IP15周年をむかえるメモリアルイヤーに、人気イラストレーターHxxG氏のイラストをフィギュアとして再現した「ブラック★ロックシューター HxxG Editon.」が登場。HxxG氏のセンスに立体としての魅力をプラスアルファした本作について、原型師を務めたシャイニングウィザード@沢近氏の思考や技術を紐解く。

記事の目次

    「ブラック★ロックシューター HxxG Edition.」

    仕様:プラスチック製 塗装済み完成品、1/7スケール、専用台座付属、全高約300mm/横幅約360mm
    価格:27,500 円(税込)
    予約受付日:2022年1月25日(火)12:00〜3月9日(水)21:00まで
    発売日:2023年8月予定
    原型制作:シャイニングウィザード@沢近(マックスファクトリー)
    彩色:広瀬裕之(デコマスラボ)
    発売元:マックスファクトリー
    販売元:グッドスマイルカンパニー

    ブラック★ロックシューター HxxG Edition. 商品ページ
    https://www.goodsmile.info/ja/product/12120/

    特設サイト
    https://special.goodsmile.info/brs_hxxg_edition/

    表現したかったのは、未来を目指し駆け抜けるような躍動感や意志力

    2007年に発表されその後アニメ作品など多くのコンテンツを生み出した『ブラック★ロックシューター』(以下、B★RS)。15周年となる今年に新作アニメも控える中、マックスファクトリーからB★RSの新作フィギュア『ブラック★ロックシューター HxxG Edition.』がお目見えした。本作の造形はマックスファクトリー所属の原型師、シャイニングウィザード@沢近氏が担当している。同氏はこれまで『セブンスドラゴン2020 初音ミクType2020』、『太陽の巫女 タマヨリヒメ』(共に手原型)、『初音ミクmebae Ver.』(デジタル造形)などを手がけた実力派だ。1997年に原型製作を始め、本作がデジタル造形を始めて8年目となる。デジタル造形を手がけるようになったのは、2013年に会社の方針でデジタルツールが導入されたことがきっかけだという。

    原型師・シャイニングウィザード@ 沢近氏

    マックスファクトリー

    本作を担当した経緯は、HxxG氏が描いたB★RSのファンアートを原作者のhuke氏やグッドスマイルカンパニーの安藝貴範氏が評価しており、安藝氏から沢近氏への後押しもあってフィギュア化が決まった。「HxxGさんの作風は、自分の中でも一番得意な作風でした。今回表現したかったのは、未来を目指して駆け抜けるような躍動感や意志力みたいなもの。既存のB★RSフィギュアがもっているイメージを損なわずに差別化することを念頭に置いて造形しています。例えば既存のB★RSのフィギュアは横へのベクトルが強い印象ですが、HxxG氏の絵の印象も相まって今回は駆け上がっているような、斜め上のベクトルを意識しました。B★RSの体型も筋肉質になりすぎず引き締まった肉体美を目指しつつ、リアルとフィクションの線引きを勘違いしないように気をつけました。常に心がけているのは、自分が思う魅力的な造形が世の中の印象と乖離しすぎないよう、客観的に製作することです。版元からのオーダーは特になく、かなり自分の裁量に任せてもらえた仕事でした」と沢近氏は話す。

    <1>イラストから立体化するポイントとZBrushの活用

    炎という不定形の形状を実際の造形に落とし込む

    本作はHxxG氏のイラストを基にフィギュア化されている。平面作品を立体に起こすにあたってポイントとなる部分を沢近氏に聞いた。「絵をXY軸と仮定すると、Z軸(奥行き)が原型師の裁量だと考えています。また、絵と立体を重ねたときに形状が一致することが正しい立体、よくできた立体ということでもないので、今回のイラストでは、全体のベクトルが左上に向かうとして、どのような空間を占有するのかを考えて造形を構成しています。加えて、構成する個別のオブジェクトそれぞれのベクトルが全体のベクトルに収束していくようにしました」と沢近氏。

    今回イラストから立体を起こす上で難しかったのは、炎の台座部分だったという。「イラストの炎はあまりにも抽象的でプリミティブすぎる形状で描かれていたため、自分で解釈して情報量を上げていくのがけっこう大変でした。この表現にしっかり向き合わないといけないと考え、1ヶ月くらいこの台座に費やしています。自分はこのような炎や水といった不定形な形状を造形する機会があまりなかったので、炎のダイナミックな形状やベクトルがどのように世の中では表現されているのか、フィギュアやCGでの表現を自分なりに調べて勉強しました。フィギュアの造形では、基本的にディテールについて集中と拡散とか、形状の比率などを考えながら進めていくのですが、自分なりに抽象化してデフォルメしたときに収まりのいい感じにアレンジできるよう、実際にスカルプトしながら試行錯誤していきました」とのこと。

    本作の造形にはZBrush 2021を使用しており、3Dスキャンしたベースの素体に対してDynaMeshを施し、基本的なブラシを使いながら造形しているという。形状がある程度できたところでZRemesherを使ってメッシュをクリーンアップしていく。そのときにProjectAllでメッシュを転写するという機能がフィギュアの造形では非常に便利だという。また厚みは、Panel Loopsで厚み付けしている。「映像系の3DCGだとあまり厚みを意識しないと思うのですが、造形では最終的には物体になるので必ず厚みが必要になってきます。Panel Loopsではエクスポートサイズのスケールを1に設定しておくと実寸で厚みが簡単に作成できるので、この機能は非常に重宝しています」とZBrushの造形的な視点から見た利点を沢近氏は語ってくれた。

    元イラストの解釈とアップデート

    • HxxG氏が描いた元イラスト
    • ZBrushによるデジタル造形
    最終形に近い出力物。本作ではこのHxxG氏が描いたB★RSのイラストを忠実に立体造形として再現するということはもとより、B★RSの美しさや力強さも大事にしながら製作が進められている。そのため、イラストでは華奢で筋肉質な印象のあるボディラインだが、フィギュア化するにあたっては筋肉質になりすぎず、引き締まってはいるものの女性的なやわらかなシルエットになるように形状を調整している。B★RSが崩れる瓦礫を駆け上がっていくというシチュエーションであるため多数の瓦礫が浮いた状態になっているが、イラストの中で目に留まる特徴的な部分を拾い上げて一体化したり、炎をかませるなど立体としての再解釈を行うことで、イラストの印象を損なわずにフィギュアとして成立させている

    ZBrushの使い方と重宝した機能

    【A】沢近氏が使用しているZBrush 2021のUI。作業でよく使用するツールはパレットにまとめて表示するなど、作業を効率化するためにUIがカスタマイズされている
    • 【B】ジオメトリ系パレットには、ZRemesher、Panel Loops、PolyGroup、Crease、Extract、Project、Initialize、Stagerが並ぶ
    • 【C】ストローク系パレットにはCreate、Curve、Mask、Draftなどが集められている。【A】の右側にあるSubToolのパレットを見るとわかるとおり、つくりにくいパーツはSplitしてSubTool化し、SubToolが増えてきたらフォルダを作成して分類するなど、管理しやすく整理されている。このフォルダ分けは作業に詰まったときの息抜きでもあると沢近氏は語る

    <2>ワンランク上を目指したデジタル造形ワークフロー

    片桐裕司彫刻セミナーに参加してベースとなるクレイモデルを作成

    今回の造形作業では、まずフィギュアの体幹を沢近氏がクレイで造形するところから始められており、完成したクレイモデルを3DスキャンしてZBrushに読み込んでベース素体として利用している。「フィギュアをつくる上で大切なのが人体の解剖学的な知識からくるデッサン力で、解剖学的な知見を基にしたダイナミックな人体表現というのがとても重要だと思っています。ただ個人的には専門的に学んだ経験がないため、ある一定のレベルから上にいけないという悩みをもう十数年抱えていました。本作ではもう1段階上のレベルを目指して、当社が年に何回か学ばせていただいている片桐裕司彫刻セミナーに参加してクレイモデルを作成しました」と沢近氏。

    この体幹モデルをベースにキャラクター全体をスカルプトし、ポージングしてバランスを探りつつ、キャラクターの細部のスカルプト、武器やエフェクトパーツのモデリングというように制作を進めていった。ただし決まったワークフローというのはなく、自分のアプローチが間違っていれば、その都度考え方、捉え方を変えていくというつくり方をしているという。「全ての要素が揃っていないと空間構成ができないので、まずは構成要素を全て揃えるのが大切です。このとき揃える要素は、マス感と構成が理解できていればローポリでもハイポリでも問題ありません」と沢近氏。空間構成とつくり込みはリンクしているので、全体の制作過程としては始終マクロとミクロを行ったり来たりしているという。

    ZBrushを使ったスカルプト作業では、基本的にDynaMeshとClayBui ldup、Move、TrimDynamic、Standard、DamStandard、MaskRasso、ClipCurveといった基礎的なブラシを使用。現物で確認しないとよくわからないことも多いので、各パーツができたところでForm 2を使ってテスト出力を行い、調整が必要な部分はデータに戻って微調整を行なっている。

    クレイモデルを3Dスキャンして起こした体幹

    今回、ボディは体幹を重視し、ベースとなる形状をクレイを使ってアナログで作成している。製作にあたっては片桐彫刻セミナーに参加し、片桐裕司氏の指導の下、約3日で作成された。製作されたクレイモデルは3Dスキャナでデータ化され、ZBrushにインポートしてスカルプトを行なっている。体幹をアナログで作成する前にZBrushを使って造形を試みたが、ダイナミックな人体表現をしようとするとやはり筋肉や骨の可動範囲がどれくらいあるのかなど、資料を読むなどの独学では追いきれない部分もあり、実際に片桐氏に指導を受けることで実体感のある人体の体幹モデルを造形することができたという。3Dスキャンは社内のDAVID SLSで行なっており、かなり精度が高い状態でZBrushに読み込めている

    • 片桐裕司彫刻セミナーで作成したクレイモデル
    • 全身のデータと重ね合わせたもの。体幹部分はほぼ変わっていないことがわかる

    書道のイメージで動きを出した髪の毛

    ツインテールの髪の毛は、沢近氏が通常使っているIMMではイメージ通りに動かせなかったため、IMM確定後にSnakeHookを使ってダイナミックに動かして造形したものにDynaMeshを適用し、ベースメッシュとしている。例えるならSnakeHookを使ってZBrush上で書道をしているイメージだという。書道のトメ、ハネ、ハラエの概念は造形における躍動感の表現に通じるものがあると沢近氏。目の炎も同様の考えで作成し、アウトラインはワンストロークで作成している。髪の毛のスジ表現はほぼDamStandard、SK Cloth、SK Fillを使って比較的シンプルな表現に留められている。髪の毛のような形状を造形するときには、ディテールの集中と拡散にポイントを置いて造形しているという

    衣服やシワの作成手法

    ショートパンツのパーツはボディのメッシュのうち、ショートパンツにしたい部分だけをマスクして、他のいらない部分を削除してInflateした後にDynaMeshを適用してベースメッシュを作成している。ブーツも同様の手順で、ボディのメッシュから切り出してベースメッシュを作成。衣服で難しかったのはコートで、広げたとしても実際のコートの形状にはならないが、イラストからコートのエッセンスだけを拾い上げて形状を作成しているという。コートはローポリゴンで厚みのないコート形状のマスター形状を作成し、袖と本体をSplitで分割。本体部分はPanel Loopsで厚み付けし、DynaMesh適用後にSnakeHookでダイナミックに動かしてアウトラインを作成している。コートの厚みと裏面の造形はマスクで表のメッシュのみを取りだしてPanel Loopsなどで厚み付けしている。シワはSK ClothとSK Fillを好みに調整して使用。シワを作成するときのポイントはブラシサイズと筆圧のみで調整し、同じ場所を複数回なぞるようなつくり方はしないことだという。袖やジッパー周りの凸のラインはCurveTubeSnapを使用している。ジッパー自体はZBrushにデフォルトで搭載されているIMMを利用している

    プリミティブからシンプルに造形した武器

    武器のような無機質なパーツは形状を捉えやすいので、他の造形部分で作業が詰まったときの息抜きとして造形することが多いと沢近氏。まず何面体から作成したら効率が良いかを考え、InitializeしたプリミティブメッシュをZModelerやActive Symmetry、Radial Symmetryを駆使して造形されている。武器のモールド表現もできるだけシンプルな造形に留められている。「武器のような形状の場合は、ライブブーリアンで作成した方が早く作業が進む場合も多いので、1SubToolで形状を完結させようとせず、凹凸で全て別のSubToolとして作成しても問題ありません」(沢近氏)

    試行錯誤をくり返した炎の台座

    炎の台座はイラストからの解釈が難しく、時間をかけて試行錯誤しながら造形したパーツだ。初期段階はDynaMeshとSnakeHookでダイナミックに形状を動かし、様々な角度から検討しながらアウトラインを決めていった

    左:イラストのイメージに近い表現で造形したが情報量が少なすぎて淡泊な形状になって浮いて見えてしまったもの。中:既存のフィギュアやCG映像などの炎の表現を調べて作成してみた習作。右:2つ目の反省点を活かして造形された最終形状に近い造形だ。イラストをベ-スとした造形ではイラストに忠実にあろうとするのだが、あえてイラストから離れて情報量を増やしたらどうかというアドバイスをhuke氏から受け、とても参考になったという
    実際の出力物としての仕上がり

    細部にわたり工夫が込められた瓦礫

    足元の瓦礫もDynaMeshで造形されている。最初はひとつひとつバラバラに作成されていたが、統一感が出ないため、ブロックごとにまとめてDynaMeshを適用している。瓦礫の大きさはイラストのパース感に合わせるために、不自然にならない程度に底面を小さくテーパーをかけた状態になっている。上面と下面を繋ぐ面も単純な平面ではなく、緩やかにラウンドがかかっていたり、単純な平面よりも情報量を増やす手法が採られている。瓦礫のクラックや飛礫などはBrizzard Entertainmentのアーティストが制作したOrb-Brush Pack for ZBrush(orb.gumroad.com/l/nOkHw)を使用。この時点で超ハイポリゴンにDynameshのレゾリューションを調整しているが、実際に3Dプリントすると繊細すぎて潰れてしまうため、Z Intensityを強めに入れて、クラックの幅もかなり広めに入れられている。クラックの入り方はイラストに合わせているが、イラストにはない部分は実物が存在するとして物理的にどのような力が加わって、どのように剥がれるかなどを想像しながらバランス良く入れていくという

    ボディを構成するSubTool群

    スカルプトしづらい部分はSplitして個別にSubTool化し、パーツごとにフォルダ分けして管理しやすく工夫されている。特に美少女フィギュアはディテールの清潔感を求める傾向にあるので、形状が固まったら凹凸で全てSubTool化して、ZRemesherの後にDivideを実行して元形状をProjectAllでクリーンなメッシュに整理しておく。この時点で相当なSubTool数になっているため部位ごとに別ZTLに分け、分割はライブブーリアンを利用して非破壊で行う。必要があれば、DynaMeshをガイドにCube3DなどのプリミティブメッシュをZModelerで編集したSubToolに置き換える

    TEXT_大河原浩一 / Hirokazu Okawara(ビットプランクス)
    EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada