今回は、ニューヨークでデザイン会社を立ち上げてから20年以上経つという、武藤美奈氏にご登場いただいた。武藤氏の経営するスタジオは、企業広告やタイムズスクエアの3D広告などを手がけている。日本を飛び出し現在に至るまでの貴重な体験談を伺った。
Artist's Profile
武藤美奈 / Mina Muto (Co-Owner・Creative Director・VP / Adolescent)
滋賀県と神奈川県茅ヶ崎市で育ち、横浜の高校を経て、津田塾大学国際関係学科卒業。在学中にデザイナーアシスタントの経験を経て卒業後はソニー・ピクチャーズテレビジョン ジャパンにモーションデザイナーとして就職。その後、同僚の誘いで渡米し、現在のご主人とデザイン会社Adolescentを2003年に設立、20年以上の経営実績がある。
adolescent.nyc
www.instagram.com/adolescentnyc
<1>「ファッションはビジュアルでも表現できる」と気づき、デザインの道へ
――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。
関西から関東へ、そしてニューヨークへと、生まれてから常に東へ移動しているのですが、その度に、人生のターニングポイントがあったと思います。まず第1のターニングポイントは、小学4年生で関西から関東に引っ越したとき、西と東の文化のちがいにビックリしたことです。
それまでは滋賀の田舎でのんびり暮らしていたのですが、引っ越し後はクラスメイトから関西弁を笑われ、下校時に頭にトマトを投げられたことがあり、子供ながらに本当に衝撃を受けました。そういった事件をきっかけに、フワフワと大人しく内向的だった性格から、人とちがっていても「自分は自分」という意志をもつ外交的な性格に変わっていったと思います。
高校受験の際も、田んぼの中を40分かけて地元の学校に自転車通学するのが嫌で、横浜という都会に憧れて学区外受験をしました。自分だけ学区外で地元に友達もいませんでしたが、興味があることに挑戦して達成することができ、「やればできる」という自信につながったと思います。
横浜の高校では、マイケル・ジャクソンなどの洋楽や海外の文化に興味をもつようになり、同時に、初めて日本人女性としてアメリカへ渡った留学生・津田梅子にとても憧れました。後から母に言われて思い出したのですが、その当時は、津田梅子の写真をいつも筆箱に入れて、お守りのようにもち歩いていました(笑)。
ちょうど大学受験時に両親の転勤が終わり、家族で関西に戻るタイミングとなったのですが、どうしても津田塾へ行きたいために、東京に行く決断をしました。その当時から海外に興味が出てきたので、津田塾在学中には3回ほど短期留学しました。学生をしながら、同時にファッションにも興味があったので、オンワードでアルバイトをして旅費をため、夏にロンドンに2度、冬にニューヨークに1度行き、たくさんのファッションや音楽のカルチャーに触れ「いつかは海外に住んでみたい」と思うようになりました。
大学時代、オンワードでは店舗販売を担当していたのですが、ファッションは好きでも洋服を売るという行為に少し違和感を感じ、その後のキャリアについて考えるようになりました。その当時、ちょうどトム・フォードが手がけたグッチの広告がとても斬新で、その広告を見た瞬間に「ファッションは洋服だけでなく、ビシュアルでも表現できる」とひらめきました。そこからグラフィックデザインに興味が沸いたことを、今でも鮮明に覚えています。
その当時はクラブミュージックがとても面白く、イギリス留学中にクラブに通ったり、学生時代にDJなどをする中で、フライヤーを制作しているデザイナーのCOBORIさんという方がとても気になっていました。いつも行くイベントのフライヤーは、たいていCOBORIさんがデザインしていたので密かに憧れを抱いていたところ、偶然、新宿のリキッドルームで本人に出会い、そこで逆ナンパ(笑)して、デザイン事務所にアシスタントで雇ってもらえないかと、その場でお願いしました。
ここが第2のターニングポイントですね。チャンスは自分で掴むものだと思いますし、タイミングは本当に大切だと思います。そこからは毎日学校に通いながら、アシスタントとして修行と独学でデザインを学びました。
――日本で仕事されていた頃の話をお聞かせください。
COBORIさんのご縁で、大学卒業時にソニー・ピクチャーズに入ったのですが、ここでも本当に貴重な体験をさせていただきました。
経験のない私を受け入れてもらい、当時、流行の先駆けだったモーショングラフィックスに触れながら、香港からやって来たイギリス人や香港人の同僚と毎日英語で仕事をして、日本にいるとは思えない雰囲気でしたね。カレー・フライデーといって金曜日にカレーを食べたり、六本木に飲みに行ったりと、仕事もしながら遊び倒しました(笑)。ここで出会った仲間は今でも連絡を取り合う、かけがえのない存在です。
――現在は採用する立場でもあるわけですが、海外の映像業界での就職活動については、どうお考えですか?
ニューヨークに来てすぐに会社を立ち上げて就労ビザを取得し、しばらくフリーランスで仕事していました。はじめの頃は、仕事を得るために友人を通しての口コミが役立ったことや、英語でのコミュニケーションができなくて苦労したことを覚えています。
今は反対に自分が面接する立場となり、応募のメールが毎日のように来ます。採用する側としては、応募者の資料に目を通しはじめてから2分以内に、第一関門を突破できるか否かがほぼ決まると思います。とくにデザイナーの場合はポートフォリオをわかりやすくまとめておくこと、メールの文章で個々の応募先に対する熱意を見せることが大切だと感じます。
<2>「自分が誰かの役に立てること」にやりがいを感じる日々
――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。
Adolescent(アドレッセント)という会社を立ち上げ、もうかれこれ20年以上になります。Adolescentはデザインを主軸としたクリエイティブ・デザイン会社で、世界中のエンターテインメントやライフスタイルブランドに関わるクリエイティブ、およびデザインディレクションにブランディング、そしてプロダクション制作を手がけています。
具体的には、ブランディングから企業広告、テレビ局のプロモーション、3D広告などを手がけています。ディズニー・ジャパンなどの日本の仕事もしています。8人のスタッフに加えて、フリーランスの方を合わせ15人前後で動くこともあるのですが、メンバーそれぞれに才能があり、コンセプトからプロダクションまで手がけることができます。
――最近参加された作品について、印象に残るエピソードを教えてください。
2024年初頭に、カップヌードルのタイムズスクエアの3D広告を手がけました。日本人として、カップヌードルの初めての3D広告をつくるお手伝いができたことは光栄で、作品を現場で見たときはとても嬉しかったです。
同年の夏にLEGOの3D広告もつくったのですが、こちらもLEGOという憧れのブランドの仕事に携わることができ、本当に嬉しい瞬間でした。広告が公開されると、いつもチームとタイムズスクエアまで視察に行くのですが、完成の喜びを現場でチームとシェアできるのは、この仕事ならではの醍醐味ですね。
また、サンドイッチで有名なSUBWAYはテレビや広告でお手伝いさせていただいているのですが、新しい商品“Dipper”の発売に際し、SOCIALビデオを制作しました。ニューヨークで早朝から撮影したり、VFXでは様々なチャレンジもありましたが、たくさんの方に見ていただけて、とても嬉しいです。
――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。
自分が誰かの役に立てることに、とてもやりがいを感じます。それは、ときにはクライントであったり、チームのメンバーであったりします。共に、より良く問題解決に向かって進められることが、とても刺激的で嬉しいです。
自分がかつて、様々な方にチャンスをいただいたことが、こうして自分の人生に大きな影響を与えているので、今は自分のチームに同じようにチャンスを与えてお返ししたいと思いますし、チームが同じ目標に向かって育って行くこと、彼らの成長や生活を支えていけることが、私のやりがいや幸せでもあると感じます。
――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?
日本にいたときから外資企業で働いていたので、自然に英語に触れることができたと思います。今はオンラインでも気軽に英会話の勉強ができる時代なので、どんどん触れる機会をつくったり、映画を観たりすると、生きた英語が学べると思います。
――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
とにかく自分の可能性、目標や情熱を信じて動くことですね。タイミングは本当に大切なので、チャンスが来たら飛び込むことが第一だと思います。
英語は大切ですが、それよりも人としてコミュニケーションできる能力や、人に自分の気持ちをシンプルに伝えることができるヒューマンスキルが必要です。とくにアメリカ人は、自分のことしか気にしていない人が多いので(笑)とにかく自分をどうアピールできるか、そこにつきます。
そして海外で、自分ならではのどんなスキルをどう活かせるのか、どんなことをしたら人の役に立つことができるのか。そこを見極めておくと、よりフォーカスして海外進出への準備ができると思います。
みなさんを応援しています!
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TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada