広大かつ高精細なシーン制作を可能にするUnreal Engine 5(以下、UE5)の登場によって、リアルタイム3DCGの世界は大きく変化した。検証結果から見えてきたのは、ツールの進化とシーンの大規模化に伴う「トータルスペックの重要性」。UE5での快適な操作を実現するパーツ選定やメニーコアの有用性について、スタジオブロスの深野氏とエピック ゲームズ ジャパンの塩谷氏に聞いた。
新たなるゲームエンジン時代のテーマは「効率化」
ーーまずは自己紹介をお願いします。
深野:株式会社スタジオブロス 教育サービス部 ディレクターの深野と申します。弊社はリアルタイムCGを得意とするスタジオで、私自身は各企業や専門学校へ向けた教育カリキュラムの作成やインストラクターを行なっています。今年2月にEpic GamesのUnreal認定インストラクターに選定いただき、現在はUnreal EngineとCADや各種DCCツールを組み合わせたトレーニングなどを主に行なっています。また、弊社は国内においてはまだ珍しい、バーチャルプロダクションのパートナーとしてEpic GamesのWebサイトに登録いただいています。
深野暁雄
スタジオブロス 教育サービス部 ディレクター
塩谷:エピック ゲームズ ジャパン・トレーナーの塩谷です。普段はUnreal Engineに関する教育・トレーニングや、国内におけるコミュニティ活動まわりを担当しています。
塩谷 祐也
エピック ゲームズ ジャパン Trainer
ーー教育者やトレーナーとしての目線で、昨今の3DCG制作において新たに求められるようになった要素や技術があれば教えてください。
深野:教育者目線でいくと、Unreal Engineのバージョンが上がったことで、要求されるPCスペックも高まっていると感じます。例えば、スペックが低いPCだと大きいシーンであればUnreal Engineのプロジェクト起動に10分程度待つ場合もあります。「起ち上げてから起動を10分間待ってね」だと学ぶ側も飽きてしまうので、軽量化などの工夫が求められます。もちろんこれは実制作においても同じです。制作できる対象が大規模化する中で、「いかに上手くデータ容量を削減するか?」のノウハウが重要になってきました。
塩谷:ゲームであろうとノンゲームであろうと、世の中的に求められるクオリティは近年上がり続けていますが、これに対して人員数は大きく変わらないのが現実です。この場合、やはり開発におけるテーマは「効率化」になります。ゲームデザイナーやアーティストが直接Unreal Engineを触ってデータのインポートやレベルデザインを行なっていく、非エンジニア職であっても直接的に実装に関わるというスキルが求められる時代になりました。
深野:弊社はバーチャルプロダクションを用いた映像制作を行うことも多いですが、そもそも大画面を描画する時点でかなりPCのリソースを消費します。シーンの切り替えもとても多いため、ここに時間がかかると、出演者や監督、カメラマンなど多くのスタッフをお待たせしてしまいますので、本当に気を遣います。もちろん、現地でリアルタイムにライティングを変更したいという要望もある。求められるものが多様化し、さらにハイスペック化していることで、仕事のやり方も大きく変わってきました。
ーー2022年4月6日にUE5が正式リリースされました。Unreal Engine 4(以下、UE4)時代と比べて、具体的にどういった点が変わったのでしょうか?
塩谷:大きな特徴として、UE5では開発イテレーションを高速化する機能が追加されました。これは規模を問わずあらゆるプロジェクトで有用です。例えばLumenによってLightmapのベイクが不要になり、NaniteによってLODの作成が不要になりました。これらの機能追加によって広大なワールド作成も効率良く制作できるようになったかと思います。またUE4と比べて、エディタとしてもUIが洗練されて使いやすくなっていると思います。
深野:大規模なものをつくるならUE5ですね。UE5 の早期アクセス版と共に公開された公式デモ『古代の谷』などは、明らかにUE4では実現不可能なシーンでした。ただ、総容量は205GBありましたし、大容量化が著しいのも事実です。弊社としても、UE4時代に制作したプロジェクトをUE5に移行する作業は常々行なっています。バーチャルプロダクション業務においては4.27を使っていますが、他の業務については今後UE5で検証・制作を行なっていく予定です。
UE5に必要なスペックは? 注目すべきはコア数とストレージ
ーーここからは検証内容についてお伺いします。まずは、今回検証に用いたマシンについてご説明ください。
深野:今回は検証用にSENSE∞のクリエイター向けマシンをお借りしました。Ryzen 9 5950X、GeForce RTX 3090、メモリ128GBと、非常にハイスペックなマシンとなります。また、比較対象として、私が普段使用しているPCも用意しました。こちらのGPUはGeForce RTX 3090と同様ですが、CPUがIntel Xeon E5-2690(8コア/16スレッド)×2、メモリ128GBになります。筐体とメインボード、CPUは購入時のままで、GPUとメモリを換装しているといった仕様です。
ーーEpic Gamesとして、UE5を動かすにあたって必要なスペックなどは策定されていますか?
塩谷:「ハードウェアおよびソフトウェアの仕様」というドキュメントを用意しています。推奨ハードウェアとして、プロセッサはQuad-core IntelまたはAMDの2.5 GHz以上、メモリは8GB、GPUはDirectX 11またはDirectX 12 対応のグラフィックカードとしています。あとは、ストレージにSSDを用いるのがポイントですね。OS側は256GB、データドライブとして2TBのSSDストレージが推奨されています。シーンデータも大きくなっていますし、Naniteなどはポリゴンをストリーミングしていますので、データ転送速度によってパフォーマンスに大きな差が出てしまいます。
SENSE∞ Unreal Engine 5 動作確認済みパソコン SENSE-F0X6-LCR59W-XAX(検証機)
- CPU
AMD Ryzen 9 5950X
(16コア、3.4GHz)
- GPU
GeForce RTX 3090
- メモリ
128GB
※標準構成は32GB
- ストレージ
1TB NVMe対応 M.2 SSD
深野氏の現行マシン
- CPU
Intel Xeon E5-2690
(8コア16スレッド、2.90GHz)×2
- GPU
Geforce RTX 3090
- メモリ
128GB
- ストレージ
1TB SATA M.2 SSD
ーーこのガイドラインと照らし合わせて、SENSE∞の検証機の印象を教えてください。
塩谷:弊社内での典型的なシステム要件と比較しても、非常に高いスペックであると思います。これであれば十分なパフォーマンスを発揮するだろうと感じました。Ryzen 9 5950Xということで、AMDのメニーコアはエンジンビルドやブループリントのコンパイルの高速化といった部分で恩恵がありますので、コア数重視の構成である点は非常に良いと思います。
深野:私もできることならこちらの検証機をこのまま業務で使い続けたい(笑) ちなみに私たちが普段PCを購入するときも、基本的にはコア数単位で見たコストパフォーマンスを重視します。クロック数も重要ですが、Unreal Engineに絞って言えば、基本的にはメニーコア有利は間違いない話です。
ほぼ全ての検証で2倍以上の時短に!
ーー実際の検証についてお伺いします。今回は3つのシーンで検証いただきましたが、その内容について教えてください。
深野:Lumenのおかげでライトビルドを行うケースは大きく減ったのですが、映像用途などクオリティを追求する場面ではライトベイクが必要になることは少なくありません。そのため、ライトビルドの速度を今回検証しました。検証シーンはUnreal Engineのマーケットプレイスから「BistroRestaurant」、公式サンプルの「自動車コンフィギュレータ」の車体モデルを差し替えたもの、そして弊社オリジナルのカフェと自動車のビジュアライゼーションの3つを用意しました。
まずは「BistroRestaurant」ですが、こちらはUE4向けのシーンをUE5向けに変換しています。ガラスの透過表現や多数のライトがあるため、ある程度負荷の高いシーンです。オーソドックスなLightmass(ライティング事前計算)のシーンとなっています。ライトビルドの検証では、はじめに素早く結果を表示する[Preview (プレビュー)] 設定を試しました。従来機では2分20秒、検証機では1分10秒と、この段階で2倍近い差がありました。ライティングクオリティをHighに上げた場合は従来機で1時間23分22秒、検証機では39分44秒と、わずかに差が開きました。ここまではCPU性能差ということで、納得の結果になっています。
ーーライトビルドはGPUでも行うことができますが、GPUベースでも差が出たのでしょうか?
深野:両PCともにRTX 3090のため大きな差は出ないと考えていましたが、実際にはHigh設定で検証機が1分32秒、従来機が2分7秒と、30秒近い差が出ていました。同じGPUなら同じ結果という単純な話ではないですね。最終的にはシャドウベイクしたテクスチャをストレージに保存するため、CPUやストレージ速度も関わっています。また、UE5ではライトビルドをGPUで行う設定にした際にプラグインやレイトレーシングの切り替え(シェーダコンパイル)が入りますが、これも検証機は21分、従来機は51分と大きな差が出ています。
検証01 BistroRestaurant
ーー続いて、自動車コンフィギュレータの検証結果についてはいかがでしょうか?
深野:まずは初回のレベル起動時の速さですが、これは検証機が24分8秒、従来機が48分22秒と、ほぼ2倍の差となりました。あくまで初回なので時間がかかっていますが、2回目以降はキャッシュによって大きくスピードアップします。そしてその後、パストレースで617フレームレンダリングを行いました。60フレーム経過時点では検証機が9分、従来機が25分。617フレームまで完了した時間は検証機が1時間45分、従来機が4時間46分と大きな差が出ました。
塩谷:3倍以上の差が出ていますね。今回はフルHDかつ低サンプリングですので、クオリティを追求する場合はさらに設定を追い込む必要がありますが、その場合は今よりも差が開くものと思います。ノイズ除去もCPUベースになりますので、ハイクオリティな映像制作ではCPU性能の恩恵が得られやすいと思います。
深野:Mayaを使っている人から見れば、600フレームを超えるパストレースのレンダリングが2時間弱でできること自体が驚きではないでしょうか。そこはUE5の凄さですよね。もちろんサンプリング数をもっと上げればクオリティは高まります。
検証02 自動車コンフィギュレータ
ーーなるほど。では最後に、3つ目の検証について教えてください。
深野:本シーンは、Megascansアセットや2K,4Kテクスチャを多用し、背景の人物にはキャラクターアニメーションが入っています。ムーバブルライトも多数配置しており、シェーダコンパイル総数は約2万という負荷の高い内容になっています。こちらの初回起動時間とシェーダコンパイル、レベルの切り替え時間などを検証しました。起動時間は検証機が6分48秒、従来機が11分46秒と約2倍、シェーダコンパイルはCPU性能が顕著に出て検証機は18分59秒、従来機は1時間15分34秒と大きな差となっています。ちなみにこちらも2回目以降の起動ではキャッシュによってスピードはかなり速くなります。一方、レベルの切り替えは検証機が1分12秒、従来機が1分13秒とほとんど差はありませんでした。
ーーライトの数なども非常に多いですね。フレームレートはどの程度出ていますか?
深野:Screen Percentage 100% Full-HDだと検証機が50fps、従来機は32fps。実質4Kレンダリングとなる200%まで設定を拡張しても24fps、15fpsと、ある程度フレームレートは担保されていました。映画では24fps、ビデオでは30fpsを切ると、バーチャルプロダクションでは使えません。ここは毎回戦いになるところで、われわれは1fpsを上げるために細かな調整を行なっています。シーンを調整するのは時間がかかりますし、結局最後はマシンパワーが物を言いますね。
検証03 スタジオブロス制作のカフェと自動車のビジュアライゼーション
UE5を最大限活用するためには マシンスペックの知識も必要
ーーここまでの検証結果をふまえて、Unreal Engineを使用する際に特に重視すべきパーツやスペックなどがあれば教えてください。
深野:今回試してわかったのは「バランスの重要性」です。従来機のように、GPUやメモリを増強しながら長く使うことも可能ですが、トータルバランスの良いPCは本当に速いです。どこか1つのパーツを1点突破で強化するのではなく、組み合わせこそ大切だと感じました。
塩谷:バランスが大切なのはもちろんですが、私からは「SSDはマスト」というところを強調したいです。Naniteのパフォーマンスに大きく関わりますし、UE5は扱うファイル容量も大規模化していますので、転送速度は重要になります。またSSDもM.2 SSDであればより良いです。トータルで見て、今回の検証機は非常にクリエイター向けとしてオススメしやすいと思いました。
深野:静音性や水冷の快適性も好印象でした。今回は検証以外に「City サンプル」プロジェクトも開いてみたのですが、あの規模感のシーンでも2~3分で開いて、40〜50fpsは出ています。これでも、水冷なので冷たい風が出てくるんですよ。
塩谷:City サンプルで40〜50fpsをキープしているのは本当にすごいです。UE5の広大な世界を十分に動かし得るということで、開発にも有用なマシンだと思います。
検証機での「City サンプル」挙動
ーー最後に、Unreal Engineの今後の活用の広がりと、これからのクリエイターに求められることを教えてください。
深野:現在はサンプルデータの大容量化やシーンの高負荷化に伴い、シーン展開に時間がかかるようにもなりました。抵抗なく気軽にUnreal Engineを扱うことのできるハイスペックPCを使って、効率良く学習や制作をしていく必要があります。そのためには、今後はクリエイターにもPCスペックの知識やノウハウが求められてくると思いますね。
塩谷:Unreal Engineの活用という意味合いでは、映像用途などこれまでプリレンダーにて制作されていた方にもっと広がってほしいと考えています。ここ最近では漫画・イラストであったり個人でグリーンバックを使ったバーチャルプロダクションの事例も増えてきています。これから Unreal Engineに挑戦される方は今まで触れてこなかった3DCGに初めて触る方もいるかと思いますので、公式・コミュニティ問わず公開されている学習教材などをキャッチするスキルは養っていただくと良いかと思います。
TEXT_神山大輝/ Daiki Kamiyama(NINE GATES STUDIO)
PHOTO_蟹 由香 / Yuka Kani