本連載では、CG映像制作において不可欠な存在であるテクニカル系スタッフの仕事の現状と課題を、パイプライン開発の専門家である痴山紘史氏(日本CGサービス(JCGS) 代表)が探っていく。

第2回では、パイスで専務取締役を務める林 丈二氏へのインタビューを前後編に分けてお届けする。スパイスはグラフィック・Web・映像・3DCG制作から、XRコンテンツ開発、モーションキャプチャ機材の輸入販売まで手けており、多種多様なクリエイティブに対応している。前編ではモーションキャプチャ事業部の仕事に加え、ほかの事業部との連携についても語ってもらった。

記事の目次

    提供しているシステムやサービス

    モーションキャプチャシステム

    はモーションキャプチャシステム「OptiTrack」の販売代理店をしています。システムの販売だけではなく、モーションキャプチャスタジオの設計・構築・運用のお手伝いなどもしており、お客さんと深くわって、ご要望にフィットする最適なシステムと付加価値を提供することを目指しています。

    多人数で安定した収録ができるモーションキャプチャスタジオも運営しており、ここでは体のモーションに加え、顔(フェイシャル)と指(フィンガー)の収録が可能です。フェイシャルキャプチャとフィンガーキャプチャは、既製の機材ではカバーできない部分がたくさんあるため、社内で必要な部分の開発も行なっています。

    林 丈二氏


    スパイス 専務取締役。

    フェイシャルキャプチャ用のヘッドマウントカメラ

    フェイシャルキャプチャシステムでは、ヘッドマウントカメラ「BUNSHIN HMC」(以下、HMC)を開発しました。HMCを装着してモーションキャプチャスタジオに入ると、体と同時に顔のモーションも収録するパフォーマンスキャプチャが可能です

    HMCは(林氏)が設計し、現在制作は社外に依頼しています。カメラの機材も、送信機電波法で定められた技適マークを取得する必要があるので既製品を使用していますが、送信機とカメラを繋システムは独自に設計しましたカメラレンズを装着する赤いパーツ3Dプリンタで出力したもので、バッテリーホルダーも既存のバッテリーに合わせてイチから設計したものです。

    ▲林氏が設計したフェイシャルキャプチャ用のヘッドマウントカメラ「BUNSHIN HMC」。①バッテリーホルダーと送信機を装着するベルト、②カメラレンズを装着するパーツ、③ヘッドギアの内側に貼られる低反発クッション、④ヘッドギア

    このような機材の設計にはCADソフトを使うのが一般的ですが、当社では制作の全工程でMayaを使用しています。CADソフトでパーツごとに設計しても、Webページに載せる商品画像をつくるには結局3DCGソフトを使って組み立てる必要があるので、二度手間になってしまいます。また、私が機材の形を考えるときは、キャラクターモデリングと同様に、おおまかな形を決めてからディテールを詰めていき、最後に基板が入るかどうかなどを検討していくので、CADソフトが得意とする設計のフェーズに入るのは制作の終盤になります。そのため、Mayaのような3DCGソフトの方が相性が良いです。

    HMCはもともと途中まで設計していたものを、コロナ禍で3ヶ月ほど完全在宅勤務になった期間に一気に仕上げました。特に公言せず、私個人で進めていたので、社内からは「林さん何かやってるなぁ」という感じで見られていましたね。当社は元来、やっていることがちゃんとビジネスにつながれば良い、というスタンスなので、自由につくれています。

    体と顔のモーションを同時に収録しても、両者のデータを同期させるためには追加のツールが必要になるので、そのツールも社内で開発しました。このようなシステム開発は、専門のスタッフがいるわけではなく、社内で対応できる人にやってもらっています。

    HMCのような機材は、1本や2本単位でつくっているわけではなく、50本ぐらいの単位で量産しているので、DIYの域を超えていますね。量産前は本当に生産していいかどうかを判断するため、手づくりしたものでお客さんにテストしてもらい、十分に検討するようにしています。

    機材を量産する場合、さすがに全ての部品を社内で生産することはできないので、不得意な部分は社外のエンジニアに仕様を伝えて、業務で使用できるクオリティのものを発注します。例えば、HMCの低反発クッションは、当社がいつもお願いしているダンボール業者さんに依頼して、型抜きをしてもらっています。

    フィンガーキャプチャ用のガイド

    フィンガーキャプチャのキャリブレーションの際に、のポーズを統一するためのガイドも制作しました。

    データグローブを使ったフィンガーキャプチャ収録では、最初にリファレンス用のポーズでキャリブレーションをしますが、演者さんによってポーズがちがうことがしばしばあります。「指をまっすぐ伸ばしてください」と言っても、少し指が曲がっていたり、逆に反っていたりする人もいます。それではリファレンスポーズの再現性が低いので、ガイドの板に指を合わせてもらうことで、再現性を上げています。

    ▲林氏が自作したフィンガーキャプチャ用ガイド(画像左)と、手首・足首用のモーションキャプチャベルト(右)。ベルトイベントなどでのモーションキャプチャ体験に対応できるように開発したもので、頭・腰・両手首・両足首の6箇所に装着するだけで子どもでも簡単に全身のモーションを収録できる
    ▲ガイドの板に合わせて指を置けば、親指の角度や指の広がりのバラツキを抑えられるので、リファレンスポーズの再現性が高くなる

    このガイドもダンボールを何枚も切って、どういう形がいいかと試行錯誤を重ねながらつくりました。出張の際もかさばらず簡単に持ち運べるように、それぞれの板が外れる組み立て式にしています。また、キャリブレーションが終わったらそのまま投げ捨てて、すぐにモーションキャプチャ収録に移れるよう、ナイロン素材を使っているなど、見た目は単純ですが、様々な工夫を凝らしています。

    ガイドを導入してから収録が格段に安定したので、当社が代理店をしているデータグローブのメーカーにも「量産して良いですよ」と伝えてデータを渡しています。現在当社では追加生産はせず、メーカーから提供してもらっている状態です。メーカーからも「ジョージ(林氏)ありがとう」と感謝されました。メーカーの社長とは25〜26年前からの付き合いで、家族ぐるみで交流しているような仲です。お互いに信頼関係があるからこそ、こういう連携もできるし、長期的に代理店もできているんだと思います。

    今はいろいろつくっていますが、3DCG制作自体も26年やっているので、映像をつくるときは「こういう機材があったら、もっとモーションキャプチャが円滑にできるな」ということを常に考えています。そのため、私にとって映像制作と代理店として機材を販売することは地続きなのです。3DCGの映像プロダクションを運営しつつ、国内での機材の販売代理店をやっていて、さらにこういう開発までしている会社は、国内では当社だけだと思いますが、私としてはごく自然にこうなったという感覚です。 

    私は会社の取締役なので本来このようなことをしている場合ではないのですが、自分で手を動かしていたいというのと、自分たちがやりたいことを実現するためには既存のものでは足りないということで、制作を続けています。足りない部分は自分たちで補って、ひとつのシステムを形にしていけばいいのです。

    3Dフェイシャルスキャン

    ▲スパイスでは3Dフェイシャルスキャンサービスも提供している。スキャナはLumio3DのH3 Face Scannerを使用しており、撮影後3〜5分程度で3Dデータが生成される。フェイシャルスキャンについては、後編で詳しく解説していく

    多岐にわたる事業内容

    社が手がけた仕事は、Webサイトでも一部公開しています。見ていただければわかるように、その内容は多岐にわたります。

    モーションキャプチャシステムは非常に応用範囲が広いので、ゲームやアニメといったエンターテイメント分野だけではなく、学術向けや産業向けの実績も多数あります。仕事の量自体は、実はエンターテイメント分野よりも産業向けのものが多く、約80%を占めます。

    VTuber事業

    ここ数年で引き合いが多いのが、VTuberタジオの起ち上げのご相談です。2018年にコンテンツ東京2018 第6回映像・CG制作展行なった、モーションキャプチャシステムを使ったVTuberのリアルタイムデモがきっかけで増えてきました。

    ▲ハイクオリティバーチャルユーチューバ―!CG・映像制作展2018

    当時はまだ会社としてVTuberの仕事をしたことがなかったのですが、「われわれはこんなことできるんですよ」ということを示すために、キャラクターとシステムをつくってデモを行いました。このプロジェクトを始めたのは2017年で、まだVTuberの認知度もそれほど高くなかったので、社内で「これからはVTuberもやります!」と言うと、みんなポカーンとしていましたね。

    そんな中、クオリティの高いデモをつくれたことで「スパイスさんは、こんなことできるんですか!」という反響をいただき、かなりの数のVTuberスタジオの起ち上げをお手伝いしました。「コンテンツをつくりたい」というご依頼はもちろん、「スタジオを含めた設備を全部整えたい」というご要望も結構あるので、そういう場合はビルの工事から全て担っています。

    ハードウェアだけを購入し、その後は自分で制作されるお客さんもいますが、キャラクターごと全部当社でつくるケースも多いです。VTuberへの需要は特にスタートアップで多いため、3DCGの専門家がおらず、イラストレーターへの依頼方法やキャラクターのつくり方がわからない、という相談から始まることもよくあります。このような場合、当社でキャラクターデザインもやって、システムや撮影設備の計画を立てるところからスタートします。

    システムが完成して配信を始めた後は、「少し収益化できたので設備を増やしたい」、「引っ越したので、もっとカメラをたくさん入れたい」といった新たなご要望をサポートしながらお付き合いが続いていくことが多いです。

    研究開発

    事業内容とは別に、社外の研究機関と共同で行った研究社内で技術的な興味をったスタッフが自主的に行った研究の成果の一部をSPICE LAB.として公開しています。こちらは案件ベースではなく、純粋に「つくってみたい」という気持ちからやっているものがほとんどです。

    VR空間でバスケットボール体験

    ▲OptiTrack|SPICE @先端コンテンツ技術展~VR空間でバスケットボール体験~

    VTuberの案件をかなり経験して、どんな技術が必要とされているのかがわかったので、需要がある技術をまとめて取り入れたコンテンツをつくりました。

    「VR空間でバスケットボール体験」は、Unreal EngineでつくったVR空間に入った状態で、現実空間でのキャッチボールも同時に体験できるコンテンツです。ユーザーはVRヘッドセットをつけて視界を覆い、VR空間に入ります。ユーザーに見えているのは、VR空間のボールです。この状態で現実空間にあるボールが飛んできても、普通はキャッチできません。

    ところが、このシステムは現実空間のボールの動きをモーションキャプチャし、VR空間のボールに反映させることで、現実とVRのボールの動きを完全に連動させます。これによって、ユーザーはVRヘッドセットをつけたままで、現実とVRで同時にキャッチボールができるようになっているのです。

    この技術は、OptiTrackの非常に低遅延なリアルタイム処理と、様々な工夫を組み合わせることで実現しています。体・顔・指のキャプチャデータをMotionBuilderからUnreal Engineに低遅延でストリーミングする機能も用意しました。

    バスケットボール経験者の方にも体験していただいたのですが、ドリブルやパスをして「何の違和感もないですね」と言っていただけました。

    会社の体制

    モーションキャプチャ事業部には、10名のモーションキャプチャスタッフと、15名の3DCGスタッフが在籍しています。社内にはほかにも3DCGの部署があり、全体の社員数は約220名です。社員の職種は多岐にわたっていて、中には映像監督や映像編集のスタッフもいます。

    職種をまたいだ横方向の連携

    様々な職種が存在しているため、異なるバックグラウンドをもったスタッフ間でシームレスに仕事ができるようにすることが、今取り組んでいる課題です。

    例えば、3DCGのコンポジターと映像の編集とでは、そもそも使用するソフトウェアが異なります。そのへだたりを埋めるために、それぞれが使っているソフトやスクリプトを覚えてもらっています。そうすることで互いの仕事ができるようになり、スタッフ間で仕事の融通が利くと同時に、各自が多角的に仕事を進められることを目指しています。

    職種ごとに仕事のやり方も異なっているので、統一化の必要性を感じています。画像素材ひとつとっても、Web制作のデザイナーは全ての素材をPhotoshopでつくってフィックスし、グラフィックデザインのデザイナーはIllustratorで素材をつくってからPhotoshopに読みこんでいます。そうすると、両者の素材を一緒に使おうとした際に、解像度やマスクの作成方法のちがいによって、円滑に作業が進められなくなります。このようなちょっとしたズレがWeb、3DCG、CM、リアルタイムCGといった分野と職種間で生じてしまっているので、それを解消していきたいと思っています。

    これまでは同じ会社にいながらも、結構みんながバラバラに動いていたので、会社として全ての業務を一元化し、様々な仕事に挑戦できるようにすることを目標にしています。

    ナレッジベースの整備

    社内にモーションキャプチャやフェイシャルスキャンシステムを導入しても、使いこなせなければ宝の持ち腐れになってしまいます。3DCGソフトの機能についても、各々が試行錯誤して覚えるのではなく、全員の基礎レベルをある程度揃えて、仕事ができるようにする必要があります。当社では、新人でもツールに関する知識や必要なスキルを身につけられるように、デジタルチュートリアルをつくって社内に公開しています。

    チュートリアルには作業中にボタンを押す順番まで記していて、その通りにやれば必要なことが全て達成できるよう、細かくまとめています。ですので、10名のアーティストがプロジェクトに参加した場合でも、まずはこのチュートリアルを渡せば、ある程度学習してもらうことができます。

    ▲フェイシャルスキャンシステムのチュートリアルの一部

    コロナ禍で在宅勤務が増えたことも、チュートリアルの作成を後押ししています。以前は実際に隣について教えていましたが、今は3DCGのスタッフが全員在宅勤務になっているため難しいです。リモートワークではこういった教育用チュートリアルがないと仕事を進められないという、差し迫った危機感があるのは大きいです。

    チュートリアルは一度つくったら終わりではありません。ツールの使い方を誰かに教えて、教わった人が使いこなせるようになったら、一旦ドキュメントにまとめてチュートリアルを作成します。その後、別の人がそれを見て学習したとき、足りない部分やわかりにくい部分があればどんどん更新していって、ブラッシュアップを継続しています。

    求める人材

    社では新卒採用も毎年行っています。(スパイスの採用情報

    エンジニアとして働く場合にも、システムの販売やサポートも行うサービス業である以上は、ちょっとした気遣いができる必要があります。お客さんと話をして、「ああ、今はそんな感じなんですね」とご要望を把握し、「じゃあこういうふうにしましょうか」と提案したり、「本当はこのくらいコストがかかるんですが、こういう方法もありますよ」と勧めたりして、やり取りをしていくことも仕事に含まれているんです。当社は様々な種類の商品を取り扱っており、お客さんのところに赴いて設置やトレーニングをすることも多いので、これらに対応できる人を求めています。

    とはいえ、新人さんにそこまで求めるのはスキル的にも難しく、現在も全社員がそこまでできているとは言えません。ただ、今後採用する方に関しては、なるべくそういうことができる人を採用したいと思っています。

    技術に関しては、ある程度は理解している必要があります。ただ、バリバリの開発会社ではないので、お客さんがつくっているプログラムに対して「こういうふうに書けば良いですよ」とか、「それはこのページに書いてます」ぐらいのことをアドバイスができれば十分です

    最後は、何よりも人柄ですね。「この人となら一緒にサービス業ができる」と思えるような人だと嬉しいです。そういう思いも込めて、モーションキャプチャ事業部の採用では、職種を「セールス&マーケティング」、「テクニカルサポートエンジニア」にしています。

    中途採用少し話がちがってきます。今現在、人が足りないポジションを埋められる方を求めているのが中途採用です。そういう求人は当社の採用情報やCGWORLD.jpにも出しているので、興味のある方はぜひご覧になってください。

    痴山紘史

    日本CGサービス(JCGS) 代表

    大学卒業後、株式会社IMAGICA入社。放送局向けリアルタイムCGシステムの構築・運用に携わる。その後、株式会社リンクス・デジワークスにて映画・ゲームなどの映像制作に携わる。2010年独立、現職。映像制作プロダクション向けのパイプラインの開発と提供を行なっている。

    <後編>
    リアルタイムで動かせる3DCGキャラクターの今後の展開

    TEXT_痴山紘史/Hiroshi Chiyama(日本CGサービス)
    EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)、李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota