等身大のアート作品からフィギュア原型、CADを用いたDIYまで、クリエイターにとって身近になった3Dプリンタ。中でも、インクジェット方式でUV(紫外線)硬化型のミマキエンジニアリング(以下、ミマキ)のフルカラー3Dプリンタ「3DUJ-553」は、その発色の良さとクリア感という特徴がクリエイターの感性を刺激する1台だ。そこで今回、デジタルアーティストの森田悠揮氏の作品3点を同機種で出力し、クリエイターの観点からその実力を評価してもらった。
かねてより立体造形に取り組んでいた森田氏
森田氏は3年ほど前から3D出力を利用した立体造形の美術作品制作にも精力的に取り組んでいる。「造形自体はずっと昔から好きでした。自分でもやり始めたきっかけはガレージキットイベントのワンフェス(ワンダーフェスティバル)。そこでいろんなクリエイターの出典作品を見ていたら、つくりたいなという欲求が高まっていったんです」。
森田悠揮氏
デジタルアーティスト・立体作家
日本のキャラクター文化の中で育ち、大学卒業後はクリーチャー・キャラクターデザイナーとして活動をする。”万物に宿る神”とつながるため、自然界の見せる無限のパターンや流れ、形が形成するプロセス、力学的作用、生命の持つ環世界やシステム、そして意識や存在の在処などの精神世界など、この世の自然発生的な存在すべてにインスピレーションを受け、それらを自身の神道的思想やスピリチュアル思想に落とし込んだ作品を制作。表現方法はデジタル造形から流体シミュレーションまで3DCG全般の技術を使用し、作品ごとに様々なアプローチやCG技法を試みている。作品形態は立体から映像やNFTアートなど多岐にわたる。
www.itisoneness.com/
立体造形をつくるなら、大量生産をするようなものではなくて大きめのサイズの一点ものをつくりたい。そういう気持ちが強かった森田氏は、対応できそうな海外の工場を見つけ、3D出力を依頼するようになる。「サイズ感はだいたい70cmから1mぐらいと大きいものが中心なので、香港とアメリカにある工場に依頼して、出力してもらっています。一番大きいものだと1.8mもあったり」。
これらは光硬化性樹脂(レジン)を使った3Dプリンタで出力され、パーツ分けされた状態で森田氏の元へ納品される。しかし、そこからの作業がなかなか長い。ヤスリを使って地道に積層消し、サポート材の跡消しを行い、必要な部分をパテで埋め、塗装を施すのだ。
「サイズが大きいと表面がのっぺりしていることが多いので、積層がより目立つんですよ。スタッフに手伝ってもらいながら、自分でも磨きます。塗装が終わるまでけっこう時間はかかりますね」。
福井信明(のぶほっぷ)氏がミマキと森田氏を繋いでくれた
実は森田氏、数年前にミマキからの誘いを受けて、3DUJ-553で「結晶蛇」という作品を出力してもらっている。長辺40cm程度と大きめのサイズである。
そのきっかけをつくってくれたのは、2020年に逝去したZBrushの伝道師として知られる福井信明(のぶほっぷ)氏。ミマキが出展していたとあるイベントで福井氏がデータ協力をしており、そこに森田氏が立ち寄ったのだ。森田氏はブースで福井氏と対面し、福井氏の立体造形作品を見ながら会話を交わした。それをきっかけに、福井氏がミマキに森田氏を紹介し、そのながれでミマキと森田氏が繋がったのだ。
「そのときの『結晶蛇』が3DUJ-553で出力した最初の作品です。出てきたものを見たときのことを覚えています。『めっちゃすげえ』と。クリアパーツが出るのが新鮮でしたし、一体型でそのまま出てきてパーツ分割の必要もないところに驚きました。今も自宅に飾ってあります」(森田氏)。
森田氏の作品3点を横に並べて3DUJ-553で一括出力
本企画では、森田氏の作品を3点、手のひらサイズで出力した。その理由はふたつある。まずは3DUJ-553の「インクジェット方式」、「UV硬化型」、「水溶性サポート材」のメリットが最大限活きるのが、カラフルで複雑なディテールを持つ、手のひらサイズの作品だからである。
もうひとつの理由は、3DUJ-553はインクジェット方式のため、作品1点を出力しても、複数の作品を横に並べて出力しても、出力時間は15~16時間と一定だということ。幅50cmに3つの作品を並べて出力するとちょうど良いということで、森田氏から3作品を提供してもらった。
作品1 「煉獄」
最初の作品は、過去に1.8mという巨大サイズで3Dで出力した立体造形「煉獄」。
「3年ほど前に大きな一点ものがつくりたくて、ZBrushで制作した作品です。まだそれほど出力経験がない段階の作品なので、不安もありながらチャレンジしてつくりました」(森田氏)。
作品2 「結晶蛇」
続いての作品もまた立体造形を想定してつくられたもの。クリスタルや蛇に沿って背中に生えている白いオブジェクトなどの大量に配置されたパーツ、カーブに沿った身体のポージングなどを含め、全体の6割をHoudiniで制作し、残りをZBrushで仕上げた。前述の通り、以前3DUJ-553で長辺40cm程度で3D出力したことがある。
「作品の見どころがクリスタルで、どうせ立体にするなら素材を本物のクリスタルにしたいと思っていたんですが、調べてみるとどうも労力に見合わない可能性が高くて、いったん止めたんです。そこにミマキさんが声をかけてくれて、立体造形作品として再始動できました」(森田氏)。
作品3 「Mother Harpy」
最後の作品は、ボーンデジタル主催の講座「ZBrush造形合宿」の中で、その場で4時間ほどかけてつくったもの。
「これは重心やパーツ、空間など物理的な制約をあまり気にせずに、一枚画の造形作品としてつくった作品です。なので、今回出力用に少しデータを修正しました。すき間を埋めたり、羽根のつけ根など、強度が必要な箇所を中心に厚みをつけたりです」(森田氏)。
データ修正や出力、仕上げにもミマキが協力
今回3DUJ-553での出力にあたって、森田氏の作品データのチェック、出力やサポート材の除去、仕上げの塗装などを行なったのは、ミマキの上原久幸氏と同社の子会社で出力サービスを提供するグラフィッククリエーションの小野敏貴氏。
上原久幸氏
株式会社ミマキエンジニアリング
JP事業部特販部 3D営業グループ
japan.mimaki.com/
小野敏貴氏
株式会社グラフィッククリエーション
www.graphic-creation.com/
【Information】
同社が提供する一般向けフルカラー3Dプリンタ造形サービス「GCC-3D」
www.gcc-3d.net/
フルカラー3Dプリンタ「3DUJ-553」の特徴
今回使用した3DUJ-553は2017年に発売を開始した、最大出力サイズはW500×D500×H300mmのフラッグシップモデル。製品の大きな特徴は3つある。
1,000万色以上の表現力を持つ優れた発色
フルカラー3Dプリンタとしては、従来から石膏を用いたタイプがあったが、石膏の粒を接着剤で固める方式のため、見た目が白っぽくなってしまうという弱点があった。インクジェット方式はインクそのものを固めているため発色が良い。
クリアパーツの造形が可能
透明インクが用意されており、他の3Dプリンタでは実現できないクリアパーツの造形が可能である。
水溶性のサポート材を利用できる
水溶性のサポート材を利用すれば、出力後、水に浸けておくだけでサポート材が溶け出し、作品が完成してしまう。3DUJ-553であれば、従来の3D出力における手間のかかる後処理のひとつ、サポート材の除去やサポート材跡の処理がかなり簡便になる。
なお、ミマキでは、最大出力サイズがW200×D200×H70mmと小型の「3DUJ-2207」も販売している。「3DUJ-2207は、エントリー向けのフルカラー3Dプリンタですが、世界的に見てもリーズナブルで導入しやすい機種です」(上原氏)。
データ入稿以降の作業のながれ
PLY形式(点群データや3Dメッシュ保存用の汎用フォーマット)で入稿されたデータは、小野氏の手によって「エラー修正」、「色味の調整」、「自立の調整」が行われた。
1. エラー修正
ポリゴンに穴が空いている、重なっている、エッジにすき間がある、法線が逆転しているといったエラーを、「Materialise Magics」で自動修正する工程。今回森田氏から預かったデータにはあまりエラーはなく、このMagicsで数点自動修正した程度だったそう。
「ZBrushは最初から体積をもったモデルの制作を念頭に置いているので、ZBrushで制作したデータで深刻なエラーが発生したケースはありません。注意が必要なのはサーフェスモデラーです。板ポリで組んでしまったり、すき間が空いて裏面が全くないといったトラブルがあります」(上原氏)。
2. 色味の調整
今回、まず色味や強度などの確認のために出力したものを、森田氏に監修してもらった。
「発色自体はめっちゃ良くてデータ通りなんですが、素材が半透明という特性上、光が拡散して少し明度が上がってしまうんですね。なので、『煉獄』と『Mother Harpy』は、もうちょっと質量のある感じというか、重厚感がほしいなということで、明度を下げて暗い色をつくったり、影やミゾをくっきり黒く出してもらいました」(森田氏)。
3DCG制作では、ツール内でライティングによってできた影に見慣れてしまっているため、実際に3D出力してみると影ができず、立体感に乏しいルックとなる。そのため、市販フィギュアの塗装のように、影を塗り込んでコントラストを付け、綺麗に見せるということだ。
森田氏からのフィードバックを受け、小野氏がコントラストの調整や再着色などの作業を行なった。そして2回目の出力では、修正したもののほかに、バリエーションとして小野氏自ら色味を提案したものもいくつか用意した。
「色味については注意が必要です。3DCGツールでの作業時に、シェーダや光源の設定をなるべく現実世界に揃えて、非現実的な味付けを排除してもらうことで、手戻りを防げると思います」(小野氏)。
3. 自立の調整
画面内で完結する3DCGと違い、立体造形は現実世界で自立するようにつくらなくてはならない。そのためには台座を付けたり、重心を調整したりといった調整が必要になる。
「今回、『煉獄』には台座がついていましたが、重心が少し後ろ側にあって、台座と足の裏の軸が細かったため、後ろに倒れてしまいました。そこで2回目の出力では、足元にクリアパーツを追加して軸を太くしました。『Mother Harpy』についても、別途クリアパーツの台座を追加しています」(小野氏)。
半透明という素材を活かした作品との相性は抜群
今回、3DUJ-553で出力した作品を手に森田氏は、「モチーフとの親和性が特に大事だと思います。そこがハマれば色修正も必要なく、ひとつの作品として成り立つはずです」と話す。
光にかざすと透明なエッジが全体をコーティングしていることがわかり、その点が特徴的だと話す森田氏。その実、3DUJ-553での出力は白いベースの上に透明な層が乗り、さらにその上にカラーが乗る。細かなディテール部分には白いベースが少なく透明部分が増えることから、透けて見えるというわけだ。
「この透け感、このサイズ感だとめちゃくちゃ面白いなと思います。柔らかいもの、動物や花のSSS(サブサーフェススキャタリング)表現とか、モチーフ次第で新しい見た目になりそうです。『結晶蛇』のクリスタルっぽい積層も、レジンの積層とは違って逆に良いなと思います」(森田氏)。
上原氏は、クリエイターが3DUJ-553を活用するアイデアとして、手のひらサイズの立体造形作品の小ロット生産を推す。「フルカラー3Dプリンタはどちらかと言うと小さくて複雑なものの出力が得意です。手作業なら1個1日かかるものが、3DUJ-553なら横に10個並べて1日でつくれます。しかも、塗装済み完成品として、作品として販売できるレベルのものですから、ぜひクリエイターさんたちに活用してほしいです」。
今回の出力検証でアーティストとしての感性が刺激された森田氏。取材の終わりに、「この3DUJ-553もそうですけど、今3Dプリンタは素材の選択肢も増えてきてますよね。金属とかゴムとかに出せるものもありますし。だから、そういった面白い素材を組み合わせてひとつの作品に仕上げるようなことをやってみたいですね」と、3Dプリンタのさらなる進化に期待をにじませた。
「Mimaki Creative Lab」で無償体験を
クリエイターにとって、こうした最先端の出力機器を試す機会はなかなかないが、創作活動のインスピレーションを得る有力な手段である。ミマキは、デジタルモノづくりスペース「Mimaki Creative Lab」を常設しており、3DUJ-553を含む最新の出力設備を無償で体験できるよう、門戸を開いている。下記フォームより予約申し込みが可能なので、ぜひ活用してほしい。
【Mimaki Creative Labの予約申込はこちらから】
japan.mimaki.com/lab/creative/inquiry.html
お問い合わせ
株式会社ミマキエンジニアリング
japan.mimaki.com
3Dプリンタに関するお問い合わせはこちら
japan.mimaki.com/inquiry/3dprinter/
TEXT _kagaya(ハリんち)
EDIT_武田かおり / Kaori Takeda
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota