お嬢さま学校でゲームにかける少女たちを描いた異色の青春ドラマ。ゲームと現実世界をつなぐVFX制作に迫る。
原作漫画のイメージを損なわず、ゲームと現実をリンクして映像化
ドコモの新しい映像配信サービスLeminoにてローンチタイトルの1つとして、5月19日より配信されている『対ありでした。~お嬢さまは格闘ゲームなんてしない~』。お嬢さま学校にて禁忌とされるゲームにかける少女たちの姿を描いた原作漫画を、VFXをふんだんに用いてドラマ化した意欲作だ。
さらにカプコン全面協力の下、実際の『STREET FIGHTER V CHAMPION EDITION(以下、スト5)』が登場することでも話題となっている。
本作の大きな試みとして、原作のイメージを壊すことなくドラマ化する、『スト5』のプレイを現実とリンクして映像化するという2点が挙げられる。「特に見せ場となるのは、現実とゲーム世界がリンクする映像表現です。少女たちが格闘ゲームにハマりすぎて頭の中の妄想イメージでゲームの世界へダイブしていく、逆に現実世界にゲームキャラクターが現れるなどのシーンが多数登場します」とはVFXスーパーバイザーを務めた鹿角 剛氏。
本制作は2021年の秋頃メイン監督を務めた大内田龍馬氏より相談があり、2022年頭により具体的な企画として打診がありスタートしたが、お淑やかな女子生徒が狂気的に没頭する姿を、原作以上に激しく描くことが当初より求められたという。
それをテロップ表現やVFXを駆使して実現していくこととなったが、大内田監督にとっても本格的なVFXを用いた初のドラマということもあり、制作の座組みを組むところから始められた。
中でも注目すべきはバーチャルプロダクションの採用だ。バーチャルカメラを採り入れ、実写カメラとCG・VFXの効率的なリンクが図られた。「絵コンテからプリビズというながれで演出を詰めていきましたが、実写と激しく動くゲームキャラクラーを交えたカメラワークを実現するには、プリビズを見て合わせるだけでは足りないことが容易に想像できました」と鹿角氏。
そこでグリーンバックで実写撮影し、リアルタイムにゲームキャラクターの動きをプレビューしながらカメラワークが決められていった。
原作漫画のイメージの映像化に加え、実在するゲームをテーマにしているからこその説得力ある動き・演出が求められた本作。制作時間の縛りもある中、いかに実現していったのか。制作の裏側を紹介していこう。
<1>原作のテイストを再現するVFX
After Effectsによる立体的なエフェクト
漫画原作のイメージを象徴するのが「オラアアアア」「おっしゃああああ」といった勝どきを上げる際の立体文字だ。本読みの段階で演者に芝居をしてもらったものを撮影し、仮合成してそのイメージを共有することから始められた。
「漫画らしい演出要素ですが、映像として面白い表現になるのか事前に確認しておきたかったんです」(鹿角氏)。
立体文字の制作はクロフネプロダクトが担当。原作の漫画で用いられた文字デザインを立体文字にするということで、リテイク対応時の調整のしやすさとデータの軽さの面からElement 3Dで作成されることとなった。デザインした文字をAfter Effectsのパスでトレースし、そのパスを基にElement 3D上で押し出すといったながれで作成されたが、デザインにない文字もあったため、それを1つずつ基のデザインに似せて文字をつくる作業にかなりの時間を要した。
「アニメーションと質感に関しては、漫画のイメージになるべく近づけるよう意識しながら、アニメーションは大胆に、質感はコンクリートブロックのようなハードな感じに調整し、漫画のイメージより激しい表現になるよう修正をくり返しました」(CGディレクター・水石 徹氏)。
飛沫演出も、立体文字と同様にElement 3Dで作成された。 粒の流体感はElement 3Dのノイズパラメータでベースをつくった上で、After Effectsでタービュレントディスプレイスを加えてディテールを調整している。
「飛沫はシンプルなものでありますが、なかなかイメージが固まらず苦労しました。特に回想シーンでの飛沫は、当初回想らしくレトロな雰囲気を漂わせるために少し曇ったような質感を目指していましたが、画面上では思いのほか濁って見えてしまい、最終的には透明感あるキラキラとした質感に変更しました」(水石氏)。
少女たちのゲーム操作を演出するアケコンのエフェクトはAfter Effectsの線エフェクトで作成された。アケコンの輪郭部分にラインを引き、キーフレームで線が流れるようにアニメーションを付けている。
「ラインは先端の太さなどを調整して描き、アニメーションは気持ちのいいところを探って付けていきました。その上でグローを加えてエフェクト感を強調しています」(チーフデジタルアーティスト・山上弘了氏)。
原作漫画を基にテキストエフェクトのイメージを模索
はじめにテスト映像を作成し、演者にもそのイメージが共有されたという。このテキストエフェクトはElement 3Dを用いて作成されている。
涙や汗の表現
涙や汗についても、立体文字と同様にElement 3Dで作成された。粒の流体感はElement 3Dのノイズパラメータやタービュレントディスプレイスを加えて表現されている。
ラインエフェクトによる演出
激しいコントローラ操作を派手に演出するラインエフェクト。AEの「線」エフェクトによって作成されており、パスに沿ってラインが走る。アニメーションはキーフレームで制御され、ラインの発生するタイミングや気持ちの良い流れ方を探りながら仕上げられた。
<2>ゲームの世界へ誘導するVFX
没入感を演出する様々な仕掛け
物語前半の大きな見せ場となる第2話で綾と美緒が対戦するシーン。綾の自室がゲームステージにトランジションしていくという演出が採られたため、自室のセットをCGで再現している。「iPadの3Dスキャンアプリから実寸データを取りガイドからモデルをつくり、テクスチャはSubstance 3D Painterにて作成しました。現場でスチールもたくさん撮っていたので、作業は効率的に進みました」と本カットを担当したCGアーティストの内田 俊氏。
作成されたオブジェクトにコントローラを設置し、部屋の壁が崩れる様はMaya Mashを使用して表現された。「協力会社であるユニットさんにプリビズを作成してもらっていましたが、その段階からイメージは固まっており、カメラワークも細かく指定していました。実シーンの制作ではより見映えがするように動きをつくり込んでいきました」(内田氏)。
本カットのオーラエフェクトと血管の浮き出るシーンは日本映像クリエイティブにより、After Effectsにて作成された。人物をマスクしてそこから発生させるように、Radial Fast BlurとParticularで作成したオーラを重ねている。ゲームに出てくるオーラ状のエフェクトが細かいディテールをもっているため、それに近づけるようにParticularで炎のスジの感じや立体感を出すように調整された。
一方で血管そのものはイチから手描きされ、描いた血管に対して部分ごとにエンボス加工、シャドウ足し、ハイライト足しを行なっている。なお、顔のトラッキングはmocha proのPower Meshが使用された。生体的に顔の血管がどこに通っているのかを調べたり、またその通りに描いてみたりもしたそうだが、このカットに求められる要素としてリアルな血管の配置やディテールはあまりふさわしくなかったため、ある程度それを残しながらも漫画的な「怒ったときに浮き出る血管」が目指された。
そのほか、対戦に向かう廊下に施されたモーショングラフィックスも本作らしくゲーム感ある演出となっている。こちらの作業を担当した山上氏によると「テキストをベースとしたモーショングラフィックスですが、テキストをじっくり見せるものではないので、色合いや質感で緊迫感を演出するように試行錯誤しました」とのことだ
ゲーム世界へトランジションするVFX
現実の部屋からゲーム世界へのトランジションするVFXは第2話の見どころのひとつ。iPadの3Dスキャンアプリを使用し、セットの部屋をスキャニングして採寸し、CGで再現。
ゲームステージへ移行する背景
部屋が変形し、トランジション後にゲームステージへ背景が移行する。マップは実際のゲームモデルが使用されているが、本シーンのアニメーション用に全てのオブジェクトにコントローラが追加された。
オーラを纏う表現
血管が浮き出てオーラを纏う表現はAEにて作成。特に浮き出具合には生っぽく見えすぎない塩梅が模索された。撮影時にはマーカーシールを演者の顔に貼り、マッチムーブのアタリとした。
再戦する部屋へ向かうシーン
再戦する部屋へ向かうシーン。監督からの要望で電脳空間へ誘導するようなモーショングラフィックスが求められた。多くの文字要素が存在するが、ぱっと見では認識しづらいため、カラーで緊迫感を表現することに努めたという。
以下は、グラフィックス素材。
<3>実在するゲームを映像化するCGワーク
ゲームアセットを活かした特異なワークフロー
本作の命題は、実在するゲームとしていかに説得力のあるモーションに仕上げるかであった。そのため、芸能事務所の浅井企画にあるe-Sports部門の色摩氏と、劇中でも実況を担当したアール氏にプレイ監修をしてもらった上でプレイ動画を撮り、このプレイ動画をベースに制作が進められた。
前述したように、綾や美緒がゲーム世界に入り込むシーンはゲームのキャラクターがどこにいて、どう動いているかが非常に重要であり、プレイ動画を基に作成されたキャラクターアニメーションをバーチャルプロダクションでリアルタイム合成し、整合性がとられている。
さらに、実制作においてもゲームキャラクターのモーションを使用するという本作の特性からの工夫と効率化が図られた。
「カプコンから提供されたモーションデータをまずリスト化し、全てナンバリングしました。全4キャラでトータル500モーションを超え、フェイシャルデータに関しても1キャラあたり30程度ありましたが、分別しながら使用するデータをピックアップしています。その上でプレイ動画も含めプリビズ映像に該当するモーションのナンバーを記載し管理しました」(テクニカルディレクター・麻田哲史氏)。
アニメーション制作に関しても、基本は各モーションをクリップ化し、Trax Editorで編集するというフローが採られた。
「本フローを採用した理由としては、提供データを活かすことでゴールに近づきやすいという点と、アレンジするにしてもデータを活かす方が効率的だったことが挙げられます。さらにアニメーターでなくても作業を担当できるという利点もありました。単純にモーションをつなぎ合わせるだけでは映像として見どころに欠けてしまうので、実際のゲームプレイの整合性と兼ね合いもありますが、それを壊さない範囲でタイミングをフレーム単位で調整しています」(水石氏)。
そのほか、モデルに関しては基本そのまま使用しているが、アップカットに対応できるよう、服の裾の部分をディテールアップするなどの微調整が施された。一方でエフェクトはカプコン内製ツールで作成されているためデータ提供は受けられず、ゲーム映像を参考にオリジナルで作成されている。こうして作成されたCGデータと実写を合わせてシーンが構築されていったが、ゲームの雰囲気を壊すことなく実写ともしっかりと馴染んだ質感に調整されている。
ゲームモデルを映像用に再調整する
アニメーション作業
アニメーションは、ゲームモーションをナンバリングして管理し、つなぎ合わせて調整するというのが作業のおおまかなながれであった。
技のエフェクト
技のエフェクトは板ポリゴンの集合体にテクスチャアニメーションを施して作成された。1つのエフェクトに10数種類のテクスチャ素材が使用され、立体的かつ複雑な動きを伴うエフェクトを実現している。
コンポジットのブレイクダウン
バーチャルカメラシステム
本作ではHTC Viveで構築されたバーチャルカメラシステムが使用され、リアルタイムにキャラクターをUnity上で合成しながら撮影が進められた。具体的にはUnityからカメラの位置情報をCSVで書き出し、Mayaで読み込んでCG作業が行われている
CGWORLD 2023年7月号 vol.299
特集:『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年6月9日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_渡邊英樹
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada