コロナ禍で普及したリモートワーク、地方自治体によるデジタルコンテンツ企業誘致の活発化を背景に、東京一極集中からの脱却が進んでいる。中でも熊本市は企業誘致で顕著な成果を上げている。
2024年4月に熊本スタジオを開設したアニメーションの企画・制作をおこなうC2Cは、わずか約1年で18名体制を構築し、2026年4月には30名弱への拡大を見込む。ゲームの企画・プロデュース・開発・運営をおこなうAimingも2023年9月の進出から約2年で25名体制を実現した。両社はなぜ熊本を選び、どのように現地で人材を確保したのか。
本記事では、10月に熊本市が主催した進出検討中企業向け視察ツアーに参加したOMNIBUS JAPAN、カヤックアキバスタジオの担当者が、すでに進出を果たしたC2C、Aimingの責任者に疑問をぶつけた座談会の模様をレポート。採用戦略、補助金活用、地域との向き合い方など、地方進出のリアルを明らかにする。
プロフィール
吉川まさし氏
C2C 採用担当
2024年4月に熊本スタジオを開設。現在18名体制、2026年4月には30名弱に拡大予定
吉田正広氏
Aiming 熊本スタジオ代表
2023年9月にスタジオ開設。現在25名体制
宗片純二氏
OMNIBUS JAPAN VFX/CGセンター長
山﨑 遼氏
カヤックアキバスタジオ CGプロデューサー・ディレクター
佐川卓也氏
カヤックアキバスタジオ CGプロデューサー
「もう東京にこだわる必要ないかも」というタイミングだった
――それでは、既に進出されているAiming、C2Cのお二方から、熊本進出の経緯をお聞かせください。C2Cの吉川さん、熊本スタジオの立ち上げは2024年4月とのことでしたが、実際に進出を検討され始めたのはいつ頃ですか?
C2C 吉川まさし氏(以下、C2C 吉川):2023年半ば頃です。熊本市から企業誘致のご案内をいただきました。ちょうど弊社も東京スタジオが手狭になっていて、大きなアニメ作品を受けるには人材確保が難しい状況でした。家賃も高く、広いオフィスを確保しづらいという課題もありました。
もともとアニメ業界は東京一極集中が続いていましたが、コロナ禍で遠隔でのデータのやり取りが一般化し、「東京にこだわる必要はないのでは」という考えが出てきたタイミングでもありました。
OMNIBUS JAPAN 宗片純二氏(以下、OMNIBUS JAPAN 宗片):検討から進出まではどのくらいの期間でしたか?
C2C 吉川:約1年です。視察は2、3回程度で、進出の調整は主にオンラインで行いました。弊社代表の山田が熊本の大学出身で土地勘があったことも大きかったですね。2023年後半には物件を探し、採用活動を始めていました。実際の進出は2024年4月です。
カヤックアキバスタジオ 佐川卓也氏(以下、カヤックアキバスタジオ 佐川):進出前から採用活動をされていたんですね。それは具体的にどんなことを?
C2C 吉川:まず熊本スタジオ開設と採用中であることを、熊本のメディアの力をお借りして発信(詳細は後述)しました。その他にも自社メディアでの告知、現地の学校説明会への参加など、認知拡大に力を入れました。結果、現在18名体制で、2026年4月入社予定者を含めると30名弱になる見込みです。
カヤックアキバスタジオ 山﨑 遼氏(以下、カヤックアキバスタジオ 山﨑):すでに、18名というのは、かなりのスピードですね。
――では次に、Aimingさんのお話を。
Aiming 吉田正広氏(以下、Aiming 吉田):弊社の熊本スタジオができたのは2023年9月です。進出検討はその1年前から始まっていたようですが、私自身は知りませんでした。個人的に熊本への移住を希望していて、上司に「熊本に移住したい」と相談したら、「ちょうど九州への進出を検討していたところだった。熊本にするからそこで立ち上げをやってほしい」と言われたんです。
――それは驚きの経緯ですね。吉田さんの個人的な要望がきっかけで進出が決定したということですか?
Aiming 吉田:そうですね。最後の一押しにはなったと思います。個人的な事情で熊本移住を検討していて、本意ではないですが転職も覚悟していました。まさかの展開でした。
カヤックアキバスタジオ 佐川:進出決定後の流れを教えていただけますか?
Aiming 吉田:2023年4月に熊本市と立地協定を結び、採用活動を開始しました。最初の社員が7月に入社できることになったので、そのタイミングで私も単身赴任で熊本に移りました。9月に一気に10名ほど増え、オフィスもできました。その後少しずつ増やして、現在25名です。
現地のテレビCMや学校説明会で人材確保—具体的な採用戦略を聞く
OMNIBUS JAPAN 宗片:両社ともに、かなりのスピードで人材を集められていますが、熊本でのプロモーション方法について詳しく教えていただけますか。弊社が進出を検討する上で、気になるのが「本当に人が集まるのか」という点なので。
C2C 吉川:まず自社のXとホームページで告知しました。それからKAB(熊本朝日放送)さまから取材の打診をいただき、取材いただきました。広報予算がなかったので、「映像会社なのでこんなことができます」とアピールして、ニュースに取り上げてもらう形でのメディア露出でした。学校説明会でもその取材映像を流すということをしてアピールしましたね。また、こちらから地元メディア各社に「一緒にコンテンツを作りませんか」と提案もしました。
Aiming 吉田:我々も同様ですが、それに加えてテレビCMも打ちました。これが一番効果がありました。CMを見て応募、採用した方が3名います。熊本市を走る市電にも広告を出していました。
OMNIBUS JAPAN 宗片:テレビCMというのは、東京ではあまり聞かない採用手法ですね。費用はどのくらいかかったんですか?
Aiming 吉田:正確な金額はお答えできませんが、東京より安かったと聞いています。朝の情報番組のスポンサーとして流しました。細かい採用条件は載せず、「熊本でゲームをつくろう!」とシンプルなメッセージをPRする内容でした。
カヤックアキバスタジオ 山﨑:実際にお集まり頂いた方は、新卒の方と経験者の方でどちらが多かったでしょうか。
Aiming 吉田:両方来てくれて、どちらが多いという印象はないですね。
――学校説明会については、既に関係があった学校で実施されたのでしょうか?
C2C 吉川:すでに関わりがあった学校さんはもちろん、新たにお声がけする学校さんも多かったです。熊本県内では11校、福岡で11校、全国では70校ほどにお声がけをし、返答があった学校様に伺いました。
熊本市でも、UIJターン向けのイベントが開催されていたので、そこにも参加させていただきました。採用活動を実施する上で、熊本や九州圏以外から熊本スタジオへの就職を希望する学生さんもいる事が分かり、UIJターン含め東京都内での求人活動でも東京スタジオと熊本スタジオ両方をご案内するかたちをとりました。
――応募者の質については、どう感じられていますか?東京と比べて教育に手間がかかるということはありますか?
Aiming 吉田:大きな違いはないと思います。ただ母数が少ないので、良い人もなかなかいないとは感じますね。立ち上げ当初は、ゲーム業界の経験がなくとも、一定のスキルがあれば採用していました。エンジニアは私が教えられるのですが、他の職種は教えられる人が東京にしかいないので、初めのうちは東京から出張してもらい、その後リモートで教育していくという体制でした。弊社の第二事業部はリモート文化のない組織だったので苦労しましたが、難しい状況での育成を経て、逆に東京側の育成力も高まったと感じています。
C2C 吉川:採用者の質については、最初は熊本の人材レベルがわからなかったので、まず母数を確保する戦略でした。実際に採用した東京と熊本のアニメーターを比較しても、正直、画力の差は感じませんでした。アニメ系専門学校はオンラインで東京や福岡の先生が全国の生徒に教えているケースも多いので、生徒の能力に差は出ていないと思います。採用コストも教育コストも入社後の活躍度も、東京と熊本で同じくらいです。
OMNIBUS JAPAN 宗片:「CGWORLDクリエイティブクロス」に参加した際、地方ということも影響してか、業界のことをこれから学んでいく段階の学生さんが多い印象を受けました。
C2C 吉川:たしかにそういった側面はあるかもしれません。私の感覚でいえば、それは母数の違いで、スキルと意欲が高い学生さんの割合は都内と変わらないようにも思います。
そこで弊社では、その情報格差を埋める事ができれば学生に興味をもっていただける可能性があると考え、その軸で採用活動に取り組んでいます。例えば、アニメ業界を全く知らない方でもわかりやすい様に、業界紹介を目的にした小冊子などを作り、まずは業界の面白さやキャリアを発信しています。その上で、弊社について知ってもらうという順序です。
C2C 吉川:東京と九州圏の学生の違いという観点で言えば、東京では「やりたい仕事、行きたい会社」を第一に考え、その仕事や会社がたとえ遠方であっても引っ越しや一人暮らしをして就職する学生が多い傾向にあります。一方で九州圏では、個人がそれぞれ考える「生活」が第一にあり、その生活圏や求める生活スタイルの中にやりたい仕事、行きたい会社があれば就職する、という傾向がありました。愛着のある熊本、家族のいる熊本に住むことが前提で、その上で「C2Cの魅力は?」と聞かれる感じです。
カヤックアキバスタジオ 佐川:採用活動で、もっとこうしておけば良かったという反省点はありますか?
