円谷プロダクション東映アニメーションがタッグを組み、世界に向けて打ち出した完全オリジナルの怪獣アニメーション短編が『KAIJU DECODE 怪獣デコード』だ。モーションキャプチャをベースにリミテッドアニメとして仕上げられた本作について制作を担ったアレクトに取材し、制作上の苦労や工夫したポイントについて聞いた。

※本記事はCGWORLD284号(2022年4月号)の記事を一部再編集したものです

記事の目次
    『KAIJU DECODE 怪獣デコード』
    TSUBURAYA IMAGINATIONにて好評配信中
    監督:S/N
    脚本:山田哲弥
    音楽 : 井上忠彦
    アニメーション制作:アレクト
    www.kaiju-decode.com

    世界を視野に入れつつ独自のルックをつくり上げる

    『KAIJU DECODE 怪獣デコード』は円谷プロダクションと東映アニメーションが世界へ向けて共同製作したグローバルなオリジナルCGアニメーション作品だ。制作を担当したのは、札幌を起点にアニメーションを制作しているアレクト。2013年に北海道札幌市に設立されたCG制作会社で、これまでにゲーム、アニメ、映画、遊技機など幅広い制作を手がけており、最近ではNetflixオリジナルのアニメ『ブライト:サムライソウル』を制作したことも記憶に新しい。国内最大規模のモーションキャプチャスタジオを備え、作画アニメも制作できるなど、多方面に対応できるのが強みだ。

    前列左から、エフェクト&テクニカルアーティスト・難波雄一氏、美術設定・久保 久氏、CGディレクター・安保英樹氏。後列左から、アニメーター・梶田正樹氏、作画監督・岩渕哲哉氏、レイアウト&アニメーター・宇野修二氏、リギングアーティスト・野中稜也氏、CGプロデューサー・桑田和栄氏、キャラクター&背景モデラー・猪俣 剛氏(以上、アレクト)

    本プロジェクトには、東映アニメーションからの声掛けで参加。CGプロデューサーの桑田和栄氏は「東映アニメーションさんとはお仕事の経験がなかったのですが、突然問い合わせがきて驚きました。札幌でCGアニメの制作をしている会社があると口伝で知ったようです。地道にがんばってきた甲斐がありました」とふり返る。制作は企画の段階から参加し、はじめに用意されたシナリオから一緒に正解を探していくようなプロジェクトだったという。『怪獣を悪者にしない』というコンセプトを基に、そこから意見を出し合いながら絵コンテが描き進められていった。2019年から実制作をスタートし、当初は1年で仕上げる予定だったが、クオリティアップのため最終的には1年半がかけられている。主な使用ツールは、東映アニメーションに合わせるかたちでMayaを選択。アレクトは3ds MaxPencil+での制作に慣れていたために苦戦はしたが、同等のクオリティは出せたとのことだ。

    今後、劇場版の制作へとつなげるため海外で賞を獲りたいという思惑があったが、アレクトとしては世界で受けるルックに寄せるのではなく、自分たちなりのルックをつくり上げることにこだわったという。それが功奏して各国での受賞につながったのだろう。

    <1>モーションキャプチャからリミテッドアニメーションへ

    モーションキャプチャを使ったリッチなアニメーション ワークフロー

    本作のアニメーションは、モーションキャプチャしたものをベースに手付けアニメーションでつくられている。同社は国内最大規模のモーションキャプチャスタジオをもっており、多くのノウハウがあることから最初はモーションキャプチャで撮影されたが、東映アニメーションからのリミテッドアニメとしてもこだわりたいという意向があったため、最終的には全編手付けになったという。

    アニメーションの制作フローとしては、まず絵コンテを基に役者の演技を収録。役者は男女各1名と怪獣の計3名で撮影されたが、怪獣の身長が巨大で、体の構造も人間とは大きく異なるため、MotionBuilderの画面を現場で確認しながらの撮影となった。そのデータをMotionBuilderに流し込み、レイアウトを経てプリビズが制作され、その後モーションキャプチャの動きを参考にして手付けでアニメーションが付け直されている。「リアルな人間の動きをデフォルメすることでリミテッドアニメ化しました。工数はかかりましたが、モーションキャプチャによる贅沢なプリビズがあったおかげで、その後のアニメーションプランが明確になりました」(CGディレクター・安保英樹氏)。プリビズの制作にコストはかかったが、結果として納得できるクオリティになったという。

    また本作ではコマ数を固定しておらず、動きを見ながら適切なコマ数を選択している。そのためにフルコマでつくられた3DアニメーションをMaya上で簡単にコマ落としできるツールが開発された。この内製ツールはスクリプトベースで制作されており、ボタン1つでコマを落とすことができ、さらにキャラクターごとにコマ数も設定できる。今までは一度書き出してAfter Effects(以下、AE)で確認しなければならなかったのが3DCG上で確認できるようになり、「アクションに合わせてその場でコマ数を試行錯誤できるのはありがたい」(アニメーター・梶田正樹氏)と、現場のアニメーターにも好評だった。

    さらに、同社の強みである作画アニメの技術も使われている。リミテッドアニメにする上で作画監督に岩渕哲哉氏が入り、CGアニメーションの上からリミテッド特有のポーズを描いてレイアウトを再構築している。作監の手が入ったカットは20カットほどで、全体の20%程度とのことだ。

    モーションキャプチャとプリビズの活用

    自社モーションキャプチャスタジオでの撮影風景。収録エリアは横22m、縦10m、高さ6.9mで、VICON Vantage24台を設置。現場では目線などの演技もMotionBuilderで確認しながら指示されている
    • プリビズ。実際の人間の動きを参考にできるため、この後の手付けアニメーションの指針にもなった
    • 完成画面。作監の手が入り、洗練されたポージングやレイアウトに仕上がっている

    作監修正を経てリミテッド化

    モーションキャプチャデータを基にアニメーターが付けたポーズ
    各ポーズの上から作画監督がペイントオーバーした修正指示。リミテッドアニメ的な味つけがしてあるのがわかる
    修正された完成ポーズ。作画監督が付けるポーズはアクションのながれの中で偶然できるポーズではなく、リミテッドアニメのように意図が明確な、決めの入ったポーズだ

    アニメーターがコマ打ちを制御できる内製ツール

    スクリプトベースでつくられたMaya上で動作する内製ツール。これまでのようにAEに持っていって確認する手間が省けるので、作品全体で考えるとトータルのコストが大きく削減される。データは一度Alembicで出力して、再インポートする際にマージするしくみだ。本ツールではキャラクターごとのコマ数やNamespaceなどの詳細を設定することができる

    <2>キャラクター&怪獣アセット制作上の工夫

    リアルとバーチャルを意識したキャラクターモデリング

    本作の登場キャラクターは3体で、ハリウッドで活躍中の中島 聖氏がデザインしたレイとミルと、円谷プロの後藤正行氏がデザインした怪獣ウークだ。キャラクターはそれぞれ三面図をベースに、アレクト社内でモデリングされた。特にこだわった点は女性キャラクター・ミルの髪だという。作中においてミルは現実世界の人間で、バーチャル空間の男性キャラクターであるレイと差をつけるため、キメの細かいリアルな髪の表現が求められた。そのリアルな見た目と挙動を再現するためにHoudiniのシミュレーションが用いられているが、「セル調のヘアシミュレーションをいろいろと試した結果、最終的に上手く落とし込めたと思います」(エフェクト&テクニカルアーティスト・難波氏)と納得の出来だったという。

    モデリング自体は以前から3ds Maxで行なってきたやり方を踏襲し、アニメ的に表情を変化させやすいようなモデリングをしている。「アングルごとに顎の見え方を変えるモーフターゲットをつくり、フェイシャルアニメのときに一番見映えの良い顔のシルエットとなるように工夫しています」(キャラクター&背景モデラー・猪俣 剛氏)。ウークについては三面図を基にZBrushからモデリングを行い、カニやエビなどの甲殻類の関節周りの写真を参考にしながらディテールアップを施していった。

    またルックについては、Pencil+のMaya版がリリースされたばかりということもあり、慣れていた3ds Max版とかなり設定がちがうことに苦労したという。レンダリングで意図したラインがきちんと出るように、板ポリでラインをモデリングしておくなどの工夫も行われている。細かいところではフェースごとのマテリアル替えや、サブディビジョンでの挙動などで調整が必要だったため、ベンダーと密にやり取りをしながら進められた。

    リギングではMotionBuilderを使うためにHumanIKを使用しているが、社内で大幅に拡張して各部分で伸縮や拡大縮小ができるようにセッティングされている。これにより、カートゥーン的な動きや嘘パース、体型的に無理な体勢にも対応できるようになっている。「ヒーロー着地のときなど、太ももが短い体形なのでポーズがとりづらいですが、見た目重視で調整しています」(レイアウト&アニメーター・宇野修二氏)。また、人間と大きく体型が異なるウークについてもHumanIKでリギングされている。肘や膝には多くの補助ボーンを入れ、カットバイで調整できるようにセッティングされた。「自動で動いても良いかたちになるように設計しましたが、最終的にはカットバイで調整できるように工夫しました」(リギングアーティスト・野中稜也氏)。特に尻尾は、IKとFKを任意に切り替えられるようにして、作中で求められる動きができるようなセッティングとなっている。

    三面図を忠実に起こした3Dモデルとリアルな髪表現

    レイ、ミルは三面図を基にMayaでモデリングされた。ミルはアバターではなく現実の存在の証として、サラサラヘアとなるようにポリゴン数が多いモデルとなっている

    • 中島 聖氏によるキャラクターデザイン
    • ミルの三面図
    • ミルのモデル画面。髪の毛はシミュレーションしやすいように、閉じた円柱からつくられている
    • 髪のシミュレーション工程。MayaでモデリングしたものをHoudiniへ取り込み、房ごとにセンターラインを出してVellumでシミュレーション。それを元のポリゴンに当てたものをAlembicで書き出し、Mayaでレンダリングしている
    完成

    柔軟に調整の利くリグ設計

    • レイのリグ。HumanIKメインで、揺れものが少ないため体に重点を置いている
    • 髪は大きく束で動かせるコントローラと、細かい束で動かせるコントローラを用意し、近景・中景・遠景で調整をしやすくしている
    レイのリグ。メインの動きを付ける際や付けた後に調整しやすいよう、移動させてもモーションが崩れないように設計されている。また、伸縮やスケールも可能で、アニメーション作成時や後での調整がしやすくなっている。さらに、指は一軸スケールも可能だ

    リミテッドらしい誇張された表情付け

    レイのフェイシャルリグ。瞳のサイズやハイライトも変えることができる
    フェイシャル設定画面
    完成。このレイが走る長回しのシーンは表情がコロコロと変わり、コミカルで見どころのあるシーンだ。「いろいろと物が落ちてきたり、ぶつかったり、アクションに反応するように表情を付けて、長いワンカットが面白く見えるようにつくりました」(猪俣氏)

    ZBrushの活用とFK/IK切り替えリグを実装した怪獣

    円谷プロから支給された三面図。ウークは設定画と三面図を基にZBrushでモデリングし、Mayaで仕上げている
    • ZBrushでのスカルプト画面
    • Mayaでのモデリング画面
    • Pencil+でのライン出しのため、モデル上であらかじめ陰影のラインをモデリングしている
    【A】
    【B】
    ウークのアニメーションもモーションキャプチャデータが基になるため、HumanIKを使って人間に近い骨格にし、追加でボーンを足してスケルトンが作成された。尻尾のリグは、【A】のFKとIKが混在するコントローラと、【B】のIKモードで尻尾の先を動かさずに移動できる2つの方式が使い分けられている

    コンポジットで実現した怪獣の血管表現

    ウークの体表に見える青い血管は、赤くすることで怒りの感情を表現している。はじめは触覚や口のアニメーションで感情を表現しようとしたそうだが、アニメーションのコストがかかることや、見た目にわかりづらいということで、血管の色で表現するようになった

    • ウークの通常の血管
    • コンポジットで血管を赤くしたところ。ただ赤くするだけではなく、ノイズアニメーションを入れるなどのディテールを加えている

    <3>BG、FX、コンポジットによる世界観構築

    オリジナル設定の美術と多様なつくり方のエフェクト

    本作ではキャラクターの三面図以外に、具体的なアートボードなどの美術設定の提供はなく、アレクトが東映アニメーションとの打ち合わせをベースに新たにデザインを起こしている。最初に出てくる荒廃した地上の街並みは、ISS(国際宇宙ステーション)が地上に落ちて十数年後の世界という設定だったが、アレクトが秋葉原をベースに破壊された後に植生が育っていったというストーリーを考え、社内で美術のデザインが起こされている。また、ウークが生まれる図書館は現実のモデルはなく、美術設定の久保 久氏がデザインしている。「はじめは地下の遺跡のような廃墟を描いていたのですが、今後のストーリー的な広がりが考慮された結果、図書館にしようという話になりました」(久保氏)というように、東映アニメーション側からの要望にも柔軟に応えていった。

    エフェクトは、3D、作画、AEと多彩な手法で制作されている。図書館で繭が割れるシーンや水が侵食するシーン、虫が潰れるシーンなどの3DエフェクトにはHoudiniを使用。Mayaのデータを基にHoudiniでつくられたこれらのエフェクトは、AlembicでMayaに戻してレンダリングされた。一方で、レイの足元からのジェット噴射などの作画エフェクトも使われており、3Dと作画エフェクトの両方の良いところを融合させてリッチな画づくりがされている。また、デコードスキャンのエフェクトは、3Dでも手描きでもないAE上で構成されているエフェクトだ。生物のDNAを採集するエフェクトであるため、ゲームのUIに比べて有機的なデザインが施されている。このUI制作は全てAEで完結しているので、修正対応が素早くできて手離れがいいという。


    ルックデヴは地上、図書館、廃墟の3種類の背景でテンプレートがつくられ、ライティングの詳細はカットバイで調整されている。基本は正面や真横、斜めなど8方向のライティングのプリセットが用意され、担当者が調整していくのだが、コンポジットでの仕上げが上手くいかず苦労したということだ。「顔と体でライティングを変えているのですが、なかなか意図したイメージに合わせられず、調整に時間がかかりました」(安保氏)。

    ロケーションごとの色のつくり込み

    本作のロケーションは地上、図書館、アビスの3つ。それぞれに適したが色彩設計がされている。下の【右列画像】はそれぞれのロケーションにおけるキャラクターのカラー指示書。影の色が大きくちがうのがわかる

    • 瓦礫の積まれた地上は秋葉原をモデルにして描かれたが、実在の場所は担当者の思い入れのある場所だという。屋外での太陽光の色合いでフラットなイメージだ
    • 地上のカラー指示書
    • 青を基調にした図書館のルックデヴ。シードが青いので、全体的に青ベースになった
    • 図書館のカラー指示書
    • 緑を基調にしたアビスのルックデヴ。当初は紫系の色だったが、植生もあったことで最終的に緑に落ち着いた
    • アビスのカラー指示書

    3DLOによるカメラマップの活用と3DBGの使い分け

    背景美術のための3Dレイアウト。背景の奥から手前へ走ってくるというような3D的なカメラワークがある場合は、3Dレイアウトを活用したカメラマップで制作されている。ここではブック分けの指示も入っている
    背景原図。このカットは、後述の作画エフェクトのカットだ
    図書館の背景モデリング画面。バトル時の激しいカメラワークに対応するため、図書館の背景のみフルCGで3DBGとして作成された

    ケレン味のある作画エフェクト

    リミテッドアニメとしてねらったエフェクトを入れたい部分には作画エフェクトが用いられている。具体的にはリミテッドで作画エフェクトを作成し、キャラクターのマスクに合わせてコンポジットで組み上げている

    • 作画エフェクトの原画
    • 作画されたエフェクト素材
    • キャラクター素材
    • キャラクターとエフェクトを合成
    エフェクトとキャラクターにグローなど撮影処理を加えて完成

    水侵食&虫消失エフェクト

    本作の3DエフェクトにはHoudiniが活用されている

    水侵食エフェクト。攻撃を受けた箇所から水が広がっていく効果を表現している
    このエフェクトはHoudiniでシミュレーションした素材をAEで合成して実現。制作手順は、まず白黒のレンダリング素材を基に水エフェクト素材を作成。Houdiniで浸食のマスク素材を2種類作成して、RGBマスクで書き出し。AEで水エフェクトと浸食マスク素材をコンポジットして完成となる
    • 虫消失エフェクト。仮想空間らしい電子的な消失を表現している
    • このエフェクトも水侵食エフェクトと同様の手順で、Houdiniによって消失エフェクト素材とRGBの消失マスク素材を書き出し、AEで合成して作成している

    仮想空間らしいUIとスキャンエフェクト

    レイが持つ半透明な端末のラフ設定。デジタル的な印象だけではなく、古代と細胞を印象づけるような有機的なイメージをもたせることを意図している
    端末UI。実際の作中では要素が整理されて、最終的にはシンプルなデザインとなった
    デコードスキャン時のエフェクト指示書。スキャン時のアニメーションなどが事細かく説明されている。実制作としては、AEで完結するエフェクトとなっている
    デコードスキャン時の完成カット

    TEXT_石井勇夫(ねぎぞうデザイン)
    EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii、山田桃子 / Momoko Yamada