インディーゲームでありながら際立ったヒットを成し遂げた『天穂のサクナヒメ』。多くの期間やコストをかけてつくられた大規模ゲームにはない、独特の丁寧さが感じられるキャラクターたちがどのようなプロセスでつくられたのか、現場の声をお届けします。
※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.271(2021年3月号)掲載の「キャラつく!『天穂のサクナヒメ』 PART 1」からの転載となります。
『天穂のサクナヒメ』
企画・開発:えーでるわいす
販売:マーベラス
リリース:2020年11月12日(木)
価格:Nintendo Switch パッケージ版(BEST PRICE)、ダウンロード版 2,980円+税
PS4 パッケージ版(BEST PRICE)、ダウンロード版 2,980円+税 /デジタルデラックス版 3,980円+税
プラットフォーム:Nintendo Switch、PS4
ジャンル:和風アクションRPG
※Steam版(PC)はXseed Gamesより配信中
www.marv.jp/special/game/sakuna
村山さんのデザインの影響力がすごく大きかった
安堂ひろゆき(以下、安堂):自己紹介と、本作での役割をお聞かせください。
なる氏(以下、なる):ゲーム会社のプログラマーを経て、2011年に独立しました。本作では、えーでるわいす代表として、プログラム全般と、ゲームデザイン、バトル、VFXなどを担当しました。
こいち氏(以下、こいち):ゲーム会社でグラフィッカーとして10年間勤務した後、2012年に独立しました。えーでるわいすには『花咲か妖精フリージア』(2013)から参加しています。本作では、グラフィック全般、世界観、シナリオ、RPG要素の企画を担当しました。グラフィックの外部発注と管理もやりました。
Kir氏(以下、Kir):モーションデザイナーとして、えーでるわいすの『花咲か妖精フリージア』、『アスタブリード』(2014)に参加しました。本作では、開発初期のモーションを担当しています。
くろろ氏( 以下、くろろ ):個人サークルのクロスイーグレットで、『REVOLVER360』(2014)というシューティングゲームを制作しました。本作ではKirさんから引き継いで、モーション全般を担当しています。
安堂:まず、敵のデザインについて伺います。村山竜大さんにデザインを発注なさる前段階では、どのように決めていきましたか?
なる:長らくシューティングゲームをつくってきたこともあって、敵は小型機、中型機、大型機という枠組みで考えます。いっぱい出てきてバンバン倒せる小型機、ちょっと歯応えのある中型機、倒すのに時間がかかる大型機というカテゴリに分け、さらにパワー型、飛び道具型といった細かい性能を決め、世界観も加味します。今回は「倒したら肉を落として食べる」という設定にしたので、食べたくなる敵にしました。
こいち:室町時代の日本人が何を食べていたのかを調べ、食肉として記録が残っていたものの中から選び出し、敵の仕様と合わせて村山さんにデザインを発注というながれです。豚だけは例外で、当時の本州では家畜としては飼われていませんでしたが、個人的に食べたいので入れました。
安堂:こいちさんが手がけたモデルはどのあたりでしょうか?
こいち:サクナヒメ、田右衛門、ゆい、かいまる、敵の兎鬼と豚鬼、ボスの椿蝦蟇(つばきがま)あたりです。後半になるほど別の業務が増えていき、「これは絶対手放したくない」というモデルはなかったので、手が回らなくなったものは外部に依頼しました。なるべく小さいチームでやりたかったので、「無理だな」と思うまでは自分たちでやっていました。
安堂:くろろさんの作業画面はSoftimage 2012ですね。外部とのデータのやりとりはどのようにしていましたか?
こいち:最終的にはラグナロクエンジン(同人ゲームサークル souvenir circ.が開発したゲームエンジン)上でシェーダなどを設定する必要があったものの、その前段階で使うツールは各々の自由にしていました。背景モデルの制作ではBlenderも使っています。
安堂:モデルのブラッシュアップはどのように進めましたか?
なる:サクナヒメと田右衛門の仮モデルは、かなり初期の段階で、こいちさんが2日程度でつくっていました。
こいち:仮モデルで進めておき、「そろそろちゃんとつくらないと……」という時期に正式版のモデルを作成し、村山さんに修正指示をいただいて仕上げた感じです。
なる:後からブラッシュアップしたモデルは本当に少なくて、試作段階からあったものくらいです。キャラクターはサクナヒメと田右衛門、背景は村と稲作の田んぼとかですね。
安堂:モデルで苦労されたのはどのあたりでしょうか?
こいち:ほかの作業に比べると、それほどの苦労はなかったです。キャラクターは村山さんのデザインの影響力がすごく大きくて、最初から魅力的なイメージを出していただいたので、「あれがゴールなんだ」とわかりました。村山さんの功績はすごく大きいと思います。
安堂:メッシュ完成後のボーン入れは、どうなさいましたか?
こいち:ボーン入れ、ウェイト付けまでがモデラーの担当で、モーション担当のkirさん、くろろさんたちとやりとりしながら仕上げる感じでした。
安堂:人型以外のキャラクターは、どんな動きをするかでボーンの入れ方が変わるので、悩む場合もあると思いますが。
こいち:初期はそのあたりのトラブルが多かったので、くろろさんの方で問題を潰してもらってから、モーション作業に入るようになりました。
くろろ:敵の場合だと、どういう攻撃をするかは事前に決まっているので、それに合わせてボーンを追加してもらいました。ボスの大鯰鬼(おおなまずおに)は、物理シミュレーションでプルプル揺らした方が柔らかい感じが出ると思ったので、けっこうな数のボーンの追加を依頼しました。
安堂:大きなプロジェクトだと連携が上手くいかないケースもありますが、担当間で直接つながっているのは、インディーゲームの強みという感じがしますね。バトルモーションは、身体の動きとは別に、大きく飛び回ったり、エフェクトが乗ったりするので、プログラムとの連携が大変だと思います。そのあたりはどのようにつくりましたか?
なる:サクナヒメのバトルモーションは、だいたいKirさんに担当していただきました。以前は同じ会社で一緒に格闘ゲームをつくっていたので、「弱パンチ、袈裟斬り、発生12フレームでお願いします!」というようにおおまかなイメージを伝えるだけで、良いものが上がってくるんです。
Kir:「どう動かしたいか」はなるさんが考えてくれていたので、発生フレームと、「どう使いたいか」がわかればモーションはつくれました。作業はやりやすかったですね。
なる:上がってきたモーションをエンジンに組み込んで、動かして、判定やエフェクトを付ける作業は自分で担当しており、全身の座標が大きく動くような技はなるべくプログラム側で制御するようにしました。モーションを使い回して、別の技をつくったりもしましたね。
安堂:プログラム制御だと、歩きモーションは歩幅合わせが大変ですよね。
くろろ:ゲームでは速く歩かせたいので、速い歩きモーションにすると、ちょこまかしちゃうんです。どっちを取るか難しいところですね。
なる:アシグモの歩きモーションの速度を変えてみたときには、くろろさんが渋い反応をしていましたね。
田植唄のイベントは本当にキツかった
安堂:犬をなでたり、抱っこした猫が伸びたり、かなり細かいモーションもありますよね。
なる:犬も猫も、かなり初期から「つくろう」とは言っていたんですけど、優先度が低いので後回しになっていたんです。2020年7月公開のプロモーション映像の最後に「ワンポイントになる映像がほしい」という話になって、くろろさんがすごくつくりたがっていた猫のモーションをつくることになりました。
安堂:サクナヒメが猫を抱っこしたまま歩き回れるのは可愛いと思ったんですが、実際につくるのは大変ですよね。
くろろ:そうですね。基本モーションとは別に、犬と、猫と、肥溜めの桶は、それぞれ持ったままで「歩き」「走り」「ジャンプ」「着地」などの基本モーションができるようにしてあるんです。こんなに基本モーションの種類があるゲームは珍しいかもしれないですね。
安堂:イベントシーンについてもお聞かせください。こちらは、こいちさんのシナリオを基につくっていったのでしょうか?
なる:まずシナリオがあって、台詞に加え、動きなども書かれている場合はあるのですが、指定があればあるほど作業が増えてキツくなるんですよね。絵コンテまであると、専用モーションを新規につくる必要が出てきたりするので。基本的には、台詞に合わせて既存のモーションをスクリプトでガリガリ組み合わせてつくっています。
安堂:カットシーン制作のような感じで、Mayaなどで個別に組んだりはしないのですか?
なる:大鯰鬼の登場シーンは、くろろさんに絵コンテをつくってもらい、カメラの動きまで細かく付けていただきました。そういう例外はありますが、基本的にはスクリプトでつくっています。
安堂:イベントシーンの総数はどれくらいですか?
こいち:細かいイベントまで入れると300個弱あります。
くろろ:イベント専用モーションは200個以上、汎用モーションは100個以上ありますね。
安堂:「このイベントは苦労した」というのはありますか?
なる:サクナヒメたちが、田植唄を歌いながら田植えをするイベントですね。唄に動きを合わせないといけなくて、本当にキツかったです。くろろさんの方で、けっこう調整してもらったんですけど。
くろろ:唄にしっかり合わせれば、口パクと動きのシンクロはできたものの、唄の尺が長く、1,000フレームくらいありました。しかもキャラクター6人分の作業量があったので大変でした。
安堂:モーションキャプチャの使用は考えましたか?
くろろ:少しだけ検討しましたが、スケジュールと予算をふまえるとちょっと厳しいとのことだったので、「全部手付けでやります!」と僕から言いましたね。
安堂:次回作で使う可能性はありそうですか?
なる:バトルは手付けの方が良いと思いますが、イベントは手付けよりモーションキャプチャの方が威力を発揮する場合もあると思うので、使ってみたいです。
くろろ:キャラクターがデフォルメされていると、そのままの動きはリアルすぎるので、手作業でメリハリを付ける必要があったりして「手付けの方が早い」という場合もあるかなと。本作でも、一部のモーションは自分の動きを撮影した動画からロトスコープしていますが、そのままでは遅すぎて違和感があるので、倍速にしたりしましたね。
安堂:どういったモーションでロトスコープを使いましたか?
くろろ:感情を表すモーションなどで使っています。動きの小さいものの方が難しいので、ロトスコープで全体のタイミングを簡単に付けてから調整しています。そうすると、30分くらいでそれなりの品質になるので、イベント専用モーションはそのやり方で量産しました。
安堂:30分はすごい。それなら「キャプチャしている場合じゃない」と思うでしょうね。モーションの作業期間はどのくらいでしたか?
くろろ:完全にフルタイムではないですが、約3年くらいでしょうか。
Kir:僕はもっと短くて、試作段階のみです。サクナヒメがステージを一周し、ザコやボスと戦うまでのモーション、ひと通りの農機具を使うモーション、村人の基本ポーズなど、ゲームの基本的なながれを構築するまでの作業ですね。兎鬼のモーションとか、もっとつくりたかったです。
なる:特に稲作関連のモーションは手探りするケースが多く、相当なエネルギーが必要でした。
Kir:稲刈りにしろ、農機具を使うにしろ、そういうモーションをつくるのは初めてだったので、調べながらつくりました。慣れているバトルモーションと比べると、かなり時間がかかっています。
安堂:上手くデフォルメされたモーションだと感じました。
Kir:お客さんの反応が稲作に集中しているのは嬉しいのですが、「バトルもできますよ!!」とアピールしたいですね。
安堂:最初のイベントの中には、静止画をベースにつくられているところもありましたね。
なる:僕らは「紙芝居」と呼んでいます。コストを下げる手段として採用したものの、こいちさんが「こういう形式にしたい」と例に上げたのが某大作ゲームのイベントだったので、「ハードル上げてくるな」と思いました。
こいち:モデルをつくっていたら間に合わない部分もあって、『アスタブリード』では動かない画を出したのですが、ちょっとは動かした方が間をもたせられるという思いがありました。
安堂:紙芝居の画はこいちさんがつくったそうですね。サクナヒメの表情とか、すごく可愛いです。
なる:紙芝居はもっとつくる予定で、田植唄のイベントでも採用するつもりでしたが、やってみると思った以上にコストが高くて、モーションでの表現に変更しました。
安堂:インディーゲームは作業量の予測が難しいだろうと思います。紙芝居以外で、思った以上に大変だったところはありますか?
なる:RPG要素ですね。パラメータが相互に絡み合うので、ゲームデザインが大変でした。
こいち:最初は個別に解決するつもりでしたが、全然まとまりませんでした。絡み合うもの同士のExcelを7つくらい並べて、影響関係を見ながら調整し、ようやく光が見えてきた感じです。
安堂:7つのExcelというのは、どんな内容でしたか?
こいち:例えば、どの段階で、どのアイテムを入手できるか、要は「これを入手できると、料理はここまでつくれる」とか、「このスキルを修得できる」といったRPG要素ですね。稲作に関連するものもありました。
安堂:そういう調整は、主にこいちさんの担当でしたか?
こいち:序盤の森くらいまでは、僕が調整したものがベースです。
なる:途中で外部の人にも入っていただき、ざっと全体を仕上げた後で、こいちさんが細かいところを最終調整していきました。ゲーム会社に勤務していた時代も含め、格闘やシューティングの制作が中心で、RPGは一度もつくったことがなかったので、今回は手探りが多かったです。
インタビューを終えて
「ゲームのキャラクター」と聞くと、大規模な開発チームでつくられた立派なものを思い浮かべがちですが、本作では「ゲームらしいキャラクター」の本質を見せていただいた感じがしました。ゲーム開発では大量のキャラクターやアセットが必要になるので、つくりたいゲームを明確にイメージできていないと、立派につくりすぎたアセットのコストが枷になるという事態が発生しがちです。本作のキャラクターは、見れば見るほど良くできていて、味がありますよね。次回は後篇をお届けします。
© 2020 Edelweiss. Licensed to and published by XSEED Games / Marvelous USA, Inc. and Marvelous, Inc.
Information
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.271(2021年3月号)
第1特集:インサイド・ビデオグラファー
第2特集:深化する、xR
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2021年2月10日
INTERVIEW & TEXT _安堂ひろゆき(フライトユニット)
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
EDIT(CGWORLD.jp)_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada