パソコン工房presents Creator's Clinicは、「プロの技術は何がちがう?」をテーマに、現在第一線で活躍するデジタルアーティストがクオリティアップのヒントを伝授するイベントだ。2017年2月25日、バンタンゲームアカデミー 東京校にて開催となった第二回では、若手デジタルスカルプター男女4名(岡田恵太氏、森田悠揮氏、中井芙美氏、坂上千穂氏)によるZBrushライブスカルプティングが披露された。本記事では、イベントの司会を務めたBLESTAR 和田真一氏(ZBrush公認インストラクター)による解説を引用しながら、わずか3時間(途中休憩10分)でスカルプティングされたクリーチャー4体の制作過程を紹介する。

記事の目次

    岡田恵太氏(代表取締役) 株式会社Villard

    2D/3Dコンセプトアーティスト、クリーチャーデザイナー、デジタルスカルプター。2012年に大阪の専門学校を卒業後、大阪のゲーム会社に就職し、2013年に退職。東京で1年ほど建設現場の作業員(荷揚げ屋)などをしながらZBrushを独学で勉強し、東京のゲーム会社に就職。2015年からフリーランスとなり、DLC『Bloodborne The Old Hunters』などのゲームにおけるクリーチャー制作をメインに活動する。2017年4月にVillardを設立。
    www.villard.co.jp
    www.yuzuki-ko.com
    www.artstation.com/artist/yuzuki

    森田悠揮氏(デジタルスカルプター)

    フリーランスのクリーチャーデザイナー、デジタルスカルプター、CGアーティスト。映画・TV・ゲームのキャラクターデザインやCG制作、TVCM・ミュージックビデオ・広告のアートディレクションなどを手がける。2015年より月刊『CGWORLD』にて「OBSERVANT EYE」を連載中。
    www.itisoneness.com
    www.artstation.com/artist/yuukimorita

    中井芙美氏(キャラクターモデラー)株式会社ModelingCafe

    兵庫県出身。2016年4月よりModelingCafe所属。フォトリアルな動物やクリーチャーをはじめ、様々なキャラクターのモデリングを担当している。
    modelingcafe.co.jp
    www.artstation.com/artist/fuminakai

    坂上千穂氏(キャラクターモデラー)株式会社ModelingCafe

    新潟県出身。ヘアメイクの仕事を約1年経験した後、ゲーム業界に転職。enishにて、スマホ向けアプリゲームのローポリゴンキャラクター・背景などのモデリングを担当。2016年11月よりModelingCafe所属。現在はハイポリゴンも含む、様々なキャラクターのモデリングを担当している。
    modelingcafe.co.jp

    和田真一氏(代表取締役)BLESTAR

    ZBrush公認インストラクターで、自身が経営するBLESTARを拠点にモデラーやコンセプトアーティストとして活動する一方、大阪成蹊大学 芸術学部の特任准教授としてZBrushや美術解剖学を教えている。Pixologic社公認のトレーニング用DVD『BLESTAR ZBrushベーシック』の開発、販売も行なっている。
    www.blestar.com

    北欧神話をテーマに、独自解釈も加えたクリーチャーを制作

    本イベントでは、デジタルスカルプター4名に対し、事前に「北欧神話」というテーマが伝えられた。神話に登場する神々や怪物の中から、岡田氏はヨルムンガルド、森田氏はユグドラシル、中井氏はフェンリル、坂上氏はファフニールを選び、関連する参考資料のデータを持参した。4名とも神話の物語を発想の起点としつつ、独自解釈も加えたクリーチャーを制作し、詰めかけた観覧者を楽しませてくれた。観覧者の大半は何らかの3DCGツール使用経験者で、約半数はZBrushユーザーとあって、和田氏による詳細な解説に聞き入り、時折メモを取る姿も見られた。

    ▲会場風景。本イベントでは、パソコン工房より発売中のiiyama SENSE∞(イイヤマ センスインフィニティ)シリーズ ZBrush & Keyshot推奨モデルが使用された。本モデルは、「初めてのZBrush」をテーマにパソコン工房が構成したPCシリーズだ。ZBrushと、レンダラーKeyShotの使用に特化しており、ミドルタワーモデルとノートモデルの両方が揃っている。詳しくは、下記を参照してほしい

    デジタルスカルプター岡田恵太が徹底検証パソコン工房が構成した予算11万~ZBrush×Keyshot特化モデルの実力とは?
    ▲さらにワコムからは、岡田氏に対してCintiq 27QHD【写真上】が、中井氏と坂上氏に対してWacom Intuos Pro Medium【写真下】が提供された。なお、森田氏は日頃から愛用している13インチの液晶ペンタブレットを持ち込んだ。Cintiq 27QHD(型番:DTK-2000)は2,560×1,440の高解像度、Adobe RGBカバー率97%、カラーキャリブレーションにも対応した大型の液晶ペンタブレットだ。一方のWacom Intuos Pro Medium(型番:PTH660)は筆圧レベル8,192レベルのプロペン2を採用した最新のペンタブレットで、3種類のオーバーレイシート、無線接続、マルチタッチ機能にも対応している

    ヨルムンガルド:Insert Sphereで新しい球体を挿入しては、形を整える

    ZBrush使用暦4年の岡田氏は、ヨルムンガルドを制作した。北欧神話に登場するヨルムンガルドは、世界を包み込めるほどの巨大な蛇とされている。スカルプティングの開始直後「蛇は普段あまりつくらないので、ドラゴンっぽくなるかもしれません」と岡田氏が語った通り、蛇とドラゴンの双方を彷彿とさせるクリーチャーが徐々に形づくられていった。

    手始めに岡田氏はPolySphereを変形し、ヨルムンガルドの口をつくった。PolySphereはプリミティブの球体で、ポリゴンメッシュの分割レベル(Subdivision Level)を変更できる。「思い通りの方向に変形できるので、Snake Hook Brushをよく使います。Insert Sphere機能で新しい球体メッシュを挿入し、Snake Hook Brushで引っ張り、形を整える。また新しい球体メッシュを挿入し、また引っ張って、また整える......の繰り返しですね。そうやってベースメッシュができたら、DynaMeshに変換して一体化します」(岡田氏)。Snake Hook Brush以外にも、Pixologic社が運営する公式サイトのZBrushCentralをはじめ、様々なWebサイトで配布されているブラシや、自作のブラシも愛用していると岡田氏は補足した。

    DynaMeshに変換した後は、トポロジーに縛られない、より自由度の高い造形が可能となる。「この段階では、DynaMeshの解像度を128に設定しています。ある程度まで形ができたら、ZRemesherでトポロジーを再構築し、Subdivision Levelを2に設定します」(岡田氏)。この後、胴体の造形へと移行すれば、数多くのポリゴンが必要となる。それを考慮して、できる限りポリゴン数を節約しながら造形していると岡田氏は解説した。

    ▲PolySphereの挿入と変形、DynaMeshへの変換、ZRemesherの適用を繰り返し、ヨルムンガルドの口をつくっている。口の中から口が飛び出す構造は、ミツクリザメ(特徴的な顎をもった希少種のサメ)を彷彿とさせる

    胴体の大まかなフォルムの造形には、Array Meshが使われた。Array Meshは、任意のメッシュを並べることで新たな形をつくる機能だ。パラメーターへの数値入力によって制御するため、慣れない間は、1度の数値入力で理想の形をつくることは難しい。岡田氏の「感覚で使っている」というコメントに対して、和田氏は「触りながら理想のフォルムを探していくという使い方をする人が多いと思います。限られた時間の中で、長いボディをつくるのに有効な手段ですね」と補足した。

    Array Mesh機能を使える状態にしておくと、マシンの動作が重くなる。そのため岡田氏は形が定まった時点でMake Meshを適用し、スカルプト編集可能なメッシュに置き換えた。次に、先のメッシュに沿ったカーブを制作し、そのカーブに沿って鱗のパーツを並べることで、膨大な数の鱗を一気に配置していった。この配置には、Insert Mesh Curve Brushが使われた。

    ▲【上】Array Mesh機能を使い、胴体の大まかなフォルムを造形している/【下】Insert Mesh Curve Brushを使い、カーブに沿って鱗のパーツを並べている。末端の鱗ほど、細くなる設定が適用されている
    ▲残った時間を使い、さらにディテールをつくり込んでいる。牙のディテールは、Standard Brushでスカルプトされている。この段階でも、Insert Sphere機能で新しい球体メッシュを挿入しては、ブラシで形を整えるというやり方は健在だった。岡田氏の場合は、コンセプトアートの場合も、インゲームのモデル制作の場合も同じやり方をしているという
    ▲完成形。「今日は短時間でのスカルプトだったので、コンセプトアート寄りにしています。大きさ、色、動き方なども想像しながら造形しました。人間は、この歯1本よりも小さい。すごく巨大な蛇という設定です」(岡田氏)
    ▲ヨルムンガルドの完成形(ターンテーブル)

    ユグドラシル:全体を見たときの、形の気持ち良さを重視

    学生時代も含めればZBrush使用暦は5年におよぶ森田氏は、ユグドラシルを制作した。北欧神話に登場するユグドラシルは、9つの世界を内包する巨大な木とされている。森田氏は「"ユグドラシル感"のない、自由な造形をやろうと思います」と前置きした後、異様な姿のユグドラシルを黙々と造形していった。

    前述の岡田氏と同様、森田氏もPolySphereを変形し、全身の大まかな形を探った。「DynaMeshの解像度は64に設定しています。なるべく低解像度の状態を保ち、Snake Hook Brushなどで引っ張っては、 Clay Tubes Brushなどで整えていきます」(森田氏)。

    ▲PolySphereからDynaMeshへと変換し、低解像度の状態で大まかな形を探っている

    カメラを引いた状態で、全方向から全身の形を確認する。シルエットが固まれば、20∼30ほど解像度を上げ、細かいディテールを造形する。それが完了したら、さらに20∼30ほど解像度を上げ、さらに細かいディテールを造形するというのが森田氏のやり方だった。ディテールは、主にStandard Brushを使い、木の根をイメージしながら詰めていったという。「1番重視したのは、全体を見たときの、形の気持ち良さです。どの角度から見ても、気持ちの良いシルエットを探りました」(森田氏)。

    ▲【上】先の状態から20∼30ほど解像度を上げ、さらに細かいディテールを造形している/【下】触手のような頭部は、Curve Tube Brushで制作している
    ▲さらに解像度を上げ、さらに細かいディテールを造形している。「アピールポイントは、頑張って彫ったことですね」という森田氏の言葉通り、ものすごい集中力で緻密なディテールが彫り込まれている
    ▲完成形。本来のユグドラシルは神聖な存在だが、森田氏はあえて邪神をイメージして造形したという。「既存の生物の構造から逸脱した、動物なのか、植物なのか判然としない、微妙なニュアンスの形を目指しました」(森田氏)
    ▲ユグドラシルの完成形(ターンテーブル)

    フェンリル:シルエットを確認しつつ、身体、頭部、指の順番で掘り進める

    学生時代も含めれば、森田氏と同様5年のZBrush使用暦を有する中井氏。液晶ペンタブレットの使用経験はないため、Wacom Intuos Pro Mediumでスカルプティングに臨んだ。北欧神話に登場するフェンリルは、狼の姿をした巨大な怪物だ。ちなみに岡田氏がつくったヨルムンガルドは、フェンリルの弟とされている。「人を食べるという設定の、凶暴な狼系のクリーチャーをつくります」と中井氏が語ったように、大きな口をもつ禍々しいフェンリルが造形された。神話のフェンリルは、当初は普通の狼と同様の大きさだった。しかし、徐々に大きくなり、力をつけていく様子に危機感をもった神々によって、鎖で拘束されることとなった。その鎖も、中井氏は造形した。

    中井氏の場合は、最初にZSphereでフェンリルの身体を大まかに造形した。ZSphereは、球体をつなげて骨組みのような形をつくる機能で、それ自体をスカルプトすることはできない。ただしAdaptive Skinという機能でポリゴン化すれば、スカルプトが可能なベースモデルとなる。中井氏は小まめにシルエットを確認しつつ、身体、頭部、指の順番で掘り進めていった。

    ▲ZSphereをポリゴン化した後、徐々に形を整えている。中井氏の場合は、身体、頭部、指を別々に造形し、後でつなげるというやり方を選択した
    ▲【上】頭部に付ける角の制作過程。 Maskを使ってシャープな段差をつくり、Dam Standard Brushでディテールを造形している/【下】制作中の頭部。耳や牙は、Insert Sphere機能で新しい球体メッシュを挿入した後、形を整えている

    ある程度まで身体、頭部、指を造形した後は、それらをつなげつつ、ポージングが施された。さらに鬣(たてがみ)、舌、細部のディテールを追加し、足下に土台をつくった後、フェンリルを拘束する鎖もつくられた。この鎖の造形には、Webサイトでフリー素材として配布されていたInsert Mesh Curve Brushが使われている。鎖を身体に巻き付ける際には、Curve Functions機能が用いられた。

    ▲【上】制作中の指。ZSphereで大まかに造形した後、ポリゴン化している/【下】身体に指をつなげた後、ポージングを施している
    ▲鬣、舌、細部のディテールを追加し、足下に土台をつくった後、フェンリルを拘束する鎖もつくられた。鬣の房は1つのSubToolにまとめられており、全体の形を大きく変えることができるようになっている。「こういう場合でも、ブラシ設定のTopological というボタンをオンにすれば、ブラシが触れた先のポリゴンとトポロジーがつながっている頂点しか動かないため、房の形を個別に調整できます」(和田氏)
    ▲完成形。狼を彷彿とさせる筋肉のながれと、狼にはない特徴が混ざり合い、強い存在感を生み出している
    ▲フェンリルの完成形(ターンテーブル)

    ファフニール>>ZSphere Rigを使い、ポージングを施す

    ZBrushを使い始めて約10ヶ月の坂上氏は、4名の中で最も使用暦が短い。しかし、それを感じさせない見事なスカルプティングを披露してくれた。なお中井氏と同様、坂上氏も液晶ペンタブレットの使用経験がないため、Wacom Intuos Pro Mediumを使用した。北欧神話に登場するファフニールは、黄金を独占するために家族を殺害し、人からドラゴンへと変身した怪物だ。「神話の物語を踏まえ、黄金に目がくらんで理性を失った卑しさを表現します」と坂上氏は前置きし、制作を開始した。

    中井氏と同様、坂上氏もZSphereでファフニールの身体を大まかに造形した。ポリゴン化した後は、Move Brush、Clay Tubes Brush、Standard Brushなどを併用しながら、全身を大まかに造形し、シルエットが整えられた。DynaMeshへの変換後は、Subdivideのレベルを上げ、徐々にディテールが追加されていった。

    ▲【上】ZSphereでファフニールの身体を大まかに造形している。このZSphereは、後述するZSphere Rigによるポージングでも使用した/【下】Adaptive Skinによって、ZSphereをポリゴン化している
    ▲【上】シンメトリーの状態で大まかに造形し、シルエットを整えている/【下】顔のディテールを造形している

    前述の通り、ファフニールは人からドラゴンへと変身した怪物だ。そのため腕や胸の筋肉は、あえて人間らしい形にしたという。「黄金をかき集めて独り占めするため、腕は人の形を残しており、身体に対して大きめでもある。でも、脚までは気が回らず、退化している。そんな設定を反映した造形にしています」(坂上氏)。

    ポージングには、ZSphere Rigが使われた。これは、ZSphereでつくった骨組みを使い、モデルにリグを設定する機能だ。ZSphereの大きさや位置に応じて自動的にウエイトが割り振られるため、本格的なリギングには不向きだが、短時間で直感的なポージングが可能だ。今回のようなポージングには有用な機能だと、和田氏は解説した。

    ▲【上】全身を大まかに造形した、シンメトリー(左右対称)状態のモデル/【下】Transpose MasterのZSphere Rigボタンをオンした後、TPoseMeshを選択。最初に制作したZSphereと、スカルプトしたファフニールのモデルをBind Meshによって関連付け、ポージングできる状態にしている
    ▲【上】ポージングを施している。この後、ポージングによって崩れた形状の修正、ディテールの追加を行う/【下】NanoMeshという機能を使い、金貨の形をしたモデルを床一面に散りばめている
    ▲完成形。人間の三角筋や上腕二頭筋を彷彿とさせる立派な腕(前肢)の盛り上がりと、退化した脚(後肢)のコントラストが面白い
    ▲ファフニールの完成形(ターンテーブル)

    次世代を担うスカルプターたちへ

    ライブスカルプティングの終了後、素晴らしい技を披露してくれた4名を激励した和田氏は、以下の言葉でイベントを締めくくった。「次世代を担う方たちが、こうやってスカルプトの熱気を高めてくださることは、日本のCG業界の追い風となるでしょう。今日は観覧する側だったスカルプターの皆さんも、今度は披露する側として参加することを目指し、腕を磨き、作品づくりに励んでもらえたなら、このイベントの価値はさらに高まると思います。本日はありがとうございました」(和田氏)。

    TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
    PHOTO_大沼洋平