カナダのSony Pictures Imageworksで、Lead Effects TDとして『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』にも参加した加藤直樹氏に話を伺った。留学生の頃は誰よりも長時間、勉強していたという加藤氏。「海外ということに壁を感じず、渡航後に学び続けることが大切」と語る加藤氏の体験談を紹介しよう。

記事の目次

    Artist's Profile

    加藤直樹 / Naoki Kato(Sony Pictures Imageworks / Lead Effects TD)
    埼玉県出身。2011年、千葉大学大学院デザイン科学専攻卒業後、株式会社プロカム(現・株式会社TBSアクト)へCGデザイナーとして入社。その後、株式会社ルーデンス(現・株式会社TREE Digital Studio)を経て、FX TDを目指すため、カナダにあるVFX専門学校、Lost Boysへ入学。2016年よりImage Engine、2017年より、Animal Logicを挟みつつ、Sony Pictures Imageworksに在籍、2021年よりリードに昇進。今年2月に開催された第51回アニー賞、第22回VESアワードでは、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』で同僚と連名で受賞を果たす。
    www.imageworks.com

    <1>留学先での努力が実り、講師から就職先を紹介してもらう

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。

    両親、特に母親が洋画、海外ドラマを好み、物心ついたときから毎週末家族で一緒に観ていました。プラモデルや鉄道模型も好きで、将来は何かを創る仕事に就きたいと思い、工業デザイナーを目指して千葉大学に進学しました。

    在学中、自分のデザインのビジュアライゼーションのために3DCGを独学で学び始めたのがキッカケでCG制作の楽しさに気づきました。幸か不幸か、そこに時間を割き過ぎたため入学当初に志望していた職に受からず、どうせならCG制作を仕事にできないかと応募してみたところ、テレビのCGデザイン職を得ることができました。そこでは2DCGやバーチャル(リアルタイムCG合成)に携わり、生放送の番組でCGを送出する経験もさせていただき、緊張感のある毎日でした。

    しかし洋画が好きだったので、海外でのCG制作に憧れるようになり、退職を決意。同時に、海外を目指すに当たり、数学・物理が好きな自分にとってはHoudiniがあっているのではないかと思い、勉強を始めました。しかし独学で少し学んだくらいでは海外での就職はできそうもなく、英語も勉強していなかったので、日本で経験を積むと決め、Houdiniを積極的に採用している会社に入社させていただきました。

    しかし仕事が忙しく英語学習がままならず、また、何年も経験を積まなければ海外就職できないのでないかと思い、今後について再考することにしました。そこで少し貯まったお金でも行けそうな専門学校への留学が選択肢になることに気づき、エフェクトに特化したカリキュラムのあるLost Boysを見つけ、すぐに入学を決めました。

    テストでは英語の点数がやや足りていませんでしたが、入学を認めてもらえて本当にラッキーだったと思います。

    Losy Boysでは8ヵ月のカリキュラムでHoudiniの基礎、CGの基礎を学びながら、1ヵ月から2ヵ月毎に自分で探したリファレンスを再現するCGを制作していきました(現在のカリキュラムでは、よりエフェクトを重視した内容になっているようです)。

    多くがカナダ国外からの留学生だったので、講師もゆっくりと英語を話してくれましたが、それでも始めのうちは言っていることが理解できず、録画された授業動画を何度も見直していました。

    朝10時に授業が始まり18時に終わると、そこから日が変わるまで自習という毎日でした。土日も基本的に学校におり、あるとき講師から「たまには休みなさい」と言われ、1週間、18時に強制帰宅させられるということがありました。そこまで長時間勉強していた生徒は、学校史上初めてだったようです(笑)。

    ――カナダでの就職活動は、いかがでしたか?

    Losy Boysでの努力の甲斐あってか、求職時には講師が元同僚に直接連絡し、Upper-Intermediate待遇というシニアに近いポジションを探してくれてオファーをいただき、労働許可証(ワークパーミット)をサポートしてもらうこともできました。

    就職や転職活動では、コネクション・評判が重要です。デモリールで画だけを観ても本当の実力は測りきれないことがありますし、性格面も面接で全てを見せることは難しいので、スーパーバイザーが部下に応募者の評判を聞くことがよくあります。

    また一緒に働いた後、気に入ったので次のプロジェクトにも誘うという場面も多々あります。普段の仕事ぶりが直接的・間接的に次の仕事へ繋がっていくのを肌で感じています。

    ▲第51回アニー賞で、ベストエフェクト部門を受賞

    <2>英語の習得には『ビッグバン★セオリー』をリピート

    ――現在の勤務先は、どのようなスタジオでしょうか?

    Sony Pictures Imageworksは、カナダ、バンクーバーに本社を置き、10年以上、実写映画VFXとアニメーション映画制作を手掛けているスタジオです。自分も5年の間に、実写6作品・アニメーション3作品に携わりました。

    実写映画は数ヵ月、長くても半年前後の制作期間がほとんどであるのに対し、アニメーション映画は数年間にも及ぶこともあり、その分、スケジュールがゆったりとられています。残業も少ないことが多いので、子供の世話のため残業したくないときや、実写で疲れたときはアニメーションに携わる、というアーティストが多い印象です。自分のライフスタイルに合わせて作品を選ぶ機会のある会社です。

    ――最近、参加された作品で印象に残ったエピソードはありますか?

    映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は公開の3年ほど前からと、他のプロジェクトも挟みながら長く関わりました。

    1作目の技術や知識が会社に蓄積されているので安心しきっていたのですが、いざ参加してみると、今までに見たことのないスタイルを複数つくろうとしており、とても野心的なプロジェクトで、他の部署の制作物や自分のタスクも今までにないものが多く、刺激的な日々を過ごしました。

    一方で、その壮大さに期限までに終わるのか、締め切りの1週間前まで不安は拭えませんでした。しかしそのおかげで多くの賞を受賞し、私もその一部に名前を連ねることができ、忘れられない作品となりました。

    ▲『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』ファイナル予告

    普段はHoudiniを使用して、煙や破壊シミュレーションなどを制作していますが、今作では、Houdiniだけでなく、水彩画や油絵などをシミュレーションできるデジタルペインティングソフトウェアのRebelle()も使用し、2Dと3Dを織り混ぜたエフェクトを制作しました。

    そのRebelleを大々的に使用したショットを担当しましたが、コンセプトアート1枚をもとに、Rebelleを使用していかに絵のスタイルを再現するか、さらにそこにどのような動きや奥行きを出してくかなど、先ずリードである自分が先立って検証していきました。

    映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』における「市販ツールRebelleの活用」事例は、筆者のSIGGRAPH2023レポートの中で詳しく紹介しているので、興味のある方はぜひチェックを。

    ――Lead Effects TDは、どのようなお仕事でしょうか。

    会社やプロジェクトごとにちがいはありますが、プロジェクトの初期段階から関わり、キーとなるエフェクトをスーパーバイザーや監督と何度もやりとりしながらつくり上げていく機会が多いのがリードの醍醐味だと思います。

    その後は、他のアーティストにセットアップを渡し、スムーズに他のショットをこなしていけるようサポートしていきます。実力社会で即戦力を求められるので、アーティストはわからないことがあってはいけないような印象がありますが、リードやスーパーバイザーがしっかりサポートします。

    ――英語や英会話の習得は、どのようにされましたか?

    本格的に勉強し始めたのは、渡航の1年ほど前からで、週1回程度の英会話を始めました。1年通っても会話の量は海外滞在したときの会話量1ヵ月分未満なので、量を考えるなら渡航して語学学校などに通う方が効果的だと思います。

    Lost Boysに応募するにあたり、IELTSの勉強をし、高校レベルの文法等を勉強し直しました。あわせて、人気コメディドラマ『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』を通勤中や仕事中などを利用して、常に耳で聞くようにしていました。

    ドラマの映像自体は、最初の1回目に観た程度で、後は音声を聞くだけのトレーニングです。計6年ほど続けましたが、40回はリピートしたのではないでしょうか。聞き取れなくても、そのまま意味も調べずひたすら聞き続けました。すると少しずつ聞き取れるようになってきたり、聞き取れる部分から意味を類推できるようになってきたのを覚えています。ドラマの中でも会話中心のコメディが最も効果的です。

    Lost Boysに入学してからは、英語だけを使うように心がけました。在学中は、日本語を使う場面は月に1度ほどでした。ストレスはありましたが、退路を断つことで成長は早まったと思います。が、Image Engine時代のスーパーバイザーと退職後に話したとき、「当時、Yesしか言わないから、ちゃんと理解してくれているのか不安だったよ(笑)」と言われた程度の英語力だったので、ここまでご紹介した勉強法が効果的だったのか不明です(笑)!

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    カナダへ来るまで、海外へ行ったこともありませんでしたし、いまだに英語が理解できないときもあります。アーティストとしても日々学びながら仕事をしていますが、それでも公私充実した日々を送れています。

    海外就職前に完璧を目指す必要はなく、むしろ海外ということに対してあまり壁を感じすぎず、渡航後も学び続けていくつもりで挑戦をしても良いのではないか思います。

    ▲映画『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』で最優秀エフェクト&シミュレーション賞[アニメーション映画部門]を受賞した、Sony Pictures Imageworksのエフェクト・チーム。左からパブ・グロホラ、フィリッポ・マッカリ、加藤直樹、ニコラ・フィニッツィオの各氏

    【ビザ取得のキーワード】
    ①日本の大学を卒業後、日本国内で経験を積む
    ②本格的にHoudiniを学ぶため、カナダへ留学
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    ④その後、カナダ永住権を取得

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    e-mail:cgw@cgworld.jp
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    Facebook:@cgworldjp

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada