昔はゲーセン小僧だった僕も、昨今は足を運ぶ回数が減ってきました。それでも『Fate/Grand Order Arcade』(以下、『FGO Arcade』)はTwitterなどで盛り上がっているのを見かけることが多く特にマーリン〔プロトタイプ〕は「可愛い!」と話題になっていました。スマホ向けゲーム『FGO』のイラスト再現度が高いことでも評判の本作がどんなプロセスでつくられたのか、現場の声を全2回に分けてお届けします。
※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.275(2021年7月号)掲載の「キャラつく!『Fate/Grand Order Arcade』PART1」を再編集したものです。
information
『Fate/Grand Order Arcade』
開発・運営:セガ
ジャンル:英霊召喚チームバトル
大好評稼働中
©TYPE-MOON / FGO ARCADE PROJECT
interviewee
セイントグラフから伝わるキャラクター性を重視
——安堂ひろゆき(以下、安堂):まずは、過去に携わった主な作品と、『FGO Arcade』での役割をお聞かせください。
橿本浩一氏(以下、橿本):これまでに『初音ミク -Project DIVA-』や『初音ミク Project mirai』シリーズに携わってきました。『FGO Arcade』ではキャラクター制作班のリーダーとして、メンバーの仕事の取りまとめや、サーヴァント(キャラクター)のクオリティチェックをしています。
鎌田絢美氏(以下、鎌田):私は『バーチャファイター』や『初音ミク -Project DIVA-』、『初音ミク Project mirai』シリーズに携わってきました。『FGO Arcade』ではデザインリーダーとして、2D・3D班を取りまとめたり、TYPE-MOONさんやラセングルさんによる監修への対応をしたりしています。
西口智之氏(以下、西口):私が携わってきた作品は『龍が如く』、『バーチャファイター』、『初音ミク -Project DIVA-』シリーズなどですね。『FGO Arcade』ではモーションディレクターとして、モーションやカットシーンのディレクションを担当しています。
髙部元志氏(以下、髙部):以前は『初音ミク Project mirai』のディレクターをやっていました。ほかに、『STAR WARS TRILOGY ARCADE』や『機動戦士ガンダム 0079カードビルダー』などにも関わってきました。版権ものを担当することが多いですね。『FGO Arcade』ではアニメーションの総合演出的な役割を担っており、サーヴァントの技を決めたり、その演出を考えたりしています。
——安堂:版権ものは、原作のキャラクターの絵を3Dモデルにするにあたっての困難が多いと思います。『FGO Arcade』の場合は、スマホ向け『FGO』に数多くのサーヴァントがいますが、誰を作成するかの選抜から、実装までのながれをお聞かせください。
鎌田:選抜はTYPE-MOONさんやラセングルさんと相談しながら進めます。実装の1年くらい前からお話を始めることが多いです。
——安堂:着手から1年くらいかかるのですね。例えば「『FGO』で実装予定の新しめのサーヴァントがいるから、早々に作成しよう」といった話はあったりするんでしょうか?
鎌田:「新しいサーヴァントを入れたい」という話になって、差し込み調整をしたこともありました。ほかにも、水着のサーヴァントは夏に合わせて実装する関係で、比較的短い期間で作成しています。
橿本:通常スケジュールの場合は、ラセングルさんから資料をいただき、キャラクター制作班が動き始めます。標準的なものであれば、50〜60日くらいで、強化段階に応じた3種類のモデルを作成しています。
——安堂:いただく資料というのは、どういったものでしょうか?
橿本:「セイントグラフ」と呼ばれる『FGO』のカード(イラスト)と、三面図、細かい設定などです。基本的にはセイントグラフに準じて作成しており、それ以外は補足資料として使う程度です。
——安堂:イラストから3Dモデルをつくる際、担当するモデラーさんによって解釈が分かれるような気がします。どのように対応されているのでしょうか?
橿本:同じ資料を参照しても、担当者によって解釈がちがってくるというのはありがちですね。そういう場合のよりどころにしているのがセイントグラフです。三面図に準拠したかっちりした正確さよりも、セイントグラフの印象のリプリゼント(表現)を重視します。ポージングやふるまいが醸し出す雰囲気も含め、セイントグラフから伝わるキャラクター性の再現を目指しています。
髙部:「このヒラヒラは、服なのか、エフェクトなのか?」といった曖昧な部分は、こちら側で設定を読み解いて作成し、監修に回すこともあります。
ふわっとしたタッチまで、しっかり再現
——安堂:『FGO』のセイントグラフはイラストレーターさんごとの絵柄のちがいがありますが、『FGO Arcade』ではしっかり再現されていますね。
橿本:イラストレーターさんによって塗り方が全然ちがっており、すごい厚塗りだったり、アニメ塗りだったりと様々です。どれもテクスチャで表現する必要があるので、塗り方がわからないときは苦労します。「どういう筆を使って、どう描いているんだろう?」と、毎回イラストをじっくり見ながら研究しています。
——安堂:こういったケースでは、イラストレーターさんと直接やりとりするわけにもいかないですしね。「このサーヴァントは、絵柄の再現が大変だった」といったエピソードはありますか?
橿本:僕が担当した中だと、初期にリリースしたアタランテはタッチが独特だったので「どの線を拾って立体化すれば、この絵になるんだろう?」と、何度も試行錯誤しました。水彩画みたいな感じでふわっと描かれたイラストは本当に再現が難しいのですが、後日、同じイラストレーターさんが描かれたシータを担当したときには「上手く再現できるようになってきたかな」と手応えを感じました。
——安堂:確かに、この絵柄を3Dモデルで再現するのは、すごく難しそうな感じですね。絵柄がちがうときは、シェーダを変えたりもなさっているんでしょうか?
橿本:基本的には同じシェーダを使っていて、数値を調整しながら、テクスチャをしっかり描くことで表現しています。
モーションキャプチャでは共通モデルを使用
——安堂:サーヴァント1騎をモデリングするとき、分業はなさっていますか? 例えば、顔と身体の担当者を分けるとか。
橿本:1人で1騎を担当しており、分業はしていません。
——安堂:ボーン入れは、どなたが担当するのでしょうか?
橿本:各サーヴァントの担当モデラーが入れています。サーヴァントごとに個体差があるので、全てユニークなボーンとなっています。
——安堂:モーション作成は、手付けとモーションキャプチャを併用する感じですか?
西口:基本的には全てモーションキャプチャしており、キャプチャでまかなえない部分を手付けする感じですね。
——安堂:サーヴァントごとにユニークなボーンになっているということは、モーションキャプチャの度に調整が必要ですよね。モデラーさんのボーン入れが終わってから、モーションキャプチャの段階でがんばって調整するというながれでしょうか?
西口:キャプチャ段階では、一番最初に作成したアルトリア・ペンドラゴン(セイバー)のボーン構造をベースにしています。キャプチャ完了後、上がってきた各サーヴァントのボーンにモーションデータを移行し、リターゲットしてから調整するフローになっています。
——安堂:ボーン入れを待たなくても、キャプチャはできるんですね。
西口:そうです。初期にはユニークなボーンでのキャプチャも検討したんですが、調整が大変だったんです。ゲーム的な都合を考慮して、キャプチャ段階では共通モデルを使うことにしました。アルトリア以外に「でっかいサーヴァントの共通モデルも用意しては?」ということでヘラクレスもテストしたんですが、身長も骨格もちがいすぎて、モーションキャプチャのフローに組み込むには無理がありました。ヘラクレスはアルトリアの身長くらいの大きさの武器を握って戦うので「両方を共通モデルにするのは、あんまり意味がないね」という結論になりました。
——安堂:『FGO Arcade』の場合は、毎月1〜2騎のペースで新しいサーヴァントを実装していますよね。そういう運営があるゲームは次々と締め切りが迫ってくるので、パッケージゲームの開発とは勝手がちがうだろうなと思いました。
西口:本当にその通りです。
髙部:各サーヴァントのボーン入れが完了してから、調整とキャプチャをして、スタジオでプレビューまでできると良いんですが、それだと間に合いません。着手から実装まで1年くらいあるといっても、モデリングやモーション作成にまる1年かけられるわけではないですから。
フェイシャルキャプチャは「あえて使わない」
——安堂:モーション作成全体のながれについても、お聞かせいただけますか?
西口:作成するサーヴァントが決まったら、『FGO』でどんなふるまいや戦い方をしているのかを確認し、『FGO Arcade』でのモーションや宝具(必殺技)演出を検討します。最大6人で戦うチームバトルのゲームとして成立するかどうかを優先して、できないものは採用しませんが、「この動きはこのサーヴァントに不可欠だから、採用しないとね」というものは何らかのかたちで実現させます。バトルの技が決まったら、絵コンテを用意し、TYPE-MOONさんとラセングルさんの監修を受け、モーションキャプチャをして、モーションを仕上げるというのが基本的なフローです。
——安堂:モーションキャプチャは、自社スタジオでなさっているんでしょうか?
西口:自社スタジオです。当社のスタジオはアジア最大規模だそうです(※)。
※セガのモーションキャプチャスタジオのスペック
カメラ:Vicon製 反射光学式カメラ 約100台
収録エリア:横幅18m×奥行き10m×高さ4m
常設設備:壁面鏡・ワイヤーアクション用設備・チェック用大型モニタ
[そのほか詳細は下記参照]
SRGA TECH BLOG セガのモーションキャプチャースタジオ紹介
techblog.sega.jp/entry/2019/11/28/100000
——安堂:すごい。指の動きや表情まで録れるのでしょうか?
西口:録れます。指は収録し、細かく修正しています。表情は必要なときだけ録るというケースが多いです。『FGO Arcade』の場合はそこまで詳細なデータを必要としないので、録っていません。
髙部:フェイシャルキャプチャは「あえて使わない」ことを選択していると思っています。
西口:そうですね。『FGO Arcade』のサーヴァントは、リアルな人間ではなくキャラクターなので。
髙部:現実世界ではなく、画面の向こうの世界の存在であるってことを、あまり壊したくないんです。いろんなサーヴァントがいて、それぞれのイラストレーターさんの持ち味を反映した「表情のクセ」みたいなものがあるのですが、アクターさんの表情をキャプチャすると、そのアクターさんの表情になっちゃうような気がするんです。イラストレーターさんが描いた表情を基にフェイシャルのモーフターゲットを作り、それを組み合わせて表情を付けていった方が、各々のキャラクター性を表現できます。だから、「あえて使わない」という選択をしているわけです。
マイルームでは1個ずつユニークな演技を付ける
——安堂:サーヴァント1騎あたりのモーションの数はどれくらいでしょうか?
西口:少ないもので52個、多いものは100個を超えますね。55〜70個くらいが平均的な数だと思います。1騎あたりの制作期間は、1ヶ月を目標にしています。
——安堂:その期間は、宝具演出も含めてですか?
西口:そうです。サーヴァント1騎あたりの、モーションの実作業の期間になります。
——安堂:個人的に、セガさんはモーションがめちゃくちゃ強いという印象が昔からあります。
西口:社内にインゲームとカットシーンのモーションに特化した専任チームがあり、そこから各プロジェクトにモーションデザイナーをアサインしています。社内でも特に長い歴史をもつチームで、物量の面でも、クオリティの面でも、こだわりをもって取り組んでいる部隊です。僕自身、所属したての頃はびっくりしました。
——安堂:僕も昔、セガさんで仕事をさせてもらっていた時期があって、モーションチームに発注したら、数日後にはモーションがどちゃっと上がってくるので驚きました。
西口:その感覚があるから、僕も苦労しました(笑)
——安堂:桁ちがいすぎて、外部の会社さんと連携するときに大変だろうなと思いました。
西口:宝具演出を外部の会社さんに発注できないか検討したこともあったのですが、クオリティのすり合わせが難しかったですね。
髙部:初期の頃には、クオリティ・作業効率・コストのバランスにおいて、どれを優先するのか検討したこともあって、最終的にはクオリティを優先しました。例えば『FGO Arcade』にはユーザーさんが好きなサーヴァントと触れ合える「マイルーム」というモードがあって、サーヴァントが身振り手振りを交えて喋るんです。いくつかの共通モーションを組み合わせればコストを抑えられますが、各サーヴァントの台詞に合わせ、ベタに1個ずつモーションをキャプチャし、ユニークな演技を付けています。マイルームは、ユーザーさんがわざわざサーヴァントを愛(め)でにいくモードです。それなのに「今の動き、カクつかなかった?」とか、「さっきのあのポーズ、別のサーヴァントでも見たな」とかいうことが気になりだすと、途端に冷めてしまうと思うんですよね。
西口:マイルームのモーションはかなりの数があるので、外部の会社さんにもご協力をお願いしました。当初は僕の見積もりが甘くて、1モーション2,000〜4,000フレームとか、ぶったまげるようなものが乱発されたので、社内だけでは回しきれなかったですね(笑)
鎌田:マイルームのモーションは、基本の3パターンに加え、サーヴァントとの絆を深めることで増える6パターンがサーヴァントごとにあるので、けっこうな尺になりますね。
西口:「チェックしてください」って送られてくる動画の尺が、2分くらいあったりします。最近は社内で作成しており、ある程度手慣れてきましたが、初期の頃はチェックに追われる日々が続いていましたね。
——安堂:その苦労のおかげで、マイルームに行くと「サーヴァントが生きてる」って実感が強くなりますよね。モデリングは1人で1騎を担当とのことでしたが、モーションの方は分業している感じでしょうか?
西口:初期にはサーヴァントごとに担当を決めてみたりもしたのですが、サーヴァントによってモーションの難易度が全然ちがうので、順調に進むグループがいる一方で、「強化の度に衣装が大きく変わり、モーションもガラッと変わり、宝具演出も難しくてすごく大変」というグループも出てきました。1ヶ月ちょっとくらい試してみて「駄目だな」と思って止めましたね。今は、手が空いた人には順次仕事を割り当てており、1騎のサーヴァントのモーションを複数人で担当することがほとんどです。
——安堂:「この人はこれが得意だから、優先的にやってもらおう」みたいなケースはありますか?
西口:ありますね。「この人はバトルが上手いから、何も言わなくても良い感じに仕上げてくれる」とか、「この人は全身を動かすことに慣れているから、マイルームなど、単独で作業が完結する仕事を多めにお願いしよう」とか、各々の得意分野に応じた担当分けみたいなものはうっすらあります。
個人的なオススメのサーヴァントは?
——安堂:「これは良い感じにできたな!」っていうオススメのサーヴァントを、おひとりずつ教えていただけますか?
橿本:個人的に1番思い入れがあるのはプロトマーリンです。初めてセイントグラフを見たときから「すごく可愛いな」と思っていて、こだわって作成しました。世に出たとき、3Dモデルに対して好意的な反応をしてくれるユーザーさんがいて、嬉しかった記憶があります。
——安堂:すごい盛り上がっていたのをTwitterで見ました。
鎌田:スカサハの再現度の高さにはびっくりしました。セイントグラフに描かれた彼女の美しさや髪のなびき方まで3Dモデルでも再現されていたので、2D班のメンバーと一緒に「すごいね」って盛り上がりましたね。
西口:僕の場合は苦労からくる思い入れの強さになるんですが、BB(水着)はめっちゃ大変でした。強化の度に基本姿勢から技の構えまで全部変わって、第3段階になると空を飛んで移動するんです。マイルームの台詞も強化の度に全然ちがうものになったので、かなりの工数を使いました。ただ、そのかいあって3Dモデルのイメージと動きの親和性は高くなったと思っています。
髙部:見た目で言うと、『FGO Arcade』が初登場のオリジナルサーヴァントはみんな好きで、プロトマーリンも、エレナ・ブラヴァツキー(クリスマス)もすごく可愛くできたなと思っています。演技を付ける立場から言うと、黒髭(エドワード・ティーチ)のような「遊んでいいよ」というオーラが出ているサーヴァントは、モーションキャプチャの現場でも盛り上がりましたね。アクターさんに「好きに動いていいですよ」と伝えたら、ノリノリでやってくれて、豊かで良い演技になったと思っています。出来上がったものを見てもクスクス笑える感じで、いちプレイヤーとしても「楽しいな、こいつ」みたいな気持ちになれました。
インタビューを終えて
イラストレーターさんごとに絵柄がちがう原作のイラストを活かしたまま3Dモデルに起こし、プレイアブルキャラクターに仕上げていく。しかも休みなくつくり続けていくことが求められるサービス継続型のゲーム開発は、お話を伺っているだけでも大変そうに感じました。次回のPART2では、宝具演出のお話を中心にお届けします。
information
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.275(2021年7月号)
INTERVIEW & TEXT_安堂ひろゆき(フライトユニット)/Hiroyuki Ando
EDIT_尾形美幸(CGWORLD)/Miyuki Ogata、中川裕介(CGWORLD)/Yusuke Nakagawa