実際にあった不動産詐欺がモデルとなった同名小説をNetflixが実写ドラマ化。現実感のある物語をつくり上げるために求められた本作のVFX制作とは?

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 315(2024年11月号)からの転載となります。

    実写合成で組み上げられた光庵寺と高輪の街並み

    2024年7月25日(木)より配信開始されたNetflixシリーズ「地面師たち」。新庄 耕氏の同名クライムノベルが実写化された作品だ。光庵寺をめぐる100億円の超大型不動産詐欺を進める地面師たちと、そこに巻き込まれる人々の姿がダークに描かれる。

    Netflixシリーズ「地面師たち」
    Netflixにて世界独占配信中 
    監督・脚本:大根仁 原作:新庄耕「地面師たち」(集英社文庫刊) 製作:Netflix 制作プロダクション:日活、ブースタープロジェクト 
    www.netflix.com/地面師たち
    ©新庄耕/集英社

    「不動産詐欺をテーマとした作品で、東京の高輪を舞台としています。作中に出てくる光庵寺のロケは別の場所でしたが、VFXの力で寺が実際に高輪にあるようにつくり上げることが本作において最も大きな課題でした」(VFXスーパーバイザー・オダイッセイ氏)。土地を扱う作品として、高輪の一角にある光庵寺の価値をリアルに感じられる必要があったとのことで、現実にある高輪のシンボル的な建物との位置関係や広さなど立地条件を明確に伝えることが求められた。

    左から、CGディレクター・鎌田友樹氏(コラット)、VFXスーパーバイザー・オダイッセイ氏(ナイス・デー)、VFXプロデューサー・山元太陽氏(コラット)、DFXスーパーバイザー・須賀 努氏、VFXプロデューサー・坂﨑卓哉氏(以上、ナイス・デー)、VFXアーティスト・郭 兆旺氏、リードVFXアーティスト・古澤優真氏、VFXディレクター・金元省吾氏(以上、イメージ・ロジック)、オンセットスーパーバイザー・影山達也氏(ナイス・デー)

    企画は2023年3月からスタートし、撮影は5月から10月まで行われている。撮影と並行してVFX作業が進められ、仕上げも含めて2024年6月まで半年ほどかかったという。

    「当初クライアントから提示されたVFX作業の見積もりは500カットほどでしたが、脚本を読んでみたところ、その時点でおそらく1.5倍くらいにはなるだろうなと予測していたんです。実際には、最終的に手がけたVFXカットは780ほどに膨れ上がりました。制作期間も鑑みて、手法や技術の取捨選択を行いましたが、現実に即した土地に見える画づくりという観点から、実景をベースに組み上げていくことが演出としても制作コストとしてもベターだと感じ、実写合成をメインに制作を進めることに決めました」(オダ氏)。

    こうしたインビジブルエフェクトを主軸にしつつ、豊川悦司演じるハリソンの起こす残虐な事件の数々など、ケレン味にあふれたVFXカットも随所に挟み込まれる。「派手なアクションなどは少ないですが、残虐な行為を重みのある画として演出することを心がけました」(オダ氏)。

    質の高いインビジブルエフェクトとケレン味あるVFXに支えられた本作は一見の価値ありだ。未見の方には、ぜひNetflixで視聴してみていただきたい。

    <1>光庵寺の立地環境を明確に伝える

    別々のロケ地をつなぐシームレスな合成

    光庵寺を中心とした高輪の街並みをいかにつくり上げるか。不動産詐欺をテーマとした作品だからこそ、光庵寺の土地の価値をしっかりと明示できるよう各カットで立地の整合性を保ちながらも、より印象的に描くためにVFX処理が施された。

    「高輪とは別のロケ地であった光庵寺を、高輪という街の中にフィットさせる作業を各カットで詰めていっています。例えば、光庵寺からの窓から覗く景色を高輪の実景に差し替えたり、上空から光庵寺を中心とした高輪の街を映すカットなど、それぞれの実写素材を合成して立地条件を鑑みて組み上げています」(VFXディレクター・金元省吾氏)。

    補足的にCGも活用し、映えと馴染み、整合性を保つ作業であったが、演出的な嘘も交えられている。「本来カメラアングル的に映らないものであっても、高輪のどのあたりに位置するのかを演出するために、シンボルとなる建物を遠景に入れ込んだりもしています。土地の価値を暗に画面で印象づける、説明的な要素も含まれているんです」(オダ氏)。

    カットによって多重合成も行われ計画性が求められたが、撮影素材に関しては多分な苦労もあったようだ。「光庵寺の実際の方位と、ドラマ上での方位が異なっているんです。そのため、同じ時間帯で撮影されたそれぞれの実写素材であっても、光の差し込みなど大きな差が出てしまいました。当初から懸念していたことでしたが、自社でいくつもの撮り直しを行い対応していきました(オンセットスーパーバイザー・影山達也氏)。

    また本制作においては、カラーマネジメントに関しても、新しいチャレンジが行われた。「色管理の部分でNetflixからの提案により、新しいカラーパイプラインを試しました。今回は撮影現場にて、テクニカルなオンセットグレーディングを行ったため、各ショットでCDL(Color Decision List)が生成されており、その情報を合成で活用するというものです。短期間でカラーマネジメントを構築するにあたり、今回はNetflixの協力を得て、その活用のフローを実践していきました」(DFXスーパーバイザー・須賀 努氏)。

    当初は試行錯誤の連続であったというが、OCIOのカスタマイズ、CDLのハンドリングについてはとても有用であるという結果が得られたので、今後も社内でシステム化を検討することになったという。

    土地の合成カット

    地面師に狙われる土地は全て合成カットになっている。背景(品川のビル群)はマット画、手前の更生施設、生い茂った木々、駐車場の街灯、地面のアスファルトはCGで作成。実際の地面師事件の資料を参考にし、木々に覆われて手入れが行き届いていない土地をイメージして作成された。

    • ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲撮影プレート
    ▲合成用素材
    ▲木々の作成はCinema 4Dの植物プラグインForesterを使用し、プレートの木ごと置き換えられている。なお、Foresterは風の動きをループさせられるため、Inplaceの汎用素材として活用することで、作業の高速化に貢献した

    高輪の夜景

    光庵寺および高輪の街並みの夜景。昼間のカットと同じくマット画、CGを合成して作成された。なお、夜景の作成においては、街並みを説明するという役割もあるため、暗くなりすぎないよう配慮されている。

    ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲撮影プレート
    • ▲マット画

    光庵寺上空のカット

    地上のカットと同じく背景(品川のビル群)はマット画、手前の更生施設、五重塔、木々、地面はCGで作成。ドローンが奥に向かってゆっくり飛ぶと全てが見えてしまうため、手前と奥の境界線を決めるのにかなりの時間をかけたという。ロトのスタッフを信頼し、大胆な境界線を設定することで地道に仕上げられている。

    • ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲撮影プレート
    • ▲CGによる木々
    • ▲マスクレイヤー
    • ▲マスク
    • ▲マットペイント
    ▲Foresterによる木々作成の様子

    航空写真

    作中登場する光庵寺の航空写真も合成によって作成された。オダ氏を中心に、実際の高輪の地図を参考にしながら丁寧に各要素が配置されている。

    ▲完成
    • ▲合成加工前
    • ▲合成加工後

    高輪の工事現場

    現場の人々(ビルの奥側まで含めると250人ほど)と重機がいくつかCGで足されている。地形が複雑に入り組んでいることを考え、当初検討していた群衆シミュレーションは使わずに、エリアごとに区切って地道な人足しが行われた。なお、モブの作成にはMixamoが用いられ、購入した3DモデルをMixamoに読み込んでアニメーションを付けた後、Cinema 4Dでモーションを調整して使用されている。

    • ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲撮影プレート
    ▲CGモブ
    • ▲活用されたMixamo
    • ▲活用されたMixamo
    ▲Cinema 4Dでのモーション調整

    <2>ケレンとなるダークなVFXカット

    ハリソンの残虐行為をリアルかつ印象的に

    ここからはケレンとなるVFXカットの制作について紹介したい。「ハリソンの詐欺計画の裏側で行われる残虐行為をいかにシリアスに印象づけるかという部分が本作のケレンVFXにあたります。グロい部分もありますが、裏社会の黒さ、狂気をしっかりと描き切る必要がありました」(オダ氏)。

    その代表的なものが、 山本耕史演じる青柳隆史が轢かれるカットやタクシーの横転、関係者の殺人カットなどである。「CGを用いないカットであっても、こうしたアクション要素が伴うカットではプリビズを作成し、制作の指標としました。スローモーションを活用した誇張した演出などもありますが、合成バレがないように細かいニュアンスを壊すことなく丁寧に作業を行いました」(CGディレクター・鎌田友樹氏)。

    青柳が轢かれるカットでは、合成ならではの苦労もあったようだ。「特殊な形状のクルマであったため、距離感がバグって見えてしまうんです。実写のサイズ感がどうもマッチしない。そこで別のカットから切り出して、タイヤのみ別素材を当て、影などの処理を施し接地を強めることで、馴染みを与えていきました」(オダ氏)。

    ハリソンの人間性を表現するという点においては、1話冒頭の狩猟シーンも非常に重要なカットであった。「案内人が熊に襲われ、その姿を何の感情もなく見つめるハリソン。その後、迫りくる熊に対して臆することなく感情を見せずに打ち抜く様はハリソンの狂人性を表現する大事なカットでした。この一連のながれはCGを活用して制作しています」(VFXプロデューサー・山元太陽氏)。

    CGで制作された熊の表現が映像の質を大きく左右するカットだが、Ziva Dynamicsによる筋肉シミュレーションとYetiによる毛のシミュレーションにより、リアルな熊の姿がつくり上げられた。「表現のゴールというか目標としては、大根 仁監督が挙げられていた映画『レヴェナント: 蘇えりし者』のようなイメージでした。ですが、『レヴェナント』は割と人にフォーカスしている作品でもあり、本作なりの解釈というか適した見せ方を考慮する必要がありました」(オダ氏)。

    熊のCG

    狩猟カットでの熊はCGにて作成。Ziva Dynamicsによる筋肉シミュレーションを行なった上で、Yetiによる毛のシミュレーションが施された

    • ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲撮影プレート
    ▲熊のCGモデル
    ▲Ziva Dynamicsのシミュレーション用の骨モデル
    ▲Ziva Dynamicsの筋肉脂肪のモデリング
    ▲Yetiによる毛のシミュレーション

    馬で駆けるカット

    広大な土地を馬で駆けるカットは、マットペイントとの合成で制作された。

    • ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲撮影プレート
    ▲クリーンナップしたプレート
    • Nukeで制作した霧素材
    • ▲Nukeでマット画を配置して制作した素材

    タクシーが横転するカット

    タクシーが横転するカットは激しく難しいカットであったため、プリビズを作成して綿密な作業計画が立てられた。

    • ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲プリビズ
    • ▲クルマ内部のプレート
    • ▲トラック合成素材
    • ▲BG
    • ▲ひび割れガラス素材

    クルマに轢かれるカット

    青柳が轢かれるカットもプリビズを作成し、制作が進められた。特殊な形状のクルマであったことから、距離感および接地感が損なわれがちであったため、タイヤをCGで作成し、接地感を高めることで問題を解消した。

    • ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲プリビズ
    • ▲撮影プレート
    • ▲合成素材
    • ▲タイヤのみの合成素材

    爆発カット

    クライマックスでの爆発カット。CGSLAB協力の下、ハリソンルームの高精度な3Dスキャンが行われた。スキャンデータをベースに飛散するガラスと、映り込み用に軽量化した背景モデルを制作してHDRIを投影し、ガラスの映り込み精度を向上させている。

    • ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲撮影プレート
    • ▲爆発素材
    • ▲飛散するガラス素材
    • ▲3Dスキャンデータ
    • ▲シミュレーション画像

    落下カット①

    高所からの落下カットは、ロケ現場で安全帯装着のアクション部による実際の落下、空舞台、後日スタジオでリリー・フランキー氏の撮影、というながれで進められた。落下の最中の顔は、リリー氏の顔の別撮り素材を基にNukeのプラグインFaceBuilderでモデリングを行い、アクション部の顔と差し替えるという保険も準備されていたが、撮影が上手くいきそのプランは見送られた。

    ▲完成カット(グレーディング前)
    • ▲撮影プレート(BG・FG)……
    • ▲メインカメラはSONY VENICE 2だが、HSを重視してRED V-RAPTOR 8Kで撮影が行われた
    ▲船はAIで生成して差し替え。Photoshopの「生成塗りつぶし」を使って作成し、イメージに近いものが出るまで何度も試し、切り貼りして仕上げられた

    落下カット

    別カットでは、アクション部の落下シーンをドローンで撮影した後、落下のアングルに近い見た目でリリー氏のマットレスへの倒れ込みを撮影し、頭の差し替えが行われた。

    • ▲撮影プレート
    • ▲コンプ。ワイヤー消し、頭部の差し替えなどを処理
    ▲頭部はVENICE 2で撮影
    • ▲マットペイント用写真。撮影日の隙間時間にCANON EOS R6 Mark IIにてRaw撮影……
    • ▲カラーチャートも併せて撮影され、色合わせは比較的スムーズに行えたとのこと

    トラックに轢かれるカット

    佐々木が轢かれるカットは、2カットが1カット風につなげられている。具体的には、3枚目のトラックが近づく部分から別カットとなる。光のエフェクトにはNukeプラグインSapphireのLensFlareを使用。そのほか、轢かれた佐々木の血の量を増やすなどの処理が施された。

    CGWORLD 2024年11月号 vol.315

    特集:デジタルハリウッドの30年
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2024年10月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_渡邊英樹
    EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada