「第1回 CGWORLDノベルズコンテスト」では、受賞候補2作品を選出し、CGWORLD.jpにて各作品を全12回にわたって掲載いたします。その後読者投票により各賞を決定し、それぞれ書籍として刊行する予定です。

記事の目次

    「CGWORLDノベルズコンテスト」概要

    第1回 CGWORLDノベルズコンテスト

    ■今後の予定
    12月8日(金)〜:CGWORLD 305号とCGWORLD.jpで掲載と読者投票スタート
    2024年3月頃:書籍時の扉絵イラスト募集
    2024年6月頃:読者投票&扉絵イラスト結果発表

    詳細・総評はこちら

    本文

    小屋へ入ってきたローラは、もうすっかり小屋の住人と言わんばかりに仁王立ちをしていた。

    「ひとまずご飯にいたしましょう。市場では何も買っていませんでしたね。夕食は何を?」

    「え、ああ……夕飯は食べないことが多いんだ。そんなにお腹も空かないし」

    ローラは信じられないといった様子で口を開けた。客を迎える準備もしていなかったから、小屋にある食材は明日の朝食用に買っていたパンと、しなびたレタスしかない。ローラは再び信じられないという顔をして僕に指を突きつけた。

    「食事はすべての基本です! 私がここにいる間は、きっちり三食食べていただきますからね!」

    「は、はい……」

    なぜ僕は出会って一日も経たない少女に叱られているのだろう。

    「まったく仕方のない人ですねえ」

    台所借りますよとローラは大きなリュックを引きずって台所の前に立った。その小言に実家の母を思い出し、口元が緩んだ。ローラはリュックから大きなハムとナイフを取り出した。狭い台所で手際よく、僕が残していた食材たちを蘇らせていく。

    「はい、ローラ特製サンドイッチです! 衣食住を揃えていただく約束ですからね、明日は買い出しに行ってください」

    ローラの剣幕に押されて僕はうなずいた。正直なところ、食事というのは飢えさえしなければよかったのだがローラはそうではないらしい。一緒に住むならそこは擦り合わせたいが、もはやこのパワーバランスは覆らなさそうだったので諦めた。

    「僕、まともに料理できないよ」

    「期待してません。美味しそうな料理の絵でも描きますか?」

    「それは出してもらえるのかな……」

    「まあ、とりあえずいただきましょう」

    二人で手を合わせてサンドイッチにかじりつく。レタスの食感は当然のようにいまいちだったが、少し胡椒の効いたハムが硬いパンの美味しさを格段に上げていた。ローラは二口でサンドイッチを食べてしまうと、今度はリュックから先ほどの絵と羽根ペンを取り出す。名状し難い謎の生き物の背中に、へにゃへにゃの線で何かを描き加えて「うむ」と唸った。

    「そうそう、ジルさん。龍を見たことがありますか? こんなやつです」

    「……どんな?」

    この絵のどこら辺が龍なのだろう。首をひねっていると、ローラは龍らしい物体の隣にまたよくわからない生き物を量産していく。

    「リスとか、猫とか、鳥とか。そういうものは森に連れ出されるんでしょう? だったらユニコーンとかドラゴンとかキキーモラとか、そういうものは出てこないのですか?」

    最後の一つはなんだろうと思いながらも僕は首を振った。前に馬に乗って森を駆ければ追いかけてこられなくなるんじゃないかと考えたことがある。実際、とても速く走る馬が出てきた──速すぎて、僕が乗れなくなるほどには。だいたい絵を実体化させているのが森の仕業である以上、僕の思い通りに動物が出てきてくれるとは思えなかった。

    「森にも好みがあるみたいだ。まず人間は出さない。町にいた人の絵を描いたことがあるけど、それは別に完成しても出てこなかった」

    僕はサンドイッチのカケラを口に放り込み、雑に絵が重ねられている部屋の隅から一枚引っ張り出してローラに見せた。市場で絵を売っているときに暇潰しで描いたものだった。森に持ち帰ったところで「この人が実体化したらどうしよう」と慌てたことを思い出す。もっともその心配は杞憂に終わったけれど。ローラは変な生き物たちを眺めながら唸っている。

    「なるほど。森は絵からこちらの世界に連れてくる対象を選べるということですね。もとより私の絵を実体化してくれなかったあたりでそうとは思っていましたが」

    「いや、それは生き物なのか判断に迷ったのもあるだろうけど……」

    「森から抜けるだけなら高く飛んでしまえばいいと思うのですよね。空は開けていますし、迷いようがないでしょう?」

    僕の言葉をまるきり無視したローラは、あまりにもあっさりと解決策を口にした。僕はローラがいるテーブルの方へ戻る。

    「そんな簡単なの?」

    「単純ですけど簡単じゃありませんよ。この森がやっていることは人を迷わせることです。人を迷わせるためには、それなりに条件があります。周りが見通せないとか、似ている景色が続くとか。空から見てこの森の全体を把握してしまえば、それを避けるように飛べばいいだけになります。もっとも問題はどうやって飛ぶか、ですけどね」

    「それで、龍が必要?」

    ようやく衣食住に加えて龍を所望された理由がわかった。僕はローラに筆を借りて、妙な絵の隣にさらさらと小さな龍を描いてみる。全身はヘビのような鱗で覆われていて、コウモリの翼と鳥の足を持つ……だったっけ。小さい頃に見た物語には、こういう姿の龍が登場した気がする。ローラは小さく描かれた龍をじっと見ながらうなずいた。

    「うんうん。私が描いたものとだいたい同じですね。見本にして描いてくれたんですか?」

    「……ローラ、僕は配慮が足りなかったかもしれない。目が悪いならそう言ってくれればよかったのに」

    「はい? 私は空の上からでも地上を走るネズミを見逃しませんが?」

    「あ、そう」

    目が悪いのでなければ認知能力が少し低いらしい。僕の龍と、隣に描かれた生き物かも怪しい線の集まりを同じだと思うなんて。そしてその口振りからして空を飛んだことくらいはあるらしい。この様子じゃ百年前から生きていたと言われても驚かない。ひとまず全体のシルエットを描いたところで筆を置く。うっかり出てこられても困るからだ。ローラは僕が描いた龍の縁をなぞりながら微笑んだ。

    「美しい……さぞや良い音で飛ぶのでしょうねえ」

    「どうだろうね。そもそも森は出してくれるのかな。僕が逃げるってわかってるのに」

    「ま、それは交渉次第でしょう。私の腕の見せ所というやつです。ひとまず今日はこの辺にしておきましょう」

    ローラは話をそう締めくくり、立ち上がった。僕も立って押入れを探す。もともと画材以外はたいして物が入っていない。冬用の毛布が一枚あるくらいのものだ。これをローラに貸してしまうと僕が寒くなる。

    「あ、お気遣いなく。床で大丈夫です、床で」

    ローラはさっきまで食事していたテーブルの下に寝袋をセットすると「よし」とうなずいた。何もよくない。突然とはいえ来客をそんな場所で寝かせるほど僕は狭量な人間ではない。

    「……体型はそのままで、男の子になれる?」

    「なれますよ」

    ローラはまたスカートをひるがえして回ってみせると、あっという間にサスペンダー姿の少年が現れる。さっき混乱した僕に気を遣ってくれたのか、顔のつくりはそう変わらない。ひとまずこれで一緒に寝ることの罪悪感は減る。

    「ベッドで一緒に寝よう。どうせ冬は冷えるし、子どもサイズの君なら一人ぐらい増えてもちょっと狭いくらいだから」

    ローラは少年らしい快活な笑顔でうなずくと、リュックに寝袋をしまい込んだ。少年になっても変わらない、オレンジ色の明かりに照らされたブロンドを見ていると、いつもよりも部屋が明るく見える。冬の間の寂しさが、少しだけ埋まりそうな気がした。

    続きは毎週月・木曜に順次公開予定です!(祝日及び年末年始を除く)
    日程は公開リストよりご確認ください。

    『龍が泳ぐは星の海』はこちらに掲載しています。

    読者投票

    読者投票は以下からご参加ください。ぜひお気に入りの作品に投票をお願いします!

    読者投票はこちらから

    ※締切:2024年1月25日(木)23:59まで
    ※回答は1人1回までとさせていただきます。