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    本連載では2018年12月4日(火)∼7日(金)に東京国際フォーラム(有楽町)で開催されるSIGGRAPH Asia 2018の価値を、SIGGRAPH Asiaを愛するキーマンたちに尋ねていく。2018年5月現在、公式サイトでは各プログラムの応募を受付中で、6月∼8月にかけて段階的に応募締め切りが設定されている。第2回ではVirtual & Augmented Reality(以下、VR/AR)のChair(チェア)を務めるTaehyun James Rhee氏(ヴィクトリア大学ウェリントン 准教授)と、アドバイザーを務める森島繁生氏(早稲田大学 教授)に、同プログラムについて伺った。

    TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
    取材協力_安生健一、木村 歩

    VR、AR、MRの多彩な展示を来場者が実際に体験できるプログラム

    CGWORLD(以下、C):まずはTJ先生の最近の活動内容を教えていただけますか?

    Taehyun James Rhee氏(以下、TJ):今は4つの役割を担っています。第1に、ニュージーランドにあるヴィクトリア大学ウェリントン(Victoria University of Wellington。以下、ヴィクトリア大学)の工学部 コンピュータサイエンス学科で准教授を務めています。2014年にCGの研究室を立ち上げて以来、ウェタ・デジタルなどのインダストリアルのパートナーとの共同研究にも取り組んできました。第2に、2018年1月にヴィクトリア大学が立ち上げたコンピューテーショナル・メディア・イノベーション・センター(Computational Media Innovation Centre。以下、CMIC)の副所長を務めています。このセンターは、アカデミックな基礎研究からスタートアップ創設までの道筋をつくる組織です。基礎研究だけに留まらず、ウェタ・デジタルや日本のオー・エル・エム・デジタルなど、インダストリアルのパートナーとの連携にも力を入れています。第3に、ドリームフラックス(DreamFlux)というスタートアップを創設し、その代表を務めています。この会社では、VR、AR、MRのリサーチや実用化を行なっています。そして第4の役割がSIGGRAPH Asia 2018のVR/ARのチェアです。

    C:役割を紹介するだけで、記事が軽く3本はつくれそうですね。

    • Taehyun James Rhee
      Virtual and Augmented Reality
      Chair

      サムスンで17年間勤務し、Future ITセンターの医学物理モデリング研究チーム、およびCGチームの主任研究員とシニアマネージャーなどを務める中で、韓国と世界の学術界に強いネットワークを構築。2012年に退職し、ヴィクトリア大学ウェリントン(Victoria University of Wellington)工学部 コンピュータサイエンス学科の准教授となる。2014年にCGの研究室を立ち上げ、ウェタ・デジタルなどのインダストリアルのパートナーとの共同研究にも取り組む。同大学のコンピューテーショナル・メディア・イノベーション・センター(Computational Media Innovation Centre)の副所長、スタートアップのドリームフラックス(DreamFlux)の代表、SIGGRAPH Asia 2018のVR/ARのチェアも務めている。


    ▲ドリームフラックスの研究成果のひとつ。360度カメラで撮影した実写映像に、3DCGオブジェクトをリアルタイムに合成している。実写映像から光源を推定し、リアルタイムにレンダリングしているため、自然な陰影が表現されている。ゲームエンジンに実装することで、重力などを考慮したリアルな動きや、ユーザーとのインタラクションも実現させている


    C:続いて、森島先生の最近の活動内容も教えていただけますか?

    森島繁生氏(以下、森島):早稲田大学に着任したのは2004年で、ずっとCGの研究を続けてきました。今年はSIGGRAPH Asia 2018のVR/ARのアドバイザーに加え、 Virtual Reality Software and Technology 2018(以下、VRST)というACM SIGGRAPHのシンポジウムのゼネラルチェアも務めています。VRSTはSIGGRAPH Asia 2018の直前(2018年11月28日(水)∼12月1日(土))に早稲田大学で開催するので、ぜひ多くの方々に両方に参加していただきたいと期待しています。今年はVRやAR関連の活動が多いですが、私自身の研究内容はそこに留まりません。フェイシャルアニメーション、フォトリアルなキャラクターの生成、アニメ制作を支援するシステムなど多岐にわたります。それから会社や官公庁との共同研究や、スタートアップの設立支援にも参画しています。

    • 森島繁生
      Virtual and Augmented Reality
      Adviser

      工学博士。1987年、東京大学 工学部 大学院電子工学専門課程博士修了。同年、成蹊大学 工学部 電気工学科 専任講師。1988年、同助教授。2001年、同電気電子工学科 教授。2004年、早稲田大学 先進理工学部 応用物理学科 教授。現在に至る。コンピュータグラフィックス、コンピュータビジョン、音声情報処理、ヒューマンコンピュータインタラクション、感性情報処理の研究に従事。SIGGRAPH Asia 2018のVR/ARのアドバイザー、Virtual Reality Software and Technology 2018のゼネラルチェアを務める。


    ▲森島研究室の研究成果の一部。【左】人の顔写真をもとに数十年後の経年変化をシミュレーションする犯罪捜査支援システムを、大阪大学、および科学警察研究所と共に研究している/【右】写真をもとにアニメ調の背景を自動生成するシステムを研究している


    ▲SIGGRAPH 2016では、森島研究室に所属していた修士課程1年生(当時)の古川翔一氏が、Student Research CompetitionのGold Prizeを獲得した


    C:お2人ともVRやARを含むCGの研究に長年従事なさっており、アカデミック以外のパートナーとの共同研究にも取り組まれてきたという共通点があるわけですね。SIGGRAPHとの関わりは、いつ頃から始まったのでしょうか?

    TJ:初めてSIGGRAPHに参加したのは1999年ですね。当時はサムスンで勤務しており、情報収集やネットワーキングが目的でした。以来、SIGGRAPH Asiaも含め頻繁に参加してきましたし、論文の投稿、発表、レビューもやってきました。ただ、運営に深く関わるのは今回が初めてです。SIGGRAPH Asia 2018のチェアの安生(健一)さんに誘われ、VR/ARのチェアをすることになりました。

    森島:私のSIGGRAPH初参加は1993年でした。当時の安生さんは日立製作所に所属しており、KAORIというリアルタイムのフェイシャルアニメーションの研究を展示していました。それにインスパイアされ、私自身も1995年から展示するようになったのです。それ以降、Emerging Technologies、Technical Papers、Posters、Coursesなど、何らかのプログラムで毎年採択されてきました。多いときは、研究室の学生を10人くらい連れていってもいますね。SIGGRAPH Asiaにも第1回目の2008年から参加しており、神戸で開催されたSIGGRAPH Asia 2015では運営のお手伝いもしています。それらの経験を通して、安生さんやTJ先生以外にも、数多くの方々に出会い、様々な影響を受けてきました。

    C:もはやSIGGRAPHは森島研究室の恒例行事のひとつになっているわけですね。

    森島:そうですね。過去の経験が色々とありますから、SIGGRAPH Asia 2018ではVR/ARのアドバイザーという役割を頂戴したのだろうと理解しています。

    C:そういう方がいてくださると心強いですね。SIGGRAPH Asia 2017のVR関連プログラムは、VR Showcaseと称されていました。その名称をVR/ARに変えた意図を教えていただけますか?

    ▲SIGGRAPH Asia 2017のVR Showcaseの様子
    image courtesy of ACM SIGGRAPH


    TJ:過去のSIGGRAPH Asiaでは、VR Showcaseと言いつつARに近い研究や作品もありました。以前から名前と実態が伴っていないと感じていたので、北米のSIGGGRAPHの運営者たちともディスカッションをして、クリアに内容を反映させた名称に変更したわけです。

    C:細かいことですが、MRの研究や作品も応募できるのでしょうか?

    TJ:もちろんです。VR、AR、MRの定義は人や組織、時代によって変わりますが、私自身はVRとARを包括したものがMRだと考えています。SIGGRAPH Asia 2018のVR/ARは、VR、AR、MRの多彩な展示を来場者が実際に体験できるプログラムにします。加えて一部の出展者には、ご自身の展示内容をプレゼンテーションするショートトークセッションもお願いするつもりです。

    森島:VR/ARは「来場者が実際に体験できること」が大きな特徴です。一方で、Computer Animation Festivalの方には、VR作品を視聴できるVR Theaterというカテゴリを新設しています。こちらのチェアはポリゴン・ピクチュアズの塩田周三さんが務めています。

    VR/ARでは産業応用における価値やおもしろさも評価する

    森島:今年はVR/ARと、Art Galleryと、Emerging Technologiesを同格のプログラムにしており、応募締め切りも同じ2018年7月1日(日)にしています。どこに採択されても同等の業績として扱われるので、展示内容に最もフィットしたプログラムに応募しやすくなったと思います。

    TJ:応募の審査をしていく中で、例えばEmerging Technologiesのチェアが「うちでは採択できないけれど、VR/ARであれば採択の可能性があるのでは?」と感じた場合には、VR/ARの審査にまわすといった采配もする予定です。今回はそれを可能にするため、3つのプログラムの締め切りを同日にしているのです。

    C:そうやって3つのプログラムのチェアが密に意見交換をして、クロスオーバーレビューをしてくれるとなれば、例年以上に充実した展示が期待できそうですね。

    森島:「どのプログラムに応募するのが最適か」という問題は、審査する側も、応募する側も毎年悩んできたことなので、今年はより良い道筋をつくったつもりです。

    TJ:どのプログラムに投稿したらいいかという質問はよく受けます。もし迷うことがあれば、遠慮なく興味のあるプログラムのチェアやアドバイザーにコンタクトして相談してください。日本人の委員もいますので、日本語でも大丈夫です。

    C:VR/ARの応募を審査する際の評価基準を教えていただけますか?

    TJ:すべての応募に共通することは、来場者に「Good Experience」を提供できるかどうかという点です。その上で、ストーリー、インタラクション、テクノロジーなど、何かしら際立っている部分を主張してほしいです。

    C:技術的な新規性ではなく、ストーリーの完成度でもって来場者に「Good Experience」を提供するような内容でも、採択の可能性があるということですか?

    森島:そうです。だからアカデミックだけでなく、インダストリアルの方々にも積極的に応募してほしいと願っています。Technical Papersの場合は技術的な新規性が問われますが、VR/ARでは産業応用における価値やおもしろさも評価します。つまりリサーチの要素が少なくても、コンテンツとしての完成度が高ければ採択の可能性があるわけです。

    C:となると、VRやARコンテンツをつくっている日本のゲーム会社やCGプロダクションにもぜひ応募してほしいですね。

    森島:切に願っています。ただし応募時には「どこが面白いのか」をアカデミックの人たちにもわかるように説明する文書をつけていただきたいです。「見ればわかるでしょう」という姿勢だと、審査が難しくなってしまいます。

    TJ:北米のSIGGRAPHや、バンコクで開催されたSIGGRAPH Asia 2017では、VR/AR展示の約半数がインダストリーからの応募でした。VR/AR関連の小規模な会社が、自社のプロモーション目的で応募してくるケースが多かったですね。彼らの展示の中にもリサーチが主体のものはありましたが、それ以上にストーリーやインタラクションをアピールするものが多かったです。

    森島:インダストリーの方々もリサーチをしているとは思いますが、技術を公にできないことの方が多いので、必然的にコンテンツの応募が多くなるのだと思います。

    ▲SIGGRAPH Asia 2017のVR Showcaseの様子
    image courtesy of ACM SIGGRAPH


    C:SIGGRAPH Asia 2017では、VR Showcaseに対して47件の応募があったと発表されていますが、今年はどのくらいの応募数を予想していますか?

    TJ:東京という開催地の魅力を反映し、倍以上の応募がくるのではと期待しています。

    森島The 29th ACM User Interface Software and Technology Symposium(UIST 2016)を千代田区の一橋講堂で開催した際には、24の国と地域からUIST史上最多となる 643 名の参加者が集まりました。これは予想をはるかに上回る数だったと聞いています。東京で開催する国際会議には数多くの人々が集まる傾向にあるため、VRSTもSIGGRAPH Asia 2018も、そうなってくれることを期待したいです。

    TJ:アジア各国、特に日本、中国、韓国からの応募が多いだろうと予想しています。北米で開催されるSIGGRAPHにもVRやARのプログラムはありますが、アジアから出展するとなると、時差があり移動も多く大変です。東京であれば、アジアの人々にとっては負担が少ないですし、アジアのビジネスマーケットとの相性もいいでしょう。

    C:日本のアカデミック、あるいはインダストリーの人たちにとっては、自分たちの研究や作品を国内外の多くの人たちにアピールできる場であり、交流を深められる場でもあるわけですね。

    TJ:SIGGRAPH Asiaには、様々な国と地域から、様々な分野の専門家が集まります。そのため、広い視野で、今後のパイプラインや技術を見渡すいい機会になると思います。現在、映画やゲームの制作者たちは従来の領域から踏みだし、新しい領域でのクロスオーバーへの挑戦を始めています。映画のパイプラインがゲームに応用されたり、ゲームのリアルタイム技術が映画に応用されているのはその一例です。パイプラインと技術のクロスオーバーは今後もどんどん加速していくでしょう。SIGGRAPH Asia 2018でも、新たなクロスオーバーへの試みがなされることを期待しています。特に日本はゲームやアニメのコンテンツが強いので、その分野でのクロスオーバーを楽しみにしています。

    森島:VR/ARが今後も発展するためには、ユーザーに支持される魅力的なコンテンツが不可欠だと思っています。どれだけ技術力を高めても、人の感情を揺さぶるコンテンツがなければ、その技術は廃れていくでしょう。日本には、世界各国の人々に支持されるコンテンツが多数ありますから、SIGGRAPH Asia 2018がきっかけとなり、技術とコンテンツが結び付く未来がさらに開かれることを願っています。そのためにも、インダストリーの方々には、もっとアカデミックの人々や研究への興味をもってほしいです。一方で、われわれアカデミックの人々にも、インダストリーの方々への歩み寄りが求められていると思います。それを促進させる場として、SIGGRAPH Asia 2018を機能させたいとも考えています。

    TJ:数多くの応募と、活発なクロスオーバーを期待しています。SIGGRAPHやSIGGRAPH Asiaは、最新のリサーチ、テクノロジー、コンテンツを一遍に見わたせる非常にユニークな機会です。世界中の情報がインターネットを介して手に入る今の時代にあっても、直接自分の目で見て、研究者や開発者から説明を聞き、体験することは大きな価値があります。日本のアカデミックとインタストリーの方々には、ぜひこの貴重な機会に立ち合っていただきたいです。

    C:以前からアカデミックとインダストリーの橋渡しを実践してきたお2人が、SIGGRAPH Asia 2018の運営に携わっていることの意味がよく理解できました。お2人の期待が実現することを願っています。お話いただき有難うございました。

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