ブッ飛んだレイジ(菊川玲二)が全篇で大暴れ! 超絶シュールで、ある種の荒唐無稽さを伴う描写に、ケレン味と実在感を込めたVFXワークの舞台裏。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 281(2022年1月号)からの転載となります。
超絶シュールな描写を職人肌のVFXが支える
週刊ビッグコミックスピリッツに連載中の大ヒット漫画を原作に、監督を三池崇史、脚本を宮藤官九郎が手がけた人気シリーズの完結編『土竜の唄FINAL』が好評上映中だ。そんな本作のVFXは、三池監督とのタッグを組んで多くの作品を世に送り出したオー・エル・エム・デジタルの太田垣香織VFXスーパーバイザー、そして太田垣氏とコンスタントにコラボレーションしている藤原源人VFXスーパーバイザー率いるNEWPOT PICTURES(以下、NP)が実作業をリードした。当初の計画では2020年5月から撮影開始予定だったが、コロナ禍の影響を受け1年遅れの2021年5月にクランクイン、6月中旬にクランクアップとなった。7月上旬にラボからNPに素材が届き、そこから外部パートナーへ分配され、納品が10月末というスケジュールで制作は進められた。2019年の早い段階で制作の方針は固まっており、はじめからクライマックスで大暴れする巨大マンタの登場は決まっていたという。「まずは監督に巨大マンタが出てくると言われ、マンタの模型を買うところからスタートしました」と、太田垣氏はふり返る。
撮影現場とグレーディングへの立ち会い、そして全体の監修は太田垣氏、VFXの実作業は藤原氏がリードという役割分担で制作が進められた。「カット数よりも、監督の要求がどんどんエスカレートしていくので大変でした(笑)」(藤原氏)。外部パートナーは、エヌ・デザイン、ランハンシャ、ModelingCafe、Mini Engine、LiNDA、CGSLABなどが参加。VFXスタッフは、総勢60名に達したという。VFXカットの総数は約280。主たるものはこの後、紹介する冒頭の崖シーン、コスタフィレンツェ号、そしてクライマックスに描かれる巨大マンタだ。もちろん、そのほかにもケレン味あふれる多彩なVFXが随所に登場する。「監督からVFXへの要望は、カラフルで派手に誇張した演出がしたいという方向性でした。ものすごくリアルなものを求められているわけじゃなくて、とにかく面白ければいいじゃんという感じ」(太田垣氏)。だが、本編を観ると、手抜かりのない高品質かつリアルなVFXに仕上がっており、むしろVFXがリアルだからこそ荒唐無稽さがより引き立つ印象だ。
<1>UEベースで映画ルックに仕上げる~冒頭シーン~
映画制作のパイプラインにUEを実装するという挑戦
本作での大きなチャレンジのひとつは映画冒頭、シチリア島の断崖に主人公の菊川玲二(生田斗真)が磔にされるシーンをUnreal Engine 4(以下、UE)で制作したということ。実写撮影されたのは、磔にされた主人公と造形で作られた6羽のカモメのみで、背景の崖や海など全てCGである。制作を担当したのは、UEに強い福岡のプロダクション、ランハンシャだ。崖のオブジェクトは、Megascansをベースに加工して、遠景と近景用に分けてつくった。
まず、UEをMayaやHoudiniと同じ映像制作のパイプラインに載せることができるかを検証することから作業は開始。懸念していたAOVでの出力も問題なく、ビューティの再構築や、ポジションやノーマルなどユーティリティのAOVも他のソフトと同様に使えることがわかった。一方でOCIOでのカラーマネージメントには課題が残った。カラマネ自体は可能なのだが、作業中にプレビューで確認できないため、レンダリングしたもので確認するという手順が必要になってしまった。レンダリング自体はプリレンダーと比べると圧倒的に速いため、レンダリング後の確認もそれなりに速い。とはいえ手間がかかってしまう工程だ。ここは実際に触ってみないとわからなかったことだった。
UEでレンダリングされたシークエンスはプリレンダーと比較しても満足できる品質だったが、それでも太田垣氏はゲームエンジンっぽさがなかなか消しきれないと感じた。遠景の彩度の落ち方やフォグの入り方に、どうしてもゲームエンジンっぽさが出てしまっており、今後の課題のひとつだと話した。今回はグリーンバック合成もあってゲームエンジンから一発レンダリングで出せないため、最終的なコンポジットをNukeで行なっている。その際に、先述のゲームエンジンっぽさを消す調整にも時間をかけた。
また、玲二に群がるカモメは美術による造形を別撮りで撮影し、合成により数を増やしている。当初はカモメも3DCGでつくる予定だったが、方針変更により造形で6羽ほど作成し、撮影に使われることになった。カモメの演技は監督が強くこだわったところで、長い時間をかけて操演に細かい演技指導を行いつつ撮影を進めたという。特に冒頭、玲二の乳首をつつくアップのカモメの演技は、監督自らが造形を操作して撮影するほどのこだわりだったという。
イメージボード
断崖部分の背景セット
レンダリング関連の設定
当該ショットのブレイクダウン
<2>リアリティの追求~コスタフィレンツェ号~
空撮ロングショットで見せるフルCGの巨大豪華客船
映画後半の舞台となる、全長300m超の巨大豪華客船コスタフィレンツェ号。実在するためロケでの撮影を予定していたが、コロナ禍で断念、出航した後のシーンは全てCGとセットで再現した。船上シーンの撮影は、東宝スタジオで床の上に直に美術セットを用意して撮影。このセットをCGでエクステンションすることで船上のシーンをつくり上げた。風が吹いている設定なので、コンポジットで細かく気流や水飛沫を追加している。
船のモデリングはModelingCafe福岡とBearhand Modeling Studioがが担当。コスタフィレンツェ号を所有するコスタ・クルーズから動画や資料の提供してもらい、美術部が詳細な想定図面を描き上げ、セットやモデリングのリファレンスにした。「夜のヘリが船を追う空撮カットはフルCGなので、単調な画にならないようにコンポジットで空にムラをつくったり、Nukeでフォグのカードを重ねたりしました」と、コンポジターの中村明博氏。特に大変だったのは、斜めに傾いたコスタフィレンツェ号をカメラが回り込むカット。元の実写プレートから船を取り除いて3DCGの船を置き、それに伴って航跡も変え、空も画として良いものに差し替えて、燃える煙も足し、ほぼフルCGでつくり直した。元の実写プレートがあったおかげで海の明るさの具合などがわかり、クオリティを上げられたとのことだ。
デジタルアーティストの後藤駿一氏は夜のコスタフィレンツェ号のライティングを担当。監督からの「煌びやかにしたい」というオーダーに沿って、ビルの夜景の素材を使った細かいテクスチャをメッシュライトに適用して使ったり、IESライトを使ったりと工夫した。「スケールが大きいと扱いにくいので、作業は1/100で進めました。また、コンポジットでも個々のライトを調整できるように、emisson cryptomatteのAOVを書き出しておきました」(後藤氏)。
海面については、引きのカットではHoudini、寄りのカットはMayaのFluidを使用して、シェーダベースのディスプレイスメントで表現。リソースが限られていたため、Mayaで問題がないところはMayaを使ったが、水平線が見えるような引きの画では、タイリングが目立つためプロシージャルに強いHoudiniが選択された。船の全体が入るようなカットのレンダリングは、水のシミュレーション負荷が高いのはもちろん、Deep Compositeを使用することからDeep Imageのデータ量が肥大化。レンダリング素材は1カットで1TBになってしまうカットもあった。当然レンダリングの負荷も大きく、レンダリング中に社内の電源が2回も落ちたという。そのため社内だけではなく、クラウドのFox Render Farmも利用して負荷を分散したそうだ。
コスタフィレンツェ号のモデル制作
玲二がコスタフィレンツェ号に潜入するシーンの3DCG作業
夜のコスタフィレンツェ号への潜入シーンのブレイクダウン
朝焼けのシーン
傾いた船の引きカットのブレイクダウン
<3>全幅230メートルという超次元の巨大マンタに実在感を込める
大規模なポストエフェクトをDeep Imageの活用で克服
クライマックスは荒唐無稽な三池作品の真骨頂、巨大マンタの大暴れシーン。全長230メートルという超巨大生物が船を襲う圧巻のクライマックスシーンは、VFX的にも見応え抜群である。「マンタのシーンは必見です。こんなに画面いっぱいに水飛沫が上がる映画もそうそうないと思います」(藤原氏)。
この巨大マンタのモデルは海中用と海上用の2種類がつくられたが、モデリングを担当したのはフリーランスの後藤美沙氏。その他のリギングとアニメーションはバンクーバーで活躍する清水雄太氏が率いるMini Engine、エフェクトはエヌ・デザイン、レンダリングとライティング、コンポジットはNPがそれぞれ担当した。
リアルな水飛沫にこだわったVFXカットとその直後、轟 烈雄(鈴木亮平)が食べられてしまうというコミカルなカットを緩急をつけてつなげる、そのさじ加減に苦労したという。特に監督がカットのつながりにこだわり、船の傾き加減や風の向き、エフェクトの量などがカットごとに変わってしまうことでつながりが悪くなるのを嫌ったため、なるべく1つのシーンは同じ人間が担当するように配慮された。レンダリングではコスタフィレンツェ号とマンタと水飛沫が反射し合ったり透過したりと相互に影響するため、別々にレンダリングする際にどのような手順と順番でレンダリングすべきか悩んだ。レンダリング後の調整はDeep Compositeが有効だった。「マンタの水飛沫もDeep Imageでレンダリングしました。レンダリングにかかるコストはとても大きいですが、その後でマンタや船の見え方を調整できたので、結果的にかなり時間短縮になったと思います」(中村氏)。
また、作品全般を通してフォトグラメトリーが多用されている。すでにVFXの現場ではなくてはならない技術だが、メッシュの修正などまだまだ課題もあるという。「RealityCaptureを初めて使いましたが、便利な一方で課題も見つかりました。CG屋としては、CGと気づかないで楽しんでいただければ嬉しいです」(後藤氏)。
VFXチームを率いた太田垣氏は「今回は撮影現場とグレーディングへの立ち会いが主な役割で、あとは上がってくるショットを待つ係でした。限られたバジェットの中、藤原さんをはじめとする外部パートナーの皆さんのがんばりによって完成した力作です」と、総括した。
巨大マンタのルックデヴ作業
マンタが海中を進むシーンのコンポジット作業
監督から、このカットの時点ではマンタとはわからないようにというオーダーがあり、Nuke上でマンタの砂煙との隠れ具合を調整して対応。作業はDeepで行なっているため、エフェクトの再計算などなく、スムーズに調整を進めることができた
マンタが海中を進むシーンのブレイクダ ウン
マンタがダイブするシーン
マンタが海上に飛び出し、コスタフィレンツェ号を飛び越えて再び海中にダイブするシーンの3DCG作業。マンタによって割れる水面の水飛沫をHoudiniでシミュレーションした
マンタのジャンプシーンのブレイクダウン
TEXT_石井勇夫(ねぎぞうデザイン) / Isao Ishii(Negizo Design)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda
©2021「土竜の唄」製作委員会 ©高橋のぼる・小学館