C2C 吉川:前提として、熊本の方は地域愛が強い方が多いと伺っていたので、「東京から来たぞ」という印象が少しでもあると引かれてしまうと思い、伝え方は注意しました。「一緒にやりましょう! メイドイン熊本でやりましょう!」という姿勢が大前提です。スタジオとしても、東京が本社で熊本が下請け工場の様なものにする想定ではなく、熊本と東京が良い意味でライバル関係であり、どちらでも活躍してもらえる職場をつくっています。
カヤックアキバスタジオ 山﨑:それは重要ですね。進出する時の姿勢として覚えておきます。
OMNIBUS JAPAN 宗片:初期メンバーとしてどんな人材が最適だと思われますか?
C2C 吉川:うちはたまたま熊本出身のメンバーがいたので、本人の同意のもと、熊本出身者が立ち上げるかたちになりました。ただ、熊本出身だからというより、中堅で、キャリアアップしたい、ゼロベースで新しいものを立ち上げたいという姿勢があったからそのメンバーを抜擢しました。何もないところで自分で答えを探す、失敗しつつやっていくことを楽しめる人材であるかが重要だと思います。
Aiming 吉田:私は、やはり熊本にゆかりがある方を選ぶのがいいと思います。2年経ったら帰りますという意識より、ちゃんと熊本に住んで最後までやり遂げますという意識で来る人の方が絶対いいです。私自身、このオフィスが立ち上がらなければゲーム業界で働けなかったかもしれない、という崖っぷちの状況で来ているので、腹が決まりました。ただ現実的には熊本出身の方は多くはないと思いますので、吉川さんがおっしゃられたような人材であり、尚且つ熊本出身であれば、なおよしという感じでしょうか。
カヤックアキバスタジオ 山﨑:東京から他県出身の人を立てて、部下が熊本出身の方という構図になった時、反感を抱かれるようなことはあるんでしょうか?
C2C 吉川:それはないと思います。そこまでどちらの地域も排他的ではないですね(笑)。ただ、合同企業説明会等で「東京から来ました!」という雰囲気を前面に出していると、少し壁を感じられるだろうなと思います。
Aiming 吉田:逆に、東京から来た方が、方言がわからないとかで疎外感を感じることはあるかもしれませんね。
カヤックアキバスタジオ 山﨑:進出初期とそれ以降で、採用戦略にどんな変化がありましたか?
C2C 吉川:弊社はアニメ制作なので、人数がいないと成立しません。なので、今後も常に新人を採用し続ける方針です。継続的に人材を募集し、いずれは作画作業(アニメの絵を描く作業)を中心にできる限り内製化することが目標です。特に作画は外注より社内で抱えた方が品質面でもスケジュール面でも先を読みやすくなるので制作体制が安定します。継続的に新人を入れ、目標としては、1年後には責任職のヘルプに、2~3年後にはメインで活躍してくれるアニメーターに育てていきたいという目標です。
Aiming 吉田:当初は今以上の規模に拡大する予定でしたが、現在の業界の潮流、全社的にAIで効率化する方向にシフトしていることもあり、初期よりは、より厳選した採用を行っています。とはいえ、この方針の変化は業界、弊社の社内事情によるもので、熊本スタジオに限ったことではありません。また状況が変われば採用の方針も変わる可能性があります。
賢く使えば、3年間家賃が無料、新規雇用1人あたり最大160万円が補助
熊本市では、企業の進出や事業所の増設を支援するため、充実した補助制度を設けている。主な支援内容は以下の通り。
【熊本市の補助制度】
3年以内に5名以上の新規雇用を行うなど、一定の要件を満たすことで、以下の補助が受けられる。
・新規雇用1人あたり最大100万円
・オフィス賃料の最大半額を3年間補助
【熊本県の補助制度】
3年以内に10名以上の新規雇用を行うなど、一定の要件を満たすことで、以下の補助が受けられる。
・新規雇用1人あたり最大60万円
・オフィス賃料の最大半額を4年間補助
【併用時のメリット】
県と市の制度を合わせることで、新規雇用1人当たり最大160万円、実質3年間の賃料全額補助を受けることも可能。
カヤックアキバスタジオ 佐川:次に補助金について詳しく聞きたいのですが、使い道や受ける際の注意点を教えていただけますか?
C2C 吉田:実はまだ弊社は補助金を受給していません。進出から3年以内に条件を達成し、その後、補助金が交付されるという制度なので、まずは補助金なしでスモールスタートしました。条件達成を報告した時のオフィス賃料と雇用人数で補助金額が決まるので、条件達成の期限の中である程度事業規模を大きくしてから申請しようという考えです
Aiming 吉田:熊本市には、進出前の視察に対する補助制度もあります。そこで弊社では、進出前にこの制度を利用し、物件や立地環境等を視察しました。その後、2023年4月に立地協定を締結し、現地での採用活動や物件の契約等を進めていきました。そして、翌年にはある程度の人数が確保できたので、市に条件達成の報告を行いました。補助金は、報告した条件達成日から1年後、2年後、3年後の計3回支給されます。
弊社は3回いただける補助金のうち、最初の交付が今年4月になるよう設定しました。条件にある雇用数にカウントされるには、対象社員が熊本に住んでいるだけでなく、熊本県に住民票がある必要があります。この点は注意が必要です。
OMNIBUS JAPAN 宗片:住民票の移転が条件になっているんですね。それは重要な情報です。
カヤックアキバスタジオ 山﨑:熊本市でのオフィス立地については、東京と比較していかがですか?
C2C 吉川:東京スタジオは古いビルで、最寄り駅から徒歩18分という立地でした。それに比べると、熊本スタジオは家賃も安いのに市内の繁華街に近く、生活圏とくっついている立地で良いと思います。
Aiming 吉田:雑然としている東京と比べると、熊本はのんびりしています。家賃も安くて、みんな助かっているようです。ただ、バスなどの公共交通機関が少なく、夜遅くまで働くと帰れなくなるので、自然とみんな車通勤になりました。東京だと考えられませんが、熊本では普通です。
カヤックアキバスタジオ 佐川:車通勤が基本になるんですね。駐車場は会社で用意するんですか?
Aiming 吉田:弊社では、個人で契約した駐車場代を会社が負担するかたちです。
OMNIBUS JAPAN 宗片:駐車場代以外で、東京と比べてお金がかかることは何かありましたか?
C2C 吉川:個人的な出費で言うと飲み代……ですかね(笑)。仲間意識を作るのが最重要だと思うので、仕事の区切りなどのタイミングでスタジオのメンバーと一緒にご飯や飲みに行くことが増えました。
Aiming 吉田:うちはお弁当で苦労しました。福利厚生の一環で会社からお弁当の半額が支給されるのですが、同じことを熊本でやろうとしたときに、注文から配達、決済手段などの諸条件の折り合いがつく業者を探す必要がありました。なんとか良い業者さんが見つかって、スタッフも満足してるようです。
採用プロモーションと補助金の活用戦略が重要
――最後に、今日の座談会を終えての感想を、進出検討中のお三方からお聞かせください。
OMNIBUS JAPAN 宗片:具体的な数字や実例を聞けたのが非常に参考になりました。特に、補助金の活用タイミングや、地域との向き合い方は、実際に進出されたからこそわかることだと思います。視察ツアーで感じた可能性が、今日の話でさらに具体的なイメージになりました。
カヤックアキバスタジオ 佐川:採用のスピード感に驚きました。1年で18名、25名というのは、正直、地方では難しいと思っていたので。ただ、それには綿密なプロモーション戦略が必要だということもよくわかりました。
カヤックアキバスタジオ 山﨑:補助金終了後のことまで考えておく必要があるという吉田さんのお話が印象的でした。目先のメリットだけでなく、長期的な視点が必要ですね。今日お伺いしたお話を持ち帰って、社内で早速検討を進めたいと思います。
――本日はありがとうございました。
TEXT_オムライス駆
PHOTO_原 史紘
EDIT_中川裕介(CGWORLD)