世界的に大ヒットを記録したNetflixシリーズ『幽☆遊☆白書』、すでにご覧になられた方も多いと思う。この作品で、グローバル・VFXスーパーバイザーを務めたのが、今回ご登場いただく坂口 亮氏だ。本稿では氏のキャリア構築からVFXスーパーバイザーとして活躍中の近況を伺ってみた。

記事の目次

    Artist's Profile

    坂口 亮 / Ryo Sakaguchi(Scanline VFX / VFX Supervisor・Director of CG)
    1978年東京都生まれ。ハリウッドVFX業界でインターンから20年間キャリアを積み、現在はアメリカ・カナダ・ドイツ・イギリス・韓国にスタジオを構えるScanline VFXにてVFXスーパーバイザー及びCGディレクターを務める。VFXスーパーバイザーとして映画、ドラマ制作のプリプロ、プロダクション、ポスプロに関わりVFXの統括、CGディレクターとしては会社の技術管理、スーパーバイザーの教育など会社のスキルアップにも貢献している。第80回アカデミー賞科学技術賞受賞、視覚効果協会VESアワードノミネート、アカデミー会員。
    www.scanlinevfx.com

    Netflixシリーズ『幽☆遊☆白書』

    12月14日より世界独占配信中
    www.netflix.com/jp/title/81243969

    <1>大学時代からデジタルドメインでインターンとして働く

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。 

    幼少時代は工作とスポーツに没頭していました。友達と秘密基地つくったり、ラジコンのコースを山の中につくったりとその頃から物づくりは好きでしたね。学生時代に映画『フィフス・エレメント』(1997)を観て、「将来こんな映像がつくれるようになったら、楽しいだろうな」と漠然と感じたのがVFX業界を目指したキッカケでした。

    小学5年生から中学1年生までアメリカのコロラド州に住んでいたので、その期間に「仕事とは、家族や自分の私生活を充実させるためにするもの」といったライフバランスを感じ、それは現在でも心がけています。

    ――大学時代に、デジタルドメインでインターンをされたそうですね。

    はい、大学在学中にインターンとして行き、卒業後にデジタルドメインに再就職したので、日本では仕事をしたことがありませんでした。後述のNetflixシリーズ『幽☆遊☆白書』が、日本での初めての仕事になりました。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか?

    学生時代に当時デジタルドメインの社長だったスコット・ロスが監修していた専門学校が都内にあり、そこに「デジタルドメインへのインターンシップ制度」というのがありました。そのインターン制度に合格したのが、デジタルドメインに入ったキッカケです。

    インターンの選考、スコット・ロスとの面接、そしてインターン時などキャリアの初期に心がけていたことは、「期待よりも2倍のクオリティと2倍のスピードでタスクを仕上げる」でした。結果、インターン時の後半で胃に穴が空きましたが、無事就職に繋がりました。

    ――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    Scanline VFXというドイツで設立した会社で、現在はバンクーバー、ロサンゼルス、モントリオール、ロンドン、シュツットガルト、ミュンヘン、ソウルに支社があります。元々はFlowlineという独自の流体シミュレーション・ツールが強みだった会社ですが、現在はコンセプト、クリーチャーやキャラクター、バーチャル・プロダクションとVFX全体を強みとしています。

    『幽☆遊☆白書』の撮影現場にて
    ©Netflix 

    <2>『幽☆遊☆白書』でグローバル・VFXスーパーバイザーを務める

    ――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?

    Netflixシリーズ『幽☆遊☆白書』は、参加当初から日本作品でグローバルなVFXを達成するというミッションがありました。日本語というローカル言語の作品で、ここまで世界中のVFXベンダーが参加するプロジェクトはおそらく世界的にも初めてで、日本、韓国、インド、カナダ、アメリカ、オーストラリアの6ヵ国のVFXベンダー9社、プリビズベンダー4社、スキャニング会社4社、インハウスVFXチームというワールドワイドな作業となり、何もかもが手探りでした。

    苦労したことはどこから話せば良いか分からない程たくさんありますが、その中でも大きかったのは全てをインフラ、方法論から構築しなくてはならないことでした。

    例えば同作の月川 翔監督は日本人で、一方のVFXベンダーは世界中にいるため、コミュニケーションやノート取りは日本語なのか、英語なのか、通訳を入れるのか……といった基本的な事柄からディスカッションが始まります。

    また『幽☆遊☆白書』程のスケールの大きな作品を、グローバル・チームのVFXで制作していくということは、当然北米のVFXベンダーも入ってくるので、そこには「グローバル・クオリティ」(世界レベルのクオリティ)が求められます。プロダクションとして提供するデータも、グローバル・スタンダート(世界標準フォーマット)でなくてはなりません。

    ただし、これは予算、リソース、文化などを考慮すると、やみくもに「全てハリウッド式でやれば良い」という訳でもありません。様々な状況を考慮し、『幽☆遊☆白書』では日本作品とハリウッド作品の良いところをミックスしたようなアプローチを取りました。

    難しかったのが、このミックスの割合が全ての工程で異なり、適度なバランスを常に考えなくてはいけない部分でした。

    このプロジェクトの特徴なのですが、スタジオ、プロダクション、ポストチーム、ベンダーさんなど全ての参加者が「日本発信のすごい映像をつくろう」といった共通認識から来る熱意があり、「クルー全体で良いものをつくろう」といったコラボレーション感が強かったと思います。

    例えばアセットのスキャンは完全にハリウッドスタイルで行いました。アセットのスキャンデータは全てのベンダーのクオリティに直接的に影響するからです。そのために、スキャンベンダーさんには様々な協力をお願いしました。

    カラー・ワークフローはハリウッド寄りで、日本のやり方を散りばめたスタイルです。これはEnd to endでACESに沿って色が変わらないカラー・ワークフローを確立しないと、VFXや合成クオリティに大きく影響するからです。

    ただ、この点は現場でもACESのカラー・ワークフローを確立しなくてはいけないことになり、これはDITやデイリーのつくり方にも深く影響し、ここは撮影監督やIMAGICAと何度もミーティングを重ね、ハリウッド寄りの『幽☆遊☆白書』スタイルに落ち着きました。

    撮影に関しては、日本寄りでハリウッドスタイルを散りばめた方法論で行いました。とくに特徴的だったのは、通常の「VFXヘビー」な作品では3DCGでやるような箇所も、皆で協力してプレートやVFX素材を撮ったケースが作品全体にあります。ここは、日本の強みを活かした撮影方法と言えるかも知れません。

    例えば剛鬼戦では、人のサイズよりも大きい剛鬼と密接に戦う幽助ですが、数カット以外は接点も含め幽助はほぼ全て実写です。このためにプリプロからかなり綿密な撮影プランを全てのクルーと協力して立てました。ここでもクルー全員の「良いものをつくろう」といったコラボレーション意識が高く、VFXスーパーバイザーとしてはこれ以上の感謝はありません。

    このように、全ての工程で「いつものやり方」が正解でない中、皆で協力して『幽☆遊☆白書』スタイルを確立していったのが一番難しく、面白く、この上ない経験となりました。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    VFXスーパーバイザーとしての仕事は、作品制作の全工程でVFXのクオリティに貢献できることですね。プリプロの段階で脚本を読みキー・クリエイティブたち(監督、撮影監督、AD、各部技師/チーフなど)とVFXカットの撮影方法を考えます。

    また、現場では撮影クルーの一員として、より良いVFXワークをポスプロで処理するためのプレートや素材撮影に貢献します。ポスプロの段階では、ベンダーの強みのリサーチと選択から始まり、監督の意図を全VFXカットに反映させるための責任をもち、クオリティを達成するための最終的な「目」にもなります。

    CGディレクターとしての仕事は、会社の発展やスーパーバイザーの育成に貢献できるので、また別の楽しみもあります。自分の経験を使って次世代を助けるというのは、個人的に好きな仕事なので、プロジェクトのスーパーバイザーとは別の充実感があります。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    幸運にも、僕は帰国子女なので、中学生の頃から日常会話という意味では英語に不自由はありませんでした。ただ僕の場合は、アメリカにいたのは小学校高学年の3年間程度なので、実質20歳のときにデジタルドメインに就職したときに話せたのは、小学生レベルの英語です。

    大人として仕事をすると、自分の英語がいかに幼いかに気づかされました。英語が話せるはずなのに雑談が続かない、仕事のミーティングで自分の専門分野で人に言い負かされる、と言ったようなことが日々続きました。

    そこからはとにかく「大人の英語」、特に世界中から優秀な人が集まってきているVFX業界で、その人たちの上司になるために必要な英語を覚えることに集中してきました。

    まずは日常生活から徹底して日本語を断つことから始めました。ちょっと極端ですが日本人の友達、パートナーをつくらない、外国人のルームメイトと暮らす、日本語のメディア、ネット、娯楽を観ない、などなど、北米の文化と会話を覚えるために、日本語が話せない人の生活を意図的にしてきました。

    それと並行して、会社ではリーダーシップを発揮している上司たちを観察し、私生活では話が上手い友達がどういう英語を話しているかを研究し、真似してきました。これは今でも続けています。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    僕の世代が北米のVFXで働き始めた頃は、まだまだ日本人は各ベンダーに1人ぐらいの時代で、当時は北米の会社に属すこと自体が大ごとでした。そこからは、とにかくアーティストとして成果を上げることが、もっぱらの目的だった気がします。

    日本人でも、日本語での会話が上手い人と苦手な人がいるように、僕は「日常会話と、リーダーシップのための英語は別物」だと思っていて、後者はどんなに日常会話ができても、意識していないと上達しません。もちろん最低限の日常会話は必要ですが、この2つは並行して覚えられるので、ある程度喋れるようになったら、どんどん子供の英語ではなく「大人の英語」を意識していくと良いと思います。

    僕はこれを意識するのが遅かったので、チームをマネージメントし始めたときに、苦労しました。

    現在は海外で働く日本人もかなり増えてきていて、トップクラスのアーティスト、リード、スーパーバイザーをやっている方々もたくさんいます。そんな今、思うことは、「大人の英語」を早い段階で意識することが大切だという点です。

    ScanlineVFXの同僚と、ハイキングにて

    あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!

    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。

    ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください(下記のアドレス宛にメールまたはCGWORLD.jpのSNS宛にご連絡ください)。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
    e-mail:cgw@cgworld.jp
    Twitter:@CGWjp
    Facebook:@cgworldjp

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada