「第1回 CGWORLDノベルズコンテスト」では、受賞候補2作品を選出し、CGWORLD.jpにて各作品を全12回にわたって掲載いたします。その後読者投票により各賞を決定し、それぞれ書籍として刊行する予定です。

記事の目次

    「CGWORLDノベルズコンテスト」概要

    第1回 CGWORLDノベルズコンテスト

    ■今後の予定
    12月8日(金)〜:CGWORLD 305号とCGWORLD.jpで掲載と読者投票スタート
    2024年3月頃:書籍時の扉絵イラスト募集
    2024年6月頃:読者投票&扉絵イラスト結果発表

    詳細・総評はこちら

    本文

    この少女にも驚きの感情があるのかと初対面なのにそんなことを思ってしまった。喜怒哀楽の喜と楽しかなさそうな人だったのに。もっとも喜怒哀楽の中に「驚」はないけれど。

    「……美しい」

    ローラはようやく絞り出したような掠れた声でそう言った。その目には隠すつもりのなさそうな興奮があって、僕はうっかりその瞳に魅入られた。ローラはリスの逃げていった場所を凝視して、ゆっくり僕の方を振り向いた。

    「私にもできますか?」

    「ええ?」

    「私もやります! あ、画材と紙はご心配なく」

    ローラはそう言って大きなリュックから器用に小さな羽根ペンと画板、紙を取り出した。明らかにぱんぱんに物が詰まっているであろう膨らんだそのリュックから、なぜ皺一つないまっさらな紙が出てきたのかは考えないことにした。

    「君も絵を描くの?」

    「ええ、これでも美術商ですから!」

    ローラは迷いなく筆を走らせる。この様子ではしばらく話しかけてこなさそうだ。ようやく訪れた静寂に安堵しつつ、僕は小屋へ引き返した。市場へ持って行った筆やパレットなんかを片付けていると、半端に開けていた小屋から北風が入り込んだ。ふるりと肩を振るわせ、小さくため息をつく。

    秋も深まり、すでにマレの森にも木々の濃い影が落ち始めている。もうすぐこの森にも近くの市場にも、暗くて寒い冬がやってくる。僕が鶏を卸している市場の男にとっては書き入れ時だろう。でも僕は気が重かった。冬は天気が悪い日が多く、マレの森に雪が積もると市場に行く気力すらなくなってしまうからだ。そうなると冬籠りに近い状態で、この森と共に生きていくしかなくなる。冬は森に閉じ込められている事実をより強く実感するから嫌いなのだ。

    外で絵を描いているだろうローラの様子をそっと伺う。真剣に画板を抱えるローラは、思いのほか絵になる。僕は片付けようとしたばかりの筆を取ってスケッチブックを開いていた。輪郭をそっとなぞっていくと、なんだか盗み見したあげく紙の上に残そうとする行為が後ろめたいものに感じられる。いや、これは動物を描くのと同じことだ。彼女はたまたま森に入ってこられた珍しい生き物、珍獣だ。

    頭の中で言い訳をこねくり回していると、思考が別の方へ傾いた。この人、いつまでここにいる気だろう。今から帰るとなると、宿屋を取れたとしてもかなり遅くなってしまうのではないか……まさか泊まって行くつもりじゃないだろうな。確信めいた嫌な予感が頭をよぎった。

    「えー、どうして出してくれないんですか!」

    僕がスケッチブック片手に思案していると、外から明確に何かに対して抗議する声がした。視線を外に戻すと、ローラが先ほどまでの「ちょっと絵になるたたずまい」から打って変わって、勢いよく拳を振り上げていた。

    「一匹くらいいいじゃないですか、ケチ!」

    まるっきり子どものわがままだ。どうやらマレの森は彼女の絵を連れ出すことを拒否したらしい。不意にこちらを見た彼女と僕の目がかち合う。途端にローラは立ち上がり、なぜか僕に「どうにかしてください!」と訴えた。

    「この森、優しくありません。ほら見てください、こんなに上手に描けたのに」

    ローラは猛然と僕に向かって紙を押し付けてくる。勢いに押されるまま受け取ってみると、それはタヌキともクマともつかない奇妙な生き物だった。耳らしきパーツも、それがくっついているらしい土台も歪な円を描いている。足は交差することなく縦にまっすぐ四本生えており、しかもお尻側と思しき箇所にもう一本生えていた。もしかして尻尾のつもりで描いていたのだろうか。

    「ローラ、失礼を承知で言うけれど、こんな生き物が森を歩いていたら僕は怖くて小屋から一歩も出られなくなる」

    「なっ、本当に失礼ではないですか。そんなもの承知で言わないでください。そもそもこの森、あなた以外に優しくする気がないんですよ。森なんて気まぐれで心がせまーい生き物なんですから」

    ふくれっ面のローラよりも「あなた以外に優しくない」の言葉に引っかかった。そのことに関しては大いに異議申し立てたいことがある。

    「ローラ、僕はね、この森に閉じ込められてもう五年になるんだ。すごいんだよ、どこへ行っても森の入口に引き戻されるんだ。市場の真ん中にも行けないくらいには行動範囲を制限されている。おかげで僕は故郷から引き離されてここで一人寂しく生きていかなきゃならない。こんな森のどこが優しいって?」

    ローラは突然まくしたてた僕に驚いたのかパチクリと目を瞬かせた後、静かに微笑んだ。明らかに少女の笑みではない──確か故郷の長老が小さな子を見るときにこんな目をしていた──円熟した微笑みだった。ローラは僕の手からするりと紙を抜き取り、丁寧に畳んでリュックにしまった。

    「さて―と。与太話もこれくらいにして、商談を済ませてしまいましょうか」

    「商談?」

    ローラはぱんぱんに膨らんだリュックから大きな本を取り出し、森の奥へ向かって投げた。僕が絵を完成させた後に動物たちが必ず向かっていく方向だ。本は木々の間に吸い込まれ、しばらくしてから勢いよく木の箱が吐き出された。ローラがそれを俊敏にかわしたせいで、箱は僕の顔面に直撃する。ごつっと鈍い音がして箱が地面に落ちた。ローラは箱を拾い上げて中身を確認すると、ニッコリ笑った。

    「まいどありー」

    「君ねえ……」

    まあまあな勢いで飛んできたそれはかなり痛かった。ちょうど角が刺さった気がする。頭を押さえながらローラに駆け寄って箱の中を覗き込むと、四角く区切られた空間に少しずついろいろなものが詰め込まれていた。ベリーの実、どんぐり、木の皮と思しき茶色い板、それに──

    「マツヤニ?」

    「おお、よくご存知ですねえ。そのほかにもいろいろな樹脂をいただきました。樹脂は人気ですよお、食べてよし加工してよし、種族を問わず大人気です」

    「種族?」

    「ええ……ジルさんならもう十分にご存知でしょうが、この世には人間やその他動植物以外に、まったく別の者たちが存在しています。妖精とか神とか鬼とか、呼び方は様々ですが、私はそういう方々に人間の作品を売る仕事をしております。今日はマレの森の主の方が『人間との付き合い方〜怖がらせず仲良くなる方法〜』をご所望だったので、あいたっ」

    ローラがぺらぺらと語っていると、森から木の実が飛んでくる。今度は避けられなかったローラは言葉を切って額を押さえた。そしてぷくっと頬を膨らませて「暴力反対! 本を返してください!」と森の奥の暗闇に向かって叫んだ。初めて見た目と一致した行動を見たような気がする。

    「美術商って、嘘だと思ってた」

    ローラは不思議そうに首をかしげて「私、意味のない嘘はつきませんよ?」と言った。

    「まあ、人間と人間の間を取り持つことは稀ですけどね。他種族の方たちとあまり交流を持ちたがらない、あるいは持てない方と他種族との橋渡しがメインですし」

    続きは毎週月・木曜に順次公開予定です!(祝日及び年末年始を除く)
    日程は公開リストよりご確認ください。

    『龍が泳ぐは星の海』はこちらに掲載しています。

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