Khakiの若手Blenderアーティストの仕事を紐解く。MILLENNIUM PARADE第2弾MV『M4D LUV』のメイキングセミナーをレポート! #MADE with Razer Blade
2024年9月14日(土)、東京・秋葉原のRAZERSTOREでイベント「MADE with Razer Blade」が開催された。登壇者は、数々のハイクオリティなCG作品を世に送り出すVFXアーティスト集団「Khaki」のアーティスト3名。会場では、7月末に公開され話題を呼んだ、新生MILLENNIUM PARADEの第2弾MV『M4D LUV』のブレイクダウンを、Razer Bladeを使いながらハンズオンで紹介した。ここでは、クリエイションの裏側からPC選び、そしてQAセッションまで、イベントの全容をレポートする。
登壇者
【CG Supervisor】横原 大和 / Hirokazu Yokohara
【Environment Artist】仁後 雄理 / Yuri Nigo
【CG Artist】井上 琢登 / Takuto Inoue
【CG Artist】永野 泰地 /Taichi Nagano
Khakiについて
Khakiはメンバー全員が演出家でありVFXアーティストです。作品ごとに最適なチームを組成し、最良の映像を生み出します。CM、MV、アニメーション、プロジェクションマッピングなどあらゆる媒体におけるVFXのディレクション・デザインを行なっています。
MV制作のメインツールはBlender
仁後雄理氏(以下、仁後):エンバイロンメントアーティストの仁後です。今回登壇する3名では中堅どころで、若手にレンダリングを軽くする方法とかシーンのつくり方をアドバイスしたり、相談に乗ったりという立ち位置でした。
井上琢登(以下、井上):CGアーティストの井上です。CG歴は2年ほど、入社してまだ半年ぐらいです。
永野泰地(以下、永野):CGアーティストの永野です。CG歴は1年2ヶ月、入社して半年も経っていません。
仁後:新生MILLENNIUM PARADEはこれまで2作品をリリースしていますが、『GOLDENWEEK』、『M4D LUV』のどちらもMV制作をKhakiで担当しました。今回はセカンドの『M4D LUV』のメイキングを紹介します。
永野:ではまず私から、まずMV制作のメイン3DCGツール、Blenderについてお話します。
Blenderをメインツールに選んだ理由は複数あります。無料で使えて、拡張機能が豊富にあって情報量も多く、先進性、革新性、代謝のスピードが優れているからです。CG業界全体でも導入例が増えています。
──皆さんもう完全にBlenderがメインですか?
永野:ほぼ完全にそうですね。
仁後:僕は去年までCinema 4Dがメインで、Blenderなんか使いたくないと思ってたんですが(笑)、今はもう9割Blender。かなり便利になってます。
永野:私の原体験はスター・ウォーズのレゴを使ったコマ撮りアニメーションをYouTubeで観たことでした。私立文系の大学に通っていたんですが、4年生の終わり頃には、カメラの構図やアングルに興味が湧いて、自分でカメラを置きたい、操作したいと考えるようになって。
──それでBlenderを触り始めたと。
永野:はい。無料だしやってみようということで触りはじめたら面白くて。始めてから4ヶ月で、コンポジットまでBlenderで完結させた作品をつくりました。それをKhakiにポートフォリオとして提出したんです。
──独学、4ヶ月で!参考にした作品は?
永野:好きな作品はたくさんありますが、そういったコンテンツを消費者視点ではなく、俯瞰して分析的に観て、自分の作品に落とし込みました。
仁後:無料で使えるBlenderがあることで、センスのある若いクリエイターがより表現活動をしやすくなっていますよね。Khakiとしても才能のある人材を見つけやすくなったと思います。
──井上さんの3DCGとの出会いは?
井上:僕は2年ほど前にmillennium paradeの『Fly with me』のMVを観て刺激を受けて、未経験からBlenderを始めました。
井上:それで、始めて1年ほどでこういうポートフォリオのデモリールをつくって、Khakiに提出したんです。
──永野さんも井上さんも、CG歴が短いのにポートフォリオの完成度が高い!驚きました。
永野氏が担当した『M4D LUV』のシーン
永野:では、私が担当した『M4D LUV』のシーンを解説したいと思います。今回、制作上大きな役割を担ったのはBlenderです。モデリング、テクスチャ、背景、ライティングをBlenderで制作しました。そしてシミュレーションはHoudini、アニメーションはMaya、コンポジットはNukeを使いました。
永野:左側がKhakiで制作したプレビズ、右側が51テイク目の完成ショットです。決定事項は人物のポーズと位置だけでした。どうつくっていくかは自分たち次第という状況で、雰囲気や構図、場所を自分で決めていく必要がありました。
イメージの具現化に有効な手段をバージョン1から51の間で試行錯誤しながら探していきました。
永野:このシーンは実在する東京のスポット、渋谷西武近くにある特徴的なガードレールを題材につくりました。モデル制作の前段階として、膨大なリファレンス画像を集めて、MILLENNIUM PARADEが求める「東京」とはどんな場所なのかを探ったんです。そうした写真や素材は1枚のボードにまとめました。
──バージョン51まではどんなテイクを重ねたのですか?
永野:特に最初のテイクでは、なぜこういう姿勢になっているのか、妥当性がない点を指摘されました。画から説得力を感じないということです。それで、背景を考え直したりしたんですがどれも全部ダメで。
仁後:それで一回ぶち壊した。
永野:はい、方向性を変えて、ポールの間をくぐらせるという構図に。
仁後:それがバシッと決まって「いいね!」となったんです。そこからは詰めていく段階に入りました。
永野:1秒足らずのシーンをつくるのに、入社1ヶ月で厳しいプロのスタッフからダメダメと言われ続けて51バージョンも重ねました。すごく大きな時間と努力で生まれたシーンです。
仁後:ボードに進捗を残しておくのも大事ですね。制作が順調に進む場合は良いんですけど、俯瞰で見た時に「前につくったバージョンの方が良かったかもな」と後戻りもできますから。
永野:このシーンのBlenderファイルの中は、カメラ外はごくシンプルにしながらも、映るところは細かく何十時間もかけてつくり込みました。Khaki全員がそのようにつくっていて、1本のMVに多大な労力がかかっています。
思い出深いエピソードがあります。納期1日前にマンホールが浮いていることがわかって、無理を言ってギリギリで出し直しをさせてもらったんです。「一生残る作品なので、今言わないと後悔する」と思ったので。
──もう1カット、胸を押さえて倒れているカットがありますね。
永野:はい。このカットは、“漏らしている”表現がほしいと言われて制作したものです。これは、Blenderで水たまりをつくれば表現できると思って、YouTubeでチュートリアルを探して見て、その手法を応用しました。
──YouTubeを活用することが多いのですか?
永野:ほぼ100%YouTubeのチュートリアルから学んでいて、いつもそれをどう応用して作品に落とし込むか意識しています。
井上氏が担当した『M4D LUV』のシーン
井上:では次に、僕が担当したカットを解説します。まずは物量で、当初5カットの予定だったところが、最終的に14カットに増えて、作業が大変でした。
仁後:カットが増えたことで演出のクオリティが上がったので良かったです。ただ、井上さんは当時入社4ヶ月程度だったので、約1ヶ月間でその量をこなすために、ちょっとテンションがかかっていました。
井上:その物量に対応するために今回、プロジェクターで画像を投影する要領でモデルに画像を投影する「投影マッピング」を利用しました。投影マッピングを使うと、高解像度の写真をモデルにテクスチャとして適用できます。
なので、投影マッピングを使うと一定のクオリティを保ったカットを効率的に作成できます。
それと今回、MVのテーマとして渋谷の“汚し”表現をどう再現するかという問題がありました。ここでSubstance 3D Painterなどの工程を挟むと時間がかかるので、写真1枚で汚しも表現できる投影マッピングが有利でした。
もう1点、投影マッピングはカメラワークと相性が悪く、動くと見えちゃいけないものが見えてしまう場合がありますが、今回カメラの移動が少ないカットが多かったので、その点でも投影マッピングが適切でした。
井上:地面のテクスチャを投影マッピングした例を見てください。「first」が写真を投影マッピングして簡単なライティングをした状態、「final」がつくり込みをした完成ショットです。写真を投影しただけでもこのくらいのクオリティになります。かかった時間は半日程度です。
──カットの制作手法はその都度自分で考えて選んでいくのですか?
井上:案件によりますね。社内のアーティストやディレクターからアドバイスをもらう場合もありますし、自分で効率良い手法を知っていれば自分で進める場合もあります。
永野:Khakiには、クオリティが高いものができるなら、使えるものはどんどん使おうという、柔軟な姿勢があります。入社して、良い意味で驚きました。
仁後:CGをやっていると「実写にかなうものはない」ということをたまに忘れちゃうんですよね。いくらCG表現を突き詰めても、リアルな写真にはかなわない。モデリングせずにリアルな写真を貼るだけでクオリティが担保できるならそうしたほうが良い。
僕もディレクターから「どれだけ楽して、手を動かさないで良いものをつくれるかを意識しろ」とよく言われます。
井上:もうひとつの例を見てください。先ほどのよりもさらに投影マッピングを有効に使えていると思います。ファーストテイクはテクスチャ1枚を貼るだけ、10分ぐらいで終わりました。
完成ショットにはクロスシミュレーションや服のテクスチャを追加していて、より良いものになっていますが、ファーストと完成でパッと見の印象はそれほど変わっていないと思います。
仁後氏が担当した『M4D LUV』のシーン
仁後:では最後に僕が担当したシーンを紹介します。いかに「手を動かさないか」をわかってもらえる、MVのファーストカット、主人公のアケルが住んでいる家です。
仁後:次のカットでは、アケルが寝室で寝てるカットに移るので、まずは家の外観を捉えたシーンになります。
設定としては、ごく一般的な家庭で育った人間だから、「のび太」の家のようなイメージが良いんじゃないかという話になりました。それでリファレンスを集めて築年数と外観のパターンを用意して、いろいろと試しました。
──左の上下2枚は少し荒れた印象を受けますね。
仁後:はい。なのでちょっとちがうと。逆に綺麗すぎて人間っぽくないのもダメで、経年劣化はあるけれどもほどほどのところを探って、何枚もレンダリングしてテストしました。それで右上の1枚に落ち着きました。
そしたら今度はチームから「遊び心を出したいよね」というアイデアが出ました。それで、落書きの画像をもらったり、タバコの吸い殻を置いたり、ディテールを加えて完成したのが右下です。
──実在感が出ましたね。
仁後:主人公のアケルは休日には部屋の窓から屋根に出て落書きをしたり、隠れてタバコを吸ったりするだろう、靴も置いてあるだろう、という。やっぱり右上の状態だと人間味がなくて無機質な感じに見えますから。
──「手を動かさない」工夫はどのようなところで?
仁後:RealityScanとScaniverseを使いました。無料で、スマホ1台あって写真が撮れれば、これくらいクオリティの高いアセットがつくれるという好例です。
──家のモデルはどうされたのですか?
仁後:日本家屋のベースモデルをBOOTHで購入して、改変して使いました。あとはトタン屋根の板など、TurbosquidやMegascansのスキャンモデルを使っています。
──サンダルの3Dモデルは?
仁後:便所サンダルの良い3Dモデルは売っていなくて、Amazonで実物を買って3Dスキャンしました。3Dスキャンのクオリティはそこまで高くないんですが、引きで使うものなので。
僕はモデラーではなくてエンバイロンメント・アーティストですから、極力自分でアセットをつくらず、モデルを購入したり、3Dスキャンするなりして、カットを捌くようにしています。
──落書きはどうされたんですか?
仁後:落書きやステッカーは、「Stamp It!」というBlenderの有料アドオン(17.75ドル)で壁に貼っています。
Razer Bladeをセッションのデモに利用してみた印象
Razer Blade 16 QHD+ 240Hz OLED - RTX 4070
- CPU
第14世代インテル® Core™ i9-14900HXプロセッサー/2.4GHz、最大 5.8GHz のターボブースト、36MB Smart Cache/24コア、32スレッド、オーバークロック可能
- グラフィックス
NVIDIA® GeForce RTX™ 4070 Laptop GPU (8GB GDDR6 VRAM)
- ディスプレイ
16 インチ/QHD+ (2560×1600) 16:10/OLED テクノロジー/240Hz リフレッシュレート
- システムメモリ(RAM)
32GB ※本モデルの標準搭載は16GB。今回のデモ機はメモリを16GBから32GBに増設してます。96GBまでアップグレード可能です。
- ストレージ
1TB SSD M.2 NVMe PCIe 4.0
『M4D LUV』のブレイクダウン解説が終わり、そのデモに利用したRazer Bladeについて、印象を伺った。
仁後:いちばんに感じたのはディスプレイの発色の豊かさですね。それと、リフレッシュレートが高いと事前に伺っていたのでプラシーボ効果かもしれないですが、Blenderのビューポートの回転やズームの遷移がスムーズな印象でした。
井上:僕は普段デスクトップがメインで、外出時にノートPCを使うんですが、モデリングなどは外でノートPCでやることがあっても、シーン構築はノートPCのスペックだと難しいと思っていたんです。
でもこのRazer Bladeは性能が高いので、シーンもデスクトップ並みに動きます。シーン構築をノートPCでというのは考えたことがなかったので新鮮な感覚でした。
永野:今はまだ出先で作業することはないですが、今後、PCを持ち運んでクリエイティブワークをする案件が増えたら、Razer Bladeは良い選択肢になるかもしれません。
仁後:あとはこのデザインですね。僕は“緑”が大好物なんで(髪の毛の色を見せる)。外観もゴテゴテしたゲーミングノートではなくて、シンプルでエッジのあるデザインで、本体の重さもそれほどではなくて、かなり良いですね。
永野:BlenderはGPUメモリにかなり依存してるので、GPUメモリ12GBのGeForce RTX 4080搭載モデルや、16GBの4090搭載モデルが用意されているのは良いですね。
GPUメモリが足りてないとビューポートの表示ができなかったりするので、クリエイティブ用ノートとして1番重視するポイントです。
仁後:GPUメモリはもちろん、あとは高速なSSDと高性能なCPUもやっぱり大事ですね。Razer Bladeは14世代Core i9モデルにM.2 NVMe PCIe 4.0 x4のSSDを載せられるので、そこは強い。
テクスチャの読み込みや処理はCPUとストレージの担当なので。塵も積もればで、レンダリング時間が1枚1秒減ったら120枚で120秒削減。イテレーション(試行回数)の多さ=クオリティの高さ、絶対正義だと思ってるんで、そこが1秒でも速くなるのは嬉しいです。
来場者からの質疑応答
イベントの締めくくりに、来場者からの質疑応答を募った。
来場者A:投影マッピングで時短をするお話がありましたが、投影してライティングしてみるとどうしても陰影に矛盾が出て、仕方なくモデリングするというケースが多いです。その点どうされていますか?
井上:基本は3Dシーンのライトと照らす方向を合わせた写真を撮ることかなと思います。そうできなくて、ライトがどうしても入ってしまう場合は、別のプロップで隠したりもしています。
仁後:投影する画像は、事前にPhotoshopでできるだけコントラストを下げておいたり、ディフューズのテクスチャとして使えるように調整しておくと上手くいく場合もありますよ。
来場者B:学生です。ポートフォリオ制作についてアドバイスをお願いします。
永野:自分が好きなものだけにフォーカスすることかなと思います。
「こういう表現がウケる」とか「Mayaが使えないと就職できない」とかは関係なくて、自分がいちばんクオリティが出せるツールでつくった、自分なりの感性、自分らしさを100%ポートフォリオに出せれば、就職担当者に響くと思います。
井上:その通りで、僕はmillennium paradeの『Veil』のMVが大好きで、もうほぼ一緒のリールをつくって「millennium paradeのMVをつくりたいです!」ってエントリーしたら受けが良かったみたいなので、やっぱり自分らしさが大事だと思います。
自分が好きなものをつくればやっぱりその人の色が出ますから、心からつくりたいものを提出したほうが良いと思います。
仁後:自分の“癖”を出していくってことですね。自分の癖をどんどん出して「俺はこれしかやりません!」とか「これやらしてください!」って言えるぐらいのほうが、やっぱり組織としてはありがたいですね。
ピーキーな人材のほうが、集中して仕事のクオリティに繋げられると思います。
TEXT__kagaya(ハリんち)