バーチャルプロダクションを用いて撮影された本2作はソニーPCLのクリエイティブ拠点「清澄白河BASE」が活用された、一般公開される作品としては初めての映像となる。その制作の裏側をみていこう。
※本記事はCGWORLD285号(2022年5月号)の記事を一部再編集したものです
技術ありきでない柔軟な表現を目指す
ジャニーズ事務所に所属する6人組男性アイドルグループ、SixTONESがYouTubeで公 開したオリジナルパフォーマンス動画『共鳴』『Gum Tape』。本作はSixTONESがYouTube オフィシャルチャンネルにて不定期に行う「PLAYLIST」シリーズの一環として制作された作品だ。本シリーズはMVではなくパフォーマンス動画という位置づけで、ライブ映像のように同じステージ上でパフォーマンスを展開していく作風となっている。
『共鳴』はロック+ジャズ+HIP HOPを融合した曲調に合わせた、激しく小気味よい映像がくり広げられ、『Gum Tape』はおだやかなラップ調のメロディに合わせた爽やかで温かさを感じる映像に仕上がっている。3月頭に公開されたシリーズ第4弾、第5弾にあたる本作は、近年話題のインカメラVFXのバーチャルプロダクション(以下、VP)が用いられた。
インカメラVFXのVPは、巨大な高精細・高輝度LEDパネルに3DCGや映像などを背景として映し、その場で前景と合成された映像を撮影する手法だ。カメラの位置はリアルタイムでトラッキングされるため、リアルタイムレンダラと組み合わせることで現実とCGのパースを完全に同期できるほか、自動制御の照明や天井LEDを組み合わせることでCGとの馴染みや反射も自然に見せることが可能だ。特に現場で撮影スタッフや演者と最終イメージを共有できる点は、クリエイティブ面で大きな強みとなっている。
本作の撮影はソニーPCLのクリエイティブ拠点である「清澄白河BASE」にて行われた。特に大きな挑戦となったのは、現実の美術と地続きのCGと、技術ありきではない柔軟な表現手法の模索だ。ポスプロではなく現場完結のVFXを実現するために、自作ツールや新しい手法も導入して作業の効率化が図られた。また、新しい技術を用いると技術が出発点の表現になってしまう事が多いが、今回はあくまで表現を出発点として、その表現を拡張するための技術の使い方を心がけていたという。最新VPスタジオとCG表現、SixTONESメンバー6人が魅せるパフォーマンスの融合が大注目の作品だ。
<1>清澄白河BASEでのバーチャルプロダクション
タイトなスケジュール下でこなすインカメラVFX
国内におけるVP業界で先陣を切るソニーPCLは、「先端テクノロジーとクリエイターが最初に出会う場所」を目指し、2022年のはじめに東宝スタジオから清澄白河BASEへとVP制作の拠点を移した。清澄白河BASEでは、画素ピッチ1.58ミリのソニー製Crystal LED Bシリーズが曲面状に配置され、9,600×3,456pxの高解像、ITU-RBT.2020対応の広色域、最大で1700nitの高輝度の映像が出力可能となっている。本作はそんな清澄白河BASEで生み出された初めての作品だ。
VPの肝となるCGの制作は、jitto.inc.・amana inc.・BACKSPACE Productions Inc. の3社合同で行われた。この3社は有志メンバーで構成されたR&Dチーム「a++b」でつながりがあったことから、今回合同で参加することとなった。監督の大河 臣氏をはじめとして、撮影の福留章介氏と照明の平野勝利氏はVPでの現場経験があったほか、VP未経験のCG3社もレンダリングで使われるUnreal Engine 4(以下、UE4)の経験があったため、タイトなスケジュールの中でも比較的スムーズに作品づくりが進められたという。「スタートからとてもやりやすくて、映像を組み立てていく中で試行錯誤を重ねていきました」(CGデザイナー・滝口広大氏)。
事前の下見は1月中旬に清澄白河BASEで行われ、1月末には初期のCGを流し込むテスト、2月11日から本番環境でのCGチェックが行われた。14日から美術建込み、15日はCGチームが修正を重ねながら照明やクレーンを終日調整、16日に本番撮影となった。チームとしてはかなり連携がとれていたが、それでも撮影までに5日はかなりギリギリだったという。「インカメラVFXによるVPは後処理ではなく撮影の時点でCGの画を完成させる必要があるので、とにかく仕込みが重要かつ大変になってきます」(VPテクニカルディレクター・細田昌史氏)とはいえ、VPならではの強みも改めて実感できたとプロデューサーの塩見俊貴氏はふり返る。「出演するアーティストも含め、現場にいる全員が完成した映像をその場で確認できるのは大きなメリットでした。さらにVPは天候や距離など、あらゆる制約から解放されたロケ撮影と捉えると、より可能性を感じられます」。特に今作は時間の都合でLEDの色空間はBT.709・SDRでの撮影だったため、スペック的にもまだまだポテンシャルの高さを感じられたという。
『共鳴』撮影現場のメイキング
「Gum Tape」撮影現場のメイキング
<2>3Dツールをフル活用したプリプロとアセット制作
監督自ら3DCGを使ってカメラワークを切る
「バーチャルプロダクションを使ってアーティストがパフォーマンスする映像をつくろう、というのが企画の始まりでした。バーチャルプロダクションならではの技術的な面白みと、ダンスや歌唱といったパフォーマンスをしっかり魅せることを両立するため、2作品とも全体を通してロングテイクの手法をとっています」(大河監督)。デザインコンセプトやプリビズもCinema 4Dで大河監督自らが作成し、コミュニケーションに役立てたという。「CG作業が進んだ段階でも、大河監督に3Dデータをお渡しして3DCG上でカメラワークを切っていただきました。」(CGデザイナー・増田啓人氏)
本番用のアセット制作は主にBlender・Maya・Houdini・Substance Painterが用いられ、レイアウトはUE4上で行うワークフローで進められた。「BACKSPACE ProductionsさんにHoudiniのCHOPネットワークを介してUE4にデータをもっていくプラグインを作成していただいたので、Houdiniでライトなど動く部分の制御を行うことができかなり効率的でした」(滝口氏)。そのほかHoudiniは『共鳴』の砂漠の造形や破壊アニメーションにも一部使われているが、今回プロシージャルな処理自体はあえて少なくしていたという。「プロシージャルではない方が良いと感じた箇所は、Blenderなどを使いながら一点ものとしてねらってつくっていきました」(滝口氏)。
UE4でのライトは曲に合わせたものや常にアニメーションしているものなどのバリエーションを用意し、それぞれレベルに分けシーケンサー内でON/OFFする運用にしている。また、テスト段階でUE4の設定を変えた際、一度ソフトを起ち上げ直す必要があることがわかっていたため、前もってLED上で確認したい設定をいくつか作成しておき、キーボードで切り替えて確認できるようなBlueprintも用意した。これにより、限られた時間内で効率良く設定やレベルを調整していくことができたという。
監督が自ら作成した3DCGの資料
『共鳴』アセット制作の様子
HoudiniとUE4の連携
VPにおけるUE4のテクニック
<3>CG制作と現場での挑戦
まずは無邪気にやってみるという精神
CGを担当した3社はバーチャルプロダクションの経験がなかったため、全てがチャレンジだったという。「事前にソニーPCLさんからfpsなどの注意事項を聞いていたのですが、CGをつくる段階ではまったく守っていません(笑)。まず処理の重さは度外視で、その後fpsを守るならこのクオリティに留める、というながれで進めました。リアルタイムに慣れていないからこそできた表現があったと感じています」(滝口氏)。大河監督はこうふり返る。「制約ありきではなく、まずは無邪気にやってみるという精神で自由に発想していく。結果として、ねらっていた効果が表現できたと思います」。
本作においての挑戦は現場でも行われている。大きなチャレンジとなったのは、UE4とTouchDesignerの連携だ。「Unreal Engine 4.26のweb controlを使おうとしたところ、nDisplayでは保存ができなかったりと不具合が多かったため、BACKSPACE Productionsの比嘉 了さんにTouchDesignerとの連携ツールを作成していただきました。」(VPテクニカルディレクター・長嶋祐加氏)。こうしたツールによって上手くコミュニケーションがとれ、大きなクオリティアップにつながったという。
また『共鳴』では、セットからCGへと砂漠がつながっているが、そこにも苦労があった。「撮影時にLEDのモアレやフリッカー、輝度などの問題は起こらずストレスなくできましたが、美術との色合わせには時間がかかりました。肉眼で砂の色が合っていても、カメラを通すとLEDの色がズレてしまうことがありました」(撮影・福留章介氏)。事前に美術パートから砂のサンプルをもらい、CGで質感や見え方のニュアンスを再現していたが、色については現場でカメラを通して合わせていく必要があった。この点においては、今回綿密にはできなかったカラーマネジメントによって改善できる可能性があるという。「LEDの能力やカメラ、最終的な収録や配信の形式がどうなるかなどをふまえ、VPの技術的なポテンシャルと演出内容がリンクするとさらにクオリティアップできると感じました」(テクニカルマネージャー・蓑毛雄吾氏)。
『Gum Tape』ではマットペイントのスタイルで空のテクスチャを用意し、UE4のマテリアルで変遷させることで表現している。「できるだけ急に変化した感がないように気をつけて、時間変化らしく感じるよう気をつけました。Fogの方向性でもかなり印象が変わるのですが、UE4の場合すぐに最終的な見た目で確認できるのが良いところでした」(CGディレクター・祭田俊作氏)。
『共鳴』VFXパート前半のメイキング
『共鳴』VFXパート後半のメイキング
『Gum Tape』のマテリアルの構造
空の変遷
TEXT_三宅智之(38912 DIGITAL)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada