Unreal Engineの習得を無償でサポート!「代々木駅」を制作したヤーッコ・サーリ氏が V-Crew(ブイクルー)研修講師に就任。スキルアップで広がるキャリアの可能性とは?
CGクリエイターとしてのキャリア形成といえば、かつては映像業界かゲーム業界の二択であった。しかし、現在ではCGの仕事は建築、製造、ファッションなど、新たな広がりを見せ、クリエイターたちはその才能を発揮している。
そうした多様な業界でのキャリア開発も支援するのが、デジタルスケープの「V-Crew」という新しい働き方である。この制度では、実務未経験であっても、デジタルスケープの社員としての安定性を保ちながら、取引先企業での実務経験を積みむことができる上、無償トレーニングを通じて、Unreal Engineの実践的なスキルを習得することもできる。
本稿では、V-Crewの研修講師であり、デジタルハリウッド 特任准教授も務めるヤーッコ・サーリ氏を紹介する。Unreal Engineを学ぶことでどのように仕事の幅が広がるのか、具体的なトレーニング内容についても紹介する。
小津安二郎作品や押井守作品が好きになり、来日。CGクリエイターの世界に入る
――ヤーッコさんの簡単な自己紹介をいただけますか?
ヤーッコ・サーリ氏(以下、ヤーッコ氏):ヤーッコ・サーリです。写真家やカメラマン、ドキュメンタリー作品の制作を経て、SonaGraf名義で、フリーランスの3DCGのクリエイターをやっています。CGクリエイターとしてのキャリアは2014年くらいからなので、ちょうど10年ほどになりますね。
――ご出身は?
ヤーッコ:出身はフィンランドですが、日本文化が好きで移住してきました。小津安二郎監督の映画や、押井守監督のアニメ映画のような作品とそこにある日本的なマインドが好きなんです。あと、森山大道さんと細江英公さんのような写真家も好き。日本もフィンランドも木でできた家に住む文化で、精神性に親しみを覚えて移住してきました。どちらの国も家に上がるときは靴を脱ぐ文化なのも良いなと思っています。
――ということは、キャリアはすべて日本に移住されてからのものですか?
ヤーッコ:写真はNew York Institute of Photographyで修得し、映像作品の制作については、フィンランドの学校で学びました。CGクリエイターになってからのキャリアは日本でのものですね。
メディカル機器のデモリールのような作品でキャリアが始まり、様々なものをつくってきました。最近のものとしては、Unreal Engineで制作した『代々木駅』が多くの人に見て頂いた作品になると思います。代々木駅についてはその制作についてCGWORLDクリエイティブカンファレンスでお話させていただきました。
――使用ツールはずっとUnreal Engineですか?
ヤーッコ:いえ、Unreal Engineは比較的最近ですね。キャリアの最初期はLightwaveしか使っていなかったんですが、そこから徐々に3ds MaxやHoudini、Substance Designerなど他のツールも使うようになっていったという感じです。2019年くらいにロサンゼルスでの短編映画の仕事があって、そこでバーチャルプロダクションを使いたいという話になったのがきっかけで、Unreal Engineに触れ始めたんじゃなかったかな。
技術としてはまだまだ黎明期だったんですが、グリーンバックでの撮影に比べて俳優が雰囲気を把握しやすかったり、ポスプロ段階での作業が削減できたりといったメリットに驚いたのを覚えていますね。そこで「これからはリアルタイムCGを使った仕事が増えていく」と感じてから、Unreal Engineを使っています。
最近の仕事で増えているのはUnreal Engine関係
――実際、いまヤーッコさんが手掛けられている仕事のうちどれくらいがUnreal Engineに関わるものなのでしょうか?
ヤーッコ:多分、半分以上はUnreal Engine絡みのものになってるんじゃないかな。前はV-RayとかCinema4Dなんかを使っていたような作業も、最近はみんなUnreal Engineでやりたがりますよ。私の仕事は多ジャンルに渡っていて、歴史を扱うテレビ番組で昔の建造物を再現するものから、工業製品のCMやデモリール、デジタルファッションやボリュメトリックキャプチャまで幅広く扱っていますが、どの分野でも移行を感じますね。
――ご自身の経験も含め、すでに映像業界などでフォトリアル3D技術の知識がある方がUnreal EngineをはじめとするリアルタイムのCG技術を扱うことでのアドバンテージなどが何かあれば伺ってもいいですか?
ヤーッコ:フォトリアル3Dに触れている時点でいろいろなところに必要とされるし、合流するのもかなりうまくいきやすいと思います。今はフォトリアルなものとフォトリアルではないものを混ぜ合わせたような表現が出てきたり、これまでにあったような映像でも違うやり方で制作するようになったり、とにかく作業や表現幅が広がっているので、そうした状況に対して、すでに知識や経験があるというのは大きいです。日本の可愛くスタイライズされた3Dキャラクターが表現される際にも、押井守監督の『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008)のようにセルルックとフォトリアルが混在するようなアートも増えてきましたよね。
CGと無縁な人でもなるべく教えたい
――そんなヤーッコさんですが、近年はV-Crewの講師やデジタルハリウッド大学の特任准教授など教鞭もとられています。その経緯を訊かせていただけますか?
ヤーッコ:デジタルスケープの方から声をかけられて、紹介いただいたんです。デジタルハリウッド大学については以前からXやInstagramで取り組みを見ておもしろいと思っていたので、お話をいただいたときは嬉しかったですね。学校としてのカルチャーやマインドがいい意味で非日本的。
ツールの使い方を教えるだけに留まらず、自分のうちにあるものをどう表現として昇華するか、自分の内にあるものにどう気づくかを教えることができる場所なので、そういったことを講義させていただいています。
――そこからデジタルスケープにもアドバイザーとして入られ、V-Crewでも講師を担当されています。そうした人に教える側のことに取り組まれる理由や経緯は?
ヤーッコ:やりたかったから。いろいろ言いましたが、そもそも人と一緒になにかしたり、共有したりするのが好きなんですよ。今となっては恥ずかしい話ですが、昔の私はすごく自己不信でいつも悩んでいるような人間だったんですよ。自信がないから、何を始めるにもとにかく長い年月がかかる。
ずっとCGに興味があったのに、初めてLightwaveに触れるまで10年もかかった。でも、そんな昔の自分みたいな人間が世界中にいると思っているところもあるんですよ。だから、そういう人たちに対して、声をかけて自分の経験をシェアしてあげたいと思う。楽しいからもっとやりましょうよ、と言ってあげたいんですよね。だから、今この瞬間にCGをやっているわけではないような人ともよく話します。洋服や車のデザイナーのようなCGとは縁が遠いような人でも、こういうかたちでCGを使ってビジュアライズできるとか、こういうところに需要があるといった話をしたりしますね。
――そういったCGとは無縁な人とはどのようなきっかけで繋がるのでしょう?
ヤーッコ:SNSで知り合ったり、イベントで知り合ったりします。何かつくりたいものややりたいことがある人なら、たとえその人がそれまでCGや技術に無縁でも「実はこんなことができます」って教えてあげたいと思うので。
3週間で派遣先の求める技術を身に着けるトレーニングを
――デジタルスケープでのトレーニングや講義についても伺えますか?
ヤーッコ:最近だと、ブリティッシュコロンビア工科大学で映像やCGを学んでいたという子にUnreal Engineの講義を1週間ほど受けてもらって、某CGプロダクションに派遣させていただいたりしましたね。
――1週間はかなり早いのでは!?
ヤーッコ:この子はベースの知識やセンスがあったから1週間で済んだだけで、通常は3週間くらいはかけますよ。ただ、行きたい先、派遣する先に合わせてヒアリングを重ねて、トレーニングを適切に積めば、スキルのカスタマイズはできるんですよね。ちなみに、トレーニング期間も、デジタルスケープの社員としての給与は支給していますよ。
――なるほど。ということは、トレーニングは派遣される先が決まってから受けることになるのでしょうか?
ヤーッコ:そうですね。まずV-Crewに登録して、エントリーをいただく。その後、書類選考や面接を経てデジタルスケープからオファーさせていただく。入社日が決まったら、そこから派遣先を探すことになります。
職場見学のような形で派遣先を検討して、それが決まったら派遣先の要望も取り入れつつ、事前に必要なスキルの獲得にむけたトレーニングの開始です。そこからは派遣先によって様々になってきますが、基礎的なものからHDR、グローバルイルミネーション、アドバンスドライティングのようなものまで。現場での学習も交えつつ、1日6時間ほどトレーニングを積んでいただきます。
――聞く限り、こちらについてはすでになんらかのCGツールの基礎はできている人が対象なのでしょうか。
ヤーッコ:3ds MaxでもMayaでも、ある程度はできた方がいいですね。1年程度でも実務経験があるなら問題なし、専門学校や美大で学んだことがある程度のレベルならぎりぎりなんとか……といったところでしょうか。とはいえ、自分で教えられることならなるべく教えさせていただき、3DCG技術で活躍する人口を増やせればと思っています。
TEXT_稲庭 淳
PHOTO_大沼洋平
INTERVIEW_池田大樹(CGWORLD)