荒廃した大自然の美しさと魅力的なデザインの機械獣とのコントラストが鮮やかな前作『Horizon Zero Dawn』から5年、待望の続編となる『Horizon Forbidden West』が2月にリリースされた。その遠大な世界をどのように描いたのか、開発スタジオであるGuerrillaの中核メンバーに聞いた。
※本記事はCGWORLD287号(2022年7月号)の記事を一部再編集したものです
©2022 Sony Interactive Entertainment Europe. Developed by Guerrilla. Horizon Forbidden West is a registered trademark or trademark of Sony Interactive Entertainment LLC.
Information
前作からさらに深化した美しい景観とゲーム体験
現代文明の終焉から約1,000年後を舞台とする本シリーズだが、本作では前作から約半年後の物語が描かれる。「人類が支配的な種族ではなくなったポストアポカリプス的な未来を舞台にしたアクションアドベンチャーで、前作で好評だった雄大な自然・素晴らしい機械獣・多様な部族、そして主人公であるアーロイをさらに発展させたいと考えました」と開発を手がけたGuerrillaのシニア・アート・ディレクター、Misja Baas/ミシャ・バース氏は本作開発のモチベーションを語る。
Misja Baas/ミシャ・バース氏
シニア・アートディレクター
Guerrilla
www.guerrilla-games.com
炸裂する投擲槍「スパイクスローワー」といった新しい武器の登場、機械炉(本作におけるダンジョン)での謎解き要素の拡充のほか、フリークライミング、プルキャスター、シールドウイングにより実現した立体的な移動により、より深いゲーム体験を目指したという。
大自然の美しい景観を圧倒的な物量で描画するにあたり、本作ではGuerrillaの自社開発ゲームエンジン「DECIMA」がひき続き採用されている。外部でのDECIMAエンジン採用事例として、本作と前作の間にリリースされた『DEATH STRANDING』(2019年、コジマプロダクション)でもリアルなグラフィックは大きな評判となっていた。
本作では、川や煙などのリアルタイム流体表現にさらに磨きがかかり、作品世界や物語への没入感を高めている。さらに、ストーリーテリングや感情移入をさらに高いレベルへ押し上げるために、キャラクターのモーションもより細かく入念につくり込まれたという。
「われわれにとっての最大の、そしてまちがいなく最新のチャレンジとなったのは、もちろんCOVIDでした」(バース氏)と語る通り、本作はAAAタイトルの開発中に開発体制の抜本的な転換を余儀なくされた作品のひとつとなった。難局をくぐり抜けて文明崩壊後の世界を描く、その一端を紹介する。
<1>約1,000年後の荒廃と自然を描く画づくり
探索したくなるような景色をトレンド技術を駆使して表現
前作同様リアルなグラフィックに目を奪われるが、ひたすらにフォトリアリズムを追求したわけではないことに気づくだろう。「『Horizon Zero Dawn』で培われた、現実を理想化したような画風を継続しました。この2作で体験する全ての瞬間は、BBCの自然ドキュメンタリーから飛び出してきたようなものでなければなりません。プレイヤーに世界を好きになってもらい、そこにある景色を探索したくなるような作品にしたいのです」(バース氏)。そのため本作のDECIMAエンジンはライティング、マテリアル表現など様々なグラフィック表現が改善されているが、リアルに見せることが主眼ではなく、リアルであると同時に幻想的であることを目指している。
とはいえ、もちろん雲などのボリューム表現、水などのリアルタイム流体や、環境とのインタラクションなど昨今のハイエンドゲームのトレンドとなっている表現にも取り組み、高いレベルでゲームに組み込んでいる。
また、大きな変化のひとつとしてアセット制作方法の変更が挙げられるという。「他のデベロッパーよりやや遅れましたが、岩やその他の環境オブジェクトにフォトグラメトリーを全面的に採用しました。そのために、岩アセットのシェーダパイプラインは特殊なものになっています」。具体的には、岩のカラー、スペキュラ、ディテールはワールドマップによって制御。形状はフォトグラメトリーによるもので、それぞれを異なった環境タイプで流用できるようなシェーダパイプラインとなっている。
リアルかつ幻想的な風景
DECIMAエンジンが描く自然
流体、ボリューム表現も強化されている。
<2>アセット制作
作品世界にふさわしい造形や質感を追求
本作の舞台は北米大陸の西海岸周辺となっているが、文明が崩壊し豊かな緑に覆われてしまった土地にどのようにして現代文明の遺跡を組み込んでいくか、著名な景観やテラフォーミングによって1,000年かけて再生した自然の美しさを際立たせるかが大きなコンセプトとなっている。
「『Horizon』シリーズ2作を開発する中で、どういったものが作品世界にふさわしいかはかなり理解が進んでいます。そして、何が世界観に合って何が合わないかの境界線を深く理解することで、作中の部族の文化や、それが集落・周辺の土地へどのような影響を及ぼしているかなどを真にユーザーに伝えることができると考えています。本作のコンセプトデザインは、それらのことを念頭に開発していきました」(バース氏)。
メインストーリーに関わる部分はストーリー主導であり、説明文や特定のゲームプレイに多くを依存することになるが、それを除けば世界観構築の自由度はかなり高かったとのことだ。「ゲームづくりは常に共同作業です。ゲームデザイナーは、アーティストがつくったものを受け取り、フィードバックを行い、その環境の中でクエストや戦闘空間を実装することに、とても満足しています」。
キャラクターアセットの制作はコンセプトデザインからスタートし、まずボリューム感や形状が正しいことを確認するための「スピードモデル」が制作される。この段階でアニメーションテストのためにリギングを施し、必要であればコンバット(戦闘)のためのセットアップも行う。スピードモデルではめり込みなど変形による問題を早期に発見するだけでなく、コンバットシステムを担当するゲームデザイナーが開発を進められるよう設計されている。スピードモデルでのつくり込みが十分に行われた段階で細部の造形に移り、テクスチャやシェーダと組み合わせて完成となる。本作用の新規アセット以外に、『Horizon Zero Dawn』の再利用アセットもいくつか存在するとのこと。
機械獣については、まず登場させたい動物の種類の確定からはじめ、ゲームデザイン側でどういった攻撃や振る舞いをその機械獣に求めるかを伝えるデザインドキュメントが作成される。次に、既存の機体の部品や3Dスカルプトを用いてコンセプトデザインを3Dで作成。それが固まったら、基本形状となる低解像度モデルを作成してアニメーションテストを行い、デザイン上の問題点が洗い出される。問題を修正し高解像度モデルを作成した後は外部の協力会社の手に移り、ゲーム用モデルが仕上げられる。
主人公をはじめとする多彩なキャラクター
キャラクターはコンセプトデザインを起こしスピードモデルを作成、アクション面でのゲーム要件などをクリアした上で高精細モデルが作成される。
独特の存在感を放つ機械獣たち
<3>エンバイロンメント
荒廃したアメリカ西部を印象深く描き出す
『Horizon Forbidden West』の世界を構築する上で、見応えのある著名なランドマークが多く点在していることから、ユタ州~カリフォルニア州が舞台として設定された。「ゲーム内は現実世界よりもずっと狭いので、何を見せ何を省略するか難しい選択を迫られます」(バース氏)。
そこでまずは「必ず見せる」ロケーションを決定するところから作業を始めたという。ユタ州南西部のザイオン国立公園や、カリフォルニア州のシエラ・ネバダ山脈~ヨセミテ~デスバレーといった大景観のほか、ラスベガスやサンフランシスコなどの都市が代表格だ。そこから、大きくはなくとも興味深いロケーションも選定、追加された。
「主要な場所に対して、比較的正しい場所に配置するよう常に心がけていますが、パフォーマンスやクエストのながれの関係上、必ずしもそうとは限りません。私たちのゲーム世界は認識しやすいものですが、必ずしも現実的なものではありません」(バース氏)。
広大なマップはただアセットが緻密に積み重ねられているだけでなく、ゲームデザインとしてプレイヤーの体験を向上させる役割も果たす必要がある。中でも色による記号化は重要な役割をもち、赤く大きなパッチで配置された草には隠れることができる。これによってプレイヤーに隠れられる草を素早く見つけてもらい、攻撃や戦闘回避などのプランを立てるのに役立てられる。
また、「クライムポイント」「トラバーサルアセット」は黄色、引っ張ったり移動したりできるアセットは青色で示されている。これらの配色はアセットに限定されたものではなく、ワールド内の様々な要素に見出すことができるが、文脈に大きく依存するためプレイ上の混乱を招くことはない。
緻密に描かれた大自然の景観は、そのまま膨大なアセットがマップ上に配置されていることを意味する。美しくも快適な描画を実現するために、LODは最大で9段階まで用意されているとのことだ。LODの段階はアセットの種類によって大きく異なり、キャラクターの着替えアセット、テーブルや椅子などは4~5段階。建築物はそれよりも多く一度に画面に映り込む可能性があるため、5~6段階。さらに多くのスクリーンスペースを占める大きな建物のファサードなどは6~8段階。機械炉の有機的なハードサーフェスアセットなど非常に複雑なアセットが9段階となっている。
マップには時間帯・天候変化が存在するが、特に時間帯変化に伴うライティングについては入念に調整されている。「景観をつくり込むのと同じように、1日の中で最も美しい時間帯をいくつかピックアップし、それに合わせて雰囲気のある設定と太陽光の色をオーダーメイドでつくっています。そして、ゲーム内での時間経過に合わせてそれらをブレンドしています」(バース氏)。
広大で緻密なロケーション
配色の工夫
天候・時間帯の変化
<4>ライティング
景観を底上げする高度な光の描画
本作では新しい露出システム、ライティングモデルをはじめ、エネルギー保存則に沿った解像度非依存ブルーム、全てのライトが密度モデルに相互作用する統一されたボリュームレンダリング、パーティクルシステム、各種分析手法からなる、完全なPBRパイプラインを新たに構築。これらを様々な精度で適用し、作中の環境や気象を実現している。
ライティングはEVベースのワークフローで行われる。様々なライティングシナリオと時間遷移に対応できる段数の広い露出システムに始まり、ホワイトバランスによる色温度補正、ブラックバランスによる自然なコントラストの付与・除去などに対応した高度なものだ。
太陽光にはカスケードされたシャドウマップ、保存性ハイトフィールド、ハイトマップシャドウを複合的に使用。これにより、ゲーム全体の落ち影を様々な精度・解像度で常に描くことができる。影付きの領域内は指向性のSSAO(SSAOに入射光の方向の考慮を加え、よりリアルな照明を求めたもの)と「焼き込みスカイビジビリティ」を使用。これは実質的には3Dボリュメトリックな焼き込みAOで、スカイライトを遮蔽するために用いられる。
「この技術の組み合わせにより長距離の大きなAOが得られ、森や建物の下に素晴らしいグラデーションが描かれます。スクリーンスペースな手法により巨大な機械から細かい茂み、葉にいたるまで細部全てにグラデーションを追加します」(リードライティングアーティスト、Roderick van der Steen/ロデリック・ヴァン・デル・スティーン氏)。
Roderick van der Steen/ロデリック・ヴァン・デル・スティーン氏
リードライティングアーティスト
Guerrilla
www.guerrilla-games.com
ライトは球体・ディスク・長方形などをサポートし、面積・体積のないライト、影を落とさないライトは存在しない。負荷や精度を高度にカスタマイズ可能なパラメータを多数備えており、シーンに大量に配置できるようパフォーマンスを比較的容易に最適化できる。また影を落とすためのスキームも各種備え、ハードウェアの能力をフルに活用する。
1日を12段階に分けて間接光をベイクし、そのパスを太陽光の強度や色に合わせて変調することで太陽光と間接光の良好な近似を得ている。そこからスカイビジビリティ、静的な間接光ライト、incandescent(白熱光)シェーダからの直接・間接光がベイクされ、放射照度ボリュームに使用される。
ポストプロセスは非常に多岐にわたっている。標準的なもの(モーションブラー・ラジアルブラー・ブルーム・DoF・AO・フィルムグレイン・ビネット・3D LUTなど)のほか、深度ベースのカラーコレクション(距離スライスに基づくカラーグレーディング)と遠景の空・雲用ライトシャフトを適用しているとのこと。
刷新されたライティングシステム
完全な物理ベースのレンダリングパイプラインを採用。
水中の光の表現
間接光の表現
シネマティクスのライティング
CGWORLD vol.287(2022年7月号)
特集
スクウェア・エニックスの創造力
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2022年6月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_岸本ひろゆき
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura、山田桃子 / Momoko Yamada