる方は、ぜひ海外での就業も選択肢に入れチャレンジしてほしいと思います。

    若い方も、早い時期に海外での仕事を経験するのは将来の自分の世界を広げ、技術面でも学べることがたくさんあります。

    海外で仕事を見つけるためのアドバイスとしては、海外で働いてる先輩達と多く繋がりできるだけ色々な方の話を聞くことが大事かと思います。皆が皆同じように参考になるとは限りませんが、きっと良いアドバイスをもらえるキッカケになると思います。

    自分の作品やデモリールも常にブラッシュアップし、SNSなどで多くの人に見せてアドバイスをもらうと、さらに良いのではないでしょうか。

    そして、運とタイミングも大切です。

    積極的な行動と同僚、友人や家族への感謝が自分に運をもたらす気がします。特に海外に来てからは怖いくらいに運やタイミングに恵まれてると感じる場面が多くあったので、見えないところでご先祖さまに見守られてると感じ、帰国の際にはお墓参りも欠かしません。

    タイミングを掴むには、海外で働いてる方とのコネクションやSNSなどでの求人情報をいかに手に入れられるか、そして行動に移せるように準備することが大事です。

    海外のスタジオは、基本的に忙しくなると人を雇います。いくら経験がある人でも、タイミングが合わないと仕事が中々決まりません。逆に経験の少ない人でも、タイミングが合えば日本からでもワークビザをサポートしてもらって海外就職できると思います。

    今後は若い方の指標になれるように、できるだけ長く現役で働き続けていきたいと思います。

    スタジオでの作業風景 

    【ビザ取得のキーワード】
    ① 日本の理系大学を卒業
    ② 日本のポスプロやフリーランスで経験を積む
    ③ カナダへ。まずは学生ビザでトロントの語学学校へ
    ④ トロントのSohoからワークビザのサポートを得て就職。その後、カナダの永住権を取得

    あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!

    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。

    ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください(下記のアドレス宛にメールまたはCGWORLD.jpのSNS宛にご連絡ください)。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
    e-mail:cgw@cgworld.jp
    Twitter:@CGWjp
    Facebook:@cgworldjp

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